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切り札発動
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五回の表、僕は本当にビックリするくらい簡単に、あっという間の三者凡退でマウンドを降りた。特に五番バッターは事前に聞いていた通り早打ちで、打ち頃に見えるように投げた初球へ簡単に手を出してくれて有難い。
でもありがたいとか余計なことを考えていたからか、その裏はすっかり同じことをされてしまった。ただし、あっさりと三者凡退ではなく、全員多少なりとも粘って数は放らせたので御の字だと考えるしかない。
六回表は下位打線だけど、気を抜くことなくしっかりと投げ切り三人で終わりにした。いつの間にか癖になっていたのを逆に利用し、完全に振りかぶるフォームから、両手をおでこで止めるように変えてからは、前よりも調子が良く安定感が増しているように思える。
さて、期待の一、二番が回ってきた。今度は勝負してくれるだろうか。連続敬遠なんて山尻勝実だって嫌だろうし、さっきはそれをきっかけに得点へつながったのだから、今度こそ勝負してきてくれるのを願うばかりだ。
だが木戸はあっさりと申告敬遠されてしまった。そして次の丸山のところでマウンドへ伝令が走る。木戸を敬遠しておいて丸山勝負は考えにくい。一体何があったのだろう。
マウンドでは首を振る勝実へ、伝令の部員とキャッチャーが話しかけているのが見える。その時相手ベンチから監督がでてきて投手交代を告げたようだ。勝実は納得できない様子でマウンドを蹴り、そして降りて行った。
投手は先日も投げたと言っていた二番手の左投手だ。バッターは右の丸山なのに、わざわざ左投手を出してくるなんてどういうつもりなのだろう。その答えはすぐに分かった。丸山のことも敬遠するつもりなのだ。
おそらく山尻勝実は連続敬遠を嫌ったのだろう。当然監督かコーチの指示だったに違いないが、逆らったのなら懲罰交代も辞さないと言うことだ。
交代した投手だって、申告敬遠で一球も投げないとなると再交代はできない。そのためうちの打順で左が並ぶところまでは投げることになるのだろう。大分球数を投げてから四日しかたっていないのに酷な采配をするのだなと、強豪の厳しさというか、選手へのいたわりの無さを感じる。
結局またノーアウト一、二塁のチャンスとなったのだが、木戸はここで動き、三番に入っている柏原先輩に変わって代打を送った。一か八かと言ったらかわいそうだが、勝負どころと見たのか、ナナコーの切り札であるカワの出番だ。
確実性はあまりないが、ここイチで意外な働きをするカワは頼りになる、気がする。どちらかというとムードメーカー的なところもあるが、ナインからの信頼は厚いのだ。それにずんぐりむっくりした体型とは裏腹に足もそこそこ速い。つまりゲッツーになりにくく、うまくすればワンナウト一、三塁が作れるだろう。
ネクストにいた柏原先輩とカワがハイタッチをして、それぞれベンチと打席へ向かう。
入念に足元を慣らしてからバットを構えたカワには迫力さえ感じる。深めに屈んでバットを垂直に立てるフォームは決してスマートではないけど、僕らにとっては見慣れた姿だ。
ボール、ストライクと見送った三球目、インサイドへ食い込んでくるスライダーを強振したカワはヘルメットを落とすくらい派手な空振りをした。スタンドからはどよめきが聞こえてくる。
さて、次はどう来るだろうか。僕なら低めの臭いとこをついてみるが、矢島のキャッチャーの考えはわからない。どちらかというと左右に揺さぶりたいタイプだとは思うのだが、インコースをあれだけ空振ったらもう一度中を責めたくなるかもしれない。
そして次のボールもインコースだった。今度はストレートだが、ここで虚を突かれた。いつサインが出ていたのかわからないが、ランナーが二人とも走っているではないか。まさかのランエンドヒット!?
