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押しかけ女房がやってきた
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部室に鍵をかけてから職員室へ向かうため、僕が振り向いた先に立っていたのは見慣れぬ女子生徒だった。おかっぱ頭で浅黒く日焼けした肌に真新しい制服を着た小柄な女子生徒はおそらく一年生だろう。
その子が一歩こちらににじり寄り、僕は思わず後ずさりする。そこで間髪入れずにその女子生徒が大声を出した。
「吉田先輩! 私と結婚してください!
二人三脚で頂点を目指しましょう!」
ちょっと待てよ? 聞き間違いだと思うんだけど、想像を絶する言葉に聞こえた僕は思わず聞き返した。
「えっ、今なんて言ったの?」
「私! この春入学した一年生の掛川由布と言います!
中学までは野球部で内野手をやっていました!」
僕の質問とは全く関係ない返答にどうしたらいいかわからないでいると、その子はこちらの都合など気にせず話し続けた。
「今日の練習見てました! やっぱり凄かったです! 熱かったです!
だから私と一緒にプロ入りを、いやメジャーリーグを目指しましょう!」
まったくわからない。どこからそういう発想に至るのか、しかもこの子がプロ入りに何の関係があるのだろうか。
そんな僕の困惑を完全に無視してその掛川由布という一年生の話は続く。
「私プロ野球選手の奥さんになって選手生活を支えていくのが夢なんです!
だから中学の頃から近隣の高校野球部を見学して回っていました!
去年の夏の大会で何人か目をつけていたんですけど、最終的に選んだのが吉田先輩です!」
そうか、僕は選ばれたのか。じゃなくって、自分の夢を矢継ぎ早に畳みかけてくるこの子はいったい何者なんだ。しかも声がデカい。
「あのね、一方的に言われても困るよ
僕は確かに野球が好きでプロ入り出来たらいいとも思ってるけど、じょ」
「はい! 知ってます! 女子が苦手なんですよね!
吉田先輩の事はかなり細かく調べています!
でも大丈夫! 私が一生お側でサポートしますから女子が苦手なままで構いません!
キャッチャーの経験はありませんが、きっと立派な女房になって見せます!」
ダメだこりゃ、僕の話なんて全く聞いてくれそうにない様子だ。木戸でも誰でもいたら良かったのに、これじゃ帰りが遅くなってしまう。
「私の記録によると、先輩の持ち味は精密なコントロールですね!
最大の武器はストレートと同じフォームから投げ込まれる、速度差の大きな縦のカーブ、そして速度差の少ない高速スライダーとなっています!
あと投げた回数は少ないですが、シンカーに近い沈むボールが二種類ありますね!
おそらくはシンカーとスクリューボールを投げ分けているのだと思いますが、左バッターに対して、しかもここ一番でしか使っていないのはなぜでしょうか!?」
僕は正直驚いた。ここまで分析するには数回見ただけではないだろう。試合だけでなく練習も見学に来ていたのだろうか。
掛川由布の疑問に答えるべきか考えていたがまたもや大声で勝手に話し出した。
「しかしですね! コントロールと変化球が持ち味だとの認識が先ほど覆されました!
先ほど投げていたストレート、おそらくフォーシームだと思いますが、終速があまり落ちずにすごく伸びていました!
あのボールは本当にすごいです! 打者からすると実際の球速よりも早く感じるんじゃないでしょうか!」
さっきのは確かにフォーシームだ。調子がいいと感じていたのは僕だけじゃなかったのは木戸の態度でわかったけど、グラウンド外からもわかるくらいなんてよっぽど良かったんだろう。
野球をやっていただけあって見る目も確かなようだ。しかしまあ、人間褒められて悪い気分はしないもので、知らず知らずのうちに顔がにやけてしまう。
いけないいけない、これじゃ相手のペースで話が進んでしまう。咲とは全く違うタイプだけど、主導権を握られ続けているのは似たようなものだ。
なんとか流れを断ち切ろうと口を開こうとするが、掛川由布はまだまだ喋り続ける。しかも声がデカい。
「正直言うと私の記録と分析では、今年の戦力で夏の甲子園出場は難しいと感じていました!
でもそれは杞憂でした! 強豪私立との対戦で全力を出し切れたなら実現可能だと判断します!
そのためにも私を近くに置いてサポートさせてください!」
ようやく一区切りついたようだし僕にも言いたいことがあるので、ここで口を挟んだ。
「ねえ君、掛川さんだっけ?
あのさ、野球やっていたならわかっていると思うけど、グラウンドで戦うのは僕だけじゃないんだ。
ベンチ入りや全部員含めて一つのチームなんだよ」
「はい! それは十分に分かっています!」
「だったら僕が一人で投げ続ければ勝ち進めるなんて誤解を招く発言はいけないよ。
スポーツ選手に大切なのは自分を知ることと信じること、それに過信しないことさ」
「それはそうですけど……」
ここで少ししおらしくなってくれた。これなら何とか言いくるめられそうだ。
「だから僕をサポートしてくれるという気持ちは有難く受け取るとしても、個人的なサポートは遠慮してもらえるかな?」
僕の言葉を聞いた掛川由布は何度も頷いている。どうやらわかってくれたようだ。
とその時またデカい声で話し始める。
「はい! わかりました! それなら去年までですが全員分の記録がありますので大丈夫です!
