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はりきりマネージャー
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家を出たのはいつもの時間から遅れること七、八分ほどか。僕は全力とはいかないまでもそこそこのスピードで走って学校へ向かっている。
のんびり歩いても二十分ほどの道のりなので走ったとしてもいいとこ五分ほど縮まるかどうかだ。しかし朝練に遅れることは絶対にできない。なんといっても今週すでに二度も遅刻してしまっているのだから。
学校までもう少しの交差点まで来たところで、野球部一年生で中学の後輩である倉片と鉢合わせた。
「カズ先輩、おはようございます」
「そんなに急がなくてもまだ時間に余裕ありますよ?」
「まあそうだけど一年に鍵開け任せてたらなんかだらしないだろ?」
「こういうのは上級生からビシッとしてないとさ」
「昨日は誰が一番乗りだったんすかね?」
「鍵を開けたのは僕だけどさ、昨日は真弓先生が一番乗りだったんだよ」
「僕が職員室へ鍵を取りに行ったときに真弓先生がもう来てたなんて今年初めてだよ」
「教師なのにそんなもんなんすかね?」
「まあでも真弓先生って全然教師らしくないですよね」
「そうかもな、生徒からは友達みたいに思われてるし、放課後とか女子と洋服や化粧の話とかしてることがあるくらいだよ」
「それで副校長に怒られるのがいつものパターンなんだ」
「変わってますねえ、でもいいなあ、真弓先生ってカズ先輩のクラスの担任ですよね?」
「俺のクラスはなんか陰気くさいおっさんだから雰囲気良くないですよ」
「ああ、三谷先生な、あの人はああ見えて格闘技が好きなんだってさ」
「美術部の顧問なんだけど、たまに木戸や丸山にデッサンのモデルになれって声かけに来るよ」
「マジっすか!? あの暗そうなおっさんが格闘技とどう結びつくのか不思議っすね」
「おっさんっていっても確かまだ三十代だったと思うよ」
「それに柔道だか空手の黒帯だって話さ、確認はしてないから本当かわかんないけどな」
そんな話をしているうちに学校へついた僕と倉片は部室へ向かった。すると部室はすでに開いており道具が少しだけ運び出されている。
「もう誰か来てるのか、はずいぶん早いけどチビベンあたりかな」
「今日は一番乗りじゃなかったっすね」
部室のドアは開け放たれており中で何やら物音がする。僕らが中を覗くと、そこには頭にタオルを巻きマスクをして床を掃いているいる由布の姿があった。
「あ、マネージャー、おはよう」
僕が挨拶をすると由布がものすごいスピードで顔を上げた。
「吉田先輩!! おはようございます!!」
「朝練の道具はバットだけで良かったですよね!?」
「うん、それで平気だよ、しかし朝から掃除とは気合入ってるね」
僕は耳を押さえながら返事をした。まったく朝っぱらから声がデカい。
「真弓先生が来週けんみん放送が来るって言ってたじゃないですか! 少しずつでも掃除していかないとまずいですよ!」
「それに…… あの……」
「なに? 何か言いづらそうだね」
「はい…… 部室が、その…… 臭いです……」
「洗濯もしますから一日の終わりに出しておいてください!」
「臭いじゃないんだよ! これは俺たちの練習の証なんだよ!」
なぜか倉片がむきになって由布へ詰め寄った。しかし由布は涼しい顔で言い返すのだった。
「倉片君は特に臭いわよ! 練習終わってから汗くらいきっちり流しなさい!」
「席が隣だからすぐわかるんだからね!」
由布のデカい声に、少し離れたところへ集まり始めている陸上部の面々がこっちを見ている。僕は慌てて、なんでもないんだというようなしぐさをした。
「そうやっていつもいつもうるさいんだよ! 昨日だってあんなに追い回してさ」
「どうせカズ先輩だけは臭くないとか言うんだろ!」
「そりゃ隣の席じゃないもの、匂いなんてわからないわよ!」
「私だって倉片君の隣なんて嫌だけど、名前順だから仕方ないじゃないの!」
「大体ね! あなたがちゃんとシャワーで汗流さないからにおいが残るんでしょ!」
「朝の練習時間がいくら短いからって、せっかくあるシャワーを使わないのはおかしいわ!」
「教室にいるのが自分一人だなんて思わないでよね!」
「そんなことじゃ女の子にモテないわよ! 先輩たちみたいにかっこいい男子になりたいならもっと気を使いなさい!」
すごい勢いで由布にまくしたてられた倉片は、まったく言い返すことができずに歯ぎしりをしている。どうもこの二人の相性は良くないようだ。
「ま、マネージャー、もうそのくらいにしてさ、着替えようかなって思うんだけどどうかな?」
「他も大体揃ったしさ、着替え終わったらまた掃除の続きしてもらえると有難いかなと」
