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恋愛の話、略して恋バナ

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 午後の授業が始まっても僕は勉強が手につかなかった。とはいってもいつものように寝ているわけではなく別の事で頭がいっぱいなのだ。

 神戸園子が僕の事を好きだって? それはいったい何の冗談だろう。今まで何の接点もなく、木戸の幼馴染くらいの認識だったのに、突然好きだなんて言われても困る。

 今までも言い寄ってきた女子はいたけど、それはエースピッチャーと言う目立つ立場へ寄ってくる取り巻きのような存在ばかりだった。

 しかし園子は本気のようだし、なんといっても木戸の幼馴染だからその他大勢のようにまったく相手にしないというわけにもいかないだろう

 由布がマネージャーになったことに続き面倒を抱えてしまったもんだ。これはやっぱり咲との関係が影響している気がする。

 あくまで推測だけど、こないだ言っていた試練と言うのは咲との仮契約に必要な約束をきちんと守ることができるかどうか、それが試されるような誘惑が多くなると言うことなんじゃないだろうか。

 すぐ後ろにその約束の相手が座っていることが僕の頭をより混乱させる。本当なら今すぐにでも振り向いて、あわよくば抱きしめたいくらいの気持ちだ。

 しかしそんなことができるわけもないし、そもそも秘密の関係なのだから必要以上に意識するようなことはせず、クラスメートの一人として振る舞っていないといけないのだ。

 実はこれこそが最大の試練なのではないか。すぐそばに居続ける存在を半ば無視するくらい気にしないようにする、そんな苦痛が教室にいる間中続くのだから。

 結局授業はほとんど聞いてないし、ろくに板書もしていないうちに今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「吉田、ちょっと話があるんだがじかんあるか?」

 三谷先生が教壇から話しかけてきた。今日最後の授業は化学だったのだが、一人居残りさせられるようなことはないはずだ。

 帰り支度をしているクラスメートたちの数名が僕や三谷先生の方を見て何か気にしている。

「なんですか? 部活があるんで長くならなければ平気ですけど」

「そうだったな、じゃあ後で部室へ行くことにしよう」
「それなら迷惑も掛からないだろ」

 この言い方だと成績云々の話ではなさそうで一安心だ。でも部室へわざわざ来るような話なら真弓先生へ言えばいいのにと思わなくもない。

 まあとにかく今は部活へ急ごう。机の横に置いてある遠征バッグにあれこれ突っ込みながら後ろの席をチラリと見ると、まだ咲の姿がそこにあった。

 咲は教室で表情を変えることは少なく、まして誰かと談笑していることなんて一度もみたことがない。本当の咲を知らなければ、他人に興味のない孤独な女子にしか見えないだろう。

 僕と違って普通の大きさの学生鞄に勉強道具を詰めている。その仕草は上品で丁寧だった。

 全てを片付け終わった咲は立ち上がる直前に鞄の陰で僕へ向かって手を振った。それを見て安心した僕は立ち上がり自分の鞄を担いで教室を出た。

 いつものように廊下で他の部員と合流し部室へ向かうのだが、やはりチビベンの様子がおかしい。どうも元気がないように思えて心配だ。

「なあチビベン、朝から元気ないけど具合が良くないのか?」
「部活休まなくて平気か?」

「いや、大丈夫だよ、ちょっと考え事があるだけだから本当に大丈夫さ」

 チビベンはそう言っているが返ってきた声には明らかに元気がない。僕が心配そうにしているのがよほど気になるのか、木戸が横から口を挟んできた。その表情はなんだかニヤニヤしていていやらしい感じだ。

「こいつさ、昨日駅で告白されたんだよ、三年生の女子によ」
「それで悩んじゃってんの、あんなかわいい先輩に告白されて悩むことなんてないのにさ」

「木戸! なんでばらすんだよ! 本気で悩んでる俺の気持ちも考えてくれ!」

「落ち着けよチビベン、確かに木戸が茶化したのは悪い、でもさそんなことが何もない俺に比べたらどれだけ羨ましいことか考えてくれよ」
「昨日の女子ってバレー部の先輩だろ? 俺だってあんなかわいい子に告白されてみたいぜ」

