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第五章 戦いの日々
53.罠
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緊張感の漂う会議の間、二人の皇子に九名の領主と配下の者、それに警護隊数名が固唾を飲みながら会合の開始を待っていた。
「お待たせいたしました、国王陛下の御成りです。
全員敬礼!」
コノモ・ルシ・アーマドリウスの号令と共に全員で敬礼し会合の開始が告げられた。本来は領主貴族の席は十一名分なのだが、内二名は私が告発し没落したので空席である。
「コノモ殿、会合の前に私よりご報告がございます。
当主でありましたブラウン・フォン・カメルが高齢を理由に領主を退くこととなりました。
つきましてはわたくしダリル・クレソン・カメルが跡を継ぎ当主となります。
こちらに相続証明書と任命委任状を用意してまいりましたのでご確認くださいませ」
「では指輪と共にこちらへ。
国王陛下、ご確認をお願いしたく存じます」
どうやら今回の会合へ出席するに当たり、カメル卿は長旅ができなかったのだろう。欠席でも良かったのではないかと思うがこの機会に引退し跡をダリルへ譲ったと言うことか。ダリルもこれで領主となったので私との結婚は諦めてくれたと言うことでもある。
監査役筆頭のコノモと国王が署名やエンボス、蝋封印を確認している。この光景は初めて見たが、どうやら王家に蝋封印の写しが保管されておりそれと照らし合わせているようだ。つまり現代で言うところの銀行口座と印影を照合するのと同じことになる。
「間違いなく正規の物である。
よってここに当主交代を承諾しよう。
では誓いの言葉を――」
ダリルが国王の前に傅いて呪文のような文言を発している。こんなついでのような場所での任命式なんてアリなのか? せっかくの晴れ舞台なのに間が悪いと言うかなんというか気の毒に感じてしまう。
それでも無事にダリルはカメル領の領主となり皆で拍手をして祝福した。これからは呼び捨てではなくダリル子爵と呼ばないと失礼になってしまう。ちゃんと覚えておこう。
「それでは改めて会合を始めたいと思う。
今回はアローフィールズ伯爵の求めにより開催となった。
まずはレン・ポポ・アローフィールズ伯爵より説明をお願いする」
「はいコノモ殿、お忙しい中皆様お集まりくださり誠にありがとう存じます。
今回は先の戦にてトーラス卿に勝利した我々の戦後賠償が発端となります。
トーラス卿は当領地の鉱山について難癖をつけ武力侵攻してきました。
わが軍はそれらを撃退しましたので正当な権利としてトーラス領の鉱山を要求しています」
「トーラス伯爵、そもそも武力侵攻に至った理由を述べよ。
先日同様根拠を示さぬようでは言いがかりの域を出まい」
「言いがかりなどとんでもございませぬ。
我らの調査によってアローフィールズ卿が武力を蓄えているのは間違いございません。
その証拠に隣接領であったレムナンド領を壊滅させ人員を奪っております。
それはまさしく鉱山の稼働率を上げるためなのでございます」
「なるほど一理ある」
「確かにここ最近のアローフィールズ卿の振る舞いには裏がありそうだ」
「だが辺境伯なのだから武力拡大は重要ではないか?」
「私語は慎むように、陛下の御前であるぞ。
アローフィールズ伯爵、トーラス伯爵の告発には貴公が査察を受け入れなかったため侵攻したとあるが真か?」
「はい、確かにその通りです。
しかしトーラス卿の査察を受け入れる理由がございません。
先日の話し合いでも王国の査察は受け入れますがトーラス卿による査察はお断りしたはず。
それをこともあろうが、当領内へ大軍を率いて立ち入り査察目的とは承服しかねる」
「だが疑いを晴らすつもりがあるなら受け入れて当然であろう。
頑なに断るからにはやましいことがあると白状しているようなものだ」
「ですから王国の査察なら受け入れると言ったはずだ。
しかもその非公式な査察に二千もの軍勢は必要なのですか?
我々は争いを望んだことはございません。
しかし喉元に刃を突きつけられれば抵抗するほかないでしょう」
「正式な手続きを待っていては間に合わなくなると判断したのです!
