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第三章 宿屋経営と街での暮らし
13.事件
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宿屋オープンの日はあっという間にやってきた。幸いにもお客さんも入ってくれて一安心だ。どうやら事前に他の宿屋へ頼んでおり、溢れたお客さんを紹介してもらうことになっていたのだそう。グランの細かい過去は知らないけどどうやら顔が広いらしく、街の偉い人にもあれこれ頼んでいるらしい。
忙しいが順調で充実した毎日はあっという間に過ぎていく。色々な人が出入りする宿屋と言う仕事は思ってたよりずっと楽しかった。他にも貧しい人たちへ炊き出しをしたり、近所の困りごとの相談を受けたりしていてやっていることは幅広かった。
特に炊き出しは治安向上にも役に立っていると評価され、グランはいつの間にか近隣のまとめ役のようになっていた。
「さすがねグラン、まとめ役はお手の物って感じじゃない。
こんなにうまくいくなんて驚いたわ」
「まあ使えるコネは使いまくったからな。
こっちの国は貴族が民衆から吸い上げるだけってこともなくていいところだよ。
ところでクラリスとはうまくやれているか?
悪い奴じゃないけどちょっと人間不信みたいなところがあるからなあ」
「今のところは問題ないわ。
それに人間不信なら私も負けてないわよ」
とは言っても元の体と生活を奪われたことは話していないので、人間不信と言っても婚約破棄されたことだと思うだろう。まあそれも十分人間不信の原因になるとは思うが。こんな風にして私たちの宿屋経営は始まりその後も順調だった。
営業開始から半月ほど経ったある日、仲間の一人がやってきてグランに耳打ちをした。お客さんがいない時は普通に話しているのに何かおかしい。すると数人を集めてどこかへ行く用意をしている。
「お出かけ? 危ないことはしないでね」
「問題ない、行方不明だった仲間を見つけたんで迎えに行って来るのさ。
夕方には戻ってくるよ」
そう言ってグランは仲間を連れて出かけて行った。それから色々とバタバタしているうちにすっかり夜は更けて、外はもう真っ暗になっていた。それでもまだグランは帰ってこない。さすがに心配になって入り口を出たり入ったりしながら待っていると、ようやく戻ってきたようだ。
「心配かけたみたいで悪かったな。
道を間違えて遅くなっちまった。
悪いついでだが湯を沸かして湯あみの支度をしてくれないか」
「そう言って馬の後ろに乗っていた男を指さした。薄汚れた衣類から覗く素足はげっそりとやせ細っている。これはただ事ではない。そう思って急いで湯を沸かしはじめた。さらに野菜をつぶしたスープと白湯をグランの部屋へと運ぶ。
「その人が昔のお仲間?
随分やつれているけど具合大丈夫なのかしら」
「ああ、命に別状はなさそうだ。
あっちの国で強制労働させられていたんだけどうまく逃がすことが出来たぜ」
「ちょっと、そんなことして大丈夫なの?
危ないことしないって約束したじゃないの!」
「いやいや危なくはねえよ。
ちゃんと金払って引き取ってきたからな。
だが長旅だったから余計やつれちまったかもしれん」
話によると、私たちが元いた国で捕まって鉱山での強制労働をさせられていたらしい。それを看守に賄賂を握らせて救出し、五日ほどかけて近くまで連れてきたと言うことだ。他にもどこかに古い仲間はいるはずだがまだ見つかっていないと言っていた。
しばらくすると湯あみの支度が出来たので体を流して上げようと私もついていくと、グランにつまみ出されてしまった。
「おいおい、生娘どころかガキのくせに何やってんだ。
野郎の裸を眺めるのはまだ早えぜ」
「もう、すぐ子ども扱いして!
