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第四章 出戻り貴族

37.大切な一歩

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 翌日から村では工事が始まった。どうやら湖から水を引いても問題ないとの調査結果となったらしい。湖から畑まで最短距離を伐採し水路を作りため池へ流す。その水を枯れ井戸を経由してから水路へ流すことになった。

 と言うわけでまずは水路を通す経路の伐採をしながら木材を確保、その木材を使って池や水路の土止めをしたり畑の害獣避け用の柵を作ることになった。

「じゃあ今日から伐採するのね。
 ようやく出番が来たわ」

「まさかお嬢、工事を手伝う気か?
 伯爵様が泥まみれになるのは不味いだろ」

「でも普通に伐採していたら相当時間かかるんじゃない?
 やれることはやりたいもの。
 池に近いところから取り掛かるから運搬をお願いね」

「グランの兄貴に黙っておかないと怒られちまうな。
 他のやつにも口止めしておかねえとばれっちゃうぞ?」

「じゃあ変装でもしておこうかしら。
 とりあえず経路上にある木には目印つけてあるのよね?
 まずは見に行ってくるわ」

 私はそう言うと頭を抱えているディックスを尻目に森へと向かった。

「なるほど、これが目印なのね。
 じゃあ始めようかしら」

 ちょうど目線の辺りにバツ印が掘られている木を見つけおもむろに抱きついた。そのまま左右に揺さぶってみるが当然のようにビクともしない。

 そのまますーっと息を吸って大きく深呼吸をしてから頭の中で力を込めることを思い浮かべ、もう一度同じように左右へ揺らすとざわざわと木が揺れて葉が舞い落ちてきた。

「えい!」

 掛け声とともに力を込めた両手を上げると、大人でも腕が回りきらないほど太い大木があっさりと引き抜かれた。足元からは土がついた根が掘りかえされ大穴があいている。

 私はそのまま頭上に大木を持ち上げたまま数歩進み広場へ投げ捨てた。その様子を見ていたディックス以外の人たちが大口を開け目を丸くして立ち尽くしている。中には斧を手から落としている者もいて危なっかしい。

「おいおめえら! ぼっとしてねえで枝を落として材木にする準備をしろよ!
 このペースだと今日中に数十本は抜いてくるからな」

「置くところに線を引いておいてくれるとわかりやすくていいわね。
 さあどんどんやりましょ。
 誰か斧を持ってついて来てもらえるかしら。
 その場で根と枝を落としてしまうことにするわ」

 そう言ってから私はまた森の入り口へ向かいもう一本引き抜いた。今度は運ぶ前に枝を払い根を落として巨大な丸太を作ってから運んでいく。なんとなく以前よりもさらに力持ちになっているようで、太い根っこを斧で切り落とすのはバターを切るよりも楽に感じる。

 こうして広場へ丸太を並べていき、六本の山を五つ作ったところで置き場所が無くなってしまった。今日の伐採はこれくらいにして材木作りを手伝うことにした。

 ディックスの指示を受けた子方に切り方を聞いて同じようにやろうとするがうまくいかず自分の不器用さを思い知る。まったくもう、力任せ以外の仕事では役に立てそうにない。私はがっくりしながら村の中を散歩していた。しばらく進むと通り過ぎようとした家から人が飛び出してきて目の前で膝をついた。

「伯爵様! うちの子を引き受けて下さりありがとうございます!
 本当になんと感謝をしたらよいか……」

 傅いた女性の傍らにはサトも膝をついている。どうやらアキとサトの母親らしい。

「サトたちのお母さんかしら?
 こちらこそ、二人とも良く働いてくれて助かっているわ。
 普段は屋敷にいるからいつでも遊びに来てくれていいのよ。
 離れて暮らすのは寂しいでしょ」

「いえいえ、サトがこんなに血色が良くなって……
 何の心配もしておりません。
 本当にお役に立てているのか、それだけが気がかりなくらいです」

「もちろん助かってるわ。
 なんと言っても屋敷には私と歳の近い子がいなかったんですもの。
 それだけでも十分支えになっているわよ」

 実際寂しさと言うのは人生において最大級の敵であり、孤独に陥らないと言うのは社会においてとても重要なことだと私は考えている。

 そしてそれは豊かさの一つでもある。経済的なことはもちろん衣食住と言った基本的な事柄と合わせて生きるために必要な物理的なものと精神的なものの両方が必要なはず。この考えは今まで散々体験してきたことを踏まえた結果だった。

