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キンダーは女心がわからない
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夕飯の食卓はまるでちょっとしたパーティーのようだった。
「冷凍でお刺身が送られてくるなんて驚きよ。
今まで生の魚を食べる機会はそれほどなかったから嬉しいわ」
「向こうでは生魚は食べないの?」
「食べないわけじゃないけど、私が住んでいた地方は内陸だし田舎だから新鮮なお魚は珍しかったわね。
だからメインになるお料理はほぼすべてお肉よ」
「なるほどね。
でも嫌いじゃないなら良かったよ。
結構いっぱいあるから一人じゃ食べきれないところだったから助かるよ」
正直いって何を考えてこんなに送って来たのかと母さんに言ってやりたい。母さんは足りないよりは余る方がいいって考え方だけど、いくらなんでも大盤振る舞いすぎる。
きれいに並べられた刺身と、大き目の皿に盛られた酢飯に海苔とお吸い物がテーブルに並ぶ。刺身が送られてくることを急に知ったはずなのに、セルフ手巻き寿司ができるように用意をしていた。
「こうやって食べるのは久しぶりだよ。
子供のころ以来かもしれないな」
「うふふ、今だって十分子供じゃないの。
ほら、ご飯つぶついてるわよ?」
そういって咲は自分の顎のあたりを指先でトントンと示して見せた。僕はそれを見て慌ててご飯つぶを取る。なんで食べてるだけなのにこんなところへご飯つぶがくっつくんだろうか。
咲はそんな僕を見ながら笑っている。恥ずかしいけどなんとなく嬉しいような複雑な気持ちだ。こうして僕たちは談笑しながら手巻きずしを腹いっぱい食べたが、それでも結構残ってしまった。
「ふう、おなかいっぱいでもう食べられないよ。
また冷凍しておけばいいのかな?」
「再冷凍なんてしてはダメよ。
残ったものは火を通して調理しちゃっていいかしら?
明日お弁当で持っていく?」
「弁当に!?
それはまずいんじゃないかな……
いや、嬉しいんだけどさ、絶対周りのやつに勘ぐられるよ」
「あら、でもお母様がいつもお弁当作ってくれるんじゃないの?」
「ううん、いつも購買で弁当買ってるんだ。
最初は作ってくれたんだけど、学校の購買ってすごい安いんだよ。
手間と材料費を考えたら買った方がいいってことになったのさ」
購買の弁当は大体が三百円か四百円で大盛りでも値段は同じだ。いつも食べているダブルシャケ弁当も三百円なので、切り身を買ってきて毎朝焼く手間より購買を使わせた方がいいと言うのが母さんの言い分だった。
「じゃあ私が使わせてもらっていいかしら?
明日のお弁当にするわ」
「もちろんだよ。
捨てるわけにもいかないしからね」
「じゃあお醤油漬けとマリネにしましょ。
マリネは明日の夜には食べられるようになるから持って帰りなさいよ。
ご両親帰ってくるんでしょ?」
「うん・・・・・・
僕としては帰ってこなくてもいいんだけどね」
思わず本音が出てしまい、その直後思わずうつむいてから上目で咲を見る。すると咲はほっぺたを膨らませてから僕をさとした。
「もう、そんなこと言ったらダメよ。
キミの思ってることはわかるわ。
でもね、今はずっと一緒にいるわけにもいかないの」
「それはどういうこと?
僕が咲と一緒にいたいって言うのはダメなことかい?」
「そうね、ダメというよりは依存しすぎるのが良くないのよ。
私は全力で励んでいるキミのことが……」
「ぼ、僕の事が!?」
「なんでもないわ。
とにかく練習や試合がおろそかになると困るわけ。
わかったらそのためにも英語の勉強するわよ」
ああ…… そうだった。英語もやらないといけないんだ。食卓を片付けた咲はいつものように幼児教材をもって戻ってきた。そして僕はご褒美を期待する犬のように、素直に従ったのだった。
約一時間ほどえいごのじかんを過ごした後、咲はキッチンへお茶を淹れに行った。頭を使いすぎた僕は知恵熱が出てるんじゃないかと思うくらいにぐったりしながらソファへもたれかかる。
「あらあら、随分疲れたみたいね。
まだキンダーガルデンくらいのお勉強なのに。
これじゃ先が思いやられるわ」
紅茶を乗せたお盆を持った咲がキッチンから戻ってきて言った。
「キンダーって…… 幼稚園だっけ?
