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第八章 溺愛の側室

34.悩める母

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 医師は怒りに震えていた。もう王妃が、いや正確には側室のままらしいクラウディアがこの治療室へ泣きながら飛び込んできて三日になる。自分のしたことの意味が分かっているであろう国王は、扉の向こう側へ現れては消え、しばらくするとまたやってくるを繰り返している。

 話は全て聞いたので事情は理解しているのだが、この国の王族はいつまでたっても女に感情が備わっていることを学ぼうとしない、そのことが許せなかった。かと言って過去から脈々と受け継がれていて、先代、そして現国王もやってきたように、奥御殿へ女を身勝手に引き入れて次々に子を産ませていたことよりはまだマシではあった。

 医師は医療を学ぶために国外へ出ていたことも有り、この国の異常さをよく理解している。しかし同時にその強大な精力が強大な国力の源泉であることも理解していた。なぜこんな一族が存在することになったのか、その起源は今となっては全く分からない。しかし女を大勢抱くほどにその身が強くなっていくことは生物としては自然と言えるかもしれない。

 似た例として、動物の中には強い雄が多くの雌を抱える種があることが広く知られている。それがもし、強いから多くを養っているのではなく、多くを養うことで強く成長している種がいても不思議ではない。このことは、この医師が数年の研究を経てたどり着いた一つの仮説である。

 だが、だからと言って社会性に理性と感情を組み合わせ生活している人間で同じことをして許されるはずはない。国ごとの事情はあるにせよ、少なくとも人としての尊厳や権利を蔑ろにしない国家運営を彼女は望んでいた。

 そう、この王直属医師も見習いと同じ女性であり、同じく王の娘だった。実の娘だからと言って政治的な発言が許されるはずもなく、過去にはとある貴族へ嫁ぐことを拒否して処刑された者もいる。王の嫡子であるからと言ってすべてが許されるわけではなく、男子は国を治めるための、女子は周囲を固める貴族を懐柔するための部品にしか過ぎないのがこの国の実情だ。

 だがこのクラウディアと言う娘が来てから明らかに王は変わった。もちろん女たちに取っていい方向へ、と考えたいところだが、今のところそこまでの変化はない。だが今回もなぜか王から言いにくいことをわざわざ言いだして怒らせてしまったし、その後力ずくで何とかしようと言う様子も見えない。うろうろと言ったり来たりしながら機嫌が直るのを待つばかりの王である。

 本来王妃であろうが側室であろうが王へ意見することなど許されないし、ハナから意見を求めること自体あり得ない話だ。だが王は何か思うところがあってクラウディアへ相談し、それが元で夫婦げんかが発生した。今までの成り立ちからして完璧な方法は無かったのだが、せめて子が生まれるまでじっとしていることが出来なかったのだろうか。

 イライラしながら研究書の頁を捲るが全く頭に入ってこない。そんなときドアをノックする音が聞こえた。王ならばノックなどせずにそのまま入ってくるはずで、そうではない誰かがこの緊急事態の中訪れたことがいっそう医師を苛立たせた。

「パリーニ? お嬢ちゃんの様子はどう?
 大分派手に泣いてたからまだ元気になりそうにないかしらねぇ」

「お母さま! 奥御殿の誰かなら陛下へ何か進言できるのではありませんか?
 私にはどうすることもできず、どうしたらいいかもわかりません。
 このままでは仕事になりませんしどうにかしていただけませんか?」

 治療室へと入ってきて医師に母と呼ばれたのは、女知音(おんなちいん)だからと言う理解不明な論理でクラウディアを何度も責め立てて楽しんでいたシャラトワだった。ただし側室であることでも明らかだが、当然のように男も受け入れている両色好者(バイ・セクシャル)の女である。

 可愛い娘にそう言われてもシャラトワが国王へ意見できるはずもなく、可能性があるとしたらクラウディアを説得することくらいだった。だが確かにこのままにしておくわけにもいかない。王の職務が滞りなく遂行されるための奥御殿でもあるのだからと、シャラトワは仕方なく治療室奥の病室へと向かった。

「クラウディア? まだ元気にならないの?
 もしかしたらあなた陛下に謝りたくなっているのではなくて?
 ああ、頬を叩くだなんてなんとご無礼を働いてしまったのでしょう!
 いつもならそんな風に言っているじゃない?」

「シャラトワ様はすごいですね、なんでもわかってしまって……
 私のこの気持ちはなんなのでしょうか。
 陛下を嫌いになったわけでも憎いわけでも無いのに思わず手を上げてしまうなんて。
 そんな恐ろしいことを私がしてしまったことを信じたくないのです」

「だったら陛下のところへ謝りに行く?
 心細かったら一緒に行ってあげるからさ。
 でも新たな女を奥御殿へ加えると言われて気に入らない気持ちもわかるのよね」

「ええ!? シャラトワ様は私の気持ちがわかるのですか?
 私自身はなぜ心が曇ったのかわからないと言うのに!
 なぜなのですか? ぜひ教えてくださいまし!」

「そんなの簡単、単純に嫉妬しているのだわ。
 でも陛下にはそれがわかっているようでわからないの。
 王族と奥御殿、王妃と側室、このどれにも心と言うものは無いのが当たり前の世界。
 でも陛下は過去に恋をしたことがあるらしいからまだ物わかりがいい方なのよ?
 私だってそんなものしたこと無くて、物語の中の出来事としてしか知らないんだもの」

「私が…… 恋をしている、と?
 それは言われずともわかっておりますし、陛下を愛しているのは皆同じではございませんか?」

「違うわ、全然わかってないわね。
 私たちの言う陛下を愛すると言うのは敬愛でもあるし打算でもあるの。
 今はもうそんなこと考えてる側室はいないけど、正室へ収まりたいとかね。
 でもあなたは陛下に自分しか見てほしくないと言う精神的独占欲があるわよね?
 そしてそのことは陛下もわかっておられるのよ。
 だからこそ事前に相談し裏目に出たってわけなのよねぇ」

「愛しているから自分だけを見てほしいと言うのは自然なことではないですか?
 それとも私がおかしいのでしょうか」

「そりゃおかしいわよ、この国では、だけどね。
 国王陛下を愛するのは国民にとって当たり前のこと。
 でも陛下に心を求めて頂きたいと本気で考える女はあなたくらいのものよ。
 皆は自分がただの道具であることを知っているんだもの。
 それにしてもあなたったら貴族出のわりに世俗的ね、ある意味羨ましいわ」

 クラウディアの心に芽生えたものは、道具としての女ではなく、互いを愛する男女として見たい、見られたいと言う欲求であり、その障害が現れそうだと感じ嫉妬したのだとようやく知ったのだった。
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