浮遊霊が青春してもいいですか?

釈 余白(しやく)

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第九章 浮遊霊たちは袂を別つ

113.帰趨(きすう)

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 僕は我に返り土手を駆け上った。何をするつもりかわからないが、今は大矢を止める必要がある。理由はわからないけどきっとそうしないといけないと感じるのだ。千代を置き去りにしてしまうのが気になるけど、すぐ戻るから待っているよう言い大矢を追いかけた。

「大矢! 待ってくれ、もう少し話をしよう。なんだか雰囲気も変わっちゃったし、いったい何があったんだよ」

 人が変わるなんてあまり体験したことのないことだった。でも僕は今目の前でそれを見ている。ついこないだまでの大矢は生前同様明るくていつも朗らかなやつだった。しかし今は・・・・・・

「なあ大矢、向こうでやることってなにさ?それにその力…… なにか良くないことを考えているんじゃないか?」

「それを聞いてどうするの?一緒に来るわけじゃないだろうし、まして僕のやることを止める力なんてないでしょ」

 それは確かに大矢の言う通りだ。僕にはなんの力もない。しかし大矢はさっき見たようにたかが石ころだが現実世界のものに触れて動かすことができる。

 一見大したことではなさそうだが、これはとてつもない可能性を秘めている。ほぼすべての人たちから存在を認識されない僕たち幽霊が、現実の物や人に触れることができるなんて……

「大矢、君に力があるのはわかったよ。でもそれを恐ろしいことに使うのはやめろよ。確かに復讐心がないわけじゃないけれど、かといって……」

「なにか勘違いしてない?英ちゃんはさ、僕のなんなの?本当は僕のこと見下してるでしょ。あいつらにいじめられてるのを知った時にだって何もしてくれなかったしね。僕と一緒にいれば自分が最底辺じゃないって思えるからね」

「そ、そんなこと思ったことないよ。いきなり何を言い出すんだ」

 僕にとっては高校で唯一の友達だったのにそんな風に感じていたなんてショックだ。それとも大矢が完全におかしくなっているからそう言っているだけなのか。できれば後者であってほしいと願うばかりだが、今はとにかく大矢の行動を止める事を考えるのが先決だ。

「どちらにせよ英ちゃんはこの町を離れて僕を止めになんて来やしないさ。そこの千代ちゃんも、あの彼女もいるんだからここで上辺だけの楽しい毎日を過ごせばいいよ」

「そういう問題じゃ……」

「復讐は僕がやるからさ。君が手を汚すわけじゃないんだからむしろ歓迎すべきことだろ?」

 その言葉を聞いた瞬間僕は完全に脱力してしまった。目の前にいるのは大矢と全く同じ姿をしているが、どう考えても別人にしか思えない。話し方はともかく顔つきまであんなに変わってしまうものなのだろうか。

 大矢が再び僕の前から去る。しかしそれを止める言葉はもう思い浮かばなかった。大矢と奥野桃香は手を繋いで土手の下へ降り、路地へと消えていった。


◇◇◇


 結構長い間僕は呆然と立ち尽くしていた。傍らには千代も同じように黙って立っている。

「のりにいちゃんこわかったね……」

「うん・・・・・・」

「ほんとうにのりにいちゃんだったのかな?」

「うん、間違いなく本人だったと思うよ」

「そっかあ……」

 なんだか千代は無理やり喋っているように思えた。この沈黙が辛いのかもしれない。

「じゃあ神社まで行こうか。きっと大矢もそのうち正気になって元気に帰ってくるよ」

「うん!そうだよね?まえは優しかったもんね!」

 二人が口に出した言葉は、まるでそれぞれが自分へ向かって語り掛けているような内容だ。なんであんなふうになってしまったのか皆目見当がつかない。しかし今僕にできることは確かに何もなかった。

 神社へ向かう間も結局口数はまばらで、千代はいつものように歌うこともしなかった。その二人に呼応したわけじゃないだろうが、なんだか雲行きも怪しくなってくる。

「まずいな、雨になりそうだよ。神社で様子見るか一気に胡桃さんのところまで走っていくかだけどどうしよう」

「きっとなんにちもおきつねさまにあってないからゆっくりしていくようにってことかもね」

 千代はそんなかわいらしいことを言ってはいるが顔は笑っていない。きっと今の状態で胡桃のところへ行くと心配かけてしまうと思っているのだろう。そしてそれは僕も同じで、さっきの出来事を話すかどうか悩んでいた。なんといっても胡桃には一切関係の無い話だし、もし大矢の考えていることを知ったら、なにか行動に出そうな気もする。

 そうこうしている間に神社へついた僕達は、一礼してから鳥居をくぐり稲荷の祠前についた。そこにはおそらく今朝もあのおばあさんが置いたであろう油揚げがあった。ここへ来ると感じる変わりない時間の流れ。それは時間の止まってしまった僕や千代のような幽霊と同じようなものだ。

 しかし大矢の時間は動き出したのだろう。それはあの桃香と言う女子との遭遇によって始まったことのようだ。それに、母親に会いに行った先で何があったのか尋ねた際言っていた、何もなかったという言葉。

 何もなかったのに変わってしまったのか、何もなかったから変わってしまったのか。そもそも変わってしまったのではなくて変わりたくて変わったのか。なんだか哲学的で難しくなってきた。

 そろそろ僕の頭では手に負えないほどわからないことだらけになっている。やはり胡桃に相談したほうがいいかもしれないとも思ったが、それは僕の悩みを一方的に押し付けるだけだ。いくら考えても答えは出てこないしこれから僕が何をすべきなのかもわからない。大矢を止めると言っても、止める手段もなければそもそも行き先すらわからない。

 さっき土手のところで止めるのが最後のチャンスだったかもしれない。もし次に戻ってくるときには向こうでのやることが終わって、こっちで復讐をするために戻ってくるかもと言っていた。

 つまりどちらにせよ止めることはできないのだ。それは今、空が雨粒を降らせ始めたのと同じように成り行きに任せるしかないことだろう。

 僕と千代は、神社にある建物の床下で膝を抱えて座りながらなにも言わずに黙っていた。

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