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遅刻の罰は蜜の味
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ホームルームが始まる時間になっても担任の真弓先生が来ていない。これは決して珍しいことではなく、教師なのに遅刻の常習なのだ。
事業時間に間に合っていたとしても、学年主任や副校長に説教を喰らって職員室から小言の声が聞こえてくることもある。
こういう時は学級委員が今日の予定等々をさらっと流してから、一時間目の開始を待つことになる。
「例によって真弓先生が来ていないので今日の連絡事項を言いまーす」
「今日は校庭周囲の植込み整備のため業者が入るので体育は体育館です」
「屋外での運動部は活動制限があるので顧問へ確認しておいてください」
「ほかは特にありませーん」
「マジで!? トラック内は関係ないのか?」
「陸上部はどうなるの?」
「えー、詳しいことはわからないので顧問へ確認願いまーす」
初耳だったが野球部はグラウンドが別なので問題ないだろう。それよりも体育が体育館だというのが僕は気に入らなかった。
体育館での授業は球技か体操が多く、野球から遠いスポーツは、苦手で楽しめない僕にとっては苦痛な時間になることが多い。
代理の学級委員によるホームルームが終わり授業開始を待っている僕の後ろには当然咲が座っている。朝にも話をしたけどまったく要領を得ない内容で話し足りない。
一応今日の夕飯を一緒に食べようと誘われてはいるが、咲の家に行っても大丈夫なんだろうか。こないだのように押し倒されたりしたらどうしよう。
キスだけじゃなくてそれ以上の事が頭に浮かんでしまい、僕は昨晩のことも併せて考えると動悸が早くなった気がする。
「大丈夫よ、とって食べたりしないわ」
「えっ!?」
咲が窓から外を見たままでボソッとつぶやいた。それはおそらく僕にしか聞こえないような配慮だったのかもしれないが、そもそもなんで僕が考えていることがわかるのか。
まるで僕の心を読んだような台詞で、それがたびたび咲の口から発せられる。
普通なら恐くなってしまうかもしれないが、咲が言っていたように、お互いがお互いを必要とする関係であり、そのために出会ったのだとしたらこれくらい当たり前なのかも知れない、なんて考えは毒されすぎだろうか。
朝の段階では考えとくと答えた僕だったが、本心では一緒にいる時間をなるべく長くしたいと思っているし、きっと誘われるがままに咲の家を訪れるだろうと確信していた。
午前の授業はぼーっとしている間に終わり昼休みがやってきた。決して授業中寝ていたわけではないが、なんだかあっという間に過ぎ去っていた。今日は午後イチに体育があるので着替えや移動があって昼休み時間に余裕がない。
それなのにアレをやらないといけないなんて気が重いが仕方がない。
「おーいカズ、迎えに来たぞー」
木戸が大声を出しながら教室の扉を開けて入ってくる。クラスの女子が小声で何やら話しているが、イケメンで野球部部長の木戸はどこでも人気者なためだ。
これと同じことを普通のやつがやってもなんだかうるさい奴が来た、と迷惑に思われるだけだろうがイケメンなら何をしても絵になるのが憎たらしいところだ。
「なんだ、わざわざ来てくれたのか、今授業終わったばかりなんだよ。
別に逃げるつもりもないさ」
「そりゃあいい心がけだ。
今日は観客が多いからいつもより注目度が高いぞ」
