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第三章 宿屋経営と街での暮らし

16.戻ってきた物

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 ここはどこだろう。また夢の中なのかな。でもちょっと違うかもしれない。目を覚ますことも起き上がることもできない。ああ、多分ここは死んだ後の世界なんだ。

 元々は私だった矢田恋が、あのVRゴーグルを処分したから私は消えてしまって、天国か地獄かわからないけどどこか知らない場所へ行ったということか。

 もうちょっとグランたちと一緒に居たかったな。親の愛に恵まれなかった私にとって、初めての信頼できる肉親みたいなものだったのだから。

 ああなんだか体が冷たくなってきた。きっとここが三途の川なんだわ。でもこんな中世みたいな世界でも三途の川があるのかしら?そもそもこんな目にあわせたのは神様なのかなとか思ってたけど、それならなんで日本らしい世界じゃないんだろう。でも元々はゲームだし、それを作ってるのは日本の会社だろうから当たり前なのか。

「はっ、くちゅん」

「おおお、本当に起きた!
 眉唾だったけど試してみてよかった。
 クラリス、すぐに湯あみを頼むよ」

「任せておいて。
 さ、むさくるしい人たちは全員さっさと出て行ってちょうだい」

 いったいここは…… クラリス! それに追い出されているのはグランや他のみんな! 私は戻ってきたのだ。またここへ戻ってくることが出来た!

「クラリス…… 私どうしていたの?
 眠っていたのかしら?」

「ええ、あの日お昼寝すると部屋に入ったまま出てこなくてね。
 それからもう四日も眠りつづけていたのよ。
 ―― って! ポポちゃん、あなた口がきけるようになったの!?」

「えっ? 私の言葉通じてるの?
 ちゃんと声が出ているの!?」

 私はあふれる涙を押さえることができなかった。理由はわからないが、声が戻ってきた。聞きなれた私の声だ。イリアの声でもあるけれど、まあ二度と会うことはないだろうからどうでもいい。それにちゃんと生きている。死んでなんかいなかったのだ。

「はっ、くちゅん。
 うう、なんでずぶ濡れなの……」

「ごめんね、うちの人が水かけたら目を覚ますかもって言ってね。
 私が真に受けて水かけちゃったのよ」

「でもそれで目を覚ますことが出来たのね。
 ありがとう、クラリス。
 とても怖い夢を見ていたから助かったわ」

 そう言っている間にお湯が運ばれてきた。

「グラン、重かったでしょ、ありがとうね」

「そんなの気にするな、どうってことないさ……
 ってお前! しゃべってるじゃねえか!
 一体これはどういうことなんだ、おいクラリス!」

「私にわかるわけないでしょ。
 いつから口利けなくなっていたの?」

「初めて会ったときは少ししゃべってて、その直後からポポポになっちまったんだよなあ。
 俺が脅したからじゃねえとは思うんだが……」

「グラン! こんな小さい子になんてことしたのよ!
 きっとショックでしゃべれなくなっていたんだわ、かわいそうに。
 でもまたショックで治ったのかもしれないわね」

「そ、そうだな、なんにせよ良かった良かった」

「それであなたはいつまでそこにいるつもりなの?
 早く出て行ってもらえるかしら?」

 グランはクラリスにタオルを投げつけられてそそくさと出て行った。クラリスと二人きりになってから、私は濡れた衣類を脱いでお湯を張った桶へと入った。背中を流してくれながらクラリスが言う。

「でも理由はともかくしゃべれるようになって良かったわ。
 私は話せるかどうかなんて気にしてなかったけどね。
 それでもやっぱりこうやって会話できるのは嬉しいわ」

「私もよ、筆談にもなれたから面倒ではなかったけど、感情を表すのも難しいしね。
 これならいつでもグランを怒鳴りつけられるわ」

「あら頼もしい、あの人ったらこの四日間ろくに仕事してなかったわよ。
 ポポちゃんのことが心配で一階と三階を行ったり来たりしてたんですもの」

「そうなんだ、きっと足が鍛えられて良かったわね。
 感謝してもらわないといけないわ」

 私とクラリスは初めてかわす声による会話を楽しんでいた。ドアの向こうではグランが聞き耳を立てているのが丸わかりだったが、今日だけは多めに見てあげることにしよう。随分と心配をかけてしまったのだろう。

 申し訳ないと言う気持ちもあるが、それよりも心配してくれたことが嬉しくて仕方なかった。グランは私のことを気にかけてくれている。その事実は何よりも心強く温かいものだ。

「はあ、安心したらなんだかお腹空いちゃった。
 湯あみしてさっぱりしたし降りてご飯にしようかな」

「まだ起き上がらない方がいいわよ。
 部屋まで持ってきてもらえばいいからね」

「みんな忙しいんだし、そんな甘えてられないよ。
 グランだってきっとそろそろお仕事へ戻るわ」

「どうなの? 聞いてるんでしょ?」

 すると扉の向こうからバツ悪そうな返事が聞こえる。しかもどうやら一人ではないようだ。

「今持ってきてやるから待ってろ。
 仕事はちゃんとやるから大丈夫だ、心配するなよ」

「ありがとうグラン、みんな。
 心配かけてゴメンネ」

 私が声をかけると、すすり泣く声まで聞こえてきた。どうやらご機嫌なのはグランだけで、さっきまで面倒見てくれていたディックスはもちろん、話を聞いた凸凹コンビも仕事場からすぐに駆けつけて来ていた。

 他の仲間も入れ代わり立ち代わりやってきて、自分の名前を呼んでくれとせがむ。これで本当に仕事は回っているのかと心配になるくらいだ。そのうちクラリスも仕事へ戻っていき部屋はまた静かになった。

 急に静かになったせいなのか、私はまたうつらうつらと眠気に襲われ始めていた。その時ドアをノックする音が聞こえ、現実へ引き戻される。

「俺だ、入ってもいいか?」

「どうしたのグラン、かしこまっちゃって。
 もちろん入って構わないわ」

 神妙な顔つきで部屋へ入ってくると、グランは床に跪いてしまった。いったいどうしたのだろうか。

「すまん、今まで不便をかけちまって本当にすまなかった。
 俺があの時強く脅したりなんてしなければこんなことにはなってなかったんだ。
 頼む、許してくれ」

 さっきクラリスに言われて気にしているようだ。しかしそれが原因でないことを私は知っている。良い機会だから話してしまおうか。いやでも到底信じてもらえるはずもない。頭がおかしくなったと思われても困るしどうしたらいいだろう。

「あのねグラン、別にあなたのせいで話せなくなったわけじゃないの。
 詳しくは言えないけど本当よ、だから気にしないでもらえる?」

「いや、気遣いはありがてえが他に原因は思い浮かばねえ。
 間違いなくお前は直前までしゃべってたんだからな。
 絶対に俺のせいに決まってるさ」

 グランはかなり気にしている様子で大真面目な顔をしているし、なんだかしぼんで見える。ここで本当のことを話しても信じてはくれないだろうが、もしかしたら笑いが取れて元気になるかもしれない。私は思い切って話してみることにした。

「私が声を失った原因はわかっているのよ。
 今から話すことは信じられないかもしれないけど事実なの。
 信じられなかったらそれでもいいけど、決してグランのせいでは無いことだけわかって」

「お、おう、随分神妙だな。
 それじゃ聞かせてもらおうか」

 私はゆっくりと頷いてからグランと会う前のことを話しはじめた。
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