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自由と不自由と束縛と

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 勘の鈍い僕は臨機応変に考えを巡らせることが苦手だ。

 今までそんなことを意識する機会は少なかったけど、咲と一緒にいるとそのことを考えていることが多いと感じる。

 それは咲は僕に対して何かと鈍いとか言ってくるからなのだが、それは別に嫌な感じではないし見下されているように感じることもない。あくまで会話の流れの中で愛情のある表現だと考えている。

 そんな鈍い僕でもすぐにわかることはあるわけで、由布の強引な愛情表現や園子のはっきりと口にした好意、それに亜美の内に秘めた恋心だ。

 もし咲と出会っていなかったならどうしていいかわからないことになっていたかもしれないし、今までと同じように相手にせず聞き流していたかもしれない。

 でも今の僕には咲と言う存在がとても大きく、それゆえに女子と言うものを意識し始めてしまっている。それは遅ればせながらやってきた僕の思春期と言うことになるだろうか。

「ねえどうしたの? こんな時に考え事?」

 合わせていた唇が離れ、すぐ目の前で咲が言う。その吐息が僕の顔に当たり、二人の距離がごく近いのだと改めて感じた。

「ごめん、でもこうやって咲と二人でいるとさ、僕が今まで女子を避けていたのは何だったんだろうって思っちゃったんだ」

「あら? こんなに楽しくて気持ちが良いものならもっと早く知っておけば良かったって意味かしら?」

 それを聞いて僕は言い方が悪かったことを知った。そしてもちろん咲の顔は笑っていない。これはかなりまずい発言だったのかもしれない。

「違うんだ、そういう意味じゃないんだよ」

 慌てて否定するものの続く弁明の言葉がうまく出てこない。なんと言えば良かったんだろうか。

「あのさ、今まで女子を意識したことはなかったんだけど、あの時、初めての日になんで咲の事を探して追いかけたんだろうって思ったんだ」
「僕だって男だから、女子を見てかわいいと思うこともあったけど、行動に移すようなことはなかったし、そんな気持ちがわいてきたことすらなかったんだよ」
「でも咲のことは違ったんだ、初めて教室で見た時から気になって仕方なかったんだ」
「他の子と同じことをしてみたいなんて今までも、今も、これからも思ってないよ」

 慌てた僕はとにかく自分の考えを吐き出すことばかり考えていて、目の前の咲がどう感じたか、今どんな気持ちなのかを考える余裕はなく、ひたすら言葉を重ねた。

「バカね、別に怒っているわけじゃないわよ」
「でもあまりいい表現ではなかったことは事実ね、なんでも素直に話せばいいってものではないわ」

「うん…… そうかもしれないね、でも僕には駆け引きじみた会話なんてできないんだよ」

「うふふ、そういうところもかわいいのよね、キミは」
「だからこそ私もキミのところへやってくることができたのかもしれないわ」

「それ! それだよ、前にも言っていたけど、会ったこともなかったのになんで僕の事を前から知っているような口調なのさ?」
「精神世界では繋がってるなんて言われてなるほどね、なんてとても思えないままなんだ」

「そんなことは些細なことよ、今こうして私とキミとが係わりをもって心がつながっている、それが全てよ」

「なんだかはぐらかされているような気がするんだけどなあ……」
「本当はどこかで会っていたとかじゃないの?」

「そうね、今こうやって顔を合わせていることは現実の出来事よね?」
「でもそうじゃない場所で出会ったことがあるのよ、思い出してみて?」

「えっ、それって本当の事なのか?」
「思い当たることがないんだけど、咲はそれがいつどこでの出来事かわかっているの?」

「うふふ、今まで何度も、そして昨晩も一緒だったじゃないの、夢の中でね」

 それを聞いた僕は一気に顔が紅潮し、今朝起きた時のことを思い出した。

「そ、そんなこといってまたひっかけようとしてるんじゃないの?」
「まあ確かに昨日は咲と一緒の夢を見たけどさ……」

「夢の中っていいわよね、現実や肉体に縛られることない自由な空間だわ」
「そこでは誰もが自由で不自由、平等で不平等、そんな面白い世界よね」

 相変わらずよくわからない言い回しだが何となく同意は出来る。特に自由で不自由と言うのはまさにその通りだ。

 今日の夢も僕の願望がそうさせたのか、咲と二人きりと言えるものでその夢を見る自由があった。でも夢の中ではうまく行動できることばかりでもなく、そこは圧倒的な不自由があるんだと感じる。

「咲…… 今は夢の中じゃないよね? だからもうそろそろ行かないといけないんだ」
「僕は意志が強いと自信を持っていたけど、最近はそうでもないかもと落ち込むこともあるよ」

「わかったわ、私もキミの邪魔をしたいわけじゃないのよ、そろそろ帰るわね」
「でもね、意思が強いかどうかなんて気にするものじゃないわ、人間は弱い生き物なのよ」

「そうかもしれないな、だから僕はさ……」

「何も言わなくていいの、わかっているわ」
「今日も頑張ってね、できれば授業も寝ないで受けられるといいのだけれど」

 そう言ってから咲は僕に顔を近づけキスをしてくれた。これで今日一日も頑張れそうだ。授業はともかくとして、だが。

「さ、いってらっしゃい、私の愛しいキミ」

「うん、今日も調子よさそうだし頑張るよ、練習試合も近いしね」

 僕はネクタイを首にかけてから上着を着てバッグを背負った。野球用品が詰まったバッグは肩にずっしりと重い。

「ちょっと待ってて」

 咲はそう言ってから僕の首元に手を伸ばし、ネクタイをきれいに締めてくれた。

「きれいに結びすぎたかしら?いつもだらしなく曲がっているのが気にはなってるのだけどね」
「でも歩きながらでいいから崩してちょうだい、女の子が見たらいつもと違うって気が付くかもしれないわ」

「そんなところ見ているものなのかなあ、気にしすぎじゃないの?」

「まあそのままで行って言い訳をするのも面白いかもしれないから試してみたら?」

 咲はいつものように笑いながらのからかい口調だった。おかしな話だが、これが僕には心地よく感じるのだ。

「それも困るから行きながら崩すよ、でも直すんじゃなくてわざわざ崩すなんておかしな気もするな」
「しかも、せっかくいつもよりきれいに結んでくれたのに悪い気がするよ」

「そんなのいいのよ、それより女がネクタイを締めてあげるってどういう意味があるか知ってる?」
「束縛って意味が込められているのよ」

「えっそれ本当? と言うことは咲が僕を」

「いいから行ってらっしゃい、遅刻するわよ」

 咲は僕の言葉を途中で遮り、軽く唇を重ねてから二人そろって玄関を出た。

 僕は咲の言った言葉が気になって気になって仕方なく、かといってそのままでいるわけにもいかずに残念な気持ちでネクタイを崩しながら学校へ向かった。

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