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第三章 宿屋経営と街での暮らし

18.感情のままに

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 意識を失っているらしい女性は腕を掴まれたままぐったりしている。全ての力を失いただつりさげられている姿は涙が出るほど痛々しい。大男は女性のか細い腕を思い切り握っているようで周囲が変色している。私は怒りを抑えることができず、同じように大男の腕をつかんだ。

 だが私の小さい手では同じように握ることはできない。その代わりつねったようになったらしく男は握った手を離し、女性は私の体の上にのしかかった。

「いてえじゃねえか、このクソガキ!
 グランの前にお前から痛めつけてやる!」

 そう言いながら私の胸ぐらをつかんで自分の顔の前まで持ち上げる。いや持ち上げたと言うより私のために近くに寄ってきてくれたと言えるかもしれない。すぐ目の前でこちらを威嚇するようなそぶりをしている大男の顔を、私は多少力を入れて強めにビンタした。

『バチイイイン! ヒュッ、ズザザザザザ、ドコドコバギッバゴッゴッガゴオオオオン!!』

 数メートル先の地面にたたきつけられた大男は、通りに沿って道路をすべっていき曲がり角に置いてあるいくつもの樽を破壊しながら動きを止めた。

「あああ、お嬢、まずいよ!
 あいつは評判の良くない方の娼館やってるやつだぜ」
「そうそう、だから流れの旅人しか行かなくて経営が傾いてるらしいよ?
 だから難癖付けて儲かってるうちからせしめようとしたんじゃねえか? いい気味だ」
「でも手下が仕返しに来るかもしれねえぞ。
 はやくお嬢を匿っちまおう」

「ちょっと、その女の人を中へ入れて治療してあげて。
 必要ならお医者を呼んできてもらえる?
 それと、誰かその娼館へ案内してくれるかしら?」

「いや、わざわざ行くのは不味くないかい?
 あいつは俺たちが捨ててくるから宿で待っててくれよ」

「いいえ、失礼の無いように私がちゃんとあの方を送り届けなくてはいけないわ。
 さあ行きましょう」

 私は気絶している大男のつま先を摘まんだ。不思議なことに周囲が混雑しているわりにみんな道を開けてくれる。なにやら渋っている仲間をせかすとようやく案内をはじめてくれたので、大男をそのまま引きずって後ろへついていく。

 娼館は意外にも町の中心に近く良い場所に建っていた。もし賃貸なら家賃も高いだろう。入り口には従業員らしきガラの悪い男が座っている。私は大男を引きずりながら近寄っていく。

「ええっ!? 旦那、旦那、どうしちまったんだ?
 おい小娘、いったいこれはどういうことだ」

「ちょっと事故があってね、気を失ったから連れてきてあげたのよ。
 さっさと運び入れてあげた方がいいんじゃなくて?」

「お、おう、そりゃすまねえな。
 それにしても一体コリャなにがあったんだ?
 おめえさんは知ってるのか?」

「知ってるも何も私がやったんだもの。
 意見の食い違い、考え方の相違ってやつね」

「何言ってんだこのチビ。
 おめえがなにかしたってあんなふうになるわけねえだろ!
 おい、後ろのやつらはコイツの親か何かか?
 ちゃんと説明しやがれ!」

「おい、なんか言ってるぞ?
 どうする?」
「でも今のお嬢の邪魔するとこっちがアブねえよ。
 お前説明してこいよ」
「やだよ、あれ喰らったら死んじまってもおかしくねえぞ?」

 後ろでぶつぶつ言っている声が聞こえてくる。私はなんだか無性にイライラして睨みながら振り向いた。するとそれを見た仲間が早く帰ろうと言ってきた。

「でもまだ用が済んでないのよね。
 もうちょっと待ってて、なんなら先に帰っていてもいいわよ?」

「いやいやお嬢を置き去りにしたら叱られっちゃうよ。
 ちゃんと待ってるから一緒に帰ろう、な?」

「用が済んだら帰るわ。
 そこのあなた、おじさんもここの従業員なの?
 あの大きな人と同じ?」

「ああそうだよ、俺は入り口専門だけどな。
 つーかここはお嬢ちゃんみたいな子供の来るとこじゃねえんだ。
 商売の邪魔だからさっさと帰ってくれ」

 娼館が何をしているところかくらいは私でも知っている。この国で娼館は合法だし働いている女性たちが蔑まれてもいない。一部を除けば無理やり働かされているわけでも無いと聞いていた。男ってまったく仕方ないわね、そのくらいに考えていたのだ。

