上 下
131 / 158

出番が来ない

しおりを挟む
 いよいよ夏の予選が始まり、一、二回戦は楽勝で勝ち上がった。

 一回戦は兄さんの出身校で進学校の富良長高校だったが、ここははっきり言ってそんなに練習もしていないはずなのでめちゃくちゃ弱い。木尾が四球がらみの一点で抑えて五回コールド勝ちだった。

 二回戦は県立ナンバーワンと言われていた美能杉工業だが、元々県立全体のレベルがそれほど高くないので、今のナナコーにとって敵ではない。それでもハカセが打ち込まれて四点取られてしまい、追いかける展開となった。しかし終わってみれば十五点取ってコールドゲームとなる。

 問題は三回戦で、こちらは私立の強豪である矢島実業を破って大金星を挙げた、私立鞍名田国際高校が相手だった。ここで三田が先発したのだが、毎回ランナーを出して危ういピッチング、でも点は取られず何とかしのいでいたが、五回表に四球とエラー、押し出しとタイムリーで同点になってしまった。

 しかしその直後、三田の打順へ代打で出たカワが出塁すると、いきなりつるべ打ちの大量得点、次の回も得点を重ね十点差がついてコールドとなった。

「いくら点差がついたからって、あそこの継投は僕でも良かったんじゃないのか?
 まだ一度も投げてないからちょっと不安だし不満だよ」

 試合後に僕は木戸へ愚痴をこぼした。まあそうは言ったが、後を継いで無失点に抑えた木尾は自信になっただろうから作戦通りなんだろう。

「次は絶対先発だから気合入れておけよ。
 準決で松白破って決勝行きさ」

「やっぱ松白はそつがないな。
 中継プレーとか早いし、エラーしそうな雰囲気もない。
 とびぬけたのはいなかったけど、全員打ちまくる打撃のチームって感じたな」

「吉田センパイ!!
 松白の一番は要注意です!!!
 今回の予選だけですでに三ホーマー、主将と同じですからね!!!
 ちなみにトップは我らが丸山センパイの五本です!」

「トップバッターで三本はヤバいね。
 丸山の三試合五本も相当ヤバいけど」

「松白は、すでにスカウトが見に来ているなんて話も出ていますよ!?
 今年はバッターの当たり年らしいです!!」

 最近大人しいと思っていた由布だが、公式戦が始まり出番がやってくるとやっぱりうるさい。昼に部室でミーティングしているときは大分静かだったけど、なにか理由でもあるのだろうか。

「んじゃまあ帰りますかー
 パン子が差し入れもって待ってるらしいから、腹減ってるやつはたらふく食えよ!
 あと、次の試合は県営球場で第一試合だから間違えないようにな。
 朝早めでバスの本数が少ないから早めに出るんだぜ?」

 木戸が話し終ると僕たちは学校へ向かって歩き出した。その横を鞍名田国際のバスが通り過ぎていく。羨ましさを感じつつふと見ると、中には泣いている選手もいる。立場が逆なら自分たちがああなっていたのだろうが、勝負は時の運、当たり前だが買った者だけが勝者だ。どんなに善戦しても一度負けたらすべてが終わる、それがトーナメント戦であり高校野球の大会なのだから。

 学校へ帰ってから副校長へ報告し、教室へ戻る。授業中だが廊下で待っていても仕方ないので中へ入った。するとクラス中が一斉に振り返り何かを期待している様子だ。すでに勝ったことは知っているだろうけど、僕は大げさに拳を突き上げて勝ったぞー! と大きな声で応えた。

 クラス中は大騒ぎとなったが、先生も諦め気味で手を叩いてくれた。同じように、他の教室からも歓声が上がっているのが聞こえてくる。次は去年の甲子園出場校である、帝端豆大付属松白高校戦だ。しかも僕が先発なのだから絶対に勝たなければならない。

 山尻康子やその兄貴が通う私立矢島学園も順調に勝ち上がっているので、お互い準決を勝ったら決勝での再戦となる。そうなったらおそらく僕は連投することになるだろう。だけど温存なんてできないから、松白へは最初から全力で挑むつもりだ。

 自分の席へ座ると、後ろから咲がおめでとうとささやいてくれた。僕は礼を言ってから、でも出番は無かったと伝えた。

 放課後の練習はストレッチ中心で軽めの調整だけ。でも出番がなかった僕をはじめとする数人は、ランニングやバッティング練習を行い汗を流す。念のため少し投げておくかと木戸に言ってブルペンへ向かった。

「あれよー、ジャイロって言うやつさ、もっと遅いの投げられないのか?
 低めに曲がって落ちる感じでさ。
 スライダーでもいいけど投げられるならそっちがいいな」

「あれってスピン掛けるから力入るんだよね。
 でもやれないことは無いと思う。
 ちょっと試してみるか」

 木戸は真ん中低めに構えたので、そこめがけてやや力を入れずにボールを投げ込んだ。どちらかというとストライクからボールになる球で、軌道的にはスプリットに近いかもしれない。

 次はもう少し高めの要求だった。同じように投げると低めのストライクゾーンにうまくコントロールできている。力を入れすぎないことでコントロールは付きやすいかもしれない。