「え? どういうことよ?」
「ま、行けばわかるさ」
木戸はニヤニヤしているだけで内容を教えるつもりはなさそうだ。まあどちらにせよ遅刻の罰則を決めたのは僕自身だから逃げるつもりなんて毛頭ない。
昼の弁当を用意している生徒を尻目に僕は木戸とそろって教室を出た。急がないと購買のワゴンが空になってしまう。
僕は玄関まで一緒に来ていた木戸と別れ一人校庭へ出ていった。そしてそこまで来てようやく先ほど木戸が観客が多いと言っていた理由を理解した。
校庭の周囲には植木屋さんだろうか、大勢の職人風な人たちが昼休憩をとっているところだったのだ。まったくタイミングが悪いったらありゃしない。よりによって外部の人たちがいる前でやる羽目になるとはね。
僕は半ばやけ気味で校庭の真ん中へ繰り出した。
今のところ教室からこちらを見ている者はそういないようだ。僕が昼休みだというのにこんなところへ出てきているのを知っているのは野球部員くらいなものだろう。
と思っていたが、自分の教室からの視線に気が付いた。その視線の主が誰かは明らかだ。僕の席のすぐ後ろ、窓側の一番後ろのからこちらを見ている咲が見える。
咲が見ている前で思いっきり恥をかかなければいけない、それは外部の人がたくさんいるということよりもはるかに恥ずかしいことだ。
その時、僕がどこかを見ていることに気が付いた木戸が、僕の見ている方を確認しようと視線の先を探しているようにきょろきょろし始めた。
これはまずい。さっさと始めて気をそらさないと、僕が咲に対していだいている気持を勘ぐられてしまうかもしれない。
「よし、行くぞ!」
僕はわざと大きな声で木戸に声をかけた。まんまとこちらを向いた木戸は、拳を上に差し出していけいけというしぐさをした。
僕は大きく深呼吸をしてから最大限大きな声で叫び始めた。
「七つ星高校の皆様、お昼時に失礼します!
野球部二年生、吉田カズと申します!」
今朝、今月二度目の遅刻をしてしまったのでここへ懺悔させていただきます!」
前口上の段階でもうすでにかなりの恥ずかしさだ。教室から乗り出すように見始める生徒が明らかに増え、一つの窓に数人分の顔が見えているところがいくつもあった。
これは初めての事ではなく野球部恒例行事のようなものだ。こちらを指差して笑っている生徒も数名確認できた。
そんなことは予想していたことなので僕はめげずに言葉を続けた。
「遅刻ということは本来守るべき時間があるということです!
それはすなわち約束事、決まり事ということであり、簡単に破っていいものではありません!
しかし僕は自分の不注意により時間に遅れてしまいました!」
いやいや、本当は自分のせいだけじゃないんだけど、そんなことは誰にも言えないのだ。
「全校生徒の皆様が同じような過ちを起こさないためにも、自戒と注意喚起の意を込めて皆様にエールを送ります!
それではいきます! フレー! フレー! ナ、ナ、コー!
フレ! フレ! ナナコー! フレ! フレ! ナナコー!
フレ! フレ! ナナコー! フレ! フレ! ナナコー!」
僕はやけっぱちになって大声で叫んだ。それはおそらく今までの人生で一番大きな声を出したんじゃないかというくらい大きな声だった。
さらに同じコールを何度か繰り返す。叫んでいるうちに気分がハイになっているのか、だんだんと恥ずかしさは消えていった。
「フレー! フレー! ナ、ナ、コー!」
フレ! フレ! ナナコー! フレ! フレ! ナナコー!
