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第四章 出戻り貴族

34.再会の街

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 私が屋敷に入ってから数週間が過ぎた。グランとルモンドが領内にある二つの村と鉱山、それに狩りの出来る森と水資源の得られる湖のことを調査してくれたものを纏めて改善案を考えるだけであっという間に時間は過ぎていく。

 始めは騎士が狩りをするなんてって雰囲気だったルモンドお抱えの騎士団も、自分たちが食べるものだと言う自覚が芽生えてきたのか頑張るようになっていた。

 もちろん村での狩り指導も怠ってはいない。なんと言っても食料は村優先なのだから自分たちまで回ってくるためには相当頑張らないといけないのだ。その甲斐あって数日に一度は食卓に肉が出るようになっていた。

 他にも湖で取れた魚のおすそ分けに来たり、アキとサトの両親が会いに来たりして屋敷にも人の出入りがあってにぎやかな日々だ。以前と比べると村人たちの表情も明るく喜ばしいことだ。

 そんな忙しくひきこもりな日々の中、私はなんとか時間を作って久しぶりに街へやってきた。目的はもちろんクラリスに会うためだ。グランや他の仲間が一緒なので寂しさを感じることはないが、それでもずっと一緒にいたクラリスと会わないことをなんとも思わないわけはない。

 宿の扉をくぐるとそこには以前と変わらないクラリスが出迎えてくれた。私は走っていってその胸に思いっきり飛び込んだ。

「ポポちゃん! 久しぶりね!
 元気にしてた? ちゃんと食べてる? 少しやせたんじゃないの?
 今晩は大好きな羊肉のシチューにするからね」

「クラリスこそ忙しすぎて倒れたりしてないか心配してたのよ。
 宿屋は順調? 辛いことはない?
 こっちは何とかなってるから売り上げは遠慮なく使っていいからね」

 当初の予定では利益を等分することにしていたが、屋敷にこもっている限りは出費なんてほとんどなくお金の使い道はあまりなかった。

「今日は新しいお友達を紹介するわ。
 ノルン、こちらはクラリスよ、ご挨拶してね」

「クラリス様、お初にお目にかかります。
 レン様の従者にさせていただいたノルンと申します」

「始めましてノルン、いつもポポちゃんのことお世話してくれてるの?
 こう見えても寂しがり屋さんだからこれからも仲良くしてあげてね」

「そんなめっそうもない!
 レン様にはとても良くしていただいて感謝ばかりの毎日です。
 本日もこんな豪華な宿屋へ連れてきてくださるなんて感激しています」

「ノルンは街へ来たの初めてかしら?
 国境を越えてきたから緊張している?」

「はい、お屋敷へ来るまで村から出たこと自体ありませんでした。
 レン様は南の国のご出身なのですか?」

「違うわよ、この間までここに住んでいただけ。
 まあ色々あったのよ」

 本当に色々あった。あり過ぎて本当の出来事だったのかもわからなくなりそうである。辛いこともあったし苦しいこともあった。でも同じかそれ以上に楽しいことや刺激的なこともあったし総合的にはプラスと考えている。

「クラリス、私たちは街をぶらぶらしてくるわ。
 モルスたちの面倒よろしくね。
 それと夜でいいからディックスに相談があるの。
 仕事から帰ってきたら伝えておいてくれると助かるわ」

「分かったわ、伝えておくわね。
 今日は街の中で仕事してるから早く帰ってくると思うわ」

 私はクラリスへ礼を言ってから宿を出た。この街は平和そのものなので女の子二人で歩いていても何の問題もない。初めて見る人の波に怯えるノルンへそう説明しその手を取って通りを歩き始めた。

 久し振りと言ってもひと月もたっていないくらいだ。当然私のことを知っている人は大勢いて久しぶりだと声をかけてくれる。貴族へ戻ったことなんて説明しているわけじゃないから当然宿屋の娘くらいの認識だろう。

 しかし出会った中で一人だけ違う反応をする物が現れた。

「おめえは! いや、あなたは……
 宿屋から越していったって聞いてたんだが帰ってきていたのか」

「なによ出会いがしらに失礼ね、あなたこそなんでここにいるのよ。
 街から追い出されたんじゃなかったの?」

「聞いてねえのか? 俺たちはあんたんとこの姉さんに雇われたんだよ。
 あの娼館を安宿へ改築したんでな」

「それ本当!? まだ聞いてなかったわ。
 今度は真面目に働いてるんでしょうね?」

「やってるやってる、いたって真面目だ。
 安宿だからやることは掃除と水汲みくらいだけどな。
 それだけやれば飯を食わせてくれるってんでありがてえよ」

「でも宿にそんな大勢必要なのかしら。
 あなたのお仲間って六、七人いたわよね?」

「ああ、宿には俺ともう一人、残りは運搬屋で雇ってもらったのさ。
 姉さんにはホント感謝しているぜ」

 まったく調子がいいったらありゃしない。うっかり誰だか忘れるところだったが、この男は公開裁判をやってとっちめたカウロスだった。真面目に働いているせいなのかなんだか顔つきが和らいで優しい人に見えてくる。

