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第六章 二人だけの革命軍

73.後味

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 国王に唯一残された嫡子である第七皇子のハマルカイトがバルコニーから見下ろしている。彼はあの場所に立っているだけで自分が選ばれた存在であると思い込んでしまうような人間だ。

 ハマルカイトは殺人を犯した罪人であると、執拗に繰り返し告発する私の言葉に耐えかねたのか、とうとう強硬策に出て国王へ刃を突き立てたに違いない。先ほど国王の背中に一瞬だけ見えた赤いものは間違いなく血だった。

 国王がいなければ自分の思い通りになると考えているのだろうが、むしろ国王と違い経験も知識もない底の浅い男が前に出てくるこの時を待っていた。武力行使の可能性もあるがその時は元より戦うつもりだ。

 人として許しがたい所業を繰り返すこの男、そうやって高いところから人々を見下ろしているが、間もなくその場から引き摺り下ろしてみせる。私は上を向いてハマルカイトをにらみつけた。

「辺境の小さな魔女よ! そなたは我を罪人と呼ぶのか!
 では問おう、貴殿のこの行為でどれだけの犠牲が出るだろうか。
 混乱した王国へは隣国から兵がやってくるだろう。
 だが私が王である限り国の繁栄は続くのだ。
 王国の威光あればこそ民を護れると言うことなのである!」

「ハマルカイト皇子、あなたのような欲にまみれた人の言葉に価値はありません。
 貧しい人たちを産み出しておいて、わずかな富をちらつかせて集めた兵が何になりましょう。
 結局あなた達が矢面に立つことはなく、民を盾とするだけではありませんか!
 その者たちは犠牲者ではないとおっしゃるのですか?」

「民が王のために犠牲になることは当然のことではないか。
 国を護るためには戦わねばならぬ、それは貴公も同じ考えであろう」

「確かに国を護るためならこの手に剣を取りましょう。
 しかし皇子、あなたが民に護らせようとしている物はあなた自身の富と権力ではないか!
 民が民を護るのではなく、民が王とその富を護るなぞというのは間違っている!」

「それは違うぞ、王がいなければ国が亡びるのだ。
 民が王を護るのは当然ではないか!」

「その王は今あなたの手によって剣を突き立てられました。
 血塗られた王族を護るために立ち上がる民がどこにいるのでしょう!」

「なにを言っているのだ、国王は体調が悪くなっただけである。
 我が国王へ剣を向けたことなぞない!」

 事実なのはほぼ間違いないが一瞬見ただけのものを証明することは難しい。それよりもハマルカイトを討つことを考えた方が良さそうだ。私は挑発するための言葉を考えながら再び声を上げた。

「たとえあなたに剣を向けられようと私の口を塞ぐことはできない。
 あなたの言うように私が魔女だと言うのなら正義の剣で貫いて見せなさい!
 だが私は欲と悪意に塗れ汚れた剣に倒れることはないだろう!」

「我に正義は無く貴公は正義だと言うのか!
 ならば試してやろう、我が正義の剣を持って葬ってくれるわ!」

「それは金と恐怖で雇った兵士の剣ではないのか?
 大口を叩くのなら自らの手を汚して見せるがいい!
 私は決して屈しない!」

 この言葉に煽られてハマルカイトはバルコニーから姿を消した。ほどなくして正門の内側から現れた彼の手には当然のように剣が握られている。

「これで仕舞にしてくれる。
 覚悟はいいかルルー、今までの恨みもすべて晴らす」

「ハマル、あなたは私のことをそんなに恨んでいたのね。
 それならそれで構わないわ、だって事実ひどいことをしてきたものね。
 かといって今のあなたの所業を赦すつもりもないわ」

 私はハマルカイトを受け入れるような格好で両手を優しく広げた。もし彼が飛び込んできて懺悔するなら助けてあげたいと思ったくらい心は落ち着いている。しかしハマルカイトは殺気を保ったままにじり寄ってきた。

「僕の手が血塗られていると言うのはまさしく事実だろう。
 しかし王になるためにはこうするしかなかったのだ。
 この剣で僕と君の過去も断ち切ることが出来る、さようならルルー」

 頭上に剣を構えたハマルカイトが、私めがけて今まさに刃を振り下ろそうとしている。これもまた私の業なのだろう。ルルリラが彼をぞんざいに扱ってきたために、彼の人生は狂ってしまったのだ。

 剣を振り下ろそうとするその瞬間、空気を切り裂く音が数度聞こえた。予定通りグランがハマルカイトを討つためにナイフを投げたのだ――

 という計画だったはずだったが、目の前のハマルカイトに刺さっていたのは数本の矢だった。一体どういうことだ!?

 その時群衆の中から声が上がった。

「今こそ我々の手で王族を討ち国を民の物としようぞ!」

 これはドレメル侯爵の声か? 私が振り向くと、タバス・ハミル・ナン・ドメレル侯爵が複数の兵を率いてこちらへ走ってきた。そしてそのまま横を通過して城内へなだれ込んでいく。

 まさかこのタイミングで利用されてしまうとは。予定が少し変わってしまったが仕方ない。何本もの矢が突き刺さり絶命しているハマルカイトへの頬を撫で、見開いたまぶたを閉じてから私はポツリとつぶやいた。

「ハマル、今までごめんなさい。
 いえ、最後までごめんなさい」

 涙は流れなかったが心にはハマルと同じように矢が突き刺さった気分だ。城の中からは激しい戦闘の音が聞こえてくるがもはやそれもどうでも良かった。最初から無血革命なんて出来るはずもなかったのだからあとはドレメル侯爵に任せてもいいだろう。

 集まっている大勢の群衆は私を女神だと崇めながら褒め称えてくれる。しかし本当はこれから厳しい世になっていくのだ。今までとは異なった価値観と生活が待っているだろうし、隣国の脅威も増大するだろう。

 国境の諍いを気にしなくて良かった王都をはじめとする中央都市も、今後は他人事では済まなくなるかもしれない。貴族たちは自分の領地くらいは守ってくれるだろうか。

 とは言え、国王とハマルカイトがいなくても王族にはプレバディス公爵が残っているので王政は変わらないかもしれない。願わくば、彼が圧政を敷かないことを望むだけだ。

 疲れ切った私は再び広場へ戻り、花壇の隅へと腰かけた。すると街の人たちが次々に押しかけて握手を求めたり赤子を抱いて欲しいと言ってきた。魔女よりはマシだけど女神になるのも大変だ、なんて思いながら対応していると、群衆をかき分けてようやくやってきた。

「すまん、待たせちまったな。
 予定が狂ったんで移動するのに手間取っちまった」

「いいのよ、後はドレメル侯爵に任せましょ。
 私たちが出来ることは全てやったわ。
 もう疲れて動きたくないくらいくたくたよ」

 民衆の一人が出してくれたジュースをありがたくいただきながらのどを潤す。とにかくしゃべり過ぎて渇いたのどには果汁が沁み渡りとてもおいしく感じた。

 さあこれからまだ大変だ。ドレメル侯爵たちとも相談する必要もあるだろうし、しばらくは王都に滞在することになるだろう。

 しばらく覚めそうにない熱気の中、私は両手を上げて皆に手を振った。
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