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腑抜けに喝!

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「っざけんじゃねええよ!!
 あんでそんなにムラムラフラフラなんだよ!!」

 まったく言い訳の出来ないダメ加減で僕はうなだれてしまった。理由ははっきりしていて、出がけに咲といちゃいちゃしていたせいだろうけど、そんなこととても言えない。

「もう投げなくていいから走ってろ!
 打ってるやつが調子悪くなるわ!
 この頭ん中お花畑ヤローめ!!!」

「おい木戸、ちょっと言い過ぎじゃないか?
 カズだって反省してうなだれてるじゃないか」

 チビベンのフォローが心に突き刺さる。いつもならからかう側に回りそうな丸山が黙っているのも返って辛く感じてしまう。

 だが木戸の言うことはもっともだ。今朝の僕はホントどうしようもない棒球しか投げられず、確かに打っている方がおかしくなってしまいそうだった。

「いいんだチビベン、僕が悪いんだから。
 走って汗を流してくるよ。
 さすがに放課後までには立て直したいからさ」

「おうおう、そうしろや!!
 気合が足りねーんだ、コンチクショー!!」

 一年生は初めてと言っていいくらいに木戸の本気激を見たので萎縮している。でもこれは僕やチビベンくらいにしかやらないことだ。まあ他の部員はそこまで精神的なムラがないのと、信頼関係の強さによるものだと僕は考えている。

 キャラ的に一番言われそうに思われる丸山は、こと野球に関してはクソまじめで、体調管理も調子の波管理もしっかりできる有能なやつだ。あえて言うなら木戸と賭けをする癖が問題ではあるが、それもこの二人のじゃれあいみたいなものなので、僕以外誰も文句は言わない。

 一方、僕を怒鳴りつけた木戸の調子も最悪である。ビンタの後を隠すために貼っていたキッチンペーパーをはがされた後、好意で薬を塗られ湿布まで貼られてめでたしめでたし。となるはずが、それが目に染みて辛い様子だ。

 しかし、せっかく由布が手当てしてくれたのだから文句は言えず、バッティングどころかキャッチボールもままならないのだった。まあ僕と違って腑抜けているわけではないのだけど……

 とにかく今できるのは走ることだけ。といっても足取りは重く、いつものように快足とはいかないのが現状だ。今までの経験からすると、明日には戻って明後日には快調になっているはずなので、それまでごまかしながらやるしかない。

 こうして最悪な朝練を終えて、僕はしばし休息を取るのだった。


◇◇◇


 なんだか教室が騒がしい。なにかが起きているのか?

「誰かあ、そこで寝ている野球バカを起こしてちょうだいよ……」

 これは真弓先生の声だ。確か英語は三時間目のはず…… まだ一時間目? いやホームルームかなあ……

「真弓ちゃん先生ってば今日元気ないね」
「きっとまた飲みすぎじゃない?」

 女子生徒の声が聞こえてくる。それになんだか背中に刺さっているような……

「カズ君、そろそろ起きなさい?
 真弓先生が怒ってるわ」

「今何時間目? 英語?」

「もう三時間目よ。
 あと少し頑張りなさいな」

 背中に刺さっていると思ったのはノートの角だった。咲が後ろから突っついて起こしてくれていたのである。かといって飛び起きる元気はない。

「もういいわあ、今日は諦めましょ……
 それじゃ教科書の20P、阿南君が読んで井上さんが訳してみて」

「はーい」

 どうやら授業は滞りなく進んでいるようだ。咲も諦めてノートを引っ込めてくれた。こうしてゆっくりと体を休める時間があるというのは嬉しいことだ。

 いつの間にか四時間目も終わって昼になった。教室中がざわめきだすとさすがに目が覚める。僕も購買へ行って弁当を調達しないといけない。

 いつもと同じように木戸たちが迎えに来てひと悶着あった後、僕たちは部室へ向かった。朝のような剣幕で怒鳴られたのは久しぶりだけど、少し間をあけると何も無かったように振舞えるのが、コイツのいいところでもあり悪いところなのかもしれない。

 部室で昼飯を食べ終わると、木戸と丸山はテーブルへ突っ伏してすぐに寝てしまった。

「木戸のやつ、早弁もしないで朝からずっと寝てたのにまだ寝るのかよ。
 しかもマルマンまで寝るなんて珍しいな。
 昨日何かあったのか?」

「ああ、ちょっと色々あってさ。
 僕の父さんたちが、ごっさん亭で遅くまで大騒ぎしてたから疲れてるんだろうな。
 丸山も付き合わせちゃったから寝不足だと思うよ」

 チビベンからごく当然な疑問が投げかけられる。僕は別に隠すようなことでもないので正直に説明した。すると三田が驚くことを言いはじめる。

「親が酒飲みだと大変だよな。
 うちのおやも酒癖悪くてさ。
 夜中に帰ってきて騒ぐんだけど、とうとう母親が怒って出て行っちゃったんだぜ?」

「マジか!?
 それってすげえ大変じゃんか!」

 確かにチビベンの言う通りただ事じゃない。生活は大丈夫なのだろうかと心配になる。

「だからこないだから弁当ないんだよ。
 購買でも構わねえけど、同じのばっかだと飽きるから早く帰ってきてほしいぜ」

「しかも最近の話かよ!
 酒飲みマジヤベエな……
 うちの親は酒飲まないからそういうの無縁で良かったよ」

 三田の話を聞くと、両親揃って酔っ払いの方がまだマシに感じてしまう。なんというか、隣の芝が枯れて見えるような気持ちだ。

 予鈴が鳴り、僕たちは教室へ引き上げていった。朝も昼もろくでもない話ばかりだったからか、一年生は引いてしまっている。でも二年生だけで食べているときも、会話の内容は大差ないとはあえて教えなかった。

 教室前の廊下まで来て、僕たちがそれぞれの教室へ戻ろうとしたその時、思わぬ人物が話しかけてきた。

「相変わらず野球バカ部はうるさいわね」

 突然毒舌を履いたのは小野寺小町だ。横には咲もいて、目が合った僕はなぜか照れてしまった。

「そう言えば数日前、三田君のご実家の和菓子屋へ行ったらお母さまがお店ににいたわよ。
 うちの母親とは旧知の仲だから事情聞いてしまったけど…… なんだか大変ね」

「ええ!? マジでうちの母さんあそこにいたの?
 連絡しても電話は出ないしメールも返ってこなくて参ってたんだよ。
 じいさんのこと苦手なんだけど、帰りに寄ってみるかあ。
 サンキューな」

 小町が話しかけてきたことにも驚いたが、怒鳴りつけたりしないで普通に会話をしていることにもビックリだ。いったい何があったのか、と考えてみると、木戸が謝った件が思い浮かぶ。でもそれは十年くらい前の出来事に対して今更謝っただけなのに!?

 ホント、女子の考えることは謎だらけだな、と思う僕だった。
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