チームの主軸となるクリーンナップは主将の木戸先輩に丸山先輩の強打者コンビが三、四番で、五番には池田先輩でしょうか。 一番は山下先輩がいいと思うんですが、一年生から適任がいれば去年と同じ二番がいいかもしれません! 吉田先輩はピッチングの負担が軽くなるよう九番、佐戸部先輩、長崎先輩、柏原先輩で六七八番でどうでしょう!」
話し始めたら止まらないらしく、矢継ぎ早に言葉の嵐が浴びせられ言いくるめるどころか逆に言いくるめられそうな気配になってきた。しかも声がデカい。
「ま、まあ熱意はわかったけど、うちの部はマネージャー取らないことになっているからごめんね」
あ、そういや今日の話し合いでマネージャー入れることになったんだった。しかし今それを言うわけにはいかない。
「それに職員室へ鍵を返しにいかないといけないし、帰りも遅くなっちゃうからさ。
この話はここで終わりってことでいいかな?」
「それは私じゃ力不足ということなんでしょうか……
それとも私がお嫁さんではいけませんか?
女としての魅力に欠けているとか、タイプじゃないとかそっちですか?」
おっと、また話が飛躍していきそうだ。何とかしないといけないけど、こういう時どうやってこの場を乗り切ればいいんだろうか。
「マネージャーの件は僕の独断では決められないよ。
それにいきなり結婚とか言われても困るに決まってるでしょ?」
「私…… 私は困りません……
吉田先輩の事、もう心に決めて大切な人にするって決心して思い切ってプロポーズしたのに……」
なんだかさっきまでの元気が嘘のようにしおらしくなっていく。なんだか嫌な予感がしてきたぞ。
「だからさ、僕達はまだ高校生だし、初めて会った相手にプロポーズってのもどうかと思うよ?
断っているのもタイプとかそういうことじゃないし、お願いだから野球に専念させてくれないかな」
「私が邪魔なんですね…… きっと先輩の役に立てると信じてこの学校へ入学したのに……
お役に立てず申し訳ありません……
もうし、わ、け…… あ、あ、うわあああああああああん」
うわっ、いきなり泣き出してしまったぞ。どうすればいいんだろう。どちらかというと泣きたいのはこっちなのに……
掛川由布は立ったまま天を仰ぎ大粒の涙を流しながら大声で泣いている。その声はいったいどこまで届くのだろう。
この状況は僕にとっていい結果とはならないだろうと感じつつ、彼女の目の前で僕はその場にへたり込んで頭を抱えていた。
その子が一歩こちらににじり寄り、僕は思わず後ずさりする。そこで間髪入れずにその女子生徒が大声を出した。
「吉田先輩! 私と結婚してください!
二人三脚で頂点を目指しましょう!」
ちょっと待てよ? 聞き間違いだと思うんだけど、想像を絶する言葉に聞こえた僕は思わず聞き返した。
「えっ、今なんて言ったの?」
「私! この春入学した一年生の掛川由布と言います!
中学までは野球部で内野手をやっていました!」
僕の質問とは全く関係ない返答にどうしたらいいかわからないでいると、その子はこちらの都合など気にせず話し続けた。
「今日の練習見てました! やっぱり凄かったです! 熱かったです!
だから私と一緒にプロ入りを、いやメジャーリーグを目指しましょう!」
まったくわからない。どこからそういう発想に至るのか、しかもこの子がプロ入りに何の関係があるのだろうか。
そんな僕の困惑を完全に無視してその掛川由布という一年生の話は続く。
「私プロ野球選手の奥さんになって選手生活を支えていくのが夢なんです!
だから中学の頃から近隣の高校野球部を見学して回っていました!
去年の夏の大会で何人か目をつけていたんですけど、最終的に選んだのが吉田先輩です!」
そうか、僕は選ばれたのか。じゃなくって、自分の夢を矢継ぎ早に畳みかけてくるこの子はいったい何者なんだ。しかも声がデカい。
「あのね、一方的に言われても困るよ
僕は確かに野球が好きでプロ入り出来たらいいとも思ってるけど、じょ」
「はい! 知ってます! 女子が苦手なんですよね!
吉田先輩の事はかなり細かく調べています!
でも大丈夫! 私が一生お側でサポートしますから女子が苦手なままで構いません!
キャッチャーの経験はありませんが、きっと立派な女房になって見せます!」
ダメだこりゃ、僕の話なんて全く聞いてくれそうにない様子だ。木戸でも誰でもいたら良かったのに、これじゃ帰りが遅くなってしまう。
「私の記録によると、先輩の持ち味は精密なコントロールですね!
最大の武器はストレートと同じフォームから投げ込まれる、速度差の大きな縦のカーブ、そして速度差の少ない高速スライダーとなっています!
あと投げた回数は少ないですが、シンカーに近い沈むボールが二種類ありますね!
