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第三章 宿屋経営と街での暮らし

28.廃業計画

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『ゴーンゴーンゴーン』

 街中に夜の鐘が鳴り響いた。何時頃なのかはわからないがこの鐘の音が深夜の合図であり子供は外へ出てはいけないし騒ぎや事件を起こすと罪が重くなると決められている。ようはむやみに出歩かず家で大人しくしているようにと言うことだ。

 その鐘の音が聞こえてからほどなくして事務所のドアが開いて疲労困憊と言った様子のグランが入って来た。

「お疲れさま、今日も大変だったわね。
 すっかり気に入られてしまっているけどいったいどんなサービスしてるのよ」

「ふう、お疲れさん。
 ようやく解放されたぜ……
 ガキのくせになにを想像してるか知らんが酒の相手をしながら愚痴を聞いてるだけさ」

「あら、旦那様の?
 それともマダム友達のことかしらね」

「それと子供のことだな。
 あの横に大きい方の息子は働かずに家でゴロゴロしてるらしい。
 痩せた方の娘は宝石をねだってばかりなんだとよ。
 そんなの知るかよって言いたくなることばかりだぜ」

「もうマダムのお相手は嫌になってるかしら?
 グラン目的で来てくれるから無碍にはできないのだけどね」

「いやあ開放してもらえるならありがてえよ。
 草むしりでも厩舎の掃除でもなんでもやるさ」

 その言葉を聞いて私は口元に笑みを浮かべた。するとクラリスがなにか言いたそうにこちらを見つめている。でも本番はここから、私の計画を聞いたらクラリスもひっくり返るかもしれない。

「じゃあグランがマダム達のお相手をしなくて済むようにしてあげる。
 できれば他の男性へ引き継いで欲しいけどそれは新オーナーに任せるわ」

「は? 新オーナーってどういうことだよ。
 やっぱりおめえ家に帰るのか?」

「ちょっと違うわね。
 家には帰らないけど貴族には戻るって感じかしら。
 詳しくはこれから話すしそのために時間もらったんだからね」

「貴族に戻るってのはどういうことだ?
 家に帰るのとどう違うんだよ。
 もしかして昼間の来客と関係があるんだな、そうなんだな?」

「さすがグランね、頭の回転が速くて助かるわ。
 実は先日の租税横領の件であの領地の貴族は爵位を剥奪されたのよ。
 そこをそっくりそのまま私が貰い受けることになったってわけ」

「はあ? なんで貴族が居なくなったからってポポがそこを貰うって話になるんだ?
 アーマドリウス家の持ち物になって相続するってことか?」

 ここからは上手く説明し辛いというか出来れば濁しておきたいところだ。まさか進んでではないにせよ自分を売りとばしたなんて言いたくはない。かと言わないまま話を進めるのも難しい。結局私は全て話してしまうことにした。

「――と言うわけなのよ。
 簡単に言えば私がアーマドリウス家の人間ではなくなるってことね。
 その代わりに爵位や領地が貰えるってわけよ。
 すでに家は出ていたんだしなんだか得しちゃったわ」

「家から出るって言ったって独立とは違うだろ。
 それって体よく追い出されたってことじゃねえか。
 おめえはそれでいいのかよ、悔しくないのかよ」

 そんなことグランに言われなくたってわかっている。でもあの状況ではどうすることもできなかった。断ったとしてもただ勘当されすべてを剥奪されるだけだし、最悪の場合は命を奪われることも考えられた。

 つまりあの状況下における最善が今の状態なのだし、そもそもこの件の本質はそこではない。だって正直言って本当に悔しくはないんだから。

「悔しくなんて無いわ。
 だって望んでもいない王族との婚姻と窮屈な家柄を手放すことができるのよ?
 しかもそのどちらともすでに棄ててきた物だわ。
 結局お父様もバカ皇子も後から騒ぎ立てられたくないだけ。
 自分たちの保身のためにしか行動しない人たちなのよ」