その瞬間カワはバントの構えをしてスリーバントを決行したのだ。これまた虚を突かれた内野陣、いやそれだけじゃなくナナコーベンチにいるみんなも驚いている。プッシュ気味に転がったボールは投手の左側へ進み、ランナーを刺すことができず一塁のみアウトとなった。
ベンチもスタンドも大歓声でカワを褒め称えている。この大事な場面でまさかのスリーバントエンドランとは、木戸の奇策にはいつも驚かされる。
「すげえよカワ! さすが職人!」
「やっぱり切り札は頼りになるな!」
「センパイカッコよかったっす!」
ベンチから手厚い祝福を受けて、カワもまんざらではなさそうだ。しかしこの好機、なんとしても得点へ結びつけないとならない。
続いては先ほど勝ち越しのタイムリーヒットを放った涌井先輩だ。しかも今度はワンナウト二、三塁の大チャンスだ。だが力み過ぎたのか、涌井先輩は三振で帰ってきてしまった。
「すまん…… 横に大きく曲がるカーブが厄介だな。
山下は器用だから打ってくれると思いたいよ」
「涌井先輩ドンマイです!
さっき打ってるんだし気にする必要なんてないですよ!」
どうも気の利いたことが言えない僕だけど、それでも精いっぱい励ましの言葉を送った。とにかく今はチビベンに期待するしかない。
珍しくボックスの前側へ立ったチビベンは、初球にバントの構えを見せて見送った。ツーアウトからセフティースクイズなんて考えにくいけど、さっきカワが決めたスリーバントによって警戒心が高まっているようだ。
次は構えず見送った。しかし木戸がスタートを切るふりをしたせいなのか、大きく外れてボールツーとなった。こうなるとバッテリーは相当苦しくなってくる。ただでさえ低めや落ちるボールが投げづらいのに、ランナーにもバッターにも揺さぶられているのだから。
三球目、木戸が出したサインはバントでファール!? 甘めに入ってきたアウトサイドのスライダーを予定通りのバント失敗で、ボールは三塁線外側へ転がっていった。しかし木戸はすでにホームベースまで到着しており、いかにもスクイズが決まらなかったかのように悔しがっていた。その時チビベンに何やら話しかけてからサードへ戻っていった。
カウントはツーワンでバッティングカウントだ。サインが決まって四球目、チビベンがバントの構えをし、木戸はスタートを切った、が戻っていく。警戒しすぎたバッテリーは大きく外しており、これでスリーボールとなった。
結局四球目は勝負を避けるようにファーボール、なんとツーアウトながらノーヒットで満塁である。主力の二年生よりも一年生で勝負と考えた可能性もあるが、ベンチは我慢できなかったようで伝令が出される。こちらも作戦タイムだと言わんばかりに木戸と由布がサイン交換している。
そして打席にはナナコー最速のまこっちゃんだ。ランナーがいる場面での打席は今まで少なかったので緊張しているかもしれない。
そしてなんとここで木戸の! ナナコーの取った作戦はセフティースクイズだった! 初球を投手とファーストの間へ絶妙に転がしたのだが、左ピッチャーが逆ハンドで取ったことで捕球が遅れ、送球も逆手なので遅れ、二つが重なり一塁は余裕のセーフだった。
向こうのベンチで山尻勝実が荒れているのが見えた。そりゃそうだろう。指示を守って敬遠した上に、なにしたか知らないけど突然の交代。そしてその後の投手がアップアップで追加点となれば荒れる気持ちもわかる。
「よし! 畳み掛けるか、と思ったけど、シマに代打で長崎先輩行きますか!
満塁の見せ場ですからね、書道部だかの彼女へいいとこ見せちゃってー」
「なんでお前そんなの知ってんだよ!
