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出番が来ない
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いよいよ夏の予選が始まり、一、二回戦は楽勝で勝ち上がった。
一回戦は兄さんの出身校で進学校の富良長高校だったが、ここははっきり言ってそんなに練習もしていないはずなのでめちゃくちゃ弱い。木尾が四球がらみの一点で抑えて五回コールド勝ちだった。
二回戦は県立ナンバーワンと言われていた美能杉工業だが、元々県立全体のレベルがそれほど高くないので、今のナナコーにとって敵ではない。それでもハカセが打ち込まれて四点取られてしまい、追いかける展開となった。しかし終わってみれば十五点取ってコールドゲームとなる。
問題は三回戦で、こちらは私立の強豪である矢島実業を破って大金星を挙げた、私立鞍名田国際高校が相手だった。ここで三田が先発したのだが、毎回ランナーを出して危ういピッチング、でも点は取られず何とかしのいでいたが、五回表に四球とエラー、押し出しとタイムリーで同点になってしまった。
しかしその直後、三田の打順へ代打で出たカワが出塁すると、いきなりつるべ打ちの大量得点、次の回も得点を重ね十点差がついてコールドとなった。
「いくら点差がついたからって、あそこの継投は僕でも良かったんじゃないのか?
まだ一度も投げてないからちょっと不安だし不満だよ」
試合後に僕は木戸へ愚痴をこぼした。まあそうは言ったが、後を継いで無失点に抑えた木尾は自信になっただろうから作戦通りなんだろう。
「次は絶対先発だから気合入れておけよ。
準決で松白破って決勝行きさ」
「やっぱ松白はそつがないな。
中継プレーとか早いし、エラーしそうな雰囲気もない。
とびぬけたのはいなかったけど、全員打ちまくる打撃のチームって感じたな」
「吉田センパイ!!
松白の一番は要注意です!!!
今回の予選だけですでに三ホーマー、主将と同じですからね!!!
ちなみにトップは我らが丸山センパイの五本です!」
「トップバッターで三本はヤバいね。
丸山の三試合五本も相当ヤバいけど」
「松白は、すでにスカウトが見に来ているなんて話も出ていますよ!?
今年はバッターの当たり年らしいです!!」
最近大人しいと思っていた由布だが、公式戦が始まり出番がやってくるとやっぱりうるさい。昼に部室でミーティングしているときは大分静かだったけど、なにか理由でもあるのだろうか。
「んじゃまあ帰りますかー
パン子が差し入れもって待ってるらしいから、腹減ってるやつはたらふく食えよ!
あと、次の試合は県営球場で第一試合だから間違えないようにな。
朝早めでバスの本数が少ないから早めに出るんだぜ?」
木戸が話し終ると僕たちは学校へ向かって歩き出した。その横を鞍名田国際のバスが通り過ぎていく。羨ましさを感じつつふと見ると、中には泣いている選手もいる。立場が逆なら自分たちがああなっていたのだろうが、勝負は時の運、当たり前だが買った者だけが勝者だ。どんなに善戦しても一度負けたらすべてが終わる、それがトーナメント戦であり高校野球の大会なのだから。
学校へ帰ってから副校長へ報告し、教室へ戻る。授業中だが廊下で待っていても仕方ないので中へ入った。するとクラス中が一斉に振り返り何かを期待している様子だ。すでに勝ったことは知っているだろうけど、僕は大げさに拳を突き上げて勝ったぞー! と大きな声で応えた。
クラス中は大騒ぎとなったが、先生も諦め気味で手を叩いてくれた。同じように、他の教室からも歓声が上がっているのが聞こえてくる。次は去年の甲子園出場校である、帝端豆大付属松白高校戦だ。しかも僕が先発なのだから絶対に勝たなければならない。
山尻康子やその兄貴が通う私立矢島学園も順調に勝ち上がっているので、お互い準決を勝ったら決勝での再戦となる。そうなったらおそらく僕は連投することになるだろう。だけど温存なんてできないから、松白へは最初から全力で挑むつもりだ。
自分の席へ座ると、後ろから咲がおめでとうとささやいてくれた。僕は礼を言ってから、でも出番は無かったと伝えた。
放課後の練習はストレッチ中心で軽めの調整だけ。でも出番がなかった僕をはじめとする数人は、ランニングやバッティング練習を行い汗を流す。念のため少し投げておくかと木戸に言ってブルペンへ向かった。
「あれよー、ジャイロって言うやつさ、もっと遅いの投げられないのか?
