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第八章 溺愛の側室
31.再び撒かれた火種
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穏やかに、そして激しい日々を過ごしているうちに季節は廻り、庭園には花が咲き誇る時期がやってきた。王は珍しくクラウディアを伴って花を見に王宮庭園を歩いていた。
「たまにはこういうのも良かろう。
茶を用意させてあるから少し休もうではないか」
「でも良いのですか? 本日は公務もなくお時間あるのでございますよね?
私はいつでも陛下のためにこの身を捧ぐ準備は出来ております」
「何を言うか、我を獣と間違えてはおらぬか?
食うと殺すと目合(まぐわ)う以外も出来るのだぞ?
そなたこそ、実のところ我が欲しくてたまらないのではないか?」
「そ、そんな、意地悪な陛下……
さあ、お茶が運ばれてきました、ご一緒にいただきましょう?」
「段々と誤魔化すことがうまくなってきたな。
年月を経てこうして女らしくなっていくと言うことか」
「陛下!? まさか幻滅して見放してしまうなどと言うことはございませんよね?
私は永遠にお側に置いていただきたいのです」
そう言うと王は心配いらないと言いながらクラウディアの頬に手をやった。傍から見れば微笑ましい夫婦の会話であるが、老齢の男と脂が乗りきる前の若き女のするものではないとも言える。女が王城へ入ってから間もなく一年が経とうとしているが、タクローシュ王子と引き離した後は大きな混乱も無く、万事順調と言った様子である。
ところが庭園でお茶を楽しんでいた時にそれは起こった。クラウディアがクリームの乗った焼き菓子を食べた後、突然苦しみだして嘔吐してしまったのだ。薔薇の咲き誇る美しい庭園にそぐわない穢れた流れは周囲を青ざめさせるに十分だった。
「おい、早く医者を呼べ!
この菓子を用意した者、作った者を呼んでおくのだ!」
「へ、陛下…… あまり大事にしないで下さいませ。
実は数日前から吐き気はあったのです。
お医者様にもご相談していたのですがまだ確証がないので黙っておりました」
「な、なんだと!? 我にも言えぬ病だと言うのか!?
おい、医者はまだか!」
どちらが具合悪いのかわからなくなるくらいに青ざめている王を見ながら、クラウディアは儚(はかな)げに微笑んだ。意識はあるものの身体に力が入らない。そのまま目を閉じて王へともたれかかるその直前に、絢爛なローブを汚さぬよう素早く口元を拭う。王はクラウディアの望むがまま抱きとめたのだが、頭へ手をやろうとした王の手を不自然に伸ばされた彼女の手が遮ったため不機嫌そうに尋ねた。
「どうしたのだ、頭を撫でられるのは嫌なのか?
我を受け入れないなど珍しいではないか」
「そうではございません、頭で無くこちらを……
とは言ってもまだわかりませんが――」
そう言いながら王の手を導いた先は彼女の腹であった。何かに気付く王と周囲の人々、そこへようやく医師がやって来て状況を察したようだ。すぐに王の溺愛する女へと駆け寄って腹を触診し口内の確認、問診を行って結論を出した。
「恐らくはご懐妊でしょう。
ですがまだ危険の多い月齢でございます。
奥方様の為にも国王と言えどあまりお近寄りになりませぬよう。
もちろんごく普通に見舞うことはお止めしません、ですが――」
「わかっておる、わかっておるわい。
我の初子と言うわけでも無いのだ、しつこいぞ」
さすが王の側近である直属の医師、主に向かって遠慮なくもの申している。要はクラウディアの体を考えてこれからしばらくは伽(とぎ)を行わないようにと釘を刺しているわけだ。通常であればなかなか我慢しきれないそのことも、王にとってはいとも容易い。なぜならば、クラウディアが居なければ男として働くことが出来ないのだから。
側室の懐妊との吉報は、あっと言う間に城中へと駆け巡りほぼすべてのものが浮足立ってお祭りムードである。だが一部には歓迎しない空気も流れていた。そのうちの一人はもちろんタクローシュ王子であり、他には前国王一派であった。
王にとっては十数年ぶりの嫡子であるからその扱いについては慎重を期す、いくら若い側室を溺愛しているからと言ってもその危険性が頭から抜け落ちるほど盲目ではない。自分に盾突く可能性のあるものについての情報はすでに手の内にある。眼の奥に光を貯め込んだ王は、妊婦を優しく抱(いだ)くその手が、間もなく血塗られることを予見していた。
「たまにはこういうのも良かろう。
茶を用意させてあるから少し休もうではないか」
「でも良いのですか? 本日は公務もなくお時間あるのでございますよね?
