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第四章 出戻り貴族

31.帰還

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「いやあ、初めて見たけど国王ってあんな弱そうな奴だったのか。
 あれで良く国を治めていられるもんだな」

「そりゃもうかなりのお年だもの。
 だいたいいくら強くたって騎士団がまとまってかかったらひとたまりもないわ。
 結局は知力とカリスマ性なのよ」

「かり? すま?」

「えっとね、人間的な魅力とかってことよ。
 この人へついていきたい、信頼できるって思わせる力ね」

 実際のところはよく知らないが、今はおじいちゃんになってしまった国王だって昔は武術の腕も達者で強いリーダーシップで国や民を率いてきたと聞いている。それが今となっては権力から引き摺り下ろされることに怯える老人に成り下がっているように見えた。

 きっと今の不安だって皇子たちが頼りなく期待外れなのが元だろう。しかしそれは出来のいい子供たちに恵まれなかったのではなく、そんな風にしか育てられなかった自分たちのせいだ。

 バカ皇子たちと横暴な貴族たちが勝手放題で民を苦しめていることを知らないはずもないのに放置しているのだから国王とて同罪である。

「ってことはグランの兄貴みたいなもんかあ。
 腕っぷしだけなら兄貴以上のやつだっているけどそれだけじゃ頭は張れないもんな」

「凹ちゃんよくわかってるじゃないの。
 全員集めたらグランなんて一捻りだろうけどそんなことはしないものね。
 結局のところそう言うことなのよ。
 もしかしたら損得勘定が混じっているかもしれなくても、ね」

「なんだか褒められてるんだからおだてられてるんだかわからねえな。
 仲間を食わせるために結構頑張ってきたつもりなのによ」

「だから国王も頑張ってきたんじゃないかしら?
 今はそう見えないとしてもね。
 まあその前から王族はいたから先代先々代、もっと前からの威光だけかもしれないけど」

「だが先の戦争でいくつもの村が焼かれたし犠牲者も相当出たぜ。
 五十年以上続いていた平和を破ったのが現国王だからな。
 ま、ポポが生まれる前のことだけどよ」

「それは歴史で習ったから何となくは知っているわ。
 でも実害に会った人たちのことは何も知らないの、ごめんなさい」

「なにも謝ることはねえさ。
 この国だって周辺国に押さえつけられてやりようもなかったんだろう。
 ただその時に一部の貴族が暴走してやり過ぎただけさ」

 記憶の中にある習った歴史では、北と南の両国が結託し物流を遮ったんだとか。それを打破するために武力行使し北とは和解、南には領地割譲で手を打ってもらったというものだ。

 しかしその割譲された南の貴族が反乱、暴徒化して周囲の村を襲ったと言うのはグランに聞くまで知らなかった。結局南の国とは内戦のようになり関係した貴族たちは全て滅ぼされ現在に至る。その戦乱で発生した多くの難民や孤児の中にいたのがグランたちなのだった。

「あんまり話し込んでいると護衛に聞かれてしまうからやめましょ。
 こんな事なら嫌味なんて言わなければ良かったわ」

「でも俺たちだけでこんな大量のお宝運んで襲われたら面倒だしな。
 屋敷まで行けば仲間たちと合流できるからそれまでの辛抱さ」

 王城では長居する理由もなく叙爵の儀と任命式が終わり後は帰るだけだったのだが、手土産と言うか約束の品と言うか、とにかく大量の金品を持たされてしまったのだ。

 ルモンドたちも一緒に辺境へ引き上げるので運搬の人手は足りていたが、私はつい厭味ったらしく帰り道にまた襲われるかもしれないなんて言ってしまったのだ。

 さすがに往復両方で客人が襲われでもしたら王族や近隣貴族のメンツは丸つぶれだし、なにより私たちに弱みを握られると考えたのだろう。王国筆頭貴族であるエラソ公爵が直属の騎士団一個小隊を護衛につけると言いだしたのだった。

 そんな経緯も有りぞろぞろと大勢での帰還となったわけだ。だが心配は杞憂で襲撃はなく私たちは無事に自分たちの領地へ入り屋敷へ帰ることが出来た。

「騎士団長さん、ここまでご苦労様でした。
 とっても心強くて助かりましたよ」

「これはお褒めの言葉、恐縮でございます。
 伯爵様の配下にはとても及ばない我々でしたが微力でも役に立てたなら幸いです」

「あらお世辞がお上手なのね。
 帰り道遠くて大変でしょうけどお気をつけて」

 こうして騎士団はまた王都へ向かってぞろぞろと帰っていった。入れ替わりで私たちの仲間、いやこれからは騎士団と呼ぶべきだろう。間違っても元盗賊だとか鉱山人足だなんて呼ばせやしない。

