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第八章 浮遊霊の抱える不安
92.連行
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電車が岩見駅に着くと男性が一人乗ってきた。いや、男性というにはまだ若く男子というくらいの年齢だろう。
その姿を横目で見た僕は思わず二度見してしまった。思わず胡桃を見ると同じようにその姿をとらえ、やや緊張した様子になっているようだ。向こうがこちらをみて、もちろん僕ではなく胡桃を見てだが、同じように驚いた様子だ。無理もないだろう。乗ってきた男子は先ほど河川敷であったばかりの山下だったのだ。
今まで歌を歌いながら景色を楽しんでいた千代も、その姿を確認して慌てて僕達のもとへ戻ってきた。電車の中には何となく不穏というのか、何とも言えない嫌な感じの空気が漂う。胡桃は黙ったままで山下の方を見ないようにしている。
一方山下はというと、こちらをチラチラと意識しつつもこの場に居辛い様子で見るからに落ち着きがない。やはり気まずいのだろう。電車が荒波海岸駅へ近づき、間もなく到着と車掌のアナウンスが流れたとほぼ同時に胡桃が立ち上がった。胡桃の予想だにしていなかった行動に僕は慌てながら立ち上がる。
胡桃の表情は何かを決心したような強い意志を感じるものだ。僕は何となく嫌な予感がしていて、そしてそれが当たることを確信していた。立ち上がった胡桃が、まだ走っている電車の中をゆっくりと歩いていき山下が座っている席の前で立ち止った。
「この後少しだけでいいのだけれど時間あるかしら?聞きたいことがあるの」
胡桃はやはりこういう行動へ出てしまったか。何を聞きたいのかはおおよそ見当がつくが、それを聞いてどうするつもりなのか、僕はそっちが心配である。
僕達の身に起こったことに対して我が身のように腹を立て悔しがってくれることはとてもうれしいが、胡桃自身の大切な生活があるのだからそれに影響が出てしまうことは避けたい。しかし今は動向を見守りつつ口を挟むことくらいしかできないだろう。
「あ、はい…… 少しなら大丈夫だけど君は誰なの?本田の知り合いか何か?」
「そうね、とても大切なお友達よ」
胡桃の言い方は過去形ではなかった。しかし山下をはじめとした胡桃以外にとって僕は過去の人だろう。
「山下君だったかしら? あなたの事を責めようとか非難しようとかそういうつもりはないわ。ただ私は真実を知りたい、だから少しだけお手伝いくださるかしら」
胡桃の言葉は淡々と、しかし力強い口調でまるで任意同行を求める刑事のようだ。やましい気持ちを持っている相手なら、こうも面と向かって言われたらなかなか断れないだろう。
電車が駅に到着し扉があいた。胡桃がついてくるように促し、山下がそれに従いついていく。僕達は胡桃の横を歩きながら時折山下を見ていた。
改札を出て商店街へ進んだ胡桃は古めかしい外観の喫茶店へと入る。いまどき純喫茶と看板を掲げている喫茶店は珍しいが、いかにも胡桃の趣味に合いそうだ。胡桃は常連なのだろう。店主に挨拶をしてから店の奥の席を選び、奥の壁側の席へ座るよう山下へ身振りで示した。
「コーヒーは大丈夫? カフェ・オ・レがいいかしら?」
「えっと、カフェ・オ・レでお願いします……」
席に座ったまま振り返った胡桃は店主を見て指を二本示した。
「いい雰囲気のお店でしょう? 私はよく来てるのよ」
それは山下へ言ったのか、それとも僕達へ向かって言ったのかわからないが、常連なため何も言わなくても同じものが出てくるということのようだ。
しばらくするとコポコポと音が聞こえ店内に漂うコーヒーの香りが先ほどよりも濃くなっている。その後店主がトレイに乗せたコーヒーを運んできて二人の前に置いた。
一緒に銀紙にくるまれた小さなお菓子がいくつか乗った小皿をテーブル中央へ置く。見た感じからするとチョコレートだろうか。
「マスター、ありがとう」
「どういたしまして、久しぶりだね、例のあれで忙しいのかな?」
「ええ、毎日練習漬けなの。当日観に来ていただけると嬉しいのだけれど、お店が忙しくなければ、ね」
「何とか都合つけて胡桃ちゃんたちの時間だけでも行くつもりだよ。楽しみにしているから頑張ってくれな」
「そういっていただけると嬉しいわ、ありがとう」
軽く会話をした店主がカウンターの中へ戻った後、胡桃が山下へ向かってカフェ・オ・レを勧めた。山下が頷いてカップを手に取る。胡桃もカップを手に取り一口飲んだ。