 しかしあの姿を見てしまったらそれは事実ではないと思うほかない。すべての娼館が悪だとは思わないが、少なくともここでは女性に暴行を振るうことが躊躇われていないのだ。

 そんな娼館の入り口に子供がいたら邪魔に決まっている。それでも私は聞かねばならないことがあった。

「じゃあ一つだけ教えてくれたら帰るわ。
 あの女の人になんであんなひどいことしたの?
 大怪我してたじゃないの」

「はあ? なんのことだ?
 俺はそんなの知らねえぞ」

「とぼけないでよ! あんなに痛めつけてからうちまで連れてくるなんてひどいじゃない。
 自分で歩くこともできなかったのに」

 私はあの姿を思い出すと許せない気持ちが湧いてきて、また拳を握りしめていた。

「連れてきた? さてはおめえらグランのとこのやつらだな?
 なにしにきやがった! 旦那をやったのもおめえらか!」

「だったら何よ! まさか私も同じように痛めつけるとでも言うわけ?
 あんなひどいこと絶対許さないわ!
 やれるもんならやってみなさいよ!」

『グボオッ! バキバギボギボガ、バゴオオオン!!』

 私は言いたいことを伝えきったか確認する前に思わず手が出てしまい門番を殴りつけてしまった。背後で仲間があちゃー、やっちゃったかーと言っているのが聞こえる。

「なんだなんだ、襲撃か!? 取り締まりか!?
 旦那をやったやつらが来たのか!?」

 中からバタバタと数名が出てきて辺りを見回している。しかしこそっと小さくなっている私の仲間に目を付けると『グランのとこのやつらだ!』と指さした。

 あっさりと無視された私は無性に腹が立ち、先ほどの門番が座っていた椅子を出て来た集団に向かって投げつけた。すると数人が宙を舞い数人はその場に倒れた。

「ダメだこりゃ、もうやるしかねえ。
 お嬢を護るんだ、いやお嬢からこの店を護った方がいいのか?」
「どちらにしても手を出すのは不味い。
 宿の方まで取り締まりが来たら目も当てらんねえぞ。
 お嬢、今のうちに帰っちまおう」

 私は宿屋へ取り締まりが来るという言葉で我に返った。かと言って何をしたか覚えていないと言うことはなく、まだ暴れたりないと思っているのも事実。しかしやり過ぎも良くないので引き上げることにしよう。

「わかった、営業に差支えたら困るもんね。
 さあ帰りましょ」

 まだ気になることがあったので帰りの道中に仲間へ尋ねてみる。

「なんであんなひどいことしているのに取り締まられないの?
 従業員相手でも暴力はいけないことでしょ」

「まあ金と女でも宛がわれてるんじゃねえかな。
 男の弱みは昔から変わらねえしなあ」

「なんとかあの店潰せないからしらね。
 女の子を全員引き取っちゃうってのはどうかな」

「そうすっと彼女らも生活出来なくなっちまう。
 全員を宿屋で雇うのは無理でしょ?」

「そうよねえ、私の頭ですぐ思いつくくらいならグランだって行動してただろうし……
 もう面倒だから戻って全部壊してしまいましょうよ」

 これは本音だった。もうあれこれ考えるより元凶をつぶしてしまえば済む話に思えてきた。場所がなければ、あいつらが居なければ被害者も出ない。それが何の解決にならないことはわかっているが、それでも何かせずにはいられない気分である。

「だから職をなくすようなことは不味いって。
 店をつぶして女を助けるなら丸ごと買い取るくらいしか無いだろうな」

「それいいわね、そうしましょうよ。
 お店はあなた達でやったらいいじゃない。
 うちにはまだ働き手が余ってるから誰でもいいけどね」

「何言ってんのお嬢は。
 娼館丸ごと買い取るなんて金無いでしょうに。
 建物は借りてるのかもしれねえが、あいつらだって売りゃしないよ」

「じゃあやっぱりあいつらをヤル?
 でも殺しちゃまずいか……」

 おい、本気みたいだぞ、やべえよ、なんて声が聞こえてくるが気にしない。私は本気なのだから。だが結局妙案は出ずに宿屋まで帰り着いてしまった。
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