永遠の姉妹

釈 余白

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永遠の姉妹

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私はごく普通の少女。
青い目と金色の巻き髪がチャームポイントなの。

今はお昼を少し過ぎたところ。
私はいつもの場所、いつもの椅子へ腰かけてお留守番なの。

少しだけ香りの残った桜の木でできた猫足のアンティークチェア。
座面はベージュかクリーム色で朱色の薔薇がたくさん描いてあって可愛いの。

もしかしたら昔は真っ白な生地に真っ赤な薔薇だったのかもしれない。
高貴な方のおうちにあったものかもしれないと考えると胸が躍るの。

白い出窓には白いレースのカーテンが引いてある。
おかげで日差しは和らいでいるからか暑くはないの。

ペルシャ織りの絨毯に日が差している。
内側の角まで来たら大体三時なの。

もし曇ったり雨が降ったりしても心配はいらないわ。
三時になったら教会の鐘の音が聴こえてくるの。

鐘の音が十五回鳴ったらそこからまた十五数えるのが毎日の習慣。
それからほんの少し待っていればあの子が遊びにやってくるの。

私はまだ小さいからお留守番係。
でも外での出来事はあの子が毎日事細かに教えてくれるの。

教会では牧師さんや村の人たちが勉強を教えてくれるんですって。
あの子は毎日やってくる度に今日教わったことを教えてくれるの。

鶏さんの足は二本で豚さんには四本、合わせると六本になる。
こんな難しいことだってわかるようになったの。

他にも牛さんが北を向いたら尾っぽは南を向いてるんですって。
北と南が何かはわからないけれどきっと素晴らしいものだと思うの。

だってあの子が目を輝かせて話してくれたんですもの。
私、そうやって毎日お話しするのがとても楽しみなの。

あらいけない、見てみて。
もう日差しが絨毯の内側の角まで来ているの。

そろそろ教会の鐘が鳴る頃。
毎日同じように十五回鳴るの。

でも今日はいつもと違うみたい。
いつもなら数を間違えずに数えられるくらいゆっくり鳴っているの。

でもでも今日はなんだか騒がしい。
反物を売りに来るおばあさんが受け取ったお金を何度も数えてるように煩わしいの。

沢山の人達が叫ぶ声が聞こえてきた。
まるであわてんぼうの羊飼いさんが見当たらない羊を探すような焦りを感じるの。

あの子がまだやってこない。
こんなことは初めてなの。

あ、玄関を開ける音がした。
きっとあの子が帰ってきたの。

でもなんだか様子がおかしい。
なにか言い争っているような声が聞こえるの。

裏口から馬車に乗るみたい。
そんなに急ぐなんて多分大事なご用があるに違いないの。

泊りがけで遠くへ行くのならここへ迎えに来てくれる。
だって一日だってあの子と離れたことは無いの。

でもまだ階段を上がってきてくれない。
なんだか鳴き声のような、建付けの悪い扉を開けるような声がするの。

あの子を迎えに行かないと、そう聞こえた。
あの子があの子と言っているのはきっと私の事なの。

そう私達はいつも一緒。
一日だって離れたことなんか無いの。

早く迎えに来て。
不安で不安で仕方ないの。

お母様の悲しそうで焦りのある声が聞こえる。
そんな暇はない、そう聞こえたの。

何をおかしなことを言っているのだろう。
まさか、まさか私はここへ置いてきぼりになるの?

今までずっと、ずっとずっと一緒に暮らしてきたのに。
なぜ私を迎えに来てくれないの?

玄関前の階段を十五段登るだけでここに来られるのに。
なぜ私を連れに来てくれないの?

