上 下
146 / 158

ぬけがら

しおりを挟む
 僕と咲は付き合うことになった。つまり恋人同士になったということだ。どう考えても順序が逆で、元々は出会ったときのキスから始まった関係だったのだから。

 それからもたびたびどころか、もう数えきれないくらいキスをして、それよりちょっと背伸びしたこともしてしまった。さすがに最後の一戦は超えないよう耐えているつもりだが、なんとなくすでに超えてしまったような気もしている。

 だけど今までのことはそれとして、今日は正式に付き合うと宣言してから初めてのキスだったからか気分が違う。僕はジャージ、咲はパジャマ、キスをしているのは玄関ホールの床の上という微妙なシチュエーションではあるけれど。

 お互いがお互いを必要として求め合う。口元から首筋へと這うように移動していく咲の唇は、優しく緩やかな動きにもかかわらず僕の心を激しく掻き混ぜていく。

「はっ、はあぁ…… んんん…… 我慢できないの……」

 僕の身体に咲がふれた証を残していくように、いたるところに唇が触れていく。そのうち咲の小さな手のひらが僕の頬を挟み込み、顔を強く押し付けてきた。それは唇が重なるなんてものじゃない。そのまま僕のすべてが飲みこまれてしまうくらい激しい、そして嬉しく強いキスだ。

「はあ…… はあ…… ふう……」
「はっ…… はああ……」

 二人の息遣いが激しくなり、そして熱を帯びて吹き抜けの一番上まで立ち上っていく。実際にそんなことがあるわけないが、二人の重なり合いはそれほど情熱的なものだった。

 段々と頭の中が白くなっていき気を失いそうだ。もう咲の姿がろくに見えなくなっている。でも体にかかる重さで、確かにそこにいるのだということは間違いなく、それがまた非現実的というのか、夢心地とでもいうのか、とにかく考えるよりも感じると言ったところだ。

 咲が息継ぎのように顔をあげると、唾液がポツリと降ってくる。ふふっと小さく聞こえる笑い声の後にそれは拭われて、その声の主は再び僕の唇を塞ぎにかかる。

 舌の先が触れ合うとお互いの体がピクッと細かく震え、さらに繰り返し唇を奪い合う。首元へ降り注ぐ長い髪は少しくすぐったいけれど、それも咲の一部だと強く認識できるので、僕にとっては大好きな感覚だ。

 いつしか自分の体はすべて溶けてしまい、咲の中へと取り込まれていく。例えるならプリンへ差し込まれたスプーンになったような気分とでも言えばいいのか。

 スマホが振動している音が少し離れたところから聞こえてくる。なんだか感覚だけが肉体の外にいて、少し離れた所にいるようにも思える。僕はぬけがらを探すようにもがいてみるが、手には何も触れないどころか、自分の手がどこにあるのかもわからなかった。

 やがて僕は何も見えなくなり、聞こえなくなり、意識を失った……


「ねえ? さっきから何度も電話がなってるわよ?
 時間もあまりないみたいだけど平気かしら?」

「えっ!? マジで!?」

 僕は慌ててポケットからスマホを取り出そうとする。しかし、腰の辺りにあったのはタオルケットだった。本来ジャージのズボンがある位置には何もなく、もちろん? 上半身も裸だった……

「まさかこれって…… 裸じゃないか!
 僕はなにをやってるんだ……」

「うふふ、ごめんなさいね。
 汗で冷えるといけないから全部拭いてしまったの。
 ちゃんと全身綺麗になっているはずだから、シャワーせずに学校行かれると思うわ」

「な、なるほど…… それはありがとう。
 でも全身拭くのはまずいでしょ……」

「迷惑だったかしら?
 昨晩カオリもそうしたし、赤ちゃんやお年寄りに同じことをすることだってあるじゃない?」

 言っていることはもっともらしく聞こえるが、僕は赤ちゃんでも介護されるような年齢でもない。かといって何か言い返す必要性は感じなかった。だって本当にありがたいと思ってしまったのだ。