低めに曲がって落ちる感じでさ。
スライダーでもいいけど投げられるならそっちがいいな」
「あれってスピン掛けるから力入るんだよね。
でもやれないことは無いと思う。
ちょっと試してみるか」
木戸は真ん中低めに構えたので、そこめがけてやや力を入れずにボールを投げ込んだ。どちらかというとストライクからボールになる球で、軌道的にはスプリットに近いかもしれない。
次はもう少し高めの要求だった。同じように投げると低めのストライクゾーンにうまくコントロールできている。力を入れすぎないことでコントロールは付きやすいかもしれない。
「マルマーン! ちょっと来て立ってくれ。
絶対打つなよ?」
「んじゃいかねー」
今日の試合でも打ちまくったマルマンは気の無い返事をし、もう店じまいと言ったたたずまいでスマホをいじっている。どうやらバレー部の後輩とは上手くやれているみたいだ。
「じゃあ打ってもいいよ。
でも終わったらグラウンド整備やるんだからな?
だからネット持ってきてくれ。
あと元気な一年坊いたら内野守備頼む」
丸山が勢いよく立ちあがってネットを運んできた。打ってくるならもちろんマウンドへ移動することになる。使わなければトンボ掛けしなくても済むのになあと思いつつ、松白との試合のためだからと自分へ言い聞かせた。
「こっちのサインが落ちるやつ、こっちが逆回転のやつな。
一応狙いとしてはど真ん中に見えることだから意識してみてくれ」
木戸の指示に頷いた僕は、おそらく打たせて取るボールを探っているんだろうと当たりをつけた。準決決勝と連投が見えてる僕はその意見に大賛成だ。
丸山と木戸はまた何かしゃべっている。ホントこいつらは緊張感のかけらもない。どうせラーメンかたい焼きの相談だろうから、ほっといて気にしないのが一番だ。
ようやく準備ができると木戸からサインが出た。要求はほぼ真ん中で落ちるジャイロだ。自分で投げておいてアレだけど、どう見ても丸山クラスには打ち頃の速度に思える。しかし結果はボテボテッと内野ゴロだ。
次は同じコースへツーシームジャイロ、これも打ち頃に見える速度だが、バットの先に当たりやっぱり内野ゴロになった。続けて何球か投げるが全部内野ゴロだ。もしかしてこれは凄い事なのかも?
そしてフォーシームの逆回転ジャイロを内角へ投げたら、今度は内野フライになった。こちらも同じように続けて投げるが空振りか内野フライだ。
「よお、なんかおかしくね?
さっきから完璧にとらえてるはずなのにちゃんと飛ばねえぞ?
変化してるようには見えないけどなあ」
丸山もさすがにイラついている様子だ。
「振らないなら普通のボールを真ん中に投げさせるぞ?
そんで違いを見てみたらどうだ?」
「それも有りだな。
カズ、頼んだー!」
それならばと、僕は普通にフォーシームのストレートを投げる。すると丸山は約束を破ってフルスイングし、打球はグラウンドの奥も奥、ネットを超えて場外へ消えていった。
「おおおーい!
振るんじゃねえよ!
ボール無くなったじゃねえか!」
僕は呆れるだけだが、木戸は怒りをあらわにしている。確かにこれでは実験や練習にならない。
「いや、見送ろうと思ってたはずなんだけど、あまりに打ち頃だったから反射的に振っちまった。
今のが普通のボールか、めちゃ遅かったな」
「別に遅くはねえだろ、アレを一発で仕留められるやつはそうそう居ないぜ?
じゃあまたやるぞ?」
木戸が座ってサインを出したので、僕は要求通りに真ん中へツーシームジャイロを投げる。するとやっぱり丸山の打球は土ぼこりを上げ地面を転がっていった。
「そうか一瞬伸びて見えるんだけど、最後は沈んでるんだな。
次は打つ!」
ホントに打てるのか、いや、打ってくるだろうなと思いながら木戸を見ると、逆回転のサインだった。頷いて投げると丸山はフルスイングし、打球は高く高く上空へ打ち出されたあと木戸のミットへおさまった。
「オッケー! 今日はここまでだ!
