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第五章 戦いの日々

64.思いがけぬ幸せ

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「まだしばらくかかるから寝ていていいぞ。
 それにしてもこんなに揺れてるのに寝ちまうなんて子供の頃に戻ったみてえだな」

「そうね、ちょうど今子供の頃の夢を見ていたところよ。
 初めてグランと出会った時のことね」

「そりゃずいぶん昔のように感じるなあ。
 お前もまだ小さくてかわいかったよ」

「じゃあ今はかわいくないってこと?
 それともかわいいと言うより美しくなったって言いたいのかしら」

「それを自分で言うのかよ。
 でも確かにぐっと大人っぽくはなったよな。
 そろそろ――」

「そろそろ? なあに?
 嫁にでも行けなんて言うんじゃないでしょうね」

「いやそうじゃねえ、子ども扱いはできないってことさ。
 今回で最後だし全部終わったら伯爵でも男爵でもなくなるじゃねえか。
 そしたら俺と一緒に暮らすか?」

「何言ってんのよ、今まで何年も一緒に暮らして――
 えっ!? それってもしかして……」

「けっ、どうやら革命は俺自身に起きちまったみてえだな。
 まあこの話は全部終わった時にもう一度するさ。
 これから何が起こるかわからねえ―― っと、おい! 危ねえよ!」

 私はグランが言葉を終える直前、待ちきれなくなってその胸へ飛び込んだ。着こんでいる鎧に頭がぶつかったがそんなことは問題ではない。

 そのまま強引にグランの頬を両手で挟んで自分のほうへ引き寄せた。

「みんなで生き残って幸せになりましょ。
 グランのことは私が守ってあげるわ」

 そう言ってから力ずくでグランの唇を奪った。周りには仲間たちも大勢載っていて当然丸見えだが全く気にならない。だってもう、こんな非常事態中だと言うのにプロポーズされるなんて! ああ、私ったらなんて幸せ者なの!

「ありゃりゃ! お嬢が兄貴と口づけしてやがる!
 こりゃいい景気づけだ!」

「なんだちくしょう、羨ましいな!
 コリャ絶対に負けられねえぜ!」

 私がグランたち盗賊に拾われてからここまで色々なことをやってきた。声が戻ったり名前を剥奪されたり。そして伯爵になってからは領地改革から始めて金策をしたり人集めをしたり、他の貴族を抱き込んだり駆け引きをしたりと慌ただしい日々で大変だったけど同じくらい楽しさもあった。

 まもなく王城へ到着し最後の戦いが待っている。そこにはあのバカ皇子が国王即位を宣言し高笑いしているはずだ。そこにはあの策士トーラス卿もいるに違いない。

 それにあの子、私とはおかしな因縁のあるイリアはどうしているのだろう。兄殺しの野心家となったハマルカイトと一緒にいるのだろうか今となっては恨みも復讐心もないが王族として立ちふさがるのであれば戦うしかない。

 そんなことを考えながらも私はグランの首にぶら下がり冷やかされていた。城門へ到着すればこの幸せな気持ちとは一時お別れである。私は全軍の先頭に立って士気を高めながら進んでいく。その様はまるでジャンヌダルクのようだと思えてくる。

 全てが終わった後、もしかしたら魔女狩りでもされるかもしれない。そんな不安が少しだけ頭をよぎる。

「その時は私を守ってね」

「ん? 今なんか言ったか?」

「ううん、このまま全てが無事に終わりますようにってお祈りしてたの」

「大丈夫、無事に終わるさ、終わらせるんだ。
 それからがまた大変なんだろうけどな」

「飽きが来なくていいじゃない。
 人生はまだまだ長いんだしこれからもずっと一緒にいてくれるんでしょ?」

 そう言いながら私がもう一度キスをすると、グランは耳を赤くしながら小さく頷いた。これから起こる困難と、さらにその先の未来を思い浮かべるが二人一緒なんだもの、不安なんて感じない。きっと平和で明るく楽しい未来が待っているに違いない。

 王都に入ると物々しい雰囲気が漂っている。ここから周囲は敵だらけだろう。それでもアローフィールズ包囲令が発布された後よりはマシなはず。ハマルカイトが動き出す前、今晩のうちに決着をつけるしかない。

 ホウライ伯爵に預けているモーデルのことは気になるが今は立ち寄っている暇がない。彼を信じてやり過ごしてくれることを祈ろう。またドレメル卿もきっと監視されて身動き取れないだろうから助けに行きたいところではある。

 だが最優先なのはハマルカイトを討つことである。そんな強い決意で城へ向かって進んでいくがさすがにダンプカーは目立ちすぎる。当然トーラス卿お抱えの騎士や戦士が追いかけてくる。しかし弓を射られてもビクともしないし剣や槍もすべて跳ね返す。唯一人が見えている最後部ではこちらの部隊が待ち構えているのだから鉄壁の守りだ。

「次の角を曲がれば城の正面です。
 しかし曲がりきれるでしょうか」

「いざとなったら外に出て無理やり向きを変えるわよ。
 その時は援護お願いね」

 私の不思議な身体は馬鹿力なだけではなくその力に耐えうるくらいに丈夫である。射られた矢はかすり傷一つ突かないし、刃物で切ることもできない。素手で大岩を砕いても拳に傷一つ突かないし、笑いすぎて椅子が後ろに倒れても後頭部にたんこぶができることもないのだ。

 だから援護は別になくてもいいのだけど、みんなが心配して手伝ってくれるのは嬉しかった。こんな私を化け物扱いせずに、志を共にする仲間だと思ってくれているのだ。

「お嬢、やっぱり曲がりきれやせんぜ。
 なんとかできそうですか?」

「任せて! やってみるわね」

 ダンプカーから飛び降りた私は車輪の向きとは関係なく真横へ力いっぱい押してみた。この大きさに三十人近い人が乗っているのだからやはり相当の重量があるだろう。今までで一番重いものに出会った私は本気の本気で全力を込めて車体を押した。

 すると無事に動かすことが出来たのだがその代償として車輪がもげてしまったのだ。これではこの先進むことが出来そうにない。すると向かってくる警護兵たちを相手にしているデコールが叫んだ。

「お嬢! 構わねえからそのまま押して行ってくれ!
 邪魔が入らないよう俺たちが防ぐぜ!」

「わかったわ、頼むわよ!
 揺れると思うからみんなしっかり捕まっていてよ!」

 そう言ってから最後部に手を掛けて一気に力を入れて動かそうとした。すると今度はまだ壊れていない車輪があるからか意外に軽く動いたせいで押し出した勢いが強すぎてしまった。

 数人が荷台から転げ落ちていく。振り返ると痛そうにあちこち押さえながら起き上り慌てて追いかけてきた。それを見た私はあまりのおかしさに大笑いしてしまった。

「人のこと振り落しておいて笑うなんてひどいや。
 それよりも、もう一台後ろで待ってるの忘れねえでくれよ?」

「そうだったわね、まずはコレをどうにかしましょ。
 あそこへ止めておけばいいかしらね。
 くれぐれも先に乗りこんだりしないようにしてね。
 じゃあしっかり掴まって!」

 私はみんなへ向かって叫んでからダンプカーを一気に加速させた。行き先は王城の外周を囲っている堀である。今は跳ね橋が上げられてしまっているのでその代わりにこの巨大建造物を押し込んでしまおうと考えたのだ。

 これがうまいこと思惑通りにいって、ちょっとやそっとでは壊せない立派な橋が出来たのだった。
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