「はっ! 私ったらすいません! 今出ますから!」
「でも洗濯物は出してくださいね! 全員ですよ!」
「うぃーっす」
「はーい」
外で待っていた部員たちもしぶしぶと返事をしてから由布と入れ替わりに部室へ入って来た。最後に入って来た木戸と丸山の顔はにやけている。
「おいカズ、朝から災難だな、すごい剣幕だったじゃないか」
「ああいうのを口から先に産まれたって言うんだな」
「あんなのが将来嫁さんになったら尻に敷かれて大変だろうな」
「今から覚悟しておけよ」
「勘弁してくれよ、僕にそんな気はないよ」
「大体さっき責められていたのは僕じゃなくて倉片だよ、かわいそうにな」
「いいんです…… あいつは席が隣すけど、とにかくうるさくてうるさくて……」
「やたらと汗臭さを気にするんですよね、自分だって野球やってたならわかってるくせに……」
「でも中学と違っていい設備があるんだから使わないと損だよ」
「時間の心配してるなら先に切り上げていいからさ、なあ木戸」
「おう、片づけは俺らがやるから一年生は先に上がるようにしよう」
「まだまだペース配分が難しいだろうからな」
木戸はこういうところでうまく気を回せるやつだ。やはり二年生ながら主将になって正解だっただろう。まあ三年生は今や朝練に出てくるわけでもなく、惰性とまでは言わないが全身全霊傾けると言う意思は感じない。
着替えが済んで部室を出るときに木戸が棚から時計を持って出た。部員全員が外へ出てグラウンドへ向かう時にその時計を由布へ渡し何やら話している。
後から走って追いかけてきた木戸へ訊ねると、練習終わりの時間とその十五分前に声をかけてもらうよう指示してきたとのことだ。
ストレッチにランニング、素振りとこなしているとバックネット裏から大きな声が飛んできた。
「主将! 十五分前です!」
木戸が頭にタオルを巻いたままの由布へ手を振った。
「よし、一年生は引き上げだ、シャワー浴びて教室へ向かってくれ」
「はい! おつかれさまっした!」
「二年はもう少し素振りやるか、それか……」
「それか? なんだ?」
「部室の片づけやるか……」
「ああ…… そうだなあ、マネージャーにあれこれ見られるのもちょっとな」
「俺なんてロッカーにスラパンとか入れっぱなしだしよ」
「いや丸山、それは持って帰って洗えよ、じゃないと回収されて洗濯されるぞ」
といいつつも、僕もロッカーへ何を入れたままなのか自分で把握できていない。結局満場一致で部室の片づけへ行くことになった。
まったく朝から思いがけない仕事をする羽目になり気が重くなった僕達は、全員そろってとぼとぼと部室へ戻っていった。
のんびり歩いても二十分ほどの道のりなので走ったとしてもいいとこ五分ほど縮まるかどうかだ。しかし朝練に遅れることは絶対にできない。なんといっても今週すでに二度も遅刻してしまっているのだから。
学校までもう少しの交差点まで来たところで、野球部一年生で中学の後輩である倉片と鉢合わせた。
「カズ先輩、おはようございます」
「そんなに急がなくてもまだ時間に余裕ありますよ?」
「まあそうだけど一年に鍵開け任せてたらなんかだらしないだろ?」
「こういうのは上級生からビシッとしてないとさ」
「昨日は誰が一番乗りだったんすかね?」
「鍵を開けたのは僕だけどさ、昨日は真弓先生が一番乗りだったんだよ」
「僕が職員室へ鍵を取りに行ったときに真弓先生がもう来てたなんて今年初めてだよ」
「教師なのにそんなもんなんすかね?」
「まあでも真弓先生って全然教師らしくないですよね」
「そうかもな、生徒からは友達みたいに思われてるし、放課後とか女子と洋服や化粧の話とかしてることがあるくらいだよ」
「それで副校長に怒られるのがいつものパターンなんだ」
「変わってますねえ、でもいいなあ、真弓先生ってカズ先輩のクラスの担任ですよね?」
「俺のクラスはなんか陰気くさいおっさんだから雰囲気良くないですよ」
「ああ、三谷先生な、あの人はああ見えて格闘技が好きなんだってさ」
「美術部の顧問なんだけど、たまに木戸や丸山にデッサンのモデルになれって声かけに来るよ」
「マジっすか!? あの暗そうなおっさんが格闘技とどう結びつくのか不思議っすね」
「おっさんっていっても確かまだ三十代だったと思うよ」
「それに柔道だか空手の黒帯だって話さ、確認はしてないから本当かわかんないけどな」
そんな話をしているうちに学校へついた僕と倉片は部室へ向かった。すると部室はすでに開いており道具が少しだけ運び出されている。
「もう誰か来てるのか、はずいぶん早いけどチビベンあたりかな」
「今日は一番乗りじゃなかったっすね」
部室のドアは開け放たれており中で何やら物音がする。僕らが中を覗くと、そこには頭にタオルを巻きマスクをして床を掃いているいる由布の姿があった。
「あ、マネージャー、おはよう」
