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第三章 宿屋経営と街での暮らし

12.仕返し気分

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「こらあ、あんなデケエ岩を庭に掘り出してそのままにしてるやつあ誰だ!
 そもそもどうやって掘り出したんだ? 早く砕いちまえよ」

「かし、ご主人様、ちょっと静かにして下せえよ。
 お嬢が寝込んでるんですから」

「なんだと! なにかあったのか? 病気か?
 医者は呼んだか? それとも連れていくか?」

「ちょっと落ち着いて、ビックリして倒れちまっただけですから。
 しばらく寝かせておけば大丈夫だと思いやすぜ」

 いや、少し前から朦朧ではあるが意識は戻っていた。私は起きていることをアピールするために手をベッドの上へ伸ばした。とにかく今は頭が混乱して仕方ない。

 それでもグランが帰ってきているし、このままでは凸凹コンビが怒られてしまうかもしれない。私は力を振り絞って筆談を試みた。

「私がやったの、ごめんなさい」

「はあ? あれをポポがやったって言うのか?
 そんな冗談言ったって誰も信じないぞ?
 嘘なんだよな? おい」

 しかし凸凹コンビが首を振って嘘だと言うことを否定すると、グランは信じられない様子で庭へ出て行きすぐに戻ってきた、しかしその顔は真っ赤だし額には大汗をかいている。

「いやいやいや、俺が押しても蹴飛ばしてもビクともしなかったぞ?
 それをこんな小さな女の子が掘りだしたって、ちょっと話に無理がねえか?」

「でもホントなんでやんすよ。
 おらもぼっくりこいちゃって」

「お前は焦り過ぎだ、言葉が変になってるぞ?
 それにしたってどうやったって言うんだよ。
 生半可な重さじゃねえぞ?」

 信じられないのも無理はない。私だって今でも信じられないのだから。しかしこれはもう一度試してみるしかない。なにか体に異変でも起きているのかもしれないし、このままでは誰もなにも信じてくれなくなってしまうんじゃないかと恐れたのだ。

 起き上がろうとするとグランが無理をするなと言ってくれたが、それでも起きて確かめるしかない。私は首を横に振り、精いっぱいの笑顔で起き上がった。

 庭ではすでにグランに言いつけられた人が岩を砕こうとハンマーを振り下ろしていた。しかしほんの少し削れたくらいで割るところまでは行かないようだ。

「すまねえな、いったん休憩して離れていてくれ。
 ポポ、本当に大丈夫か?」

 私は頷くと大岩へ向かって歩み寄っていった。そこには今まで使われていた大きなハンマーが置き去りになっている。私はためしにそれを握りしめ持ち上げてみる。するといともたやすく持ちあがったではないか。背後ではおおおっと歓声なのか驚嘆なのかわからないがみんなの声が聞こえる。

 ハンマーを持った私は半ば自棄になった気分で大岩へ向かって振り下ろした。岩へあたって跳ね返されると思っていたハンマーは、岩を真っ二つにしてからそのままめり込んだところで止まった。

 私が震えながらゆっくりと振り向くと、全員が全員口をぽっかりと開けて棒立ちをしている。やっぱり私ったらおかしくなってしまったのだ。病気なのか異常者なのかわからないが、幼い少女がこんな怪力だなんてあり得ない。

「なんだこりゃ、ポポはすげえな!
 これならあいつらがぶっ飛ばされたってのも当然だ。
 試しに俺のこと殴ってみろよ。
 軽くな、かるーく」

 一瞬悩んだのだが、急にいつぞやのことが思い出される。殴らせてもらえるなら一発くらい殴っておこう。無かったことになってるとは言えあの時には悔しい思いをしたのだから、少しくらい晴らしてもいいだろう。

 私は全力ではないが、別に軽くではなく普通にパンチを繰り出した。もちろん殺意なんて無く痛がってくれたらもうけもの程度の気持ちだ。しかし――

『バッゴーンッ! ドドドドドドドド! バサッ!! ゴロゴロゴローン!』

 派手な音と共にグランは庭を転がっていき、表の生垣を突き破って通りまで飛んで行った。慌てた凸凹コンビが大急ぎで拾いに向う。私は両手で口元を押さえながらポポポポポと言うしかなかった。


「目を覚ましたの? ごめんね、痛かった?
 もう二度とこんなことはしないから赦して!」

「ポポポポじゃわかあええ。
 えもたうんあやあっえうんだよあ?」

 口元が大きくはれ上がったグランは何を言ってるかわからない。グランの頬に氷嚢を当てながら私は顔を伏せて涙を流していた。

「それにしてもお嬢はやっぱすげえな。
 これからはお嬢が頭でいいんじゃねえか?」

「うんうん、兄貴の言う通り」

 凸凹コンビが気楽なことを言っている。少しは落ち込んでいる人の気持ちを考えてほしいものだ。私は隣にいた凹子分を軽くパチッと叩いた。すると凹子分はすごい勢いで壁まで飛んで行ってしまったので慌てて駆け寄った。

「あはは、今のは冗談す。
 自分で飛んでいったんで痛くもなんともねえでやす」

 私がほっぺたを膨らませながら拳を振り上げると、今度はホントにやられると思ったのか凸兄貴の後ろへ素早く隠れてしまった。

 それにしても今まではこんなことなかったのに、突然馬鹿力になってしまったのはなぜだろう。あの岩を掘り出す直前には普通に草むしりをしていただけだ。とにかく力加減には注意しなければいけないだろう。大岩は明日砕くことにして今日の作業は終了となった。


 翌朝になり、あまりぐっすり眠れなかった私は早くに目が覚めた。一人で庭に出ておいたあったハンマーを手にすると、昨日と違ってずっしりと重く感じるし簡単に持ち上がったりはしない。とすると昨日のは幻の出来事? のはずもなく、庭に鎮座する真っ二つに割れた大岩が現実だと物語っていた。

 あまりにハンマーが重いので、力を入れないと持ち上がらないと考えた瞬間、ハンマーはまるでスプーンのように一気に軽くなって片手で振り回せるようになった。せっかくなのでそのまま岩を砕き始め、ほどなくして粉々になり無数の石ころへと変わっていった。

「随分早起きだったんだな。
 よく眠れなかったのか?」

 腫れが大分引いたグランが庭までやってきた。昨晩はあんなに腫れてご飯も食べられなかったのに一晩でこんなに回復するなんて、この人もどこかおかしいんじゃないだろうか。

 私は頷いてから力を入れないと頭の中で考えた。すると手に持ったハンマーが急に重くなり足元へ投げ出される。そのままグランへ向かって突進していくと一瞬警戒したのか身構えられたが、観念したように両手を広げて迎え入れてくれた。

「ごめんね、ごめんね、痛かったでしょ、ごめんね」

「あはは、やれって言ったのは俺のほうだからな。
 焦っちゃったんだろうな、ごめんよ」

 ポポポポと言っているだけなのに何となく理解してくれたようで、グランは私をしっかりと抱きしめてくれる。最初は怖かったこの人を、私はいつの間にか大切に思うようになっているらしい。そのことに我ながら驚いていた。
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