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第三章 宿屋経営と街での暮らし
15.危険な再会
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大騒ぎをしたあの一件の直後、大工ことディックスとクラリスは所帯を持ち、別の場所へ家を借りて大工仕事で生計を立てることとなった。元盗賊団からは五人が下働きとしてついていきクラリスはその後も宿屋の仕事を続けている。
グランはこれで口ブチが減ったと喜んで見せたが、本当の喜びはちゃんとした職にありつける仲間が増えたことだろう。私としてもクラリスが残ったことは助かるし嬉しかった。なんせ他に女性従業員はいないのだから。
宿屋を始めてから数か月が経っても商売は順調だった。なんといっても他から紹介されてくるので客が尽きることはほぼ無くそこそこ安定した売り上げがあったのだ。他にも宅配便を開業し、他の街との交易を手伝うようになっていた。
その仕事は凸凹コンビに任せているのだが、商人や他の運搬屋ともうまくやれているようだ。これなら独立する日も近いだろう。
他にも調理場を担当していた者が街の料理屋へ転職して行ったり、馬の世話をしていた者が乗合馬車屋の職にありついたりということもあって、今や街のあちこちに知り合いがいるような状況となっていた。
その分宿屋で働く仲間は減ってしまったのだが、出て行ったみんなは元気で頑張っているし寂しいわけではない。ただ忙しくはなっているけれど……
「今日はお客さんの予定が無くて久しぶりに開店休業かもね。
最近疲れがたまっているからお昼寝していいかしら」
「おう構わねぞ、お客が来たら起こすからゆっくりしてな。
掃除はクラリスに頼んでおくから心配するな」
私は昨晩からのお客様が帰った後、グランへお願いして一眠りすることにした。さすがに連日五時間睡眠だとこの女児の肉体には睡眠時間が足りていない。
『ドサッ』
自室のベッドへ飛び込んだ私はあっという間に眠りについた。
『ちょっとあなた? ルルリラ!?
いったい今どこにいるのよ』
「どこって自分の部屋だけど?
馴れ馴れしく私を呼んでいるあなたはいったい誰なの?」
『ちょっと、自分の声を忘れてしまったわけ?
ゲームオーバーのままほっといたらかわいそうだから見に来てあげたのに。
なんだかふかふかのベッドで寝てるなんて驚いたわ。
まさか王子とよりを戻せたの?』
「なんだ盗人じゃないの。
いまさら何の用? まさか働くのが嫌で戻りたくなった?」
『いいえ、仕事はとっくに辞めてしまったわよ。
そう言えばあの後すぐに気が付いたんだけど、私ってあの泥棒猫の役だったのね。
そのお返しとしてその当人の全てを貰えたのは当然の権利ね』
「何を身勝手なことを言って。
私が何をしたっていうのよ。
ただ声をあててただけで悪者にされては敵わないわ
それにしても仕事を辞めちゃったって、保育所のこと?」
『いいえ、全部辞めたわ。
声優って言う憎たらしい職ももちろんね』
「ちょっとあなたね、あの役を貰うまでに私がどれだけ苦労したと思ってるのよ!
それを簡単に辞めちゃうだなんてひどいわ」
『元の記憶が残ってるんだもの、苦労したことはわかってるわよ。
でもこの狭い小屋も引き払うことにしたし、彼は働かなくていいって言ってるしね』
なんと、マンションを引き払って敦也と一緒に住むと言うこと!? それって同棲!? それとも結婚でもするのだろうか。しかしそう聞かされても不思議と悲しみや妬む気は起きなかった。
「敦也とうまくやってるみたいね。
結婚でもするのかしら?」
『ああ、あの人とはもう別れたわよ。
今は別の人、あなたもよく知ってる俊介って子よ』
「ちょっとそれ、友達の彼氏じゃないの。
あなたはどこまで身勝手なのよ」
『彼って私、というかあなたのことが好きだったんだって。
敦也と別れたのを知ったらすぐにアプローチ掛けてきたわよ。
まあそのせいで智代とは険悪になってしまったけど仕方ないわ』
友達の彼氏を寝取ってさらにその友達とも仲たがいとは…… つくづくひどい女である。どうせもう戻れないのだからなんとでもしてくれとやけっぱちな私は、興味の無い風に知らんぷりをした。
『なんだか興味無さそうね。
敦也もまだ未練がましく連絡してくるし、こういうの修羅場って言うんでしょ?
