僕が一目惚れした美少女転校生はもしかしてサキュバスじゃないのか!?

釈 余白(しやく)

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まだ春なのに秋の空

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 壁にかかっている時計の針が間もなく二十一時を指す頃、夕食を食べ終わった二人はソファへ並んで座り、咲が買ってきたベリーのケーキとやらを食べていた。

「本当は作ろうと思ってたんだけど、クランベリーもラズベリーも売ってなかったのよ。
 今日はどうしてもベリーのトルテが食べたかったから仕方なく買ってきてしまったわ」

「ベリーのケーキなんて初めて食べたかもしれないなあ。
 甘酸っぱくておいしいよ。
 咲の手作りじゃないのはそりゃ残念だけどさ」

「あらそう?
 手作りの方がおいしいとは限らないのに?」

 そう言われてしまうと思わず答えに詰まる。でも咲が僕のために作ってくれたなら、それが一番おいしいのは間違いないだろう。口に出すのはちょっと恥ずかしかったが、僕はそのことを本心として伝える。

「そりゃそうだよ。
 僕のためにっていうのはどう考えても嬉しいじゃん?
 なんというか…… 好きな人と一緒にいるってのはいいもんだなってわかったんだ」

「随分思い上がったこと言うのね。
 ついこの間まではそんなこと言う人じゃなかったと思うけど?」

 咲はそう言うと少しむっとしたような顔になったように見える。決して怒ってしまったわけではなさそうだけど、何となく表情が変わったように感じた。

 僕は慌てて言い訳じみたことを口走った。

「違うんだよ。
 思い上がってるとかそういうのじゃなくてさ。
 咲と親しくなってからの僕はすごく充実してるし幸せなんだ。
 それが言いたかったんだけど…… うまく言えてなかったのかな、ごめん……」

「別にいいのよ。
 なにかおかしいこと言ったとは思ってないわ。
 ただキミらしくないって感じただけ」

 やっぱり怒っているのだろうか。言い方にトゲがあるというか、急に愛想が悪くなってツッケンドンになったような気がする。

「一つだけ言っておくけど、私はキミの彼女になったわけじゃないから。
 そこは勘違いしないでちょうだい」

「えっ、そうなの!?
 じゃあ今までのことって……
 え、あの、どう考えたらいいんだよ、わかんないよ」

 咲は突然立ち上がり僕を見下ろした。その眼はこっちをじっと睨んでいる。ということはやっぱり怒っているのかもしれない。

 でも付き合ってるって言うのは確かにおかしい間だし、かといってこの一週間ほどは、全くの他人とは言い難い日々を送った。それでも彼女じゃないって言いきられると正直大ショックである。

「いいこと?
 キミは私の言うことをちゃんと聞いていればいいの。
 私の求めにはきちんと応えること、そうすればキミの求めに私も応える。
 ただそれだけの関係なのよ」

 僕は呆然と咲を見上げ、なんと答えようか考え込んでしまった。咲は怒っているのか興奮しているのか、その表情はやや紅潮しているようだ。

「わかったら今日は疲れているはずだから休みなさい。
 シャワー浴びて歯磨きも忘れずにね。
 返事は?」

「う、うん、わかったよ。
 生意気なこと言ってごめんなさい・・・・・・」

「わかればよろしい。
 お風呂場はこっちよ、いらっしゃい」

 そう言って手を差し出した咲の顔は、また優しい雰囲気に戻っていた。なんだかわからないけど感情の起伏が激しいのかな。とりあえずここは素直に言うことを聞いておいた方が良さそうだ。僕はそう思いながら咲の手を取りソファから腰を上げた。

 すると足元がふらついてきちんと立ち上がることができない。まるで酔っぱらった父さんのようになった僕はその場に座り込んでしまった。

 いったいどうしてしまったんだろう。いくら予想外の一勝負があったからと言って、今日は練習もしてないからそんなに疲れているはずもない。普段きつい練習をしていたってこんなことは無かったのに……

「うふふ、力が入らないかしら?
 ちょっと加減を間違えてしまったかもしれないわね」

「え? どういうこと?
 加減ってなんの?」

「気にしないで、こっちの話だから。
 私につかまったら立てるかしら?」

 そう言って咲が僕の前にしゃがんだ。脇の下から背中へ回された咲の両手も。僕を持ち上げようとする力がこめられる。それに併せて立ち上がろうとした。

 しかしそれもうまくいかなくて僕は咲へ向かってもたれかかるように倒れてしまった。かろうじて押しつぶさないよう両腕を突っ張ることはできたが、それも一瞬で力が抜けて咲の胸へ頭から飛び込んでしまった。

 柔らかいふくらみのちょうど真ん中にほっぺたが密着してしまい、僕は慌てて弁解しながら頭を上げる。

「ごめん! そんなつもりじゃなくて……」

 そんな弁明を言い終わる前に、僕の背中に回されていた咲の両手に力が入るのがわかった。顔にギュッと押し付けられたそのやわらかな物体に、すべての動きを封じられたようで力が全く入らない。

