53 / 158
夢を見ていると夢は夢のまま
しおりを挟む
木戸との真剣勝負を心地よい疲労感で終えた僕は、他の部員相手のシートバッティングで軽いピッチングをこなした。
かなり軽く投げているつもりでも打ち損じる部員が多く、速度がなくてもキレがいいと打者を抑えることが可能なのだと改めて感じる。
数人に投げた後、キャッチャーはチビベンから木戸へ交代していた。一年生と三年生の順番を終えて次は二年生が打席に立つ。
今日はさすがに丸山も真剣勝負しようとは言ってこなかった。いくらなんでも守備の練習がおろそかになるようでは困るとわかっているのだろう。
全員の打撃を終えて僕はマウンドを降りた。その後は走塁練習を少しやって今日のメニューは終了だ。二年生以外は道具の片づけをしながらグラウンドを引き上げる。僕達二年はグラウンド整備をしてから引き上げだ。
「私も部室へ戻って洗濯物をチェックしてきます!」
マネージャーの由布がそう言って部室へ駆けていった。片手にはノートパソコンを持っている。
「ハカセさあ、マネージャーが持ってるのってパソコンでしょ?」
「練習見ながら何かつけるように言っておいたのか?」
「まあね、わかる範囲でスイングや得手不得手なコース、立ち位置や守備の時の動きとかさ、まあ色々だよ」
「できるだけまとめておけば今後の役に立つし、マネージャーも手持無沙汰にならなくていいだろ?」
チビベンとハカセがトンボがけをしながら話していた。木戸と丸山、それに僕はそれを聞きながら黙々とグラウンドを慣らす。
「なあカズよお、今週入ってからやけに調子がいいんだけど何かあったのか?」
「いくらなんでも別人過ぎるだろ」
木戸がふいに口を開いた。それを聞いて丸山が手を止め話しかけてくる。
「確かにカズの球は前からキレがいいけどよ、昨日今日あたりはスピードもキレも何割増しだよって感じだもんなあ」
「なにか秘訣があるなら知りたいぜ」
「うーん、特に何があるってわけじゃないんだけどさ、指のかかりがやけに良くてね」
「縫い目が何個通ったかもわかるくらいさ」
僕はまさか咲とキスをしてから調子がいいなんて言えるわけもなく、答えにならないような言葉を返す。本当にキスのせいなのかはわからないが、変わったのがその日からなのは事実だ。
かといってこのままの調子が続くとは限らないし、能力が上昇し続けるわけもない。それに、咲も言っていたが調子には波があるのが当たり前だ。
「もし今度の練習試合でもあのピッチングができたなら、ベストエイト経験のある矢島実業を抑えることができるんじゃねえの?」
「去年の予選だと県立でトップは与田島のベスト十六だから、少なくともそこは超えていきたいもんだな」
「それならよ、予選前にもう一試合くらい、もっとでもいいけど練習試合組めねえか?」
「いくらカズが完璧に抑えても俺らが打てないんじゃ話にならんしよ」
「木戸は去年もレギュラーだったけど俺は今年からフル出場だし、まあはっきり言えば通用するか不安もあるんだよ」
「丸山でも不安に思うのかあ、お前のバッティングは十分トップクラスで通用すると思うけどな」
「僕は今年のチームだったらベストエイトか、もしかしたらそれ以上も狙えると思ってるんだ」
「おいおい、まだ一試合もやってないのに自信過剰じゃないのか?」
「俺も今年のチームは悪くないと思っているけど、控えの層も薄いし油断はできねえぞ」
「そこなんだよね、一年生も悪くはないんだけど全体的に小粒でまだこれからって感じだろ?」
「だからさ、」
「いや、俺は反対だ、許可しねえよ」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「いやいやいや、わかってるよ、三田を呼び戻すって言うんだろ?、あんな奴いらねえわ」
「もし呼び戻したって今のカズのピッチングを見たらまたいじけるだろうし、めんどくせえだけだろ」
「そっか、まあ僕は木戸の見立てに従うよ」
「となるとどっかで木尾に先発してもらわないと厳しいだろうねえ」
「そうだなあ、別に悪くはないし精神的な成長があればすぐにでもイケる球は持ってると思うよ」
「なあチビベンもそう思うだろ?」
少し離れたところにいたチビベンには良く聞こえてないらしく、こちらへ駆け寄ってきた。トンボがけはほぼ終わったので、僕達は用具を片付けながら話を続ける。
「木尾かあ、なんだろね? あの自信の無さっていうの?」
「ピッチャーって大体が過剰なくらい自信持ってるやつが多いと思ってるんだけど、木尾はちょっとメンタル弱そうだよな」
「今日はお前ら二人で柵越え二本打っちゃったしなあ、なんでそういうことすんのさ」
僕は今日の練習で丸山と木戸が木尾を滅多打ちしたことを責めた。しかし二人は悪びれずに言い返してくる。
「練習でチームメイトに打たれたくらいでへこたれるなら公式戦でも使えねえよ」
「でもあいつは大丈夫そうだと感じたけどな」
「俺も同意見だ、キャッチャーのリード次第で力を引き出してやりゃ化けるかもしれねえよ」
「あとは俺とチビベンのどっちと相性がいいかも考えないといけねえか」
「俺はいまいち意思疎通ができる気がしないんだよね」
「それにあのフォークをそらしたらって思うと、勝負所で思い切って投げさせられないかも」