確かに先は長そうだなあ」
「でもね、まずは英語自体に苦手意識や嫌悪感を持たなくなることが大切なの。
そうすれば呑み込みがぐっと早くなってくるわ」
「そんなもんかねえ……
気が遠くなってくるよ。
もう疲れて動きたくないや」
「それじゃ今日、も、泊まっていく?」
「いやいやいや、そういう意味じゃないよ。
それにさっき一緒にいすぎるのは良くないって言ったの、自分じゃないか」
「うふふ、そうだったわね。
じゃあ頑張ったご褒美をあげるくらいにしておこうかしら」
ご褒美と聞いて僕はドキドキしていた。咲は紅茶を置いてから僕の隣に座った。二人の距離がゆっくりと近づいていく。
軽く触れた唇はいつもと同じで柔らかくて気持ちいい。二度三度と離れてはまた触れてと繰り返した後、咲の手が背中に回ってきて僕を引き寄せた。
さっきよりも強く押し付けられた唇が僕の頭を真っ白にしていく。二人で一緒にいることはこんなにも幸せなのに、明日からはそんな時間も少なくなってしまうのか。
そう考えたら胸が苦しくなってきて、僕も思わず咲の背中に手を回し抱きしめあいキスを続ける。すると突然咲が僕のお腹の辺りに手をやり何かをまさぐってきた。
「これ、なにかしら?
ガサガサって、なにかの包みみたいね」
「ああ、クッキーだよ。
今日貰ったから一緒に食べようと思って持って来たんだ」
「ふーん、貰ったクッキーね。
ちょっと待ってて」
そう言ってから咲はまたキッチンへ消えていく。僕は突然取り残されてしまいどうしていいかわからずに紅茶をすすった。
しばらくしてから戻ってきた咲は僕に小さな容器を手渡した。
「これ、残ったお刺身をマリネにしたものよ。
明日の夜には食べられると思うから帰ったら冷蔵庫へ入れておいてね」
「え、う、うん……
でもまだ……」
咲の顔は怒っているようには見えないが、機嫌が言いようにも思えない微妙な顔つきだった。
「明日もまた早いんだから今日はもう帰ってゆっくり休みなさい。
さあ、立ち上がれるでしょ?」
僕は目の前に仁王立ちしている咲の姿を見上げながらコクリと頷く。なにがなんだかわからないけど今日は帰れってことみたいだ。
しぶしぶと立ち上がり玄関へ向かう。靴を履いてから振り向くと立っている咲との目線がほぼ同じくらいになり、そこで改めて表情を確認したがやはり怒っているわけではなさそうだ。
「じゃあ帰るよ、また明日ね。
マリネありがとう」
咲は何も言わずに頷いてからゆっくりと唇を合わせてきた。ほんの少しの軽いキスの後、僕の耳元に口を寄せた咲はいきなり耳にかみついてきた。
「いたっ、いや痛くないけど、なに!?」
僕がびっくりしているのを見た咲は少し膨れた様な表情になっている。そして聞こえるかどうか微妙なくらいの小声で一言発した。
「バカ」
それを聞いてポカンとしている僕の横を通り過ぎて玄関を開けた咲は、僕の手を取って扉の外へと追いやった。なにか言わないと、と思いながら振り向くと、そこには咲の笑顔が見える。
そして扉の内側から外の僕へ向かってもう一言投げかけた。
「バカ、キミって本当にバカよ」
何も言いかえせずに目を丸くしている僕にバカと言い、でも顔は笑っている咲は、ゆっくりと玄関の扉を閉めた。
僕はマリネの容器を手に首を傾げながら家へ戻り、冷蔵庫へしまった後、ひとり考え込んでいた。
「冷凍でお刺身が送られてくるなんて驚きよ。
今まで生の魚を食べる機会はそれほどなかったから嬉しいわ」
「向こうでは生魚は食べないの?」
「食べないわけじゃないけど、私が住んでいた地方は内陸だし田舎だから新鮮なお魚は珍しかったわね。
だからメインになるお料理はほぼすべてお肉よ」