「だけどよ……
 まあいい、俺には貴族みたいなやつら一生理解できないと再認識したぜ」

「だけどグランには貴族になってもらうわよ。
 よろしく頼むわね、マクウェル男爵」

「なんだって!? 俺が貴族になるだ?
 バカ言うんじゃねえよ、いくらポポの頼みだからってやらねえぞ」

「あらそう? 仕方ないわね。
 それならグランはこのままマダムのお相手を続けるとして……
 私の配下には凸凹コンビにでも来てもらおうかしらね」

「ちょっとまて、貴族になって宿屋を廃業させるつもりか?
 マダム達の相手をしなくていいのは嬉しいが経営は順調なのにもったいないだろ」

「この宿屋の新オーナーはクラリスよ。
 大工の仕事場を庭に移せばディックスにも都合がいいでしょ」

 それまでグランが驚いたり戸惑ったりするのを他人事と笑っていたクラリスが急に真顔になり椅子を倒しながら立ち上がった。

「ちょっとポポちゃん! そんなこと私聞いてないわよ!
 オーナーになれだなんて急すぎるわ」

「今始めて言ったんだもの、聞いてるわけないわ。
 オーナーになってもやることは変わらないわよ。
 私だって形だけみたいなものなんだから」

「でも要職が上から二人もいなくなったらとても回らないわ。
 かといってポポちゃん一人で貴族の屋敷に行かせるのもねえ……」

 実は一人と言うわけではないのだが今は都合がいいのでこのまま話を進めよう。だが人手が足りないのは確かであるし、当てはあるにはあるがうまくいくかは未知数である。

「ねえグラン、あなたにはあそこの村と鉱山を任せようと思っているの。
 村で仕事が無くてあぶれてしまっている人をこの街の門兵に雇えないかしら。
 それで警備隊にいる仲間を宿屋へ戻せばいいんじゃない?
 別案だとグランの娼館を潰して女性たちを宿屋の従業員にするかかな」

「うーん、確かに娼館はほぼ赤字だしな。
 村から連れてきて働いてもらうのは国が違うからやめといた方がいい。
 後々面倒になったら困るだろ?」

「そういえば別の国だったわね。
 女性は十人くらいいるんだっけ?
 宿屋で溢れた分はうちの屋敷でメイドをやってもらおうかな」

「その案は良いと思うわ。
 あの子たちも真っ当な仕事が出来るなら喜ぶわよ。
 宿に必要なのは五、六人ってとこかしら」

「じゃあこれで異論はないわね。
 具体的なことを話しあって進めてしまいましょ。
 これから忙しくなりそうだわ。
 ひと月以内には国王謁見と拝命式があるから心構えはしておいてちょうだい」

「国王だと!? 俺も行かなきゃならんのか?」

「そりゃ特例で貴族になるんですもの。
 私も新しい名前を考えておかないといけないわ。
 別にマクウェルでもいいんだけどなー」

「あらあら、新しい名前で二人の新生活なんてステキね。
 ポポちゃんももう十三歳だしグランも覚悟決めたら?」

「二人してからかうんじゃねえよ。
 俺はもう三十半ばだからポポとは二十以上離れてるんだ。
 コイツにはもっとちゃんとした男をあてがってやらねえといけねえだろ」

 グランが私のことをちゃんと考えてくれているのはわかるが、それでも何とも言えない気持ちになる。そしてそれはかなりわかりやすく顔に出ていたようでクラリスが噴き出すくらいだった。

「私は歳の差なんて気にしないのにグランったら器が小さいわね。
 いつまでも子ども扱いするのも気に入らないわ」

「いやいやいや、まだまだ子供じゃねえか。
 まあ貴族に返り咲けば縁談なんていくらでもあるさ。
 それまでは俺が親父代わりになってやるって」

 結局いくらアプローチしても子供のままでは相手にしてもらえない。まあグランは男前だし頭も良くて腕っぷしもいいが、異性として愛しているかと言われると答えに詰まるのは確かだ。いくら二十八歳までの記憶があるとはいえ今は子供の思考回路が頭の中の大多数を占めている

 ようやくティーンの仲間入りをした程度では結婚を前提とした恋愛なんてとても考えられないのも仕方ないだろう。焦る必要もないのだし、誰かいい子が見つかるまではグランをからかって気を紛らわすことにしよう。

 そんな思いは胸に閉まっておくことにして今後についての真面目な話を始めるのだった。
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