こういうのは女の仕事よ」
「ならクラリスにやってもらうから問題ねえな。
ほれ向こう行ってな。
そんでこいつを連れ帰ってきた連中に酒を振舞ってやってくれよ」
そう言われてしまったら仕方ない。クラリスはアラサーくらいだろうか。今まで何をしていたのか聞いてないが、仕事はてきぱきとこなすしサボったりもしない。ちょっと口数が少ないけれど、口のきけない私にとってはむやみに話しかけられるほうが困るので丁度良い相棒だ。
一階の食堂で待機していた救出組はずっと走り続けていたのかかなり疲れているように見えた。もっと早くに気遣ってあげなくて悪いことをしてしまった。それでもお湯で足を流しお酒と食事を出すと喜んでくれたので良かった。
もうみんな家族みたいなものだから気は知れているが、それでも全員と親しいわけではない。だけど頭、じゃなくて主人であるグランや片腕の大工、いちの子分である凸凹コンビが大切にしてくれているおかげもあって、この荒くれ者集団の中でかわいがられているのだ。
聞いた話ではグランが盗賊になったのは八つの頃だったらしい。その時数人を率いていた盗賊が孤児となって物乞いをしていた子供たちの面倒を見始めたのが切っ掛けだそうだ。一緒に拾われたのが大工と凸凹コンビだそうなので、この四人は物乞い孤児仲間ということになる。
こうして孤児たちを拾い続けた盗賊は大所帯を抱えることになり、やがて年を取って引退し後をグランに任せ今に至ると言うわけだ。なんで盗賊がグランたちを拾っていったのかはグランさえも知らず、元の頭が亡くなった今では結局永遠の謎らしい。
きっとそんな過去があったので私を大切にしてくれているのだろう。まあ元のルルリラの時には何度も殴り殺されていたのだが……
一階でのもてなしが一段落したのでお湯の替えを持って行くため、三階にあるグランの部屋と向かった。桶一杯のお湯を両手に持てば、本来動けなくなるほどの重量なのだが、持てると思いこめば力が解放され馬鹿力になり余裕で持つことが出来て便利だ。
部屋の前まで行ってノックしようとしたその瞬間、中から漏れ聞こえてきた会話に私は体が固まってしまった。
「私でいいのかしら?
迷惑じゃない?」
「何言ってんだよ、二人とももういい歳なんだぜ?
ここらで身を固めるのも悪くないって」
「でもそうしたらこの宿はどうするのよ。
やめるわけにもいかないでしょ?」
「そこはまあ、なんとかなるだろ。
いい大人なんだし我慢は体に毒だぜ?」
大変だ! いや別に大変なわけじゃない。私の頭の中だけが大変なのだ。グランがクラリスと結婚しようとしてる!?
「ん、そこに誰かいるのか?」
「ぽぽ、ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ(お湯、ここへ置いていくわね)」
私は両手から桶を話してその場へ置いて走りだし、一気に階段を駆け下りて行った。
「ちょっとまて! 今の聞いていたのか!?
ポポ、待てってば!」
グランが追いかけてくるが私はなぜか逃げてしまう。ショックだったから? クラリスに盗られた? でも歳から言っても私の食い込む余地はないし、相手にすると言われてもロリコンはごめんだ。
そんな勝手な言い分ではあるが、私は密かにグランを慕っているのだろう。自分でもうすうすはそう感じていたが、今の私は十二歳の子供である。おそらく三十代のグランに相手にしてもらえる年齢ではないのだ。
そんなわかりきったことを突き付けられたことが一番のショックだった。こればかりはどうにもならない。私がそう言う年齢になるまで少なくとも四年以上はかかる。その間グランも年を重ねていくのだ。つまり一生女としては見てもらえないことは明らかなのだ。
涙をこぼしながら階段を駆け下りていくと、一階に着いたところでグランに追いつかれた。
「おいポポ、違うんだ、今のは違うんだよ。
ちょっと冷静に俺の話を聞けっての」
「違わないわ! なにも違わない!