悪いけど一年坊はマルマンと一緒にグラウンド整備頼むわ。
あとで鯛焼きおごってやるからかんべんしてくれ。
マネちゃんはちょい部室まで来てくれ」
僕たちがネットを片付けたりトンボ掛けをしたりしている間、木戸とチビベン、それに由布は部室の前で何やら相談していた。中へ入らないなら移動することもなかったのに、何かまた策を巡らせているのだろうと、その時はまだ軽く考えていた。
一回戦は兄さんの出身校で進学校の富良長高校だったが、ここははっきり言ってそんなに練習もしていないはずなのでめちゃくちゃ弱い。木尾が四球がらみの一点で抑えて五回コールド勝ちだった。
二回戦は県立ナンバーワンと言われていた美能杉工業だが、元々県立全体のレベルがそれほど高くないので、今のナナコーにとって敵ではない。それでもハカセが打ち込まれて四点取られてしまい、追いかける展開となった。しかし終わってみれば十五点取ってコールドゲームとなる。
問題は三回戦で、こちらは私立の強豪である矢島実業を破って大金星を挙げた、私立鞍名田国際高校が相手だった。ここで三田が先発したのだが、毎回ランナーを出して危ういピッチング、でも点は取られず何とかしのいでいたが、五回表に四球とエラー、押し出しとタイムリーで同点になってしまった。
しかしその直後、三田の打順へ代打で出たカワが出塁すると、いきなりつるべ打ちの大量得点、次の回も得点を重ね十点差がついてコールドとなった。
「いくら点差がついたからって、あそこの継投は僕でも良かったんじゃないのか?
まだ一度も投げてないからちょっと不安だし不満だよ」
試合後に僕は木戸へ愚痴をこぼした。まあそうは言ったが、後を継いで無失点に抑えた木尾は自信になっただろうから作戦通りなんだろう。
「次は絶対先発だから気合入れておけよ。
準決で松白破って決勝行きさ」
「やっぱ松白はそつがないな。
中継プレーとか早いし、エラーしそうな雰囲気もない。
とびぬけたのはいなかったけど、全員打ちまくる打撃のチームって感じたな」
「吉田センパイ!!
松白の一番は要注意です!!!
今回の予選だけですでに三ホーマー、主将と同じですからね!!!
ちなみにトップは我らが丸山センパイの五本です!」
「トップバッターで三本はヤバいね。
丸山の三試合五本も相当ヤバいけど」
「松白は、すでにスカウトが見に来ているなんて話も出ていますよ!?
今年はバッターの当たり年らしいです!!」
最近大人しいと思っていた由布だが、公式戦が始まり出番がやってくるとやっぱりうるさい。昼に部室でミーティングしているときは大分静かだったけど、なにか理由でもあるのだろうか。
「んじゃまあ帰りますかー
パン子が差し入れもって待ってるらしいから、腹減ってるやつはたらふく食えよ!
あと、次の試合は県営球場で第一試合だから間違えないようにな。
朝早めでバスの本数が少ないから早めに出るんだぜ?」
木戸が話し終ると僕たちは学校へ向かって歩き出した。その横を鞍名田国際のバスが通り過ぎていく。羨ましさを感じつつふと見ると、中には泣いている選手もいる。立場が逆なら自分たちがああなっていたのだろうが、勝負は時の運、当たり前だが買った者だけが勝者だ。どんなに善戦しても一度負けたらすべてが終わる、それがトーナメント戦であり高校野球の大会なのだから。
学校へ帰ってから副校長へ報告し、教室へ戻る。授業中だが廊下で待っていても仕方ないので中へ入った。するとクラス中が一斉に振り返り何かを期待している様子だ。すでに勝ったことは知っているだろうけど、僕は大げさに拳を突き上げて勝ったぞー! と大きな声で応えた。
クラス中は大騒ぎとなったが、先生も諦め気味で手を叩いてくれた。同じように、他の教室からも歓声が上がっているのが聞こえてくる。次は去年の甲子園出場校である、帝端豆大付属松白高校戦だ。しかも僕が先発なのだから絶対に勝たなければならない。
山尻康子やその兄貴が通う私立矢島学園も順調に勝ち上がっているので、お互い準決を勝ったら決勝での再戦となる。そうなったらおそらく僕は連投することになるだろう。だけど温存なんてできないから、松白へは最初から全力で挑むつもりだ。
自分の席へ座ると、後ろから咲がおめでとうとささやいてくれた。僕は礼を言ってから、でも出番は無かったと伝えた。
放課後の練習はストレッチ中心で軽めの調整だけ。でも出番がなかった僕をはじめとする数人は、ランニングやバッティング練習を行い汗を流す。念のため少し投げておくかと木戸に言ってブルペンへ向かった。
「あれよー、ジャイロって言うやつさ、もっと遅いの投げられないのか?
