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フードの奥の恋心

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 しかしまあなんというか、たまたま朝のランニングと犬の散歩の行き先が同じなだけだと思っていたのに、考えてもみなかった方向へ話が進んで行ってしまった。

 ランニングの途中だからと何とか逃げてきたけど、今後防災公園へのランニングをやめて他の場所にしようかと真剣に考えるレベルだ。

 思い返すと亜美はどこか変わった雰囲気を持っていた。まともに会話したのはほぼ初めてなのにあんなことを言い出すなんて驚きだった。帰り道を走りながら先ほどの出来事を思い返す。


 亜美は僕が応えに詰まっているのをせかすようにもう一度同じことを言った。

「先輩は彼女いるんですか? 誰か付き合ってる女子はいるんですか?」

 否定をしないのは肯定と捉えられてしまうかもしれない。そう思ったので平然を装い当然のように言い放った。

「いや、いないけどなんで?」
「僕は野球一筋だから誰かと付き合うとか考えたことないよ」

 明らかな嘘をついたことと、亜美が何を考えているのかを考えると表情が強張りそうだが、そこを何とか平常心を保つようにしないといけない。

「そうですかぁ、安心しました」
「私、中学の時から二年間ずっと見てたんです」

「え? 中学も同じだったっけ?」
「ごめん、全然気が付いてなかったよ」

「仕方ありません、先輩は女子に興味なさそうでしたし、私も声をかけたりできませんでしたし……」
「でも高校に入ってからはもっと積極的にしようと思ってたんです」

「そ、そうなんだ」

 ここまでの会話で亜美の考えは僕の想像の通りだと確信する。ここ最近、まさに女難と言っていいくらい女子に迫られているせいだ。

「私、先輩のこと好きなんですけど、それはまだ何となく憧れみたいな淡い気持ちなんです」
「でももっと深く知ってきちんと愛してるって感じられるのか確かめたいんです」

「いや、憧れてくれてるくらいで十分さ、有難いよ」
「どっちみち、今は野球が忙しいから彼女作ろうとか考えてないしね」

「知ってます、二組の掛川さんや二年生の神戸さんがまとわりついていて迷惑しているのも」
「断られているのにしつこくて迷惑ですよね……」

 どこでそんな情報を仕入れて来てるのかわからないけど、多少脚色と言うのか思い込みが強く入っているようだ。僕は慌ててフォローを入れた。

「マネージャーは元気すぎて押しが強いけど公私はわきまえてくれるはずだよ」
「神戸さんはチームメイトの幼なじみなだけで、僕は良く知らないんだ」

 それがフォローになったかはわからないが、特に迷惑はしていないことを亜美に伝えたかった。なんといっても他人を悪く言うのは性に合わないのだ。これでわかってくれるといいんだけど、と思ったそばから亜美の口が開く。

「いいえ、私はそう思いません、神戸さんはわかりませんけど、掛川さんは授業でもわがまま放題なんです」
「合同授業の時にも一人だけ声が大きくて目立つし、わかりもしないのに手を上げて堂々と不正解を答えたりするんです」

「へ、へえそうなんだ、慌ただしいところが彼女らしいね……」

「あれはきっとわざとなんです、周囲に自分の事を強く印象づけるためにやっているんだと感じます」
「だから先輩のところにも大声で近づいて行ったり、わざと泣きわめいてみたりするじゃないですか」

「確かにまあそう言うところもあるけど、わざとって言うことはないんじゃないかな?」

「先輩は女を知らなすぎます、常に駆け引きや打算、メリットデメリットを考えて動いている生き物なんですよ」

「それはちょっとおおげさじゃない? 若菜さんもそうなの?」

「私の事は秘密です」
「でも絶対にそんなことはないとは言いません」

 秘密といいながらも答えを言っているようなものだ。まあでも人間誰しも表と裏があるだろう。僕だって人に言えないことくらいあるし、咲にだって言えないこともある。

「私の事はさておき、先輩に悪い虫がついて野球に専念できないようだと困ります」

「心配してくれてるんだね、ありがとう、でも大丈夫だよ」
「僕はそんなに軽い男じゃないし、誰かに言い寄られたからと言って練習に影響が出るようなことはないからさ」

「でももしものことがあったらいけませんから、来週からは私がきっちりと見張りますから」
「美術コンクールの課題が躍動感だと聞いた時、私…… 真っ先に先輩の事が浮かびました」
「野球部を描くことを認めてもらえたなら先輩の周囲を監視することができる」
「そう思ったらいてもたってもいられなくって、三谷先生に提案してみたんです」
「そうしたら野球部の主将と三谷先生は仲がいいって教えてくれたので、きっと話がいい方向に行くって感じたんです」
「うふふふふ…… これはきっと運命ですよね?」

「ちょ、運命とか大げさな……」

 なんだか興奮してきているような目の前の亜美は一人黙々と、しかし熱く語っている。ほんの少しだけど不気味さを感じなくもない。

 パーカーのフードの奥の瞳は、最初に話しかけてきたときと変わらず奥からのぞき込むような雰囲気だが、最初に感じた好奇心でキラキラとしているのではなく、まるで魔法でも唱えそうな雰囲気に変わっていた。

 これ以上長居しても時間が遅くなるし、亜美の雰囲気も微妙なので早々に立ち去りたいところだ。

「先輩、時間が気になりますか? 時計台をチラチラ見ていますが……」

「う、うん、朝練もあるからね、遅刻は出来ないんだよ」
「大体話は分かったけど、若菜さんが心配するようなことはないと思うよ」

「甘いですよ、先輩…… 私にはわかるんです」

「心配性なんだね、それじゃ僕はそろそろ行くよ」

「あ、先輩…… 土日も……」

「ごめん、土日は休みだよ、じゃあ来週のスケッチだっけ? 頑張ってね」

 僕はそう言ってから踵を返し走り去った。頬には冷や汗をかいていた。背後では亜美の連れていた小さな犬が僕を追いかけようとリードを引っ張りながらキャンキャンと鳴いている。

 一体全体なんでこういうことになっちゃうんだろう。中学のころからと言っていたが、まさか人知れず見られていたなんて思ってもみなかった。と言うことは咲と親しくなっていなくても、いつかはこうやって話しかけられたのかもしれない。

 それでも、僕には何か理解できない流れがあるような気がした。この一週間ほどで女子に話しかけられることが増えているのは間違いない。それがいいことなのか悪いことなのかわからないけど、野球、そして僕と咲の関係に悪さをしないようにと願うばかりだ。

 でもあれこれ考えていてもなるようにしかならないと頭を切り替えることにした。今は明日の事を楽しみに、今日の練習へ全力を尽くすのみだ。今日が終われば次は明日、そんな当たり前なことで気分は最高潮に達し、うきうきしながら帰り道をいつもより早いペースで走った。
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