まったく困ったやつだぜ」
長崎先輩が笑いながら打席へ向かって走り出した。替わりに戻ってきた嶋谷は不服そうにするかと思ったらホッとしている様子だった。
「主将すんません、やる気がないわけじゃないんですが……
どうにも緊張してしまって足が震えちゃってるんす」
「いやいや、準決で大活躍だったからな。
いいところだし先輩に花持たせてやってくれや」
木戸がうまくフォローをすると、笑顔に戻ったシマがベンチで大きな声を出しはじめた。だが早々うまくいくものでもなく、長崎先輩はあえなく凡退し三残塁を喰らってしまったのであった。
でもありがたいとか余計なことを考えていたからか、その裏はすっかり同じことをされてしまった。ただし、あっさりと三者凡退ではなく、全員多少なりとも粘って数は放らせたので御の字だと考えるしかない。
六回表は下位打線だけど、気を抜くことなくしっかりと投げ切り三人で終わりにした。いつの間にか癖になっていたのを逆に利用し、完全に振りかぶるフォームから、両手をおでこで止めるように変えてからは、前よりも調子が良く安定感が増しているように思える。
さて、期待の一、二番が回ってきた。今度は勝負してくれるだろうか。連続敬遠なんて山尻勝実だって嫌だろうし、さっきはそれをきっかけに得点へつながったのだから、今度こそ勝負してきてくれるのを願うばかりだ。
だが木戸はあっさりと申告敬遠されてしまった。そして次の丸山のところでマウンドへ伝令が走る。木戸を敬遠しておいて丸山勝負は考えにくい。一体何があったのだろう。
マウンドでは首を振る勝実へ、伝令の部員とキャッチャーが話しかけているのが見える。その時相手ベンチから監督がでてきて投手交代を告げたようだ。勝実は納得できない様子でマウンドを蹴り、そして降りて行った。
投手は先日も投げたと言っていた二番手の左投手だ。バッターは右の丸山なのに、わざわざ左投手を出してくるなんてどういうつもりなのだろう。その答えはすぐに分かった。丸山のことも敬遠するつもりなのだ。
おそらく山尻勝実は連続敬遠を嫌ったのだろう。当然監督かコーチの指示だったに違いないが、逆らったのなら懲罰交代も辞さないと言うことだ。
交代した投手だって、申告敬遠で一球も投げないとなると再交代はできない。そのためうちの打順で左が並ぶところまでは投げることになるのだろう。大分球数を投げてから四日しかたっていないのに酷な采配をするのだなと、強豪の厳しさというか、選手へのいたわりの無さを感じる。
結局またノーアウト一、二塁のチャンスとなったのだが、木戸はここで動き、三番に入っている柏原先輩に変わって代打を送った。一か八かと言ったらかわいそうだが、勝負どころと見たのか、ナナコーの切り札であるカワの出番だ。
確実性はあまりないが、ここイチで意外な働きをするカワは頼りになる、気がする。どちらかというとムードメーカー的なところもあるが、ナインからの信頼は厚いのだ。それにずんぐりむっくりした体型とは裏腹に足もそこそこ速い。つまりゲッツーになりにくく、うまくすればワンナウト一、三塁が作れるだろう。
ネクストにいた柏原先輩とカワがハイタッチをして、それぞれベンチと打席へ向かう。
入念に足元を慣らしてからバットを構えたカワには迫力さえ感じる。深めに屈んでバットを垂直に立てるフォームは決してスマートではないけど、僕らにとっては見慣れた姿だ。
ボール、ストライクと見送った三球目、インサイドへ食い込んでくるスライダーを強振したカワはヘルメットを落とすくらい派手な空振りをした。スタンドからはどよめきが聞こえてくる。
さて、次はどう来るだろうか。僕なら低めの臭いとこをついてみるが、矢島のキャッチャーの考えはわからない。どちらかというと左右に揺さぶりたいタイプだとは思うのだが、インコースをあれだけ空振ったらもう一度中を責めたくなるかもしれない。
そして次のボールもインコースだった。今度はストレートだが、ここで虚を突かれた。いつサインが出ていたのかわからないが、ランナーが二人とも走っているではないか。まさかのランエンドヒット!?