僕が挨拶をすると由布がものすごいスピードで顔を上げた。
「吉田先輩!! おはようございます!!」
「朝練の道具はバットだけで良かったですよね!?」
「うん、それで平気だよ、しかし朝から掃除とは気合入ってるね」
僕は耳を押さえながら返事をした。まったく朝っぱらから声がデカい。
「真弓先生が来週けんみん放送が来るって言ってたじゃないですか! 少しずつでも掃除していかないとまずいですよ!」
「それに…… あの……」
「なに? 何か言いづらそうだね」
「はい…… 部室が、その…… 臭いです……」
「洗濯もしますから一日の終わりに出しておいてください!」
「臭いじゃないんだよ! これは俺たちの練習の証なんだよ!」
なぜか倉片がむきになって由布へ詰め寄った。しかし由布は涼しい顔で言い返すのだった。
「倉片君は特に臭いわよ! 練習終わってから汗くらいきっちり流しなさい!」
「席が隣だからすぐわかるんだからね!」
由布のデカい声に、少し離れたところへ集まり始めている陸上部の面々がこっちを見ている。僕は慌てて、なんでもないんだというようなしぐさをした。
「そうやっていつもいつもうるさいんだよ! 昨日だってあんなに追い回してさ」
「どうせカズ先輩だけは臭くないとか言うんだろ!」
「そりゃ隣の席じゃないもの、匂いなんてわからないわよ!」
「私だって倉片君の隣なんて嫌だけど、名前順だから仕方ないじゃないの!」
「大体ね! あなたがちゃんとシャワーで汗流さないからにおいが残るんでしょ!」
「朝の練習時間がいくら短いからって、せっかくあるシャワーを使わないのはおかしいわ!」
「教室にいるのが自分一人だなんて思わないでよね!」
「そんなことじゃ女の子にモテないわよ! 先輩たちみたいにかっこいい男子になりたいならもっと気を使いなさい!」
すごい勢いで由布にまくしたてられた倉片は、まったく言い返すことができずに歯ぎしりをしている。どうもこの二人の相性は良くないようだ。
「ま、マネージャー、もうそのくらいにしてさ、着替えようかなって思うんだけどどうかな?」
「他も大体揃ったしさ、着替え終わったらまた掃除の続きしてもらえると有難いかなと」
「はっ! 私ったらすいません! 今出ますから!」
「でも洗濯物は出してくださいね! 全員ですよ!」
「うぃーっす」
「はーい」
外で待っていた部員たちもしぶしぶと返事をしてから由布と入れ替わりに部室へ入って来た。最後に入って来た木戸と丸山の顔はにやけている。
「おいカズ、朝から災難だな、すごい剣幕だったじゃないか」
「ああいうのを口から先に産まれたって言うんだな」
「あんなのが将来嫁さんになったら尻に敷かれて大変だろうな」
「今から覚悟しておけよ」
「勘弁してくれよ、僕にそんな気はないよ」
「大体さっき責められていたのは僕じゃなくて倉片だよ、かわいそうにな」
「いいんです…… あいつは席が隣すけど、とにかくうるさくてうるさくて……」
「やたらと汗臭さを気にするんですよね、自分だって野球やってたならわかってるくせに……」
「でも中学と違っていい設備があるんだから使わないと損だよ」
「時間の心配してるなら先に切り上げていいからさ、なあ木戸」
「おう、片づけは俺らがやるから一年生は先に上がるようにしよう」
「まだまだペース配分が難しいだろうからな」
木戸はこういうところでうまく気を回せるやつだ。やはり二年生ながら主将になって正解だっただろう。まあ三年生は今や朝練に出てくるわけでもなく、惰性とまでは言わないが全身全霊傾けると言う意思は感じない。
着替えが済んで部室を出るときに木戸が棚から時計を持って出た。部員全員が外へ出てグラウンドへ向かう時にその時計を由布へ渡し何やら話している。
後から走って追いかけてきた木戸へ訊ねると、練習終わりの時間とその十五分前に声をかけてもらうよう指示してきたとのことだ。
ストレッチにランニング、素振りとこなしているとバックネット裏から大きな声が飛んできた。
「主将! 十五分前です!」
木戸が頭にタオルを巻いたままの由布へ手を振った。
「よし、一年生は引き上げだ、シャワー浴びて教室へ向かってくれ」
「はい! おつかれさまっした!」
「二年はもう少し素振りやるか、それか……」
「それか? なんだ?」
「部室の片づけやるか……」
「ああ…… そうだなあ、マネージャーにあれこれ見られるのもちょっとな」
「俺なんてロッカーにスラパンとか入れっぱなしだしよ」
「いや丸山、それは持って帰って洗えよ、じゃないと回収されて洗濯されるぞ」
といいつつも、僕もロッカーへ何を入れたままなのか自分で把握できていない。結局満場一致で部室の片づけへ行くことになった。
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