「そっか、ありがとう。
 おかげで遅刻せずに済みそうだよ。
 着替えは……」

「こっちで干しているから今持ってくるわね。
 でも本当に間に合うかしら……?」

「大丈夫、時間に余裕あるし、走れば全然余裕さ」

 玄関にかかっている時計を見ながら立ち上がった。いや、立ち上がろうとしたが力が入らない。結局そのままペタンと座り込んでしまった。

「また加減を間違えたかしら……
 大丈夫? 立ち上がれそう?」

「う、うん……
 おかしいなあ、ちゃんと立ったつもりなんだけど……」

 もう一度立ち上がるとやはりふらついて咲へもたれかかってしまった。すると咲が僕を抱えてその場へ座り顔を振れるくらいまで近づけてきた。

「力を抜いて楽にして。
 目を閉じて私を感じてちょうだいね」

 そう言ってからキスをする。いつもならお互いを求め合うようなその行為、しかし今の僕は呆けたままただただ受け入れていた。

 ほんのわずかな時間が過ぎた後、咲がまた呟く。

「これでどうかしら?
 少しは力が入るようになっていたらいいのだけれど?」

 試しに立ち上がってみるとどうやら大丈夫なようだ。僕はタオルケットを巻いたままの情けない姿で歩き、廊下で干してもらっていたジャージを手に取る。一緒に掛けてあったパンツを真っ先に手に取ると、今までこんなに早くパンツをはいたことは無いってくらいの速度で着替えはじめた。

「それじゃ帰って学校行く支度するよ。
 もしかして今日って…… 僕調子悪い日?
 四日後の決勝は大丈夫だよね?」

「調子悪いなんてことないわ。
 誰しも飛び上がる前には屈むでしょ?
 その波が来ると言うだけの話なのよ。
 もちろん四日後には問題ないわ」

「そうか、物は考えようだね。
 決勝でも投げるはずだから、そこで最高潮になればバッチリさ!」

「あら。四日後って土曜日じゃない。
 どうやら次は応援に行かれそうね」

「そうそう、昨日慌ただしすぎて伝えられてなかったんだ。
 いいとこ見せるから必ず来てよ!」

「いいところを見せようなんてしなくていいわ。
 自分の力を出し切れば、きっといい結果になるのだから。
 そうでしょ? 私の愛しいキミの力ならね」

「そうだね!
 気負いすぎないようにしないとだな。
 自分を知り、信じ、過信せずに、ね」

 咲はその通りだと頷いて僕を送り出してくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

先輩に振られた。でも、いとこと幼馴染が結婚したいという想いを伝えてくる。俺を振った先輩は、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。

のんびりとゆっくり
青春
俺、海春夢海(うみはるゆめうみ)。俺は高校一年生の時、先輩に振られた。高校二年生の始業式の日、俺は、いとこの春島紗緒里(はるしまさおり)ちゃんと再会を果たす。彼女は、幼い頃もかわいかったが、より一層かわいくなっていた。彼女は、俺に恋している。そして、婚約して結婚したい、と言ってきている。戸惑いながらも、彼女の熱い想いに、次第に彼女に傾いていく俺の心。そして、かわいい子で幼馴染の夏森寿々子(なつもりすずこ)ちゃんも、俺と婚約して結婚してほしい、という気持ちを伝えてきた。先輩は、その後、付き合ってほしいと言ってきたが、間に合わない。俺のデレデレ、甘々でラブラブな青春が、今始まろうとしている。この作品は、「小説家になろう」様「カクヨム」様にも投稿しています。「小説家になろう」様「カクヨム」様への投稿は、「先輩に振られた俺。でも、その後、いとこと幼馴染が婚約して結婚したい、という想いを一生懸命伝えてくる。俺を振った先輩が付き合ってほしいと言ってきても、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。」という題名でしています。

バスケ部員のラブストーリー

小説好きカズナリ
青春
主人公高田まさるは高校2年のバスケ部員。 同じく、女子バスケ部の街道みなみも高校2年のバスケ部員。 実は2人は小学からの幼なじみだった。 2人の関係は進展するのか? ※はじめは短編でスタートします。文字が増えたら、長編に変えます。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...