あの子が泣き叫んでいる。
そうよ、私はここでいつものように待っているの。

あの子が帰ってきて隣の椅子に腰かけて勉強の続きを教えてくれる。
それが自由の無い私のささやかな楽しみの一つなの。

あの子が泣き叫んでいる。
私はその鳴き声を聞いても涙が出ないの。

お母様が大きな声でお人形に構っている時間はないとあの子を説き伏せる。
嫌よ、私はお人形なんかじゃないの。

私はあの子と一緒に育ってきた姉妹でしょ?
青い目と金色の巻き髪がお気に入りのごく普通の女の子なの。

鳴き声がだんだん遠くなる。
どうやら裏口から出て行ってしまったようなの。

お馬さんの声が聞こえた後馬車の走る音が聞こえる。
置いてきぼりになってしまうなんてこんな事考えたこともなかったの。

外はまだ騒がしい。
大人の男の人の叫ぶような声がとても怖いの。

玄関に熊さんでも体当たりしているようなものすごい音が聞こえる。
大きな叫び声と共にすべてを壊してしまうような大きな音が恐ろしいの。

やがて玄関の扉が壊れる音がした。
何が起こっているのかわからないし想像もつかないの。

誰かが入ってきたようだけれどきっとあの子やお母様やお父様ではないだろう。
何が起こっているのかはわからないけれどきっと良くない事なの。

一階でたくさんの人達が何かを探しているようだ。
でも残念、ここにはもう誰もいないの。

あの子もお母様も馬車で出かけて行った。
そう、私だけがまだお留守番しているの。

突然お部屋の扉が開いた。
当然だけど入ってきたのはあの子ではなかったの。

そのひょろっとして眼つきの良くない大人の男の人は、お部屋にある家具の引き出しを端から端まで開けていく。
開けたまま閉めないことなんてまるで気にしない様子は、失礼な事だなんて思って無さそうなの。

ようやく私の存在に気が付いて、ちぇっ人形かよ、と舌打ちをした。
違う、私は人形じゃないの。

貴方が誰かわからないけれどお願いします。
私をあの子のところへ連れて行ってほしいの。

でも声は届かない。
私とお話ができるのはあの子だけなの。

結局行ってしまった。
どうやら一階も静かになり誰もいなくなったようなの。

一体何が起きているのだろう。
カクメイと言っていたけど私には何のことかさっぱりわからないの。

あの子が毎日教えてくれた沢山のこと。
その中にはカクメイなんて言葉は無かったからわからないの。

しばらくは静かだった。
おそらく鐘を十五回聞いてから十五数えるよりもっと長い時間が過ぎていたと思うの。

なんだか小さな音が聞こえる。
この音は聞き覚えがあるの。

そうだ、これは暖炉に薪をくべて燃やす音だわ。
これはあの子たちが帰ってきたに違いないの。

早く迎えに来て。
私ひとりきりで寂しかったの。

でも迎えに来たのはあの子ではなかった。
しかもそれは部屋の扉からでもなかったの。

もうあの子が帰ってくるはずだった時間は大分過ぎて窓の外には黒い空が見えていた。
でも急に明るくなってもう朝が来てしまったようなの。

いつも朝はあの子と一緒にベッドで目を覚ましていた。
だからこの猫足の椅子の上で迎える朝は初めてなの。

朝日は教会の鐘が鳴る頃の日差しよりも白っぽく見える。
それはまだ半分夢の中にいるからだとあの子が教えてくれたの。

でも今日の朝日は少し違うように感じる。
ゆらゆらと揺らめいて陽の光よりももっと赤に近いような色なの。

白い出窓と白いカーテンまで橙に染まって見える。
まるで暖炉の前でお母様にご本を読んでもらっている時のようなの。

パチパチという音までそっくり。
まるでおうち全体が暖炉になったようなの。

しばらくすると目に見えている物すべてが橙に染まって見えた。
いつの間にかカーテンは黒く小さくなっていて、ペルシャ織りの絨毯も端が黒く短くなっているみたいなの。

暖炉の中と同じ橙の光は確か炎と言うんだったわ。
もちろんこれもあの子に教えてもらったの。

あまり近くに寄りすぎると薪の様に燃えて無くなってしまうんだって言ってた。
その炎は段々と私へ近づいて来ているの。

私はこのまま燃えて無くなってしまうのかしら。
でも不思議なことに、産まれた時にもこうやって炎の中にいた気がするの。

青い目と金色の巻き髪がチャームポイント。
あの子が着せてくれた白と薄紅色のドレスがお気に入りだったの。

もうすっかり燃えてしまって私は丸裸。
自慢の金色の巻き髪ももう煤けてほとんどなくなってしまったの。

後は白い陶器のお顔とガラスでできた青い目だけが残ってる。
こんな姿になったらあの子に見つけてもらえるか心配なの。

でもきっと、きっと迎えに来てくれるって信じてるから。
だから私はここでいつまでも待つの。


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みんなの感想(1件)

はるの すみれ

最初から描写が可愛らしくて、最後まで勢いよく読むことができました。
細かく家具などの表現があるのでイメージが湧きやすくて良い作品でした。

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