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招かれた白い館にて
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ようやく解放され帰路についた僕は、急いで帰ろうと早足で歩いていた。家の前の道に出たあたりでポケットが震え着信音が聞こえる。画面を見ると父さんからだった。
やれやれ、また酔っぱらってるのかな、と思いつつ電話に出る。後ろが随分騒がしいようなのでどこかで飲んでいるんだろう。
「おうカズ、今日はいい商談がまとまって大きな契約取れたんで会社で祝勝会やってるんだ。
ちょっと遅くなるけど大丈夫だよな?」
予想に反してはっきりした声が聞こえて肩透かしを食らったが、それ自体は悪いことじゃない。どうも感覚がマヒしているようだ。
「それはめでたいね、こっちは問題ないけどあまり飲みすぎないでくれよ」
「会社で飲み食いしてるだけだから心配すんな。
お前、まだ外なのか? ずいぶん遅いけど飯はちゃんと食ったか?」
「帰りにちょっと寄り道してたんだ、もうすぐ家だしこれから食べるよ」
「用意してやれなくて悪いけど、しっかりとしたもの食えよ。
週末にでも埋め合わせはするからさ」
「うん、期待してるよ」
そう言って僕は電話を切り再び歩き出した。
父さんの会社ではたまにこういうことがあるから、世の中でよく聞くブラック企業ってことはないんだろう。でも仕事でかなり遅くまで働いていることもあるし、一概にホワイトとも言えないかもしれない。
僕も高校でいい結果を出してプロかノンプロでも入ることが目標だが、それが叶わなかった時には就職して働くことになるんだな。それともスポーツ推薦で大学へ進学できるだろうか。
でも勉強は嫌いだし苦手だから進学は現実的じゃない。なんとしても野球で飯を食えるようになりたいものだ。
そんなことを考えながら歩き、家まであと数十メートルと言ったところで家の先で別の家から出てくる人影が見えた。街灯が逆光で照らしているのでシルエットのみが浮かび上がり誰だかは判別つかないが、僕にはそれが誰なのかすぐにわかった。
お互いが僕の家から同じくらいの距離にいて徐々に近寄っていく。そしてちょうど僕の家の前で立ち止まった。
「お帰りなさい、今日は大変だったようね。
夕ご飯、食べに来るでしょ?」
「う、うん、ただいま」
咲は僕にやさしく語り掛けてきた。しかしなんで今日大変だったってわかっているんだろう。部活の前にはすでに帰宅していたはずだし、見学者の中にもいなかったことは間違いない。
「遅くなってごめん、急いで着替えてくるよ」
「わかったわ、先に帰って支度しておくわね」
僕は何で謝っているのかわからないままに玄関の鍵を開け中に入った。部屋に鞄を放り投げ制服を脱ぎベッドへ投げ捨てる。
焦るな焦るな、きちんとシャワーもしてきたし私服に着替えれば汗臭くもないはずだ。そう自分へ言い聞かせながらジーンズとTシャツに着替え、パーカーをかぶって玄関へ急いだ。
スマホと鍵を手に持って家を出た僕は早歩きで咲の家へ向かう。玄関先のインターフォンを押そうとしたときに玄関が開き咲が顔を出して出迎えてくれた。
いつもいつも先回りされるのはなぜなのだろうか。本当に僕の一挙一動が伝わっているように思えてならない。しかもそれを僕は当然のように受け入れているのも不思議だ。
「早かったのね、さあどうぞ、中へ入ってちょうだい」
「うん、おじゃまします」
中へ入ると玄関は吹き抜けになっていて、あまり生活感を感じない雰囲気だった。白い壁に白い下駄箱、上には小さな瓶に詰められた花が並べられている。壁にはなんだか雰囲気のいい絵が飾ってあった。
