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突然訪れた初めての体験

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 僕は生まれて初めてのキスをした。厳密に言うとキスをされたというのが正しいのかもしれない。

 相手は僕が一目惚れした転校生、蓮根咲である。

 そのあまりに唐突な出来事に僕は抗うことができず、咲に押し倒されたままの姿勢で放心状態となっていた。

 校舎の最上階から階段を上がった先は、鍵のかかった屋上出入口の扉があるだけで実質行き止まりだ。その行き止まりに追い詰められた僕は今、壁を背にしてへたり込んでいる。

 咲はそのへたり込んだ僕の脚の上に、まるで逃げることを許さないように腰を下ろしている。その感触は体験したことのない柔らかさだが重さはそれほどでもない。ということは、それほどの拘束力はないはずである。

 しかし僕は身動きが取れず、咲の行動を受け入れることしかできない。ゆっくりと顔を近づけてきた咲は、わざとかどうかわからないが僕の顔に吐息をかける。

 こんな近くで女子の顔を見たのは初めてな僕でも、この後の展開は容易に予想できる。その予想通り、さらに近づいてきた咲の瞳は僕の瞳のさらに奥を見ているようだった。

 そして僕の唇へ静かに重ねられた咲の唇は、想像をはるかに超える柔らかさと温かさだ。こうやって僕のファーストキスは、まさに意図しない状況で奪われたのだった。

 壁に頭をつけたままの僕に、咲は唇を重ね合わせ続けている。つかず離れず、切っ掛けは強引だったがなんだか優しい力加減が伝わってくる。

「ん…… んん……」

 咲の口から吐息とともに何とも表現しづらい声がこぼれている。僕も苦しくなって息継ぎして唇を離し抵抗を試みるが、結局戻ってきて繰り返される咲のキスには抗えず、その魅力に圧倒されたまま受け入れていた。

「ちょっと…… タイムタイム、苦しいよ」

 いい加減苦しくてたまらなくなった僕は、気が付くと目を閉じたまま両手でTの字を作りタイムを要求していた。その懇願が伝わったのか、咲は唇を離しほんの少しだけ距離を取ったようだった。

 顔はインフルエンザで寝込んだ時と同じくらいに熱くなっていて、自分でも自分が興奮しているのがわかる。

 ゆっくりと目を開けた僕は、大きく息継ぎをしながらすぐ目の前にある咲の顔を見た。目の前の咲はしっかりと目を開いていてじっとこちらを見ている。

 咲の唇はつややかな薄いピンク色だ。黒く艶のある髪と同時に視界へ入っているせいか、より色鮮やかに感じる。僕は女子の唇なんてまじまじと見たことがなかったこともあって、恥ずかしさのあまり視線を落とす。

「大丈夫よ、キミは何も考えずに受け入れるだけでいいの」

 咲はそう言った直後、僕に向かって一層体を寄せてくる。背中に腕を回されて引き寄せられると、二人の体は制服越しに密着することになり、僕はあまり触れてほしくない個所の変化を悟られないよう背中を壁につけるよう深く座りなおした。

 咲の顔がまた接近してくると、僕はたまらず目を閉じてしまった。再び触れ合った唇同士だったが、今度はさっきと少し様子が違っている。

 予想もしていなかったことだが、僕の口の中へ咲の舌が押し込まれて来たのだ。

 僕の口の中で何かをまさぐるように動いている咲の舌は、僕の舌に絡みつきその形を確かめるかのごとく動いている。僕のものか咲のものかわからなくなっているほどに混ざり合う唾液は、体験したことのない妙な暖かさで、僕は体の一部以外に力が入らなくなっている。

 何分くらいこうされていただろうか。ようやく解放され唇と唇がゆっくりと離れながら唾液が糸を引いている。僕は体の力が抜けきって、壁に寄り添うのが精いっぱいだ。

 咲が口を拭いながら顔を離し、そして勝手な事を言う。

「キミ、初めてのキスだったのね。
 ぐったりしちゃって、とてもかわいいわ」

 確かに僕は力が入らず起き上がることができないが、それはあまりに唐突な出来事に腰を抜かしているだけだ。現に言い返すことくらいはできそうである。

「あまりに急な事だったんでびっくりしているだけだよ、
 なんでこんなことしたのさ?」

 平静を装って言い返してみたものの、自分でも声が震えているのがわかった。しかし理由を知りたいのは本当である。

「そんなの簡単な事よ。
 キミが私に好意を持っているからご希望に応えてあげたんだけど、迷惑だったかしら?」

「そ、そんなの君の勝手な判断だろ」

「あら? 転校初日にじっとこちらを見つめていたと思ったんだけど、しれは私の勘違いだったのかしら?」

 ちくしょう、確かに僕は教室に入って来た蓮根咲を見た瞬間に虜になり、担任からの説明や自己紹介の間中視線を奪われていた。

 でもこちらを一度も見ていない咲にわかるわけがないと思っていたのに、なぜばれてしまったんだろう。

「私にはね、特別な力があるのよ。
 だからキミが私に見惚れているのがすぐに分かったわ」

「そんなの嘘に決まってる。
 人間にそんな能力があるなんて、聞いたこと……」

「教科書にも辞書にも載っていない、かしら?
 ふふふ、頭でしか物事を考えられない性格なのね」

 咲が僕の言葉を遮り、小ばかにするような口調で言い返してくる。

「でもね、勉強だけじゃわからないことも沢山あるのよ。
 もっと柔軟な思考を持つよう心がけないと魅力的な人間にはなれないわ」

「そんなこと君に言われなくてもわかってるさ」

 ようやく体に力が戻ってきた僕はその場で体を起こし胡坐をかいて座った。

 咲は目の前に立ってこちらを見下ろしている。校則で定められているよりも大分短いスカートが視線に入り、僕は顔を上げることができないでいた。

「さすがの体力ね。
 どうやら動けるようだから心配無用ってとこかしら。
 キミが望むならまたキスしてあげてもいいのよ?」

 僕が望むなら、だって!? 一方的に僕のファーストキスを奪っておいてその言いぐさは何だ。まったく生意気な女子だ。

「でも今日はもうおしまいよ。
 これ以上吸い上げちゃったら骨抜きになってしまうしね」

 なんだか変な言い回しで、バカにされているのか何なのか判断がつかない。しかしどうしても気になることがあるため僕は思い切って聞いてみる。

「君は誰にでもこういうことをするのかい?」

 咲は僕の質問に顔色一つ変えずに即答する。その際、こちらを見下ろしたその目は冷ややかだった。

「あら、バカにしないでくれる?
 私はキミが私に好意を持っていて、私もこの子ならいいかなって思ったからキスをしたのよ」

「それはどういう……」

「うふふ、それじゃ私は先に帰るわ。
 また明日会いましょう」

 結局咲の真意は掴めずはぐらかされたまま釈然としない僕は、鍵のかかった屋上への扉前に座ったまましばらく茫然としていた。
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