「お嬢、おかえりなさい。
 遠かったから疲れたでしょう。
 教わってたとおり大工の野郎に作らせておいたからすぐ入れやすぜ」

「出来ているのね! ありがとう!
 でもその話し方は不合格ね。
 これからは騎士団の一員なんだからもうちょっとビシッと頼むわ」

「へえ…… いや、はっ!
 伯爵様、風呂のご用意出来てます」

「まあまあかしら。
 明日からはルモンドのところから教育係を出してもらってお勉強会ね」

 私の言葉を聞いて集まってくれていた数名がひいっと悲鳴に近い声を上げた。ちゃんとした貴族の教育を受けているのはルモンドとその配下だけなので仕方ないが、どこかで恥をかいて恥ずかしい思いをしてしまったらかわいそうだ。せめて言葉遣いだけでも早めに何とかしなければ。

「それでグラン? 騎士団長には誰を任命するの?
 決まったらすぐにでも任命式をやるわよ。
 形式とは言ってもちゃんとやってから王都へ申告しないといけないのよね」

「はっ! 騎士団長はこのデコール、副団長はボッコです。
 配下には選りすぐり十名を用意しました。
 今ここにいる五名と村の詰所の五名の交代制でございます」

「わかったわ、でももうちょっとマシな名前つけてあげられなかったの?
 なんなら私が考え直してあげようか?」

 すると凸兄貴が挙手をした。

「えっと伯爵様、これは本名ですぜ。
 だからなんの問題もございやせん」

「ええっ!? 本当に!?
 てっきりコンビで呼びやすいから凸凹なのかと思ってたわ」

「いや兄貴、じゃなくて男爵が縮めて呼ぶからそうなっただけで……
 まあどっちでも呼びやすい方でいいですから」

「そうはいかないわよ。
 お風呂のあと食事にしてそのあと任命式をやりましょう。
 お酒も用意しちゃっていいから調理係へ使えておいてね」

「やった!
 さすが伯爵様だ、話がわかる。
 さっそくお願いしてこよう!」

 凸兄貴あらためデコール騎士団長は、部下へ命ずるなんて不慣れで思い浮かばなかったのか屋敷の中へ向かって自ら走っていった。ほとんど全員がお酒好きなのは心配ではあるが楽しみの無い人生よりはマシだろう。

「それじゃ私たちも行きましょうか。
 せっかく作ってくれたお風呂だからみんなで一緒に入る?」

「風呂って湯あみのことなんだろ?
 仮にも伯爵でレディなんだからそんなこと言うもんじゃねえ」

「じゃあ調理場へ来てくれてる子にお願いするからいいわよ。
 グランのへたれ! 代わりに厨房を手伝いに行ってちょうだい!」

 私は捨て台詞を吐いてから自室へノシノシと歩いて行った。クラリスがいないから他に女の子もいないしちょっとつまらないのだ。結局恐縮しきりの調理場の子を無理やり引っ張っていって一緒にお風呂を楽しむことにした。

 だがつまらないとかわがままを言っても仕方ない。私は今や伯爵家の当主になってしまったのだ。いくら屋敷の中が男だらけで華がなくても我慢するしかないのだろうか。なんてことを風呂へつかりながらしばし考えていた。

「ねえあなた、村から来てくれたのよね?
 お名前もまだ聞いてなかったわね」

「はい、私はアキといいます。
 背の高い騎士様がいらっしゃってお声掛けいただきました。
 実は口減らしで売られる予定でしたのでお屋敷へお呼びいただいて感謝しています」

 アキと名乗った少女はかなり緊張しているようで、風呂につかりながら正座をしている。まあ子供とは言え貴族と裸で一対一だしそれも仕方のないことだろう。

「村には他にも住み込みで来てくれる女の子はいるかしら。
 事前に思いついたのが食事のことだけだったけど他にも身の回りのことをお願いしたいのよね」

「一昨年からの不作で困っている村人が結構います。
 なのでお屋敷でのお勤めに来たい者はいると思います。
 寝床があって食べるものがあるだけでとても有難く感謝の気持ちでいっぱいです」

「村はそんなに苦しいのね。
 なんでそんなに不作になったかわかるかしら?」

「一昨年大量発生した害獣の駆除が追い付かなくなって不作になったんです。
 それで税を払いきれなくなって働き手が鉱山へ連れていかれて……」

 なんだ結局圧政の被害者ってことじゃないか。まったくこの領地を治めていた貴族はホント無能で頭にくる。裁きを受けさせて本当に良かった。

「希望者以外は鉱山から戻ってきたからきっと今年からは大丈夫よ。
 明日にでも一緒に村へ行きましょ。
 お友達がいたらここで働くよう誘って欲しいの。
 私と同い年くらいなら十分よ」

「いいのですか!?
 実は妹がいるんですけど痩せてしまって可愛そうで……」

「じゃあまず一人確保ね。
 ご両親は寂しがらないかしら。
 たまに遊びに来てもらえばいいかな」

「そんな何から何まで! ありがとうございます!」

 アキは大げさにお礼を言うとボロボロと涙をこぼし泣き始めた。きっと今まで相当辛い思いをしてきたのだろう。まずは領内の村二つを豊かにして鉱山もなんとかしよう。

 直近の目標が出来た私はアキとおしゃべりしながら超々久しぶりのお風呂を楽しんだのだった。
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