チビベンは木尾の球は受けづらいと言うことだが、それは物事を否定的に言うことの少ないチビベンには意外な発言に思えた。
「じゃあ木尾が投げるときには俺が受けるとして、チビベンには本業のセカンドを頑張ってもらうか」
「打順に関しては一応二通り考えてあるから来週までに煮詰めておくわ」
「今年は攻撃的布陣で行きたいと思ってるんだ」
「攻撃的布陣? たとえばどんな感じ?」
「詳しくはまだ考え中だけど、基本的にいきなりバントはしないとかさ」
「ガンガン振ってガンガン打っていくチームにしたいんだ」
「なるほどな、それは俺にピッタリだぜ」
「ホームラン記録作るつもりでやってやるぜ」
「マルマンには負けてられねえから俺も気合入れていくぜ、ただし大振りは厳禁な」
「もちろんさ、チーム三冠目指すからよ」
グラウンド整備と片づけが終わった僕達は、ほんの少し先の展望を明るい未来と信じ、その目標へ向かって一丸となって走っていく事を語り合った。
それは今はまだ夢のようなことかもしれないが、一人一人が目標に変えていくことができれば十分現実となるように思えた。
かなり軽く投げているつもりでも打ち損じる部員が多く、速度がなくてもキレがいいと打者を抑えることが可能なのだと改めて感じる。
数人に投げた後、キャッチャーはチビベンから木戸へ交代していた。一年生と三年生の順番を終えて次は二年生が打席に立つ。
今日はさすがに丸山も真剣勝負しようとは言ってこなかった。いくらなんでも守備の練習がおろそかになるようでは困るとわかっているのだろう。
全員の打撃を終えて僕はマウンドを降りた。その後は走塁練習を少しやって今日のメニューは終了だ。二年生以外は道具の片づけをしながらグラウンドを引き上げる。僕達二年はグラウンド整備をしてから引き上げだ。
「私も部室へ戻って洗濯物をチェックしてきます!」
マネージャーの由布がそう言って部室へ駆けていった。片手にはノートパソコンを持っている。
「ハカセさあ、マネージャーが持ってるのってパソコンでしょ?」
「練習見ながら何かつけるように言っておいたのか?」
「まあね、わかる範囲でスイングや得手不得手なコース、立ち位置や守備の時の動きとかさ、まあ色々だよ」
「できるだけまとめておけば今後の役に立つし、マネージャーも手持無沙汰にならなくていいだろ?」
チビベンとハカセがトンボがけをしながら話していた。木戸と丸山、それに僕はそれを聞きながら黙々とグラウンドを慣らす。
「なあカズよお、今週入ってからやけに調子がいいんだけど何かあったのか?」
「いくらなんでも別人過ぎるだろ」
木戸がふいに口を開いた。それを聞いて丸山が手を止め話しかけてくる。
「確かにカズの球は前からキレがいいけどよ、昨日今日あたりはスピードもキレも何割増しだよって感じだもんなあ」
「なにか秘訣があるなら知りたいぜ」
「うーん、特に何があるってわけじゃないんだけどさ、指のかかりがやけに良くてね」
「縫い目が何個通ったかもわかるくらいさ」
僕はまさか咲とキスをしてから調子がいいなんて言えるわけもなく、答えにならないような言葉を返す。本当にキスのせいなのかはわからないが、変わったのがその日からなのは事実だ。
かといってこのままの調子が続くとは限らないし、能力が上昇し続けるわけもない。それに、咲も言っていたが調子には波があるのが当たり前だ。
「もし今度の練習試合でもあのピッチングができたなら、ベストエイト経験のある矢島実業を抑えることができるんじゃねえの?」
「去年の予選だと県立でトップは与田島のベスト十六だから、少なくともそこは超えていきたいもんだな」
「それならよ、予選前にもう一試合くらい、もっとでもいいけど練習試合組めねえか?」
「いくらカズが完璧に抑えても俺らが打てないんじゃ話にならんしよ」
「木戸は去年もレギュラーだったけど俺は今年からフル出場だし、まあはっきり言えば通用するか不安もあるんだよ」
「丸山でも不安に思うのかあ、お前のバッティングは十分トップクラスで通用すると思うけどな」
「僕は今年のチームだったらベストエイトか、もしかしたらそれ以上も狙えると思ってるんだ」
「おいおい、まだ一試合もやってないのに自信過剰じゃないのか?」
「俺も今年のチームは悪くないと思っているけど、控えの層も薄いし油断はできねえぞ」
「そこなんだよね、一年生も悪くはないんだけど全体的に小粒でまだこれからって感じだろ?」
「だからさ、」
「いや、俺は反対だ、許可しねえよ」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「いやいやいや、わかってるよ、三田を呼び戻すって言うんだろ?、あんな奴いらねえわ」
「もし呼び戻したって今のカズのピッチングを見たらまたいじけるだろうし、めんどくせえだけだろ」
「そっか、まあ僕は木戸の見立てに従うよ」
「となるとどっかで木尾に先発してもらわないと厳しいだろうねえ」
「そうだなあ、別に悪くはないし精神的な成長があればすぐにでもイケる球は持ってると思うよ」
「なあチビベンもそう思うだろ?」
少し離れたところにいたチビベンには良く聞こえてないらしく、こちらへ駆け寄ってきた。トンボがけはほぼ終わったので、僕達は用具を片付けながら話を続ける。