「なるほどね。
でも嫌いじゃないなら良かったよ。
結構いっぱいあるから一人じゃ食べきれないところだったから助かるよ」
正直いって何を考えてこんなに送って来たのかと母さんに言ってやりたい。母さんは足りないよりは余る方がいいって考え方だけど、いくらなんでも大盤振る舞いすぎる。
きれいに並べられた刺身と、大き目の皿に盛られた酢飯に海苔とお吸い物がテーブルに並ぶ。刺身が送られてくることを急に知ったはずなのに、セルフ手巻き寿司ができるように用意をしていた。
「こうやって食べるのは久しぶりだよ。
子供のころ以来かもしれないな」
「うふふ、今だって十分子供じゃないの。
ほら、ご飯つぶついてるわよ?」
そういって咲は自分の顎のあたりを指先でトントンと示して見せた。僕はそれを見て慌ててご飯つぶを取る。なんで食べてるだけなのにこんなところへご飯つぶがくっつくんだろうか。
咲はそんな僕を見ながら笑っている。恥ずかしいけどなんとなく嬉しいような複雑な気持ちだ。こうして僕たちは談笑しながら手巻きずしを腹いっぱい食べたが、それでも結構残ってしまった。
「ふう、おなかいっぱいでもう食べられないよ。
また冷凍しておけばいいのかな?」
「再冷凍なんてしてはダメよ。
残ったものは火を通して調理しちゃっていいかしら?
明日お弁当で持っていく?」
「弁当に!?
それはまずいんじゃないかな……
いや、嬉しいんだけどさ、絶対周りのやつに勘ぐられるよ」
「あら、でもお母様がいつもお弁当作ってくれるんじゃないの?」
「ううん、いつも購買で弁当買ってるんだ。
最初は作ってくれたんだけど、学校の購買ってすごい安いんだよ。
手間と材料費を考えたら買った方がいいってことになったのさ」
購買の弁当は大体が三百円か四百円で大盛りでも値段は同じだ。いつも食べているダブルシャケ弁当も三百円なので、切り身を買ってきて毎朝焼く手間より購買を使わせた方がいいと言うのが母さんの言い分だった。
「じゃあ私が使わせてもらっていいかしら?
明日のお弁当にするわ」
「もちろんだよ。
捨てるわけにもいかないしからね」
「じゃあお醤油漬けとマリネにしましょ。
マリネは明日の夜には食べられるようになるから持って帰りなさいよ。
ご両親帰ってくるんでしょ?」
「うん・・・・・・
僕としては帰ってこなくてもいいんだけどね」
思わず本音が出てしまい、その直後思わずうつむいてから上目で咲を見る。すると咲はほっぺたを膨らませてから僕をさとした。
「もう、そんなこと言ったらダメよ。
キミの思ってることはわかるわ。
でもね、今はずっと一緒にいるわけにもいかないの」
「それはどういうこと?
僕が咲と一緒にいたいって言うのはダメなことかい?」
「そうね、ダメというよりは依存しすぎるのが良くないのよ。
私は全力で励んでいるキミのことが……」
「ぼ、僕の事が!?」
「なんでもないわ。
とにかく練習や試合がおろそかになると困るわけ。
わかったらそのためにも英語の勉強するわよ」
ああ…… そうだった。英語もやらないといけないんだ。食卓を片付けた咲はいつものように幼児教材をもって戻ってきた。そして僕はご褒美を期待する犬のように、素直に従ったのだった。
約一時間ほどえいごのじかんを過ごした後、咲はキッチンへお茶を淹れに行った。頭を使いすぎた僕は知恵熱が出てるんじゃないかと思うくらいにぐったりしながらソファへもたれかかる。
「あらあら、随分疲れたみたいね。
まだキンダーガルデンくらいのお勉強なのに。
これじゃ先が思いやられるわ」
紅茶を乗せたお盆を持った咲がキッチンから戻ってきて言った。
「キンダーって…… 幼稚園だっけ?