おそらくはシンカーとスクリューボールを投げ分けているのだと思いますが、左バッターに対して、しかもここ一番でしか使っていないのはなぜでしょうか!?」
僕は正直驚いた。ここまで分析するには数回見ただけではないだろう。試合だけでなく練習も見学に来ていたのだろうか。
掛川由布の疑問に答えるべきか考えていたがまたもや大声で勝手に話し出した。
「しかしですね! コントロールと変化球が持ち味だとの認識が先ほど覆されました!
先ほど投げていたストレート、おそらくフォーシームだと思いますが、終速があまり落ちずにすごく伸びていました!
あのボールは本当にすごいです! 打者からすると実際の球速よりも早く感じるんじゃないでしょうか!」
さっきのは確かにフォーシームだ。調子がいいと感じていたのは僕だけじゃなかったのは木戸の態度でわかったけど、グラウンド外からもわかるくらいなんてよっぽど良かったんだろう。
野球をやっていただけあって見る目も確かなようだ。しかしまあ、人間褒められて悪い気分はしないもので、知らず知らずのうちに顔がにやけてしまう。
いけないいけない、これじゃ相手のペースで話が進んでしまう。咲とは全く違うタイプだけど、主導権を握られ続けているのは似たようなものだ。
なんとか流れを断ち切ろうと口を開こうとするが、掛川由布はまだまだ喋り続ける。しかも声がデカい。
「正直言うと私の記録と分析では、今年の戦力で夏の甲子園出場は難しいと感じていました!
でもそれは杞憂でした! 強豪私立との対戦で全力を出し切れたなら実現可能だと判断します!
そのためにも私を近くに置いてサポートさせてください!」
ようやく一区切りついたようだし僕にも言いたいことがあるので、ここで口を挟んだ。
「ねえ君、掛川さんだっけ?
あのさ、野球やっていたならわかっていると思うけど、グラウンドで戦うのは僕だけじゃないんだ。
ベンチ入りや全部員含めて一つのチームなんだよ」
「はい! それは十分に分かっています!」
「だったら僕が一人で投げ続ければ勝ち進めるなんて誤解を招く発言はいけないよ。
スポーツ選手に大切なのは自分を知ることと信じること、それに過信しないことさ」
「それはそうですけど……」
ここで少ししおらしくなってくれた。これなら何とか言いくるめられそうだ。
「だから僕をサポートしてくれるという気持ちは有難く受け取るとしても、個人的なサポートは遠慮してもらえるかな?」
僕の言葉を聞いた掛川由布は何度も頷いている。どうやらわかってくれたようだ。
とその時またデカい声で話し始める。
「はい! わかりました! それなら去年までですが全員分の記録がありますので大丈夫です!
チームの主軸となるクリーンナップは主将の木戸先輩に丸山先輩の強打者コンビが三、四番で、五番には池田先輩でしょうか。 一番は山下先輩がいいと思うんですが、一年生から適任がいれば去年と同じ二番がいいかもしれません! 吉田先輩はピッチングの負担が軽くなるよう九番、佐戸部先輩、長崎先輩、柏原先輩で六七八番でどうでしょう!」
話し始めたら止まらないらしく、矢継ぎ早に言葉の嵐が浴びせられ言いくるめるどころか逆に言いくるめられそうな気配になってきた。しかも声がデカい。
「ま、まあ熱意はわかったけど、うちの部はマネージャー取らないことになっているからごめんね」
あ、そういや今日の話し合いでマネージャー入れることになったんだった。しかし今それを言うわけにはいかない。
「それに職員室へ鍵を返しにいかないといけないし、帰りも遅くなっちゃうからさ。
この話はここで終わりってことでいいかな?」
「それは私じゃ力不足ということなんでしょうか……
それとも私がお嫁さんではいけませんか?
女としての魅力に欠けているとか、タイプじゃないとかそっちですか?」
おっと、また話が飛躍していきそうだ。何とかしないといけないけど、こういう時どうやってこの場を乗り切ればいいんだろうか。
「マネージャーの件は僕の独断では決められないよ。
それにいきなり結婚とか言われても困るに決まってるでしょ?」
「私…… 私は困りません……
吉田先輩の事、もう心に決めて大切な人にするって決心して思い切ってプロポーズしたのに……」
なんだかさっきまでの元気が嘘のようにしおらしくなっていく。なんだか嫌な予感がしてきたぞ。
「だからさ、僕達はまだ高校生だし、初めて会った相手にプロポーズってのもどうかと思うよ?
断っているのもタイプとかそういうことじゃないし、お願いだから野球に専念させてくれないかな」
「私が邪魔なんですね…… きっと先輩の役に立てると信じてこの学校へ入学したのに……
お役に立てず申し訳ありません……
もうし、わ、け…… あ、あ、うわあああああああああん」
うわっ、いきなり泣き出してしまったぞ。どうすればいいんだろう。どちらかというと泣きたいのはこっちなのに……
掛川由布は立ったまま天を仰ぎ大粒の涙を流しながら大声で泣いている。その声はいったいどこまで届くのだろう。
この状況は僕にとっていい結果とはならないだろうと感じつつ、彼女の目の前で僕はその場にへたり込んで頭を抱えていた。
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