かたや僕の家の玄関は靴や傘が散乱し、下駄箱の上には父さんのもらったトロフィーや盾と一緒に、どこかの土産物かなにか正体不明の人形や木彫りの熊が置いてあったりしておしゃれには程遠い状態だ。
咲に促されてリビングへ通された僕は玄関と同じように絵がかけてあり、うちの茶箪笥とは違い洋風でおしゃれな小さな箪笥? チェストと言うんだろうか、その上にやはり瓶詰の花が並んでいる。
テーブルはこじんまりとしているが、真っ白なクロスが乗せられて裾から黒い鉄の足が覗いている。お揃いっぽい椅子の足は先がくるりと丸まっていて、アンティーク家具のような形だった。
僕がテーブルの中央に置かれた、先ほど見たよりも大分大きな瓶詰の花を見ながら立ち尽くしていると咲が後ろから優しく声をかけてきた。
「おなかすいてるでしょう? 今用意するからソファに座って待っていてね」
咲は僕の肩にそっと触れソファへ誘導する。僕は言われるがままに艶のある黒い革張りのソファへ座った。
「他人の家で落ち着かないかしら? ハーブティーでも飲めばリラックスできるわよ」
そう言って小さなガラステーブルの上にカップを置いた。淹れたての紅茶からいい香りが立ち上っている。
「あ、ありがとう、僕の家と大分違うからちょっと戸惑っちゃってさ。
よくわからないけどおしゃれな感じだね、君の趣味なの?」
「大体はそうね、でも私が生まれる前から家にあった古い家具ばかりよ。
ここへ越してくるときに実家から選んで持って来たの」
「そうなんだ、実家ってどこなの? 遠く?」
「ええ、ずっと遠いところ、海を越えて遥か彼方ね」
そう言って咲は笑みを浮かべた。どうやら海外から引っ越して来たようだけど、僕に会いに来たというのは冗談なんだろうな。
僕が紅茶に口をつけたのを見てから咲が部屋を出ていった。おそらく台所へ行ったのだろう。
座り心地の良いソファにいい香りのハーブティー、そして恋をした相手の家にいる事実。そんな今までにない体験に僕の鼓動はかつてないほどに高鳴っていた。
やれやれ、また酔っぱらってるのかな、と思いつつ電話に出る。後ろが随分騒がしいようなのでどこかで飲んでいるんだろう。
「おうカズ、今日はいい商談がまとまって大きな契約取れたんで会社で祝勝会やってるんだ。
ちょっと遅くなるけど大丈夫だよな?」
予想に反してはっきりした声が聞こえて肩透かしを食らったが、それ自体は悪いことじゃない。どうも感覚がマヒしているようだ。
「それはめでたいね、こっちは問題ないけどあまり飲みすぎないでくれよ」
「会社で飲み食いしてるだけだから心配すんな。
お前、まだ外なのか? ずいぶん遅いけど飯はちゃんと食ったか?」
「帰りにちょっと寄り道してたんだ、もうすぐ家だしこれから食べるよ」
「用意してやれなくて悪いけど、しっかりとしたもの食えよ。
週末にでも埋め合わせはするからさ」
「うん、期待してるよ」
そう言って僕は電話を切り再び歩き出した。
父さんの会社ではたまにこういうことがあるから、世の中でよく聞くブラック企業ってことはないんだろう。でも仕事でかなり遅くまで働いていることもあるし、一概にホワイトとも言えないかもしれない。
僕も高校でいい結果を出してプロかノンプロでも入ることが目標だが、それが叶わなかった時には就職して働くことになるんだな。それともスポーツ推薦で大学へ進学できるだろうか。
でも勉強は嫌いだし苦手だから進学は現実的じゃない。なんとしても野球で飯を食えるようになりたいものだ。
そんなことを考えながら歩き、家まであと数十メートルと言ったところで家の先で別の家から出てくる人影が見えた。街灯が逆光で照らしているのでシルエットのみが浮かび上がり誰だかは判別つかないが、僕にはそれが誰なのかすぐにわかった。