今は一人になりたいの、構わないで!」
何が違うのかわからないが、私は今歳の差は縮まることがないという当たり前で不変の事実に対して悲しんでいるのだ。とにかく今は一人で泣いていたい。そう思って私はグランの腕を振りほどこうともがいた。
『ビュッ、グワッシャーン、バキッ、ドゴドゴドゴ! バサッ』
私の眼には粉々になった玄関扉と壁の一部、そしてその向こうの表通りにぐったりと横たわるグランの姿が映っていた。
忙しいが順調で充実した毎日はあっという間に過ぎていく。色々な人が出入りする宿屋と言う仕事は思ってたよりずっと楽しかった。他にも貧しい人たちへ炊き出しをしたり、近所の困りごとの相談を受けたりしていてやっていることは幅広かった。
特に炊き出しは治安向上にも役に立っていると評価され、グランはいつの間にか近隣のまとめ役のようになっていた。
「さすがねグラン、まとめ役はお手の物って感じじゃない。
こんなにうまくいくなんて驚いたわ」
「まあ使えるコネは使いまくったからな。
こっちの国は貴族が民衆から吸い上げるだけってこともなくていいところだよ。
ところでクラリスとはうまくやれているか?
悪い奴じゃないけどちょっと人間不信みたいなところがあるからなあ」
「今のところは問題ないわ。
それに人間不信なら私も負けてないわよ」
とは言っても元の体と生活を奪われたことは話していないので、人間不信と言っても婚約破棄されたことだと思うだろう。まあそれも十分人間不信の原因になるとは思うが。こんな風にして私たちの宿屋経営は始まりその後も順調だった。
営業開始から半月ほど経ったある日、仲間の一人がやってきてグランに耳打ちをした。お客さんがいない時は普通に話しているのに何かおかしい。すると数人を集めてどこかへ行く用意をしている。
「お出かけ? 危ないことはしないでね」
「問題ない、行方不明だった仲間を見つけたんで迎えに行って来るのさ。
夕方には戻ってくるよ」
そう言ってグランは仲間を連れて出かけて行った。それから色々とバタバタしているうちにすっかり夜は更けて、外はもう真っ暗になっていた。それでもまだグランは帰ってこない。さすがに心配になって入り口を出たり入ったりしながら待っていると、ようやく戻ってきたようだ。
「心配かけたみたいで悪かったな。
道を間違えて遅くなっちまった。
悪いついでだが湯を沸かして湯あみの支度をしてくれないか」
「そう言って馬の後ろに乗っていた男を指さした。薄汚れた衣類から覗く素足はげっそりとやせ細っている。これはただ事ではない。そう思って急いで湯を沸かしはじめた。さらに野菜をつぶしたスープと白湯をグランの部屋へと運ぶ。
「その人が昔のお仲間?
随分やつれているけど具合大丈夫なのかしら」
「ああ、命に別状はなさそうだ。
あっちの国で強制労働させられていたんだけどうまく逃がすことが出来たぜ」
「ちょっと、そんなことして大丈夫なの?
危ないことしないって約束したじゃないの!」
「いやいや危なくはねえよ。
ちゃんと金払って引き取ってきたからな。
だが長旅だったから余計やつれちまったかもしれん」
話によると、私たちが元いた国で捕まって鉱山での強制労働をさせられていたらしい。それを看守に賄賂を握らせて救出し、五日ほどかけて近くまで連れてきたと言うことだ。他にもどこかに古い仲間はいるはずだがまだ見つかっていないと言っていた。
しばらくすると湯あみの支度が出来たので体を流して上げようと私もついていくと、グランにつまみ出されてしまった。
「おいおい、生娘どころかガキのくせに何やってんだ。
野郎の裸を眺めるのはまだ早えぜ」
「もう、すぐ子ども扱いして!