 丸山も結局話に参加しはじめて、チビベンの悩みは野球部の二年生全員が知ることとなったのだ。

「でも現にチビベンは悩んでるんだからさ、冷かすのはやめろよ」
「チビベンはその先輩じゃ嫌なのか?」

 ハカセも口を挟んできた。ちなみにハカセも女っ気は全くないが本人はそれほど気にしていないようだ。少なくとも丸山のように彼女が欲しいと自ら言うことはない。

「嫌ってわけじゃないんだけどさ、顔はかわいいし……」
「でもなあ、俺より背が大きくて体格もいいんだよ、さすがバレー部って感じでさ」
「一緒に歩いてたらなんだか情けなくなるし、相手にもみすぼらしい思いさせそうじゃないか?」

「そんなこと気にしてるのかよ、男の価値は背丈なんかじゃ決まらないさ」
「背が高けりゃいいなら俺に彼女がいないわけねえし」

 説得力があるのかないのかよくわからない理論を振りかざし丸山が強弁する。こいつはほぼ百九十センチ、体重も約百キロと言う巨漢なのでまた別の問題もありそうだが。

「マルマンはさ、にじみ出る人の好さみたいなのにかけるんだよな」
「本当の中身はすげえいい奴なのにもったいないぜ」

「おお木戸よ、わかってくれるか」
「そうなんだよな、見た目が怖いって言われることはあっても優しそうって言われたこと無いもんよ」

「それに引き換えチビベンは見た目がすでに優しそうだし、女子から見てもかわいいって言われるじゃん?」
「今まで何もなかったのが不思議なくらいだぜ、いい機会だからつきあちゃえよ」

「もうほっといてくれよ、とりあえず明日からも昼はお前らと一緒に食わないから」

「なんだ、もう昼飯を一緒に食う約束までしたんじゃんか、付き合ったも同然だな」
「帰り道も途中まで一緒なんだろ?」

「う、うん、まずは友達からってことだからさ、もうほっといてくれ、マジで」

「そうか、まあ応援してるよ、予選が始まる直前までは土日練習もやらないからよ」
「映画見に行ったり、その辺ぶらついてハンバーガー食ったりするだけでも楽しいもんさ」

 僕はチビベンの恋バナが終わるまで気配を消すように黙っていた。いつなんどきこちらへ矛先が向かってくるかわからないからだ。

 僕達がワイワイと廊下を進み職員室の前まで来たところで急に扉があいた。またうるさいって真弓先生に怒られるのかもしれないと全員が身構えた。

 ところが出てきたのは三谷先生だった。

「おまえら相変わらずうるさいな、それでも副校長よりはマシだけど」

「なんだミタニーか、真弓ちゃんかと思ったぜ」

「木戸、なんだはないだろなんだは」
「吉田には伝えておいたが、ちょっと頼みがあるから後で部室かグラウンドへ行くからよろしくな」

「またモデルの話? 月末に練習試合があるしその後は地区予選も近くなってくるから長時間は難しいかもよ」

「いやいや、そんな時間を取らせる話じゃないんだ、まあ詳しくは後でな」
「岡田先生にももう言ってあるからさ」

 三谷先生はそう言い残して職員室へ戻っていった。

「そういえばさっきの授業が終わった時に言われてたんだった、何の話だろうな?」

「さあ? でもミタニーが持ってくる話は大体美術部に関係あることか格闘技の事かどっちかだからな」
「きっとそうおかしな話でもないだろ」

 木戸の言葉に丸山も頷いている。この二人が三谷先生と格闘技談義をしていることは珍しくなく、それほど親しくない僕にとっては無害な教師の一人だ。

 しかし倉片は担任の三谷先生を嫌っているようだったし、人の評価と言うのは難しいものだと感じる。

 でも僕にとって何より幸いだったのは、昼休み以降、神戸園子の話題が出なかったことだった。

 チビベンのように告白を受けるかどうかではなく、受け入れることがあり得ない僕にとっては女子からのアプローチは悩みの種にしかならない。

 僕の心はすでに練習を終えて帰宅した後、咲と一緒に取る夕飯へと飛んでいた。
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