 加えて、何とも表現できないいい香りが僕を包んでいるような感覚に陥る。それはもう何度も嗅いだ咲の香りだった。

「ふふ、キミったらドジなんだから。
 こうしていると落ち着く?
 それとも気持ちいいかしら?」

 僕は何と答えればいいのだろう。どちらも正解なんだけど答えてしまっていいものか悩んでしまう。そして代わりに僕は別の事を答えた。

「咲・・・・・・ 君がどう考えてるのかわからないけど、僕は君のことが好きなんだ。
 だから咲も僕のことが好きだったらいいなって思ってるよ」

 こういうときは大体咲が途中で話しはじめることが多かったけど、今回は珍しく言葉を遮られずに言い切ることができた。

 咲は黙って腕の締め付けを強くしていく。そうすると当然、僕の顔が咲に押し付けられる力も強くなってくるわけで……

「なあに?
 ふがふがと何言ってるかわからなかったわ。
 だからなんにも聞こえてないわよ」

 咲はそう言ったけどきっと聞こえていたはずだ。もし本当に聞こえていないなら、こんな風に機嫌良さそうには言わなかっただろう。

 咲の柔らかさと心地よい香り、そしていつの間にか僕の頭を赤んぼのように撫でる咲の手が僕の頭の中をからっぽにしていく。

 結局床に転がったまま、全身を安堵感で包まれた僕は、そのまま眠りについてしまった。

「私も大好きよ。
 おやすみなさい、愛しいキミ」

 咲が何か言ったようにも聞こえたが、僕の耳にはもはや届いていなかった。


◇◇◇


 翌朝になり目を覚ました僕は、自分が床の上で寝てしまったことを知った。つい先ほどまで心地よい感触を感じながら抱きしめていたのはは、きっと咲がかけてくれたであろう薄手の布団だった。

 まだ体は重かったが何とか立ち上がることは出来そうだ。そう思いつつも、まだ眠気で頭が冴えないため座ったままぼうっとしていると咲がリビングに入って来た。しかも……

「きゃっ!
 こんな早く起きるなんて驚きだわ。
 ちょっとキミ、じろじろ見ないでよ?」

 シャワーを浴びて出てきたばかりなのだろう。バスタオルを体に巻いただけでうろうろする方がどうかしてると思ったが、よく考えてみればここは咲が一人暮らしをしている自分の家だ。それくらい当たり前なのだろう。

「おはよう、それに、ご、ごめん。
 見てないよ、何も見てないから」

「裸じゃあるまいし、別に見られても平気よ。
 起きてると思わなかったからびっくりしただけ」

 そう言いつつも足早にリビングを出ていこうとしている。本当は恥ずかしいんじゃないのか? どうも咲は、僕に対して強気でいなくてはならないと思ってそうなところがあると、昨晩初めて気が付いた。

 しかし不用意なことを言ってまた怒られてもつまらないし、嫌われているならこんな密な付き合いにはならないだろう。もし本当に咲の目的が僕の精気を取ることだとしても、毎日食事に呼んでくれたり、優しく接してくれたり、そしてキスしたり…… そんなことは不要なはずだろう。

「今お茶淹れてくるからシャワーどうぞ。
 バスタオルは昨日用意したままになってるわ」

「うん、ありがとう。
 じゃあ遠慮なく使わせてもらうよ」

 そういって僕は立ち上がった。うん、足元は大丈夫そうだ。風呂場、いや、バスルームにはまだ湯気が漂っており、ついさっきまで咲がいたことの痕跡が残されているように感じる。しかもなにも身に着けないで、だ。

 漂う湯気は僕を取り囲み、まるで誘惑してくるかのようにさまざまな香りで僕を襲う。シャンプーやリンス、せっけんの香りというだけで、本当はなんてことないはずだ。

 この狭い閉鎖空間には自分と咲の残り香しかいない、そんなことを考えると体がほてってきてしまう。いやいや、いったい僕は朝っぱらから何を考えているんだ。そりゃ夜なら邪な考えをしていいってわけじゃないけど朝よりはまだマシだろう。

 邪念を振りほどくように熱いシャワーを浴びた僕は、身も心もすっきりしてからリビングへ戻った。歩きながら咲に包まれているような香りがするが、それが僕の体へ残った匂いだというのが不思議な感覚だ。

「ずいぶん時間かかったわね。
 バスルームで倒れてしまったらどうしようかと考えていたところよ。
 今紅茶淹れるわ、ミルクティーでいいかしら?」

「そんなに時間かかったかな?
 そういや最近はすっかり紅茶が好きになったよ。
 普段はスポーツドリンクや牛乳ばかりだからちょっと背伸びしてる気分さ」

「まあ大げさね。
 でもコーヒー毎日淹れてるって言ってたじゃない?
 アレはお父様用なの?」

「そうだよ。
 僕は飲まないけど父さんは毎朝必ずコーヒーを飲んで、残りは水筒へ入れて会社へ行くときにもって行くんだ」

「じゃあコーヒー淹れるのは手慣れたものなのかしら」

「まあね、と言いたいところだけど、コーヒーメーカーへセットするだけだからなあ。
 紅茶を入れるよりはるかに簡単さ」

「紅茶も別に難しいことはないわ。
 お湯を沸かして淹れるだけよ。
 おいしくいただくのに大切なのは誰といただくか、かもしれないわね」

 それは僕が昨日食後に話したことと同じようなことじゃないか。僕が言ったら不機嫌になったのに自分で言うのは構わないもんなのかな。

 でも今日は朝から機嫌がいいみたいだから、あまり変なこと言わないように注意しないといけない。なんといっても僕は、今まで女子の気持ちを汲み取るなんてことしたことなかった、いわばルーキーなのだから。

「でも習慣ってすごいわね。
 今日はゆっくりと過ごした方がいいと思うんだけど、こんなに早く起きてしまうんですもの。
 それとも床で寝たから起きてしまったのかしらね」

 咲のその言葉でふと時間を確認すると、ようやく六時を過ぎたくらいだった。と言うことは起きたのは五時くらいだったんだろう。いつもなら日曜は神社まで足を延ばしてランニングに励むところだけど、今日はゆっくり過ごすことになりそうだ。

 のんびりと紅茶を飲みながら迎えた朝はとても爽やかで幸せな気分だった。今ここには二人だけの時間が流れている。ちょっとキザっぽいけどまさにそんな感じなのだ。

 そして僕は、まさかこの後泣きたくなるような事態が待っているなんて想像もしていなかった。
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