こういうのは女の仕事よ」
「ならクラリスにやってもらうから問題ねえな。
ほれ向こう行ってな。
そんでこいつを連れ帰ってきた連中に酒を振舞ってやってくれよ」
そう言われてしまったら仕方ない。クラリスはアラサーくらいだろうか。今まで何をしていたのか聞いてないが、仕事はてきぱきとこなすしサボったりもしない。ちょっと口数が少ないけれど、口のきけない私にとってはむやみに話しかけられるほうが困るので丁度良い相棒だ。
一階の食堂で待機していた救出組はずっと走り続けていたのかかなり疲れているように見えた。もっと早くに気遣ってあげなくて悪いことをしてしまった。それでもお湯で足を流しお酒と食事を出すと喜んでくれたので良かった。
もうみんな家族みたいなものだから気は知れているが、それでも全員と親しいわけではない。だけど頭、じゃなくて主人であるグランや片腕の大工、いちの子分である凸凹コンビが大切にしてくれているおかげもあって、この荒くれ者集団の中でかわいがられているのだ。
聞いた話ではグランが盗賊になったのは八つの頃だったらしい。その時数人を率いていた盗賊が孤児となって物乞いをしていた子供たちの面倒を見始めたのが切っ掛けだそうだ。一緒に拾われたのが大工と凸凹コンビだそうなので、この四人は物乞い孤児仲間ということになる。
こうして孤児たちを拾い続けた盗賊は大所帯を抱えることになり、やがて年を取って引退し後をグランに任せ今に至ると言うわけだ。なんで盗賊がグランたちを拾っていったのかはグランさえも知らず、元の頭が亡くなった今では結局永遠の謎らしい。
きっとそんな過去があったので私を大切にしてくれているのだろう。まあ元のルルリラの時には何度も殴り殺されていたのだが……
一階でのもてなしが一段落したのでお湯の替えを持って行くため、三階にあるグランの部屋と向かった。桶一杯のお湯を両手に持てば、本来動けなくなるほどの重量なのだが、持てると思いこめば力が解放され馬鹿力になり余裕で持つことが出来て便利だ。
部屋の前まで行ってノックしようとしたその瞬間、中から漏れ聞こえてきた会話に私は体が固まってしまった。
「私でいいのかしら?
迷惑じゃない?」
「何言ってんだよ、二人とももういい歳なんだぜ?
ここらで身を固めるのも悪くないって」
「でもそうしたらこの宿はどうするのよ。
やめるわけにもいかないでしょ?」
「そこはまあ、なんとかなるだろ。
いい大人なんだし我慢は体に毒だぜ?」
大変だ! いや別に大変なわけじゃない。私の頭の中だけが大変なのだ。グランがクラリスと結婚しようとしてる!?
「ん、そこに誰かいるのか?」
「ぽぽ、ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ(お湯、ここへ置いていくわね)」
私は両手から桶を話してその場へ置いて走りだし、一気に階段を駆け下りて行った。
「ちょっとまて! 今の聞いていたのか!?
ポポ、待てってば!」
グランが追いかけてくるが私はなぜか逃げてしまう。ショックだったから? クラリスに盗られた? でも歳から言っても私の食い込む余地はないし、相手にすると言われてもロリコンはごめんだ。
そんな勝手な言い分ではあるが、私は密かにグランを慕っているのだろう。自分でもうすうすはそう感じていたが、今の私は十二歳の子供である。おそらく三十代のグランに相手にしてもらえる年齢ではないのだ。
そんなわかりきったことを突き付けられたことが一番のショックだった。こればかりはどうにもならない。私がそう言う年齢になるまで少なくとも四年以上はかかる。その間グランも年を重ねていくのだ。つまり一生女としては見てもらえないことは明らかなのだ。
涙をこぼしながら階段を駆け下りていくと、一階に着いたところでグランに追いつかれた。
「おいポポ、違うんだ、今のは違うんだよ。
ちょっと冷静に俺の話を聞けっての」
「違わないわ! なにも違わない!
今は一人になりたいの、構わないで!」
何が違うのかわからないが、私は今歳の差は縮まることがないという当たり前で不変の事実に対して悲しんでいるのだ。とにかく今は一人で泣いていたい。そう思って私はグランの腕を振りほどこうともがいた。
『ビュッ、グワッシャーン、バキッ、ドゴドゴドゴ! バサッ』
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