低めに曲がって落ちる感じでさ。
スライダーでもいいけど投げられるならそっちがいいな」
「あれってスピン掛けるから力入るんだよね。
でもやれないことは無いと思う。
ちょっと試してみるか」
木戸は真ん中低めに構えたので、そこめがけてやや力を入れずにボールを投げ込んだ。どちらかというとストライクからボールになる球で、軌道的にはスプリットに近いかもしれない。
次はもう少し高めの要求だった。同じように投げると低めのストライクゾーンにうまくコントロールできている。力を入れすぎないことでコントロールは付きやすいかもしれない。
「マルマーン! ちょっと来て立ってくれ。
絶対打つなよ?」
「んじゃいかねー」
今日の試合でも打ちまくったマルマンは気の無い返事をし、もう店じまいと言ったたたずまいでスマホをいじっている。どうやらバレー部の後輩とは上手くやれているみたいだ。
「じゃあ打ってもいいよ。
でも終わったらグラウンド整備やるんだからな?
だからネット持ってきてくれ。
あと元気な一年坊いたら内野守備頼む」
丸山が勢いよく立ちあがってネットを運んできた。打ってくるならもちろんマウンドへ移動することになる。使わなければトンボ掛けしなくても済むのになあと思いつつ、松白との試合のためだからと自分へ言い聞かせた。
「こっちのサインが落ちるやつ、こっちが逆回転のやつな。
一応狙いとしてはど真ん中に見えることだから意識してみてくれ」
木戸の指示に頷いた僕は、おそらく打たせて取るボールを探っているんだろうと当たりをつけた。準決決勝と連投が見えてる僕はその意見に大賛成だ。
丸山と木戸はまた何かしゃべっている。ホントこいつらは緊張感のかけらもない。どうせラーメンかたい焼きの相談だろうから、ほっといて気にしないのが一番だ。
ようやく準備ができると木戸からサインが出た。要求はほぼ真ん中で落ちるジャイロだ。自分で投げておいてアレだけど、どう見ても丸山クラスには打ち頃の速度に思える。しかし結果はボテボテッと内野ゴロだ。
次は同じコースへツーシームジャイロ、これも打ち頃に見える速度だが、バットの先に当たりやっぱり内野ゴロになった。続けて何球か投げるが全部内野ゴロだ。もしかしてこれは凄い事なのかも?
そしてフォーシームの逆回転ジャイロを内角へ投げたら、今度は内野フライになった。こちらも同じように続けて投げるが空振りか内野フライだ。
「よお、なんかおかしくね?
さっきから完璧にとらえてるはずなのにちゃんと飛ばねえぞ?
変化してるようには見えないけどなあ」
丸山もさすがにイラついている様子だ。
「振らないなら普通のボールを真ん中に投げさせるぞ?
そんで違いを見てみたらどうだ?」
「それも有りだな。
カズ、頼んだー!」
それならばと、僕は普通にフォーシームのストレートを投げる。すると丸山は約束を破ってフルスイングし、打球はグラウンドの奥も奥、ネットを超えて場外へ消えていった。
「おおおーい!
振るんじゃねえよ!
ボール無くなったじゃねえか!」
僕は呆れるだけだが、木戸は怒りをあらわにしている。確かにこれでは実験や練習にならない。
「いや、見送ろうと思ってたはずなんだけど、あまりに打ち頃だったから反射的に振っちまった。
今のが普通のボールか、めちゃ遅かったな」
「別に遅くはねえだろ、アレを一発で仕留められるやつはそうそう居ないぜ?
じゃあまたやるぞ?」
木戸が座ってサインを出したので、僕は要求通りに真ん中へツーシームジャイロを投げる。するとやっぱり丸山の打球は土ぼこりを上げ地面を転がっていった。
「そうか一瞬伸びて見えるんだけど、最後は沈んでるんだな。
次は打つ!」
ホントに打てるのか、いや、打ってくるだろうなと思いながら木戸を見ると、逆回転のサインだった。頷いて投げると丸山はフルスイングし、打球は高く高く上空へ打ち出されたあと木戸のミットへおさまった。
「オッケー! 今日はここまでだ!
悪いけど一年坊はマルマンと一緒にグラウンド整備頼むわ。
あとで鯛焼きおごってやるからかんべんしてくれ。
マネちゃんはちょい部室まで来てくれ」
僕たちがネットを片付けたりトンボ掛けをしたりしている間、木戸とチビベン、それに由布は部室の前で何やら相談していた。中へ入らないなら移動することもなかったのに、何かまた策を巡らせているのだろうと、その時はまだ軽く考えていた。
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