毎日暇してるけど、これはこれでなかなか楽しいわよ』
「ああそうですか、私は毎日働き詰めで大変よ。
あなたみたいに気楽に自由を満喫するなんて夢のまた夢だわ」
『じゃあまた交代してあげようか?』
「え!? 本気で言ってるの?
それなら今すぐ戻してよ!」
何の気まぐれなのか、遊んで暮らしているくせにこちらへ戻ってくると言いだすなんて思っても見なかった。ただグランたちには迷惑がかかるかもしれないのが気がかりではあった。
『本気で言ってると思う?
ばっかじゃないの、こっちに居れば近代的で楽な生活が続くのよ?
まあそれほどぜいたくな暮らしではないけどね。
でも埃っぽいそっちへ戻って汗水たらして働くなんてゴメンだわ。
そもそも戻り方もわからないのだけどね』
「あなたのその性格の悪さには感心するわ……
良くそれで彼氏とうまくやれてるわね」
『そこは上手くやってるわよ、猫被るってやつね。
でもストレスがたまるからあなたをからかってみたってわけ』
そのあまりにもひどい所業に私は涙を抑えきれなかった。失ったものはもう戻らないと割り切ってはいたし、こっちでの暮らしにもだいぶ慣れていた。それでもやっぱり戻れるものなら戻りたいと今でも思っていたようだ。
それなのに、今まで築いてきた物を奪われ、壊され、侮辱され、からかわれるなんて屈辱以外の何物でもなかった。これで涙をこらえろと言うのは無理がある。
私はただひたすらに声を殺して泣いた。なぜならば声を出してもポポポとしか泣けないからだ。こうなったのは王子が婚約破棄をしたからであり、その原因は自分がCVをしたイリアが学園に入学したから、いいや違う。
すべてはこの元ルルリラがいけないのだ。というかすべての元凶はこのキャラクターを産み出した原作者かもしれない。今までのすべてが夢であってほしいと思ったこともある。でも何度寝て起きても状況は変わることはなかった。
『あら、もしかして泣いてるの?
そんなに悲しいのかしら?
私だってそれなりに苦労してていいことばかりじゃないわよ?
たとえばあんなくだらない男に体を弄ばれたりして』
「あなたそんなことまで……
と言うよりまだ子供じゃないの、自分が何を言っているかわかってるの?」
『そりゃいつお世継ぎを生む役目になるかわからないもの。
しっかり教育は受けてきたわ。
まあでも継承権七番目のハズレくじだし、どうせアーマドリウス家は取り潰しでしょ』
「それはわからないけど、実家が無くなっても悲しくないの?
ご両親や兄弟だって無事ではないかもしれないわよ?」
『何言ってるの?
あなたもわかってるはずだけど、あんな両親どうでもいいわ。
権力にしか興味の無いお父様、贅沢したいだけのお母様なんてね』
結局この人も被害者なのかもしれない。この世界がどういう原理で成り立っているのかはわからないが、確かにここには人が住んで生きていて生活がある。とてもじゃないがゲームの中だと済ませられそうにない。
そしていつまで続くのかもわからないのだった。永遠なのか何かの拍子に消滅するのか、それとも自分の寿命が尽きるまでなのか……
少なくとも電源が入ってるかどうかが関係ないことは明らかだし、さらにもう一つ、この場合はどうなるのかということがこれから証明されようとしていた。
『それじゃ私はそろそろ準備を始めるわ。
近いうちに彼の家へ引っ越すんだからもうこれは必要ないわよね。
随分と高く売れるみたいだからこれから引き取りに出してくるわ。
だからあなたとはもうこれっきり、完全にお別れね』
「ちょっと待って!
初期化されたらこの世界が消滅するかもしれないわよ!?
