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第三章 宿屋経営と街での暮らし

21.この先へ向けて

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 公開裁判の日から一週間ほどが経ち、例の娼館へ警備隊から沙汰が出た。とは言っても警備隊が決めるなんてことできるはずもなく、もっと上の貴族か何かが決めたと聞いている。

 結論はごく単純で営業許可取り消しとなり廃業。無法者たちは罰金に労働刑を言い渡されていた。とは言っても彼らもこの世界で珍しくもない罪ではあったので労働と言っても町内奉仕程度の軽いものだ。

 残された娼婦たちの生活を何とかしなければと心配したものの、そこはアノ警備隊隊長がうまく取り計らったようで、引退した娼婦へ営業権を与えて後見人としてグランを指名してきた。そして元盗賊たちから数名が用心棒兼従業員として派遣されることとなったのだ。

「これで大分自分たちの食い扶持が稼げるようになってきたな。
 正直宿屋の収入だけじゃ苦しかったから渡りに船だったぜ」

「そうよね、このままじり貧だったらどうしようかと心配だったもの。
 あの隊長さんうまくやってくれて助かったわね」

「そうだな、あの隊長の親類筋を助けて恩を売っといた甲斐があったってもんよ。
 あとは輸送の仕事がうまくいけばやつらは大体片付きそうだ」

 なんだ、いつの間にかコネを作っていたのか。グランは商売に興味がなさそうなこと言ってる割りには抜け目ない。世渡り上手なのか頭の回転が速いのか、きっとどちらもだろう。

「それにしてもなあ、あれには参ったぜ。
 ポポがあんな大勢の中で吊し上げられてると思って駆けつけたってのにこの仕打ちだ」

「あ、ああ、あれはその場を何とかしようと思ってね……
 本当に悪気はなかったのよ?」

 この仕打ちというのは、公衆の面前で私が言ってしまったことについての風評被害だ。なんといっても私は公然とグランをロリコン認定してしまったのだから噂にもなろう。

 この間買い物へ出た時なんて、子供の近くを通りがかっただけで親が飛んできて連れて行ってしまった。もちろん原因が私の発言にあるのはわかっているが、まさかこんな過敏な反応をされるなんて思ってなく、さすがに悪いことをしたとは思っている。

「悪気で言われてたまるかっての。
 しばらくは見回りにも行かれねえぜ」

「人のウワサも七十五日って言うからしばらくの我慢よ。
 それまではおとなしく宿の仕事頑張っててね」

 そんな慰みごとを言いつつ私は内心喜んでいた。だってずっとグランがそばにいてくれるし、外へ出るより危険もずっと少ない。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、困ってると言いながらも笑って話しかけてくれるグランの心遣いが嬉しかった。

「聞いたことのねえ言葉だが早く過ぎてくれるのを願うよ。
 それよりもおめえ、あがりをはねないで本当に良かったのか?
 娼館から二割も貰えばウハウハだったってのによ」

「いいのよ、その分女性たちと私たちの仲間たちへ気前良くしてもらえたらね。
 グランだって関わりつづけて足かせになったら困るでしょ?
 この街で永遠に暮らすと言うのならそれでもいいけど」

「そうだよな、いつ飽きて旅に出ようって言いだすかわからねえもんな。
 さすがに俺のことわかってきたじゃねえか」

 少しだけカマをかけた様なことを言ってみたがそう簡単に尻尾は出してくれない。頻繁に街や国の外へ出入りしているのは救出の仕事のためだけではないと見ているのだが、かと言って勢力を拡大し権力を得ようなんて雰囲気でもない。私の投げかけをあっさりとかわすようにグランは答えた。

 だが私もはいそうですかと引き下がれない。今日こそはもう少し食いついてやるのだ。だって今日は宿にお客さんが入っていなくて暇なのだから。

「全然わかってないわよ。
 例えば私のことをどう思っているか、とかね。
 他にもあるわよ? クラリスとグランの関係とかさ?
 あとはええっと――」

「ちょ、お前それは!
 わかったよ、わかったから責め立てるようなことすんなよ。
 んで何が聞きてえんだ?」

「グランが考えていることがなにかなんて教えてくれなくてもいいのよ。
 でも勝手に危ないことしていなくなったり私を一人にしたりはしないで?
 ずっとこの街で安全に暮らそうなんて言うつもりはないの」

「そうか、もしかしたらいらん心配を掛けちまってたかもしれねえな。
 そのことについては申し訳ねえ、すまなかった。
 だがお前のことを裏切るような真似は絶対にしねえ、それだけは誓うぜ!」

「うん、その言葉を聞けただけで充分よ。
 でもむやみに危ないことは本当にしないでね。
 いざとなったら助けに行っちゃうんだから」

「そりゃ心強いな、もしもの時は頼むぜ。
 これからまだまだ忙しくなるだろうし、ずっと手伝ってもらいたいからな」

 えっ!? それってもしかして? そんな! 私は初めて言われたその言葉に耳が熱くなるのを感じていた。だがグランはなんとも思っていないような様子でお茶を飲んでいるだけだ。もしかしたらそれほど意味のある言葉ではなく、この世界では良くある言い回しなのかもしれない。

 もしそうであれば期待するだけ無駄だし、そもそも今の私はまだ子供だから相手になんかれていないだろう。第一いつ私がグランのことを好きになったと言うのだ。危なく勘違いしてしまうところだった。

 私は狼狽していると思われたくなくて話題を変えることにした。

「ねえ、そう言えば今日は運送から帰ってくる日だっけ?
 それとも明日だったかしら」

「ええっと、確か明日の予定だな。
 なんだか買い物頼んでたけどあんまり高いもんじゃねえだろうな?」

「安かったら買ってきてって言ったからあの二人の判断次第ね。
 でも宿屋で使うものだから多少高くても欲しいのよ。
 だから支払いはよろしく」

「おいおい、いったい何を頼んだんだ?
 なにか必要なものがあれば俺が見繕ってきてやるってのに」

「ふふふ、内緒よ。
 明日のお楽しみね」


◇◇◇


 そんな会話をしたのがついさっきのように時間が流れ、翌日凸凹コンビが運送の仕事から帰ってきた。もちろん頼んでおいた物は無事に私の手に受け渡されたし、代金はグランへ回してもらうよう手配した。

「そんで? そのトランクの中身がお目当ての物ってことか。
 あいつらから請求周ってきたけど結構いい値段だったぞ?
 本当に必要なんだろうな?」

「もちろんよ、見せる前にクラリスにも用があるの。
 どこにいるかしら」

「今日は特別注文料理が入ってるから庭のかまどでなにか作ってたぞ。
 今日の客は気前よく頼んでくるけど払いは大丈夫なのかねえ」

「こら、客じゃなくてお客様でしょ。
 料理の分は前金で半分頂いたわよ。
 というわけで材料費は回収済みだから安心してちょうだい」

「へえちゃっかりしてら」

「それを言うならしっかりしてるって言ってよね。
 それよりもクラリス呼んで来てよ」

「へいへい、人使いもしっかりしてるよ、まったく。
 ――っおおおーこわっ」

 うまいこと言ってやったって顔をしたグランに拳を振り上げると、すぐに庭へ出て行きクラリスを呼びに行ってくれた。私はその間にトランクを開けて中身を取りだし壁へと掛けた。
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