フレ! フレ! ナナコー! フレ! フレ! ナナコー!」
五、六度繰り返した後校舎へ向かって深々と礼をし、振り返って業者の方々にも礼をした。
「お騒がせしました! ご清聴ありがとうございました!」
最後には胸を張ってお礼を言ってから僕は校舎へ向かって歩いた。各教室からは拍手や指笛が鳴り響いている。さらには背後の業者さんたちからも拍手をもらった。それを受けた僕は何だか気分が良くなっていた。
遅刻は褒められたことではないし、体育祭でもないのに一人行う全校エールも恥ずかしいが、いつもとは違う昼休みの出来事に喜んでもらえたなら恥をかいた甲斐があったというものだ。
そして、校舎へ入る前に自分の教室をチラリと見ると、咲がこっちを見ながら小さく手を振っていた。それを見た僕は表情には出さずに一人喜んでしまい、これは全然罰ゲームではなかったなと感じていた。
事業時間に間に合っていたとしても、学年主任や副校長に説教を喰らって職員室から小言の声が聞こえてくることもある。
こういう時は学級委員が今日の予定等々をさらっと流してから、一時間目の開始を待つことになる。
「例によって真弓先生が来ていないので今日の連絡事項を言いまーす」
「今日は校庭周囲の植込み整備のため業者が入るので体育は体育館です」
「屋外での運動部は活動制限があるので顧問へ確認しておいてください」
「ほかは特にありませーん」
「マジで!? トラック内は関係ないのか?」
「陸上部はどうなるの?」
「えー、詳しいことはわからないので顧問へ確認願いまーす」
初耳だったが野球部はグラウンドが別なので問題ないだろう。それよりも体育が体育館だというのが僕は気に入らなかった。
体育館での授業は球技か体操が多く、野球から遠いスポーツは、苦手で楽しめない僕にとっては苦痛な時間になることが多い。
代理の学級委員によるホームルームが終わり授業開始を待っている僕の後ろには当然咲が座っている。朝にも話をしたけどまったく要領を得ない内容で話し足りない。
一応今日の夕飯を一緒に食べようと誘われてはいるが、咲の家に行っても大丈夫なんだろうか。こないだのように押し倒されたりしたらどうしよう。
キスだけじゃなくてそれ以上の事が頭に浮かんでしまい、僕は昨晩のことも併せて考えると動悸が早くなった気がする。
「大丈夫よ、とって食べたりしないわ」
「えっ!?」
咲が窓から外を見たままでボソッとつぶやいた。それはおそらく僕にしか聞こえないような配慮だったのかもしれないが、そもそもなんで僕が考えていることがわかるのか。
まるで僕の心を読んだような台詞で、それがたびたび咲の口から発せられる。
普通なら恐くなってしまうかもしれないが、咲が言っていたように、お互いがお互いを必要とする関係であり、そのために出会ったのだとしたらこれくらい当たり前なのかも知れない、なんて考えは毒されすぎだろうか。
朝の段階では考えとくと答えた僕だったが、本心では一緒にいる時間をなるべく長くしたいと思っているし、きっと誘われるがままに咲の家を訪れるだろうと確信していた。
午前の授業はぼーっとしている間に終わり昼休みがやってきた。決して授業中寝ていたわけではないが、なんだかあっという間に過ぎ去っていた。今日は午後イチに体育があるので着替えや移動があって昼休み時間に余裕がない。
それなのにアレをやらないといけないなんて気が重いが仕方がない。
「おーいカズ、迎えに来たぞー」
木戸が大声を出しながら教室の扉を開けて入ってくる。クラスの女子が小声で何やら話しているが、イケメンで野球部部長の木戸はどこでも人気者なためだ。
これと同じことを普通のやつがやってもなんだかうるさい奴が来た、と迷惑に思われるだけだろうがイケメンなら何をしても絵になるのが憎たらしいところだ。
「なんだ、わざわざ来てくれたのか、今授業終わったばかりなんだよ。
別に逃げるつもりもないさ」
「そりゃあいい心がけだ。
今日は観客が多いからいつもより注目度が高いぞ」
「え? どういうことよ?」
「ま、行けばわかるさ」
木戸はニヤニヤしているだけで内容を教えるつもりはなさそうだ。まあどちらにせよ遅刻の罰則を決めたのは僕自身だから逃げるつもりなんて毛頭ない。