でもそうしたらあなたも消滅して私は戻れるかもしれないからまあいいか」
『なるほど、そういう可能性もあるのかしら。
でもあなただけ消滅して私はここに残るかもしれないじゃない?
もし私が消滅したとしてもあなたは戻らずに私がここで死ぬだけかもしれない。
それにどうせくだらない人生だったし戻るくらいなら消えた方がマシね』
「待ってよ! 私はまだ消えたくなんかないわ!
ちょっと恋! 待ってってば!」
『往生際が悪いわね。
諦めなさい、それじゃサヨナラ』
元ルルリラの矢田恋はそう言った直後に電源を抜いたらしく、プツッっと音がして目の前は真っ暗闇となった。
グランはこれで口ブチが減ったと喜んで見せたが、本当の喜びはちゃんとした職にありつける仲間が増えたことだろう。私としてもクラリスが残ったことは助かるし嬉しかった。なんせ他に女性従業員はいないのだから。
宿屋を始めてから数か月が経っても商売は順調だった。なんといっても他から紹介されてくるので客が尽きることはほぼ無くそこそこ安定した売り上げがあったのだ。他にも宅配便を開業し、他の街との交易を手伝うようになっていた。
その仕事は凸凹コンビに任せているのだが、商人や他の運搬屋ともうまくやれているようだ。これなら独立する日も近いだろう。
他にも調理場を担当していた者が街の料理屋へ転職して行ったり、馬の世話をしていた者が乗合馬車屋の職にありついたりということもあって、今や街のあちこちに知り合いがいるような状況となっていた。
その分宿屋で働く仲間は減ってしまったのだが、出て行ったみんなは元気で頑張っているし寂しいわけではない。ただ忙しくはなっているけれど……
「今日はお客さんの予定が無くて久しぶりに開店休業かもね。
最近疲れがたまっているからお昼寝していいかしら」
「おう構わねぞ、お客が来たら起こすからゆっくりしてな。
掃除はクラリスに頼んでおくから心配するな」
私は昨晩からのお客様が帰った後、グランへお願いして一眠りすることにした。さすがに連日五時間睡眠だとこの女児の肉体には睡眠時間が足りていない。
『ドサッ』
自室のベッドへ飛び込んだ私はあっという間に眠りについた。
『ちょっとあなた? ルルリラ!?
いったい今どこにいるのよ』
「どこって自分の部屋だけど?
馴れ馴れしく私を呼んでいるあなたはいったい誰なの?」
『ちょっと、自分の声を忘れてしまったわけ?
ゲームオーバーのままほっといたらかわいそうだから見に来てあげたのに。
なんだかふかふかのベッドで寝てるなんて驚いたわ。
まさか王子とよりを戻せたの?』
「なんだ盗人じゃないの。
いまさら何の用? まさか働くのが嫌で戻りたくなった?」
『いいえ、仕事はとっくに辞めてしまったわよ。
そう言えばあの後すぐに気が付いたんだけど、私ってあの泥棒猫の役だったのね。
そのお返しとしてその当人の全てを貰えたのは当然の権利ね』
「何を身勝手なことを言って。
私が何をしたっていうのよ。
ただ声をあててただけで悪者にされては敵わないわ
それにしても仕事を辞めちゃったって、保育所のこと?」
『いいえ、全部辞めたわ。
声優って言う憎たらしい職ももちろんね』
「ちょっとあなたね、あの役を貰うまでに私がどれだけ苦労したと思ってるのよ!