「マルマーン! ちょっと来て立ってくれ。
 絶対打つなよ?」

「んじゃいかねー」

 今日の試合でも打ちまくったマルマンは気の無い返事をし、もう店じまいと言ったたたずまいでスマホをいじっている。どうやらバレー部の後輩とは上手くやれているみたいだ。

「じゃあ打ってもいいよ。
 でも終わったらグラウンド整備やるんだからな?
 だからネット持ってきてくれ。
 あと元気な一年坊いたら内野守備頼む」

 丸山が勢いよく立ちあがってネットを運んできた。打ってくるならもちろんマウンドへ移動することになる。使わなければトンボ掛けしなくても済むのになあと思いつつ、松白との試合のためだからと自分へ言い聞かせた。

「こっちのサインが落ちるやつ、こっちが逆回転のやつな。
 一応狙いとしてはど真ん中に見えることだから意識してみてくれ」

 木戸の指示に頷いた僕は、おそらく打たせて取るボールを探っているんだろうと当たりをつけた。準決決勝と連投が見えてる僕はその意見に大賛成だ。

 丸山と木戸はまた何かしゃべっている。ホントこいつらは緊張感のかけらもない。どうせラーメンかたい焼きの相談だろうから、ほっといて気にしないのが一番だ。

 ようやく準備ができると木戸からサインが出た。要求はほぼ真ん中で落ちるジャイロだ。自分で投げておいてアレだけど、どう見ても丸山クラスには打ち頃の速度に思える。しかし結果はボテボテッと内野ゴロだ。

 次は同じコースへツーシームジャイロ、これも打ち頃に見える速度だが、バットの先に当たりやっぱり内野ゴロになった。続けて何球か投げるが全部内野ゴロだ。もしかしてこれは凄い事なのかも?

 そしてフォーシームの逆回転ジャイロを内角へ投げたら、今度は内野フライになった。こちらも同じように続けて投げるが空振りか内野フライだ。

「よお、なんかおかしくね?
 さっきから完璧にとらえてるはずなのにちゃんと飛ばねえぞ?
 変化してるようには見えないけどなあ」

 丸山もさすがにイラついている様子だ。

「振らないなら普通のボールを真ん中に投げさせるぞ?
 そんで違いを見てみたらどうだ?」

「それも有りだな。
 カズ、頼んだー!」

 それならばと、僕は普通にフォーシームのストレートを投げる。すると丸山は約束を破ってフルスイングし、打球はグラウンドの奥も奥、ネットを超えて場外へ消えていった。

「おおおーい!
 振るんじゃねえよ!
 ボール無くなったじゃねえか!」

 僕は呆れるだけだが、木戸は怒りをあらわにしている。確かにこれでは実験や練習にならない。

「いや、見送ろうと思ってたはずなんだけど、あまりに打ち頃だったから反射的に振っちまった。
 今のが普通のボールか、めちゃ遅かったな」

「別に遅くはねえだろ、アレを一発で仕留められるやつはそうそう居ないぜ?
 じゃあまたやるぞ?」

 木戸が座ってサインを出したので、僕は要求通りに真ん中へツーシームジャイロを投げる。するとやっぱり丸山の打球は土ぼこりを上げ地面を転がっていった。

「そうか一瞬伸びて見えるんだけど、最後は沈んでるんだな。
 次は打つ!」

 ホントに打てるのか、いや、打ってくるだろうなと思いながら木戸を見ると、逆回転のサインだった。頷いて投げると丸山はフルスイングし、打球は高く高く上空へ打ち出されたあと木戸のミットへおさまった。

「オッケー! 今日はここまでだ!
 悪いけど一年坊はマルマンと一緒にグラウンド整備頼むわ。
 あとで鯛焼きおごってやるからかんべんしてくれ。
 マネちゃんはちょい部室まで来てくれ」

 僕たちがネットを片付けたりトンボ掛けをしたりしている間、木戸とチビベン、それに由布は部室の前で何やら相談していた。中へ入らないなら移動することもなかったのに、何かまた策を巡らせているのだろうと、その時はまだ軽く考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

夜の公園、誰かが喘いでる

ヘロディア
恋愛
塾の居残りに引っかかった主人公。 しかし、帰り道に近道をしたところ、夜の公園から喘ぎ声が聞こえてきて…

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

世界で俺だけが幼馴染の事を知らない

なつのさんち
ライト文芸
ある日の朝、起きると知らない女の子が俺の上に跨っていた。え、誰!? 知らない女の子は俺の幼馴染らしい。妹や両親が口を揃えて言う。 いやいやいや、忘れた訳ではなくて最初から知らないんだけど。 とりあえず学校へ行くが、みんな自称幼馴染が元からいるかのように振舞っている。 もしかして、世界で俺だけが幼馴染の事を知らないのか!? そしてこのタイミングで転校生が。何とこちらは知っている女の子でした。 知らない幼馴染と知っていた転校生が俺を巡ってひっちゃかめっちゃかする、そんなお話が突然変化します。

女の子なんてなりたくない?

我破破
恋愛
これは、「男」を取り戻す為の戦いだ――― 突如として「金の玉」を奪われ、女体化させられた桜田憧太は、「金の玉」を取り戻す為の戦いに巻き込まれてしまう。 魔法少女となった桜田憧太は大好きなあの娘に思いを告げる為、「男」を取り戻そうと奮闘するが……? ついにコミカライズ版も出ました。待望の新作を見届けよ‼ https://www.alphapolis.co.jp/manga/216382439/225307113

処理中です...