 完全な平等を目指すわけではないけどせっかく領地を手に入れたのだし、今までのように理不尽な貧富の差はなんとかしたい。生きることに懸命な人が報われるよう、せめて目の届く二つの村では出来ることはやっていこうと考えていた。

 きっと私に与えられたこの奇妙な怪力もそのために使えと神様か何かがくれたのだろう。器用さがまったくないのが残念だけど森林の開拓くらいには役に立つ。あとは少ない知力を精いっぱい使うだけだ。

 村を散歩しているうちにあれこれと考えすぎてしまったが、サトたちの母親が喜んでくれていることがわかって良かった。なんだかんだ言っても自分のしていることに意味があるとわかることは嬉しいものなのだ。

「サト、夕方には帰るからそれまではお母さまに甘えてなさい。
 私は騎士団の詰所へ寄ってから工事現場へ戻るからまたあとでね」

「レン様、ありがとうございます!
 それまでにとうさまへ顔見せに行っておきます」

「それはいいことね、きっと喜ぶわ。
 アキも連れてきてあげれば良かった、気が効かなくてごめんなさい」

 母親は恐縮だと言って深々と頭を下げた。こうやって大げさにかしこまられるとやっぱり照れくさいので、私はさっさとその場を離れ詰所へ向かった。

「誰かいるかしら?
 なにか変ったことはない?」

 詰所まで来たので声をかけると中から留守番をしていたフーロイが現れた。仮にも騎士になったのだからいつも身ぎれいにしておくようあれほど言っておいたのに、相変わらずの無精ひげにぼさぼさ頭だったので私は頭を抱えてしまった。

「あ、お嬢、じゃなかった、伯爵閣下、変わりないです。
 ウォレスとホルターは見回りに、コルンとマックは村の若いのと狩りへ行ってやすぜ」

「ここ最近は何もないみたいだけど油断はしないようにね。
 私に恨みを持ってる人がまだいるかもしれないし、盗賊が来ることだってあるかもしれないわ」

「ああ、ここいらを縄張りにしてたやつらはグランの兄貴、じゃなくて男爵が話をつけたよ。
 今度鉱山で働きたい奴を見つけて来てくれるらしいぜ」

「いつの間にそんな話になってたの?
 グランたら全然教えてくれないんだけど」

「男爵はその話疑ってるみてえだ。
 もしさらってきたら厳重に処罰するって言ってたしな。
 まあでも盗賊だって無いところからは盗れないからどっかの貴族でも襲うんじゃねえかな」

「どっかの貴族ってねえ……
 一番手近なのは私じゃないの?
 やられる前に捕まえて処罰しちゃおうかしらね。
 鉱山で働く人がいなくて困ってるところだし」

「でもあいつら五人しかいなかったよ?
 前の領主は隣国と密輸してたからおいしかったんだけど無くなっちまったからな。
 今は襲う荷馬車がいねえだろ?」

「辺境伯だったのにそんなことしてたの?
 まったく救いようのないダメ貴族の見本みたいな人だったのね。
 それはそうと、あなた達もっと身ぎれいにしてなさいよ。
 新しい衣類の準備も進めてるけど体は自分でキレイにしないとダメなんだから」

「へ、へえ…… わかりやした。
 村の女に掃除とか頼んでもいいですかね?」

「うーん、命令するんじゃなくて自分たちで雇うならいいわよ。
 労働はタダじゃないってわかってるでしょ?」

「まあそうなんですけど運送の時と違って給金が少ねえからなあ。
 金使うところがないから困っちゃいねえがちと心細いや」

「まったく仕方ないわねえ、それじゃ私が出すから誰か見つけておきなさい。
 鉱山が稼働すれば給金も上げられると思うからもう少し我慢してね」

 とまあこんな風に有意義な視察をしながら村を一周した私は、また工事現場へ戻っていった。
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