国王陛下! この小さな魔女による謀反を止めるには実力行使しかございません!」
やはり私を魔女呼ばわりして貶めようとしているのはトーラス卿だった。しかもこんな重鎮ばかりの席でその噂を広めようとは下衆な男だ。しかし冷静さを失ってはいけない。私の肩には領内すべての人たちの命運がかかっているのだから。
「トーラス卿はことあるごとに謀反の疑いとおっしゃいますが何の証拠があるのですか?。
そのような事実があるはずもないのに悪評をばらまくのは、それこそ悪魔の所業でございましょう?」
「言うに事欠いて我を悪魔呼ばわりとは地に落ちたものだな。
ご存知の方もおられると思いますが、このアローフィールズ卿、元はアーマドリウス家の者です。
そしてここにアーマドリウス家の紋章が入った書状がございます。
宛先は隣国の領主、書面には鉄の密輸出価格が記載されております。
つまり過去の地位を利用しての取引を行っていたという証拠に他なりません」
「そんなものトーラス卿が偽造したものでしょう?
私にはまったく覚えがございません。」
「そう言いだすと思っておりました。
きちんと証拠をつかんでいることを証明いたしましょう。
あやつを連れてまいれ」
トーラス卿は配下の者へ合図すると誰かが会議の間へ連れてこられた。後ろ手に縛られ連行されているこの若者は一体誰だろうか。
「こやつこそアローフィールズ卿が密輸を任せていたチョイと言う男です。
先ほどの書状はこの物を捕らえた際に入手したものでございます。」
「申し訳ございません、アローフィールズ様。
捕まってしまいました」
やられた! こんなでっち上げまでやってくるとはトンデモない奴だ。顔も見たことないこんな青年をかばう必要もないのでもちろん否定するが完全にこちらが不利である。こうなったら切り札を出すしかない。
「このような男に見覚えはございません。
いったい誰なのか知りませんが、トーラス卿に金で雇われたのではございませんか?
そもそも配下の者で私をアローフィールズと呼ぶものは一人もおりませんよ?」
それまで大人しく座っていただけの貴族たちがざわつき始めた。偽証なのか謀反なのか、どちらへ転んでも重罪だ。部屋には今まで感じたことのないほどの緊張感が漂う。
その時ルモンドが指先で肩をトントンと叩いてきた。今こそあの密約書を提示するべきだと言う合図だろう。私は手元のカバンから書状を取り出し広げた。
「おかしいですね。私どもの調査によれば他国と密約をしていたのはトーラス卿なのですが?
ここへお出ししたのはトーラス卿が我々の領地へ攻め込む際に協力を要請した書状です。
事前に察知できましたので先方へ遣いを出し取り下げていただきました。
もしこれが成功してしまっていたら辺境の領地は隣国の手に落ちていたことでしょう」
「そんなもの我は知らぬぞ。
アローフィールズ卿! 偽造などしてまで我を貶めると言うのであるか!
どこまでも汚い手を使う」
どの口が言うのかと問い詰めたくなるがグッとこらえて冷静に反論する。
「何度も申し上げているように私共にはやましいことなどございません。
王国正規の監査官であればいつでも査察をお受けいたします。
武力増強の嫌疑につきましても全くの濡れ衣でございます。
確かに輸出も行っておりますが、届け出通りの量ですし得た金銭は領内の改革に費やしております」
「何を言うか! 平民への教育や農村部への武具供与!
密輸の疑いに他領土への兵駐留等、謀反の証拠はいくらでもあるではないか」
「随分とお詳しいですこと。
それならば私共の領土で暮らす農民たちの暮らしが大幅に改善していることもご存知ですわね?
それに引き替えトーラス卿領地の農民たちはどんな暮らしを強いられているのでしょうか」
「そんなことは論点ではない!