それを簡単に辞めちゃうだなんてひどいわ」
『元の記憶が残ってるんだもの、苦労したことはわかってるわよ。
でもこの狭い小屋も引き払うことにしたし、彼は働かなくていいって言ってるしね』
なんと、マンションを引き払って敦也と一緒に住むと言うこと!? それって同棲!? それとも結婚でもするのだろうか。しかしそう聞かされても不思議と悲しみや妬む気は起きなかった。
「敦也とうまくやってるみたいね。
結婚でもするのかしら?」
『ああ、あの人とはもう別れたわよ。
今は別の人、あなたもよく知ってる俊介って子よ』
「ちょっとそれ、友達の彼氏じゃないの。
あなたはどこまで身勝手なのよ」
『彼って私、というかあなたのことが好きだったんだって。
敦也と別れたのを知ったらすぐにアプローチ掛けてきたわよ。
まあそのせいで智代とは険悪になってしまったけど仕方ないわ』
友達の彼氏を寝取ってさらにその友達とも仲たがいとは…… つくづくひどい女である。どうせもう戻れないのだからなんとでもしてくれとやけっぱちな私は、興味の無い風に知らんぷりをした。
『なんだか興味無さそうね。
敦也もまだ未練がましく連絡してくるし、こういうの修羅場って言うんでしょ?
毎日暇してるけど、これはこれでなかなか楽しいわよ』
「ああそうですか、私は毎日働き詰めで大変よ。
あなたみたいに気楽に自由を満喫するなんて夢のまた夢だわ」
『じゃあまた交代してあげようか?』
「え!? 本気で言ってるの?
それなら今すぐ戻してよ!」
何の気まぐれなのか、遊んで暮らしているくせにこちらへ戻ってくると言いだすなんて思っても見なかった。ただグランたちには迷惑がかかるかもしれないのが気がかりではあった。
『本気で言ってると思う?
ばっかじゃないの、こっちに居れば近代的で楽な生活が続くのよ?
まあそれほどぜいたくな暮らしではないけどね。
でも埃っぽいそっちへ戻って汗水たらして働くなんてゴメンだわ。
そもそも戻り方もわからないのだけどね』
「あなたのその性格の悪さには感心するわ……
良くそれで彼氏とうまくやれてるわね」
『そこは上手くやってるわよ、猫被るってやつね。
でもストレスがたまるからあなたをからかってみたってわけ』
そのあまりにもひどい所業に私は涙を抑えきれなかった。失ったものはもう戻らないと割り切ってはいたし、こっちでの暮らしにもだいぶ慣れていた。それでもやっぱり戻れるものなら戻りたいと今でも思っていたようだ。
それなのに、今まで築いてきた物を奪われ、壊され、侮辱され、からかわれるなんて屈辱以外の何物でもなかった。これで涙をこらえろと言うのは無理がある。
私はただひたすらに声を殺して泣いた。なぜならば声を出してもポポポとしか泣けないからだ。こうなったのは王子が婚約破棄をしたからであり、その原因は自分がCVをしたイリアが学園に入学したから、いいや違う。
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まあでも継承権七番目のハズレくじだし、どうせアーマドリウス家は取り潰しでしょ』
「それはわからないけど、実家が無くなっても悲しくないの?
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『何言ってるの?
あなたもわかってるはずだけど、あんな両親どうでもいいわ。
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結局この人も被害者なのかもしれない。この世界がどういう原理で成り立っているのかはわからないが、確かにここには人が住んで生きていて生活がある。とてもじゃないがゲームの中だと済ませられそうにない。
そしていつまで続くのかもわからないのだった。永遠なのか何かの拍子に消滅するのか、それとも自分の寿命が尽きるまでなのか……
少なくとも電源が入ってるかどうかが関係ないことは明らかだし、さらにもう一つ、この場合はどうなるのかということがこれから証明されようとしていた。
『それじゃ私はそろそろ準備を始めるわ。
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随分と高く売れるみたいだからこれから引き取りに出してくるわ。
だからあなたとはもうこれっきり、完全にお別れね』
「ちょっと待って!
初期化されたらこの世界が消滅するかもしれないわよ!?
でもそうしたらあなたも消滅して私は戻れるかもしれないからまあいいか」
『なるほど、そういう可能性もあるのかしら。
でもあなただけ消滅して私はここに残るかもしれないじゃない?
もし私が消滅したとしてもあなたは戻らずに私がここで死ぬだけかもしれない。
それにどうせくだらない人生だったし戻るくらいなら消えた方がマシね』
「待ってよ! 私はまだ消えたくなんかないわ!
ちょっと恋! 待ってってば!」
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