二人が向かい合ったテーブルに重い空気が漂う。千代は雰囲気が良くないことだけはわかっているようで、胡桃の隣に座ったまま不安そうに僕と胡桃を交互に見ていた。
その姿を横目で見た僕は思わず二度見してしまった。思わず胡桃を見ると同じようにその姿をとらえ、やや緊張した様子になっているようだ。向こうがこちらをみて、もちろん僕ではなく胡桃を見てだが、同じように驚いた様子だ。無理もないだろう。乗ってきた男子は先ほど河川敷であったばかりの山下だったのだ。
今まで歌を歌いながら景色を楽しんでいた千代も、その姿を確認して慌てて僕達のもとへ戻ってきた。電車の中には何となく不穏というのか、何とも言えない嫌な感じの空気が漂う。胡桃は黙ったままで山下の方を見ないようにしている。
一方山下はというと、こちらをチラチラと意識しつつもこの場に居辛い様子で見るからに落ち着きがない。やはり気まずいのだろう。電車が荒波海岸駅へ近づき、間もなく到着と車掌のアナウンスが流れたとほぼ同時に胡桃が立ち上がった。胡桃の予想だにしていなかった行動に僕は慌てながら立ち上がる。
胡桃の表情は何かを決心したような強い意志を感じるものだ。僕は何となく嫌な予感がしていて、そしてそれが当たることを確信していた。立ち上がった胡桃が、まだ走っている電車の中をゆっくりと歩いていき山下が座っている席の前で立ち止った。
「この後少しだけでいいのだけれど時間あるかしら?聞きたいことがあるの」
胡桃はやはりこういう行動へ出てしまったか。何を聞きたいのかはおおよそ見当がつくが、それを聞いてどうするつもりなのか、僕はそっちが心配である。
僕達の身に起こったことに対して我が身のように腹を立て悔しがってくれることはとてもうれしいが、胡桃自身の大切な生活があるのだからそれに影響が出てしまうことは避けたい。しかし今は動向を見守りつつ口を挟むことくらいしかできないだろう。
「あ、はい…… 少しなら大丈夫だけど君は誰なの?本田の知り合いか何か?」
「そうね、とても大切なお友達よ」
胡桃の言い方は過去形ではなかった。しかし山下をはじめとした胡桃以外にとって僕は過去の人だろう。
「山下君だったかしら? あなたの事を責めようとか非難しようとかそういうつもりはないわ。ただ私は真実を知りたい、だから少しだけお手伝いくださるかしら」
胡桃の言葉は淡々と、しかし力強い口調でまるで任意同行を求める刑事のようだ。やましい気持ちを持っている相手なら、こうも面と向かって言われたらなかなか断れないだろう。
電車が駅に到着し扉があいた。胡桃がついてくるように促し、山下がそれに従いついていく。僕達は胡桃の横を歩きながら時折山下を見ていた。
改札を出て商店街へ進んだ胡桃は古めかしい外観の喫茶店へと入る。いまどき純喫茶と看板を掲げている喫茶店は珍しいが、いかにも胡桃の趣味に合いそうだ。胡桃は常連なのだろう。店主に挨拶をしてから店の奥の席を選び、奥の壁側の席へ座るよう山下へ身振りで示した。
「コーヒーは大丈夫? カフェ・オ・レがいいかしら?」
「えっと、カフェ・オ・レでお願いします……」
席に座ったまま振り返った胡桃は店主を見て指を二本示した。
「いい雰囲気のお店でしょう? 私はよく来てるのよ」
それは山下へ言ったのか、それとも僕達へ向かって言ったのかわからないが、常連なため何も言わなくても同じものが出てくるということのようだ。
しばらくするとコポコポと音が聞こえ店内に漂うコーヒーの香りが先ほどよりも濃くなっている。その後店主がトレイに乗せたコーヒーを運んできて二人の前に置いた。
一緒に銀紙にくるまれた小さなお菓子がいくつか乗った小皿をテーブル中央へ置く。見た感じからするとチョコレートだろうか。
「マスター、ありがとう」
「どういたしまして、久しぶりだね、例のあれで忙しいのかな?」
「ええ、毎日練習漬けなの。当日観に来ていただけると嬉しいのだけれど、お店が忙しくなければ、ね」
「何とか都合つけて胡桃ちゃんたちの時間だけでも行くつもりだよ。楽しみにしているから頑張ってくれな」
「そういっていただけると嬉しいわ、ありがとう」
軽く会話をした店主がカウンターの中へ戻った後、胡桃が山下へ向かってカフェ・オ・レを勧めた。山下が頷いてカップを手に取る。胡桃もカップを手に取り一口飲んだ。
二人が向かい合ったテーブルに重い空気が漂う。千代は雰囲気が良くないことだけはわかっているようで、胡桃の隣に座ったまま不安そうに僕と胡桃を交互に見ていた。
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