その瞬間カワはバントの構えをしてスリーバントを決行したのだ。これまた虚を突かれた内野陣、いやそれだけじゃなくナナコーベンチにいるみんなも驚いている。プッシュ気味に転がったボールは投手の左側へ進み、ランナーを刺すことができず一塁のみアウトとなった。
ベンチもスタンドも大歓声でカワを褒め称えている。この大事な場面でまさかのスリーバントエンドランとは、木戸の奇策にはいつも驚かされる。
「すげえよカワ! さすが職人!」
「やっぱり切り札は頼りになるな!」
「センパイカッコよかったっす!」
ベンチから手厚い祝福を受けて、カワもまんざらではなさそうだ。しかしこの好機、なんとしても得点へ結びつけないとならない。
続いては先ほど勝ち越しのタイムリーヒットを放った涌井先輩だ。しかも今度はワンナウト二、三塁の大チャンスだ。だが力み過ぎたのか、涌井先輩は三振で帰ってきてしまった。
「すまん…… 横に大きく曲がるカーブが厄介だな。
山下は器用だから打ってくれると思いたいよ」
「涌井先輩ドンマイです!
さっき打ってるんだし気にする必要なんてないですよ!」
どうも気の利いたことが言えない僕だけど、それでも精いっぱい励ましの言葉を送った。とにかく今はチビベンに期待するしかない。
珍しくボックスの前側へ立ったチビベンは、初球にバントの構えを見せて見送った。ツーアウトからセフティースクイズなんて考えにくいけど、さっきカワが決めたスリーバントによって警戒心が高まっているようだ。
次は構えず見送った。しかし木戸がスタートを切るふりをしたせいなのか、大きく外れてボールツーとなった。こうなるとバッテリーは相当苦しくなってくる。ただでさえ低めや落ちるボールが投げづらいのに、ランナーにもバッターにも揺さぶられているのだから。
三球目、木戸が出したサインはバントでファール!? 甘めに入ってきたアウトサイドのスライダーを予定通りのバント失敗で、ボールは三塁線外側へ転がっていった。しかし木戸はすでにホームベースまで到着しており、いかにもスクイズが決まらなかったかのように悔しがっていた。その時チビベンに何やら話しかけてからサードへ戻っていった。
カウントはツーワンでバッティングカウントだ。サインが決まって四球目、チビベンがバントの構えをし、木戸はスタートを切った、が戻っていく。警戒しすぎたバッテリーは大きく外しており、これでスリーボールとなった。
結局四球目は勝負を避けるようにファーボール、なんとツーアウトながらノーヒットで満塁である。主力の二年生よりも一年生で勝負と考えた可能性もあるが、ベンチは我慢できなかったようで伝令が出される。こちらも作戦タイムだと言わんばかりに木戸と由布がサイン交換している。
そして打席にはナナコー最速のまこっちゃんだ。ランナーがいる場面での打席は今まで少なかったので緊張しているかもしれない。
そしてなんとここで木戸の! ナナコーの取った作戦はセフティースクイズだった! 初球を投手とファーストの間へ絶妙に転がしたのだが、左ピッチャーが逆ハンドで取ったことで捕球が遅れ、送球も逆手なので遅れ、二つが重なり一塁は余裕のセーフだった。
向こうのベンチで山尻勝実が荒れているのが見えた。そりゃそうだろう。指示を守って敬遠した上に、なにしたか知らないけど突然の交代。そしてその後の投手がアップアップで追加点となれば荒れる気持ちもわかる。
「よし! 畳み掛けるか、と思ったけど、シマに代打で長崎先輩行きますか!
満塁の見せ場ですからね、書道部だかの彼女へいいとこ見せちゃってー」
「なんでお前そんなの知ってんだよ!
まったく困ったやつだぜ」
長崎先輩が笑いながら打席へ向かって走り出した。替わりに戻ってきた嶋谷は不服そうにするかと思ったらホッとしている様子だった。
「主将すんません、やる気がないわけじゃないんですが……
どうにも緊張してしまって足が震えちゃってるんす」
「いやいや、準決で大活躍だったからな。
いいところだし先輩に花持たせてやってくれや」
木戸がうまくフォローをすると、笑顔に戻ったシマがベンチで大きな声を出しはじめた。だが早々うまくいくものでもなく、長崎先輩はあえなく凡退し三残塁を喰らってしまったのであった。
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