昼の弁当を用意している生徒を尻目に僕は木戸とそろって教室を出た。急がないと購買のワゴンが空になってしまう。
僕は玄関まで一緒に来ていた木戸と別れ一人校庭へ出ていった。そしてそこまで来てようやく先ほど木戸が観客が多いと言っていた理由を理解した。
校庭の周囲には植木屋さんだろうか、大勢の職人風な人たちが昼休憩をとっているところだったのだ。まったくタイミングが悪いったらありゃしない。よりによって外部の人たちがいる前でやる羽目になるとはね。
僕は半ばやけ気味で校庭の真ん中へ繰り出した。
今のところ教室からこちらを見ている者はそういないようだ。僕が昼休みだというのにこんなところへ出てきているのを知っているのは野球部員くらいなものだろう。
と思っていたが、自分の教室からの視線に気が付いた。その視線の主が誰かは明らかだ。僕の席のすぐ後ろ、窓側の一番後ろのからこちらを見ている咲が見える。
咲が見ている前で思いっきり恥をかかなければいけない、それは外部の人がたくさんいるということよりもはるかに恥ずかしいことだ。
その時、僕がどこかを見ていることに気が付いた木戸が、僕の見ている方を確認しようと視線の先を探しているようにきょろきょろし始めた。
これはまずい。さっさと始めて気をそらさないと、僕が咲に対していだいている気持を勘ぐられてしまうかもしれない。
「よし、行くぞ!」
僕はわざと大きな声で木戸に声をかけた。まんまとこちらを向いた木戸は、拳を上に差し出していけいけというしぐさをした。
僕は大きく深呼吸をしてから最大限大きな声で叫び始めた。
「七つ星高校の皆様、お昼時に失礼します!
野球部二年生、吉田カズと申します!」
今朝、今月二度目の遅刻をしてしまったのでここへ懺悔させていただきます!」
前口上の段階でもうすでにかなりの恥ずかしさだ。教室から乗り出すように見始める生徒が明らかに増え、一つの窓に数人分の顔が見えているところがいくつもあった。
これは初めての事ではなく野球部恒例行事のようなものだ。こちらを指差して笑っている生徒も数名確認できた。
そんなことは予想していたことなので僕はめげずに言葉を続けた。
「遅刻ということは本来守るべき時間があるということです!
それはすなわち約束事、決まり事ということであり、簡単に破っていいものではありません!
しかし僕は自分の不注意により時間に遅れてしまいました!」
いやいや、本当は自分のせいだけじゃないんだけど、そんなことは誰にも言えないのだ。
「全校生徒の皆様が同じような過ちを起こさないためにも、自戒と注意喚起の意を込めて皆様にエールを送ります!
それではいきます! フレー! フレー! ナ、ナ、コー!
フレ! フレ! ナナコー! フレ! フレ! ナナコー!
フレ! フレ! ナナコー! フレ! フレ! ナナコー!」
僕はやけっぱちになって大声で叫んだ。それはおそらく今までの人生で一番大きな声を出したんじゃないかというくらい大きな声だった。
さらに同じコールを何度か繰り返す。叫んでいるうちに気分がハイになっているのか、だんだんと恥ずかしさは消えていった。
「フレー! フレー! ナ、ナ、コー!」
フレ! フレ! ナナコー! フレ! フレ! ナナコー!
フレ! フレ! ナナコー! フレ! フレ! ナナコー!」
五、六度繰り返した後校舎へ向かって深々と礼をし、振り返って業者の方々にも礼をした。
「お騒がせしました! ご清聴ありがとうございました!」
最後には胸を張ってお礼を言ってから僕は校舎へ向かって歩いた。各教室からは拍手や指笛が鳴り響いている。さらには背後の業者さんたちからも拍手をもらった。それを受けた僕は何だか気分が良くなっていた。
遅刻は褒められたことではないし、体育祭でもないのに一人行う全校エールも恥ずかしいが、いつもとは違う昼休みの出来事に喜んでもらえたなら恥をかいた甲斐があったというものだ。
そして、校舎へ入る前に自分の教室をチラリと見ると、咲がこっちを見ながら小さく手を振っていた。それを見た僕は表情には出さずに一人喜んでしまい、これは全然罰ゲームではなかったなと感じていた。
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