国王陛下、もういいでしょう、決を取り反逆者に断罪を!」
会合の内容からするとどんなに悪くても五分、客観的に見ると私が完全に勝っていると思うのだがこのトーラス卿の自信はどこから来るのだろう。内容なんてどうでも良くてすでに票は買収済みと言うことなのか。
私はトーラス卿の薄笑いを不気味に感じながら評決を待つのだった。
「お待たせいたしました、国王陛下の御成りです。
全員敬礼!」
コノモ・ルシ・アーマドリウスの号令と共に全員で敬礼し会合の開始が告げられた。本来は領主貴族の席は十一名分なのだが、内二名は私が告発し没落したので空席である。
「コノモ殿、会合の前に私よりご報告がございます。
当主でありましたブラウン・フォン・カメルが高齢を理由に領主を退くこととなりました。
つきましてはわたくしダリル・クレソン・カメルが跡を継ぎ当主となります。
こちらに相続証明書と任命委任状を用意してまいりましたのでご確認くださいませ」
「では指輪と共にこちらへ。
国王陛下、ご確認をお願いしたく存じます」
どうやら今回の会合へ出席するに当たり、カメル卿は長旅ができなかったのだろう。欠席でも良かったのではないかと思うがこの機会に引退し跡をダリルへ譲ったと言うことか。ダリルもこれで領主となったので私との結婚は諦めてくれたと言うことでもある。
監査役筆頭のコノモと国王が署名やエンボス、蝋封印を確認している。この光景は初めて見たが、どうやら王家に蝋封印の写しが保管されておりそれと照らし合わせているようだ。つまり現代で言うところの銀行口座と印影を照合するのと同じことになる。
「間違いなく正規の物である。
よってここに当主交代を承諾しよう。
では誓いの言葉を――」
ダリルが国王の前に傅いて呪文のような文言を発している。こんなついでのような場所での任命式なんてアリなのか? せっかくの晴れ舞台なのに間が悪いと言うかなんというか気の毒に感じてしまう。
それでも無事にダリルはカメル領の領主となり皆で拍手をして祝福した。これからは呼び捨てではなくダリル子爵と呼ばないと失礼になってしまう。ちゃんと覚えておこう。
「それでは改めて会合を始めたいと思う。
今回はアローフィールズ伯爵の求めにより開催となった。
まずはレン・ポポ・アローフィールズ伯爵より説明をお願いする」
「はいコノモ殿、お忙しい中皆様お集まりくださり誠にありがとう存じます。
今回は先の戦にてトーラス卿に勝利した我々の戦後賠償が発端となります。
トーラス卿は当領地の鉱山について難癖をつけ武力侵攻してきました。
わが軍はそれらを撃退しましたので正当な権利としてトーラス領の鉱山を要求しています」
「トーラス伯爵、そもそも武力侵攻に至った理由を述べよ。
先日同様根拠を示さぬようでは言いがかりの域を出まい」
「言いがかりなどとんでもございませぬ。
我らの調査によってアローフィールズ卿が武力を蓄えているのは間違いございません。
その証拠に隣接領であったレムナンド領を壊滅させ人員を奪っております。
それはまさしく鉱山の稼働率を上げるためなのでございます」
「なるほど一理ある」
「確かにここ最近のアローフィールズ卿の振る舞いには裏がありそうだ」
「だが辺境伯なのだから武力拡大は重要ではないか?」
「私語は慎むように、陛下の御前であるぞ。
アローフィールズ伯爵、トーラス伯爵の告発には貴公が査察を受け入れなかったため侵攻したとあるが真か?」
「はい、確かにその通りです。
しかしトーラス卿の査察を受け入れる理由がございません。
先日の話し合いでも王国の査察は受け入れますがトーラス卿による査察はお断りしたはず。
それをこともあろうが、当領内へ大軍を率いて立ち入り査察目的とは承服しかねる」
「だが疑いを晴らすつもりがあるなら受け入れて当然であろう。
頑なに断るからにはやましいことがあると白状しているようなものだ」
「ですから王国の査察なら受け入れると言ったはずだ。
しかもその非公式な査察に二千もの軍勢は必要なのですか?
我々は争いを望んだことはございません。
しかし喉元に刃を突きつけられれば抵抗するほかないでしょう」
「正式な手続きを待っていては間に合わなくなると判断したのです!