私はいつでも陛下のためにこの身を捧ぐ準備は出来ております」
「何を言うか、我を獣と間違えてはおらぬか?
食うと殺すと目合(まぐわ)う以外も出来るのだぞ?
そなたこそ、実のところ我が欲しくてたまらないのではないか?」
「そ、そんな、意地悪な陛下……
さあ、お茶が運ばれてきました、ご一緒にいただきましょう?」
「段々と誤魔化すことがうまくなってきたな。
年月を経てこうして女らしくなっていくと言うことか」
「陛下!? まさか幻滅して見放してしまうなどと言うことはございませんよね?
私は永遠にお側に置いていただきたいのです」
そう言うと王は心配いらないと言いながらクラウディアの頬に手をやった。傍から見れば微笑ましい夫婦の会話であるが、老齢の男と脂が乗りきる前の若き女のするものではないとも言える。女が王城へ入ってから間もなく一年が経とうとしているが、タクローシュ王子と引き離した後は大きな混乱も無く、万事順調と言った様子である。
ところが庭園でお茶を楽しんでいた時にそれは起こった。クラウディアがクリームの乗った焼き菓子を食べた後、突然苦しみだして嘔吐してしまったのだ。薔薇の咲き誇る美しい庭園にそぐわない穢れた流れは周囲を青ざめさせるに十分だった。
「おい、早く医者を呼べ!
この菓子を用意した者、作った者を呼んでおくのだ!」
「へ、陛下…… あまり大事にしないで下さいませ。
実は数日前から吐き気はあったのです。
お医者様にもご相談していたのですがまだ確証がないので黙っておりました」
「な、なんだと!? 我にも言えぬ病だと言うのか!?
おい、医者はまだか!」
どちらが具合悪いのかわからなくなるくらいに青ざめている王を見ながら、クラウディアは儚(はかな)げに微笑んだ。意識はあるものの身体に力が入らない。そのまま目を閉じて王へともたれかかるその直前に、絢爛なローブを汚さぬよう素早く口元を拭う。王はクラウディアの望むがまま抱きとめたのだが、頭へ手をやろうとした王の手を不自然に伸ばされた彼女の手が遮ったため不機嫌そうに尋ねた。
「どうしたのだ、頭を撫でられるのは嫌なのか?
我を受け入れないなど珍しいではないか」
「そうではございません、頭で無くこちらを……
とは言ってもまだわかりませんが――」
そう言いながら王の手を導いた先は彼女の腹であった。何かに気付く王と周囲の人々、そこへようやく医師がやって来て状況を察したようだ。すぐに王の溺愛する女へと駆け寄って腹を触診し口内の確認、問診を行って結論を出した。
「恐らくはご懐妊でしょう。
ですがまだ危険の多い月齢でございます。
奥方様の為にも国王と言えどあまりお近寄りになりませぬよう。
もちろんごく普通に見舞うことはお止めしません、ですが――」
「わかっておる、わかっておるわい。
我の初子と言うわけでも無いのだ、しつこいぞ」
さすが王の側近である直属の医師、主に向かって遠慮なくもの申している。要はクラウディアの体を考えてこれからしばらくは伽(とぎ)を行わないようにと釘を刺しているわけだ。通常であればなかなか我慢しきれないそのことも、王にとってはいとも容易い。なぜならば、クラウディアが居なければ男として働くことが出来ないのだから。
側室の懐妊との吉報は、あっと言う間に城中へと駆け巡りほぼすべてのものが浮足立ってお祭りムードである。だが一部には歓迎しない空気も流れていた。そのうちの一人はもちろんタクローシュ王子であり、他には前国王一派であった。
王にとっては十数年ぶりの嫡子であるからその扱いについては慎重を期す、いくら若い側室を溺愛しているからと言ってもその危険性が頭から抜け落ちるほど盲目ではない。自分に盾突く可能性のあるものについての情報はすでに手の内にある。眼の奥に光を貯め込んだ王は、妊婦を優しく抱(いだ)くその手が、間もなく血塗られることを予見していた。
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