「そちらのお嬢ちゃんは普通の子なのか?
 芋でも食うか?」

 カウロスはそう言って焼き芋を取り出して二つに割り私たちへ差し出した。私はそれをひったくるように受け取って目の前の大男をにらみつける。

「ちょっとあなたね、普通のってどういうことよ。
 それじゃ私がまるで普通じゃないみたいじゃないのよ!」

「いや、そう言う意味じゃなくてだな……
 ま、まあ芋でも食えよ、甘くてうまいぞ?」

 遠慮しているのか怯えているのか複雑な表情のノルンへ勧めつつ私もいただくことにした。確かに甘くておいしい。この世界にもサツマイモがあったなんてちょっとしたカルチャーショックだった。

 まてよ? これも村へ持ちかえれば栽培できるんじゃないのかな? そう思った私はカウロスへ尋ねてみた。すると何のことはない。この国の南方では芋と言ったらこのサツマイモを使うことが殆どらしい。

「じゃあ間違いなく頼むわよ。
 宿屋へ届けてくれたら私のところへちゃんと来るからね。
 お代はクラリスから受け取ってちょうだい」

「おう、間違いなく引き受けた。
 別に珍しいもんでもねえしな」

 思わぬ収穫に私は上機嫌だ。作物のバリエーションが増えればそれだけ食生活が豊かになる。食が豊かになると心も豊かになるものだと私は考えていた。なぜならば世の中の諍いのほとんどは貧困が切っ掛けであるからだ。出自が原因の貧困はなくしたい。せめて目の届く範囲だけでもなんとかしなければならない。それが領地を治める貴族としての義務のはずなのだから。

 宿屋で炊き出しを始めた理由も同じようなものだった。一見きれいな街の片隅でうずくまって生活している人たちがいることを知り、何かできることがないのかを考えた結果だったのだ。それは偽善かもしれないが、出来ることがあるならやらずに見過ごすよりはまだマシだろう。

 そんなことを考えながら街を一回りして宿屋へ帰ってきたが、まだディックスは帰ってきていなかった。ノルンはすっかり人酔いしていてぐったりだ。

「ねえクラリス、最近炊き出しはどう?
 相変わらず子供たちも多いのかしら。
 住むところも働く場所もない人たちがいたら鉱山で働いてもらいたいのよね」

「そうねえ、以前よりは大分減ってるわよ。
 幸せに暮らしているかまではわからないけど養子に貰われていく子もいるし。
 鉱山で働けるような子がいるかというと難しいかもね。
 あれって重労働でしょ?」

「強制労働じゃないからそんなことないわ。
 賃金は無しで住まいと食事、それに安全の提供しかできないから無理は言えないもの。
 ただ国が違うからおおっぴらにはできないし街へ戻るのも難しいけどね」

「強制労働はやめたの?
 犯罪者はどう処罰しているのかしら」

「面倒事は全部中央へ丸投げよ。
 でも今のところ犯罪者は捕まってないわね。
 軽い暴力沙汰はあったけどうちの騎士団が懲らしめておしまいにしてるかな」

「意外と大人しい人が多いのかな。
 それともポポちゃんが脅してるとか?」

「そんなことしてないわよ。
 騎士団員数人が村へ常駐しているからでしょ。
 そう言えばカウロスに会ったわよ。
 あっちも宿屋にしてたなんて驚いたわ」

「えっ? グランと相談して決めたんだけど聞いてなかった?
 屋敷へ帰った時に伝えるって言ってたのに」

「グランも忙しいから忘れちゃったのかもね。
 でも順調に行ってて危険もないならそれでいいわ。
 クラリスのこと随分慕ってるみたいだったけど平気?」

「あ、ああ…… 一度お礼を言いながら私の手を握ったことがあってね……
 うちの人にひどく殴られてたから……」

 どちらかと言うと仲間内では大人しい部類のディックスも、クラリスのこととなると話は別らしい。それなのに長く引き離す話をするのは気がひける。

 まあ帰ってきたら話をしてみて決めればいいことだ。私は夕飯前のお茶でくつろぎつつディックスの帰りを待つのだった。
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