国王陛下! この小さな魔女による謀反を止めるには実力行使しかございません!」
やはり私を魔女呼ばわりして貶めようとしているのはトーラス卿だった。しかもこんな重鎮ばかりの席でその噂を広めようとは下衆な男だ。しかし冷静さを失ってはいけない。私の肩には領内すべての人たちの命運がかかっているのだから。
「トーラス卿はことあるごとに謀反の疑いとおっしゃいますが何の証拠があるのですか?。
そのような事実があるはずもないのに悪評をばらまくのは、それこそ悪魔の所業でございましょう?」
「言うに事欠いて我を悪魔呼ばわりとは地に落ちたものだな。
ご存知の方もおられると思いますが、このアローフィールズ卿、元はアーマドリウス家の者です。
そしてここにアーマドリウス家の紋章が入った書状がございます。
宛先は隣国の領主、書面には鉄の密輸出価格が記載されております。
つまり過去の地位を利用しての取引を行っていたという証拠に他なりません」
「そんなものトーラス卿が偽造したものでしょう?
私にはまったく覚えがございません。」
「そう言いだすと思っておりました。
きちんと証拠をつかんでいることを証明いたしましょう。
あやつを連れてまいれ」
トーラス卿は配下の者へ合図すると誰かが会議の間へ連れてこられた。後ろ手に縛られ連行されているこの若者は一体誰だろうか。
「こやつこそアローフィールズ卿が密輸を任せていたチョイと言う男です。
先ほどの書状はこの物を捕らえた際に入手したものでございます。」
「申し訳ございません、アローフィールズ様。
捕まってしまいました」
やられた! こんなでっち上げまでやってくるとはトンデモない奴だ。顔も見たことないこんな青年をかばう必要もないのでもちろん否定するが完全にこちらが不利である。こうなったら切り札を出すしかない。
「このような男に見覚えはございません。
いったい誰なのか知りませんが、トーラス卿に金で雇われたのではございませんか?
そもそも配下の者で私をアローフィールズと呼ぶものは一人もおりませんよ?」
それまで大人しく座っていただけの貴族たちがざわつき始めた。偽証なのか謀反なのか、どちらへ転んでも重罪だ。部屋には今まで感じたことのないほどの緊張感が漂う。
その時ルモンドが指先で肩をトントンと叩いてきた。今こそあの密約書を提示するべきだと言う合図だろう。私は手元のカバンから書状を取り出し広げた。
「おかしいですね。私どもの調査によれば他国と密約をしていたのはトーラス卿なのですが?
ここへお出ししたのはトーラス卿が我々の領地へ攻め込む際に協力を要請した書状です。
事前に察知できましたので先方へ遣いを出し取り下げていただきました。
もしこれが成功してしまっていたら辺境の領地は隣国の手に落ちていたことでしょう」
「そんなもの我は知らぬぞ。
アローフィールズ卿! 偽造などしてまで我を貶めると言うのであるか!
どこまでも汚い手を使う」
どの口が言うのかと問い詰めたくなるがグッとこらえて冷静に反論する。
「何度も申し上げているように私共にはやましいことなどございません。
王国正規の監査官であればいつでも査察をお受けいたします。
武力増強の嫌疑につきましても全くの濡れ衣でございます。
確かに輸出も行っておりますが、届け出通りの量ですし得た金銭は領内の改革に費やしております」
「何を言うか! 平民への教育や農村部への武具供与!
密輸の疑いに他領土への兵駐留等、謀反の証拠はいくらでもあるではないか」
「随分とお詳しいですこと。
それならば私共の領土で暮らす農民たちの暮らしが大幅に改善していることもご存知ですわね?
それに引き替えトーラス卿領地の農民たちはどんな暮らしを強いられているのでしょうか」
「そんなことは論点ではない!
国王陛下、もういいでしょう、決を取り反逆者に断罪を!」
会合の内容からするとどんなに悪くても五分、客観的に見ると私が完全に勝っていると思うのだがこのトーラス卿の自信はどこから来るのだろう。内容なんてどうでも良くてすでに票は買収済みと言うことなのか。
私はトーラス卿の薄笑いを不気味に感じながら評決を待つのだった。
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