「木尾かあ、なんだろね? あの自信の無さっていうの?」
「ピッチャーって大体が過剰なくらい自信持ってるやつが多いと思ってるんだけど、木尾はちょっとメンタル弱そうだよな」
「今日はお前ら二人で柵越え二本打っちゃったしなあ、なんでそういうことすんのさ」
僕は今日の練習で丸山と木戸が木尾を滅多打ちしたことを責めた。しかし二人は悪びれずに言い返してくる。
「練習でチームメイトに打たれたくらいでへこたれるなら公式戦でも使えねえよ」
「でもあいつは大丈夫そうだと感じたけどな」
「俺も同意見だ、キャッチャーのリード次第で力を引き出してやりゃ化けるかもしれねえよ」
「あとは俺とチビベンのどっちと相性がいいかも考えないといけねえか」
「俺はいまいち意思疎通ができる気がしないんだよね」
「それにあのフォークをそらしたらって思うと、勝負所で思い切って投げさせられないかも」
チビベンは木尾の球は受けづらいと言うことだが、それは物事を否定的に言うことの少ないチビベンには意外な発言に思えた。
「じゃあ木尾が投げるときには俺が受けるとして、チビベンには本業のセカンドを頑張ってもらうか」
「打順に関しては一応二通り考えてあるから来週までに煮詰めておくわ」
「今年は攻撃的布陣で行きたいと思ってるんだ」
「攻撃的布陣? たとえばどんな感じ?」
「詳しくはまだ考え中だけど、基本的にいきなりバントはしないとかさ」
「ガンガン振ってガンガン打っていくチームにしたいんだ」
「なるほどな、それは俺にピッタリだぜ」
「ホームラン記録作るつもりでやってやるぜ」
「マルマンには負けてられねえから俺も気合入れていくぜ、ただし大振りは厳禁な」
「もちろんさ、チーム三冠目指すからよ」
グラウンド整備と片づけが終わった僕達は、ほんの少し先の展望を明るい未来と信じ、その目標へ向かって一丸となって走っていく事を語り合った。
それは今はまだ夢のようなことかもしれないが、一人一人が目標に変えていくことができれば十分現実となるように思えた。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
俺にはロシア人ハーフの許嫁がいるらしい。
夜兎ましろ
青春
高校入学から約半年が経ったある日。
俺たちのクラスに転入生がやってきたのだが、その転入生は俺――雪村翔(ゆきむら しょう)が幼い頃に結婚を誓い合ったロシア人ハーフの美少女だった……!?
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!
いーじーしっくす
青春
赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。
しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。
その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。
証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。
そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。
深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。
拓真の想いは届くのか? それとも……。
「ねぇ、拓真。好きって言って?」
「嫌だよ」
「お墓っていくらかしら?」
「なんで!?」
純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!
幼馴染に毎日召喚されてます
涼月
青春
高校二年生の森川真礼(もりかわまひろ)は、幼馴染の南雲日奈子(なぐもひなこ)にじゃんけんで勝った事が無い。
それをいい事に、日奈子は理不尽(真礼的には)な提案をしてきた。
じゃんけんで負けたら、召喚獣のように従順に、勝った方の願いを聞くこと。
真礼の受難!? の日々が始まった。
全12話
家政婦さんは同級生のメイド女子高生
coche
青春
祖母から習った家事で主婦力抜群の女子高生、彩香(さいか)。高校入学と同時に小説家の家で家政婦のアルバイトを始めた。実はその家は・・・彩香たちの成長を描く青春ラブコメです。
全体的にどうしようもない高校生日記
天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。
ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。
【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?
おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。
『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』
※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる