上 下
21 / 158

幼き君との出会い

しおりを挟む
 咲の向かった方向から何かを用意している音が聞こえ、しばらくすると小さな白いワゴンを押して戻ってきた。

 ワゴンから白い皿に乗った料理を取りテーブルに並べている。まるでレストランのようだ。肉汁の香りがここまで漂ってきてハーブティーの香りを打ち消した。

「お待たせ、用意できたわよ。
 お口にあえば嬉しいのだけど、ちょっと不安ね」

 僕はソファから立ち上がりテーブルへ向かい促されるままに椅子へ座った。目の前から立ち上るいい香りが僕の鼻を直撃し、思わずおなかが鳴ってしまった。

「うふふ、もういい時間だしおなかすいたわよね、いただきましょう」

 目の前に置かれた大きめの白い皿には、焼きたてで湯気を立てているハンバーグに付け合わせの野菜が乗せてあった。手元にはフォークとナイフ、それに箸が用意されていた。

 向かい合って座った二人の間のかごにはパンが何種類か入れてある。ハンバーグのほかにカップに入ったコンソメスープ、それとソースが入った小さな器が二つ置いてあった。

「すごいね、これ全部自分で作ったの?」

「パンは買ってきたものだけど、それ以外は一応私が作ったものよ。
 でも作ったって言えるのはハンバーグくらいね」

「十分すごいよ、僕は冷凍食品とカップラーメン位しか作れないからなあ」

「ナポリタンとかね。
 ほら、冷めないうちにどうぞ、褒めて貰えるのは嬉しいけど食べて味を確かめてからでいいわ」

「うん、いただきます」

 今日は朝の遅刻から始まって散々な日かと思ったけど、最後にこんな喜びが待っていたなんて。まったく起伏にとんだ一日だ。

 ハンバーグは肉汁たっぷり、柔らかくて程よい味付けの絶品だった。咲に勧められてつけてみた黄色いソースはマスタード入りのようで、肉の味にいいアクセントを与えてくれる。

 パンは見たことのない黒っぽい奴を選んだ。これはライ麦パンというらしく、歯ごたえのある固さが不思議な感触だった。

 僕は練習後でおなかが空いていたこともあって、出された料理をすべて平らげてしまいパンを三つも食べた。咲はそんな僕に時折目をやり優しく微笑んでくれる。

 こんな幸せな気持ちになれるなんて、あの階段での出来事からは想像もつかなかった。

「はああ、おなか一杯、すごくおいしかったよ、ごちそうさま。
 なんだか心まで満たされた気持ちになったなあ、ありがとう」

「どういたしまして、心まで満たされたなんて、あの秘密の成分が効いたのかしら」

「えっ!?」

「うふふ、冗談よ、でも愛情は込めたつもりよ、愛しいキミのためにね。
 今紅茶入れてくるからソファで待っていてちょうだい」

 嘘かほんとかわからない冗談は心臓に悪い。咲なら一服盛ったとしても不思議ではない雰囲気だからなおさらだ。そんなことを考えながら僕はソファへ座って部屋を見渡しながら待つ。咲は食器をワゴンに乗せて奥へ運んで行った。

 部屋の周囲にはいくつもの絵がかけてあり、今座っているソファの真横にも一枚かけてある。座ったままではよく見えないので僕は立ち上がり振り返るようにその絵を見た。

 そこには大きくてまん丸い目をした幼い少女が芝生に座っている絵だった。黒い髪を頭の上二か所で結び、前髪がきれいに切りそろえられたその姿に僕は見覚えがある気がした。

「あら? その絵が気になるの? かわいいでしょ」」

「うん、絵の事は全く分からないけど、目を見てると吸い込まれそうな魅力を感じるね」

「それパパが描いたのよ、この家にある絵は全部そうだけどね。
 モデルは私らしいけどとても小さなころだから覚えていないのが残念だわ」

「そうか、これは君、えっと蓮根さんがモデルなのか。
 道理でどこかで見たことのある子だと感じるわけだ」

「そうね、見たことあるのかもしれないわね」

「えっ? それはどういう意味?
 まさか昔会ったことがあるということ?」

「朝も言ったでしょう? 現実世界だけが全てじゃないのよ。
 この世に生まれ落ちたその瞬間から出会い結ばれることが運命づけられている、そんな関係が存在するの」

「えっと、精神のみの世界、だっけ?
 全然意味が分からないんだけど、そういうのってオカルトめいてて僕は苦手だよ」

「いいのよキミが苦手でも、私がちゃんと導いてあげるわ。
 さあ、熱いうちにどうぞ」

 隣を見ると、咲の両手にカップを持たせたまま話をしていたことに気がついた。なんだか申し訳ない気持ちになりながら僕はソファに戻り、目の前に置かれる紅茶を目で追った。そしてその僕のすぐ隣にためらいなく咲が座る。

 自分の家なのだから遠慮などしなくて当然なのだが、お互いの体が触れ合うほど密着して座ってきたことに戸惑い、かといってそれ以上避けようもない状況に、僕はどうしていいかわからず緊張し体をこわばらせるしかなかった。

 咲が紅茶を一口飲んでからふうっと軽く息を吐いた。僕も同じようにカップに口をつけたが、緊張のせいなのか、それとも熱さのせいなのか、今はその味がさっぱりわからなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺にはロシア人ハーフの許嫁がいるらしい。

夜兎ましろ
青春
 高校入学から約半年が経ったある日。  俺たちのクラスに転入生がやってきたのだが、その転入生は俺――雪村翔(ゆきむら しょう)が幼い頃に結婚を誓い合ったロシア人ハーフの美少女だった……!?

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

幼馴染に毎日召喚されてます

涼月
青春
 高校二年生の森川真礼(もりかわまひろ)は、幼馴染の南雲日奈子(なぐもひなこ)にじゃんけんで勝った事が無い。  それをいい事に、日奈子は理不尽(真礼的には)な提案をしてきた。  じゃんけんで負けたら、召喚獣のように従順に、勝った方の願いを聞くこと。  真礼の受難!? の日々が始まった。  全12話

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

全体的にどうしようもない高校生日記

天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。  ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

先輩に振られた。でも、いとこと幼馴染が結婚したいという想いを伝えてくる。俺を振った先輩は、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。

のんびりとゆっくり
青春
俺、海春夢海(うみはるゆめうみ)。俺は高校一年生の時、先輩に振られた。高校二年生の始業式の日、俺は、いとこの春島紗緒里(はるしまさおり)ちゃんと再会を果たす。彼女は、幼い頃もかわいかったが、より一層かわいくなっていた。彼女は、俺に恋している。そして、婚約して結婚したい、と言ってきている。戸惑いながらも、彼女の熱い想いに、次第に彼女に傾いていく俺の心。そして、かわいい子で幼馴染の夏森寿々子(なつもりすずこ)ちゃんも、俺と婚約して結婚してほしい、という気持ちを伝えてきた。先輩は、その後、付き合ってほしいと言ってきたが、間に合わない。俺のデレデレ、甘々でラブラブな青春が、今始まろうとしている。この作品は、「小説家になろう」様「カクヨム」様にも投稿しています。「小説家になろう」様「カクヨム」様への投稿は、「先輩に振られた俺。でも、その後、いとこと幼馴染が婚約して結婚したい、という想いを一生懸命伝えてくる。俺を振った先輩が付き合ってほしいと言ってきても、間に合わない。恋、デレデレ、甘々でラブラブな青春。」という題名でしています。

処理中です...