確かに先は長そうだなあ」
「でもね、まずは英語自体に苦手意識や嫌悪感を持たなくなることが大切なの。
そうすれば呑み込みがぐっと早くなってくるわ」
「そんなもんかねえ……
気が遠くなってくるよ。
もう疲れて動きたくないや」
「それじゃ今日、も、泊まっていく?」
「いやいやいや、そういう意味じゃないよ。
それにさっき一緒にいすぎるのは良くないって言ったの、自分じゃないか」
「うふふ、そうだったわね。
じゃあ頑張ったご褒美をあげるくらいにしておこうかしら」
ご褒美と聞いて僕はドキドキしていた。咲は紅茶を置いてから僕の隣に座った。二人の距離がゆっくりと近づいていく。
軽く触れた唇はいつもと同じで柔らかくて気持ちいい。二度三度と離れてはまた触れてと繰り返した後、咲の手が背中に回ってきて僕を引き寄せた。
さっきよりも強く押し付けられた唇が僕の頭を真っ白にしていく。二人で一緒にいることはこんなにも幸せなのに、明日からはそんな時間も少なくなってしまうのか。
そう考えたら胸が苦しくなってきて、僕も思わず咲の背中に手を回し抱きしめあいキスを続ける。すると突然咲が僕のお腹の辺りに手をやり何かをまさぐってきた。
「これ、なにかしら?
ガサガサって、なにかの包みみたいね」
「ああ、クッキーだよ。
今日貰ったから一緒に食べようと思って持って来たんだ」
「ふーん、貰ったクッキーね。
ちょっと待ってて」
そう言ってから咲はまたキッチンへ消えていく。僕は突然取り残されてしまいどうしていいかわからずに紅茶をすすった。
しばらくしてから戻ってきた咲は僕に小さな容器を手渡した。
「これ、残ったお刺身をマリネにしたものよ。
明日の夜には食べられると思うから帰ったら冷蔵庫へ入れておいてね」
「え、う、うん……
でもまだ……」
咲の顔は怒っているようには見えないが、機嫌が言いようにも思えない微妙な顔つきだった。
「明日もまた早いんだから今日はもう帰ってゆっくり休みなさい。
さあ、立ち上がれるでしょ?」
僕は目の前に仁王立ちしている咲の姿を見上げながらコクリと頷く。なにがなんだかわからないけど今日は帰れってことみたいだ。
しぶしぶと立ち上がり玄関へ向かう。靴を履いてから振り向くと立っている咲との目線がほぼ同じくらいになり、そこで改めて表情を確認したがやはり怒っているわけではなさそうだ。
「じゃあ帰るよ、また明日ね。
マリネありがとう」
咲は何も言わずに頷いてからゆっくりと唇を合わせてきた。ほんの少しの軽いキスの後、僕の耳元に口を寄せた咲はいきなり耳にかみついてきた。
「いたっ、いや痛くないけど、なに!?」
僕がびっくりしているのを見た咲は少し膨れた様な表情になっている。そして聞こえるかどうか微妙なくらいの小声で一言発した。
「バカ」
それを聞いてポカンとしている僕の横を通り過ぎて玄関を開けた咲は、僕の手を取って扉の外へと追いやった。なにか言わないと、と思いながら振り向くと、そこには咲の笑顔が見える。
そして扉の内側から外の僕へ向かってもう一言投げかけた。
「バカ、キミって本当にバカよ」
何も言いかえせずに目を丸くしている僕にバカと言い、でも顔は笑っている咲は、ゆっくりと玄関の扉を閉めた。
僕はマリネの容器を手に首を傾げながら家へ戻り、冷蔵庫へしまった後、ひとり考え込んでいた。
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