お互いが僕の家から同じくらいの距離にいて徐々に近寄っていく。そしてちょうど僕の家の前で立ち止まった。
「お帰りなさい、今日は大変だったようね。
夕ご飯、食べに来るでしょ?」
「う、うん、ただいま」
咲は僕にやさしく語り掛けてきた。しかしなんで今日大変だったってわかっているんだろう。部活の前にはすでに帰宅していたはずだし、見学者の中にもいなかったことは間違いない。
「遅くなってごめん、急いで着替えてくるよ」
「わかったわ、先に帰って支度しておくわね」
僕は何で謝っているのかわからないままに玄関の鍵を開け中に入った。部屋に鞄を放り投げ制服を脱ぎベッドへ投げ捨てる。
焦るな焦るな、きちんとシャワーもしてきたし私服に着替えれば汗臭くもないはずだ。そう自分へ言い聞かせながらジーンズとTシャツに着替え、パーカーをかぶって玄関へ急いだ。
スマホと鍵を手に持って家を出た僕は早歩きで咲の家へ向かう。玄関先のインターフォンを押そうとしたときに玄関が開き咲が顔を出して出迎えてくれた。
いつもいつも先回りされるのはなぜなのだろうか。本当に僕の一挙一動が伝わっているように思えてならない。しかもそれを僕は当然のように受け入れているのも不思議だ。
「早かったのね、さあどうぞ、中へ入ってちょうだい」
「うん、おじゃまします」
中へ入ると玄関は吹き抜けになっていて、あまり生活感を感じない雰囲気だった。白い壁に白い下駄箱、上には小さな瓶に詰められた花が並べられている。壁にはなんだか雰囲気のいい絵が飾ってあった。
かたや僕の家の玄関は靴や傘が散乱し、下駄箱の上には父さんのもらったトロフィーや盾と一緒に、どこかの土産物かなにか正体不明の人形や木彫りの熊が置いてあったりしておしゃれには程遠い状態だ。
咲に促されてリビングへ通された僕は玄関と同じように絵がかけてあり、うちの茶箪笥とは違い洋風でおしゃれな小さな箪笥? チェストと言うんだろうか、その上にやはり瓶詰の花が並んでいる。
テーブルはこじんまりとしているが、真っ白なクロスが乗せられて裾から黒い鉄の足が覗いている。お揃いっぽい椅子の足は先がくるりと丸まっていて、アンティーク家具のような形だった。
僕がテーブルの中央に置かれた、先ほど見たよりも大分大きな瓶詰の花を見ながら立ち尽くしていると咲が後ろから優しく声をかけてきた。
「おなかすいてるでしょう? 今用意するからソファに座って待っていてね」
咲は僕の肩にそっと触れソファへ誘導する。僕は言われるがままに艶のある黒い革張りのソファへ座った。
「他人の家で落ち着かないかしら? ハーブティーでも飲めばリラックスできるわよ」
そう言って小さなガラステーブルの上にカップを置いた。淹れたての紅茶からいい香りが立ち上っている。
「あ、ありがとう、僕の家と大分違うからちょっと戸惑っちゃってさ。
よくわからないけどおしゃれな感じだね、君の趣味なの?」
「大体はそうね、でも私が生まれる前から家にあった古い家具ばかりよ。
ここへ越してくるときに実家から選んで持って来たの」
「そうなんだ、実家ってどこなの? 遠く?」
「ええ、ずっと遠いところ、海を越えて遥か彼方ね」
そう言って咲は笑みを浮かべた。どうやら海外から引っ越して来たようだけど、僕に会いに来たというのは冗談なんだろうな。
僕が紅茶に口をつけたのを見てから咲が部屋を出ていった。おそらく台所へ行ったのだろう。
座り心地の良いソファにいい香りのハーブティー、そして恋をした相手の家にいる事実。そんな今までにない体験に僕の鼓動はかつてないほどに高鳴っていた。
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