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第七章 浮遊霊は考え込む
89.不変
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神社へ向かう道程で僕は考え込んでいた。胡桃と千代は僕の前を手をつなぎ歩いている。しかし、何かを察したのか千代は歌わずに黙っている。
恨みの感情か。ここ最近は大矢の事が心配なくらいであとは楽しい毎日だったからすっかり忘れていた。でもあの顔を見た途端に過去のことが思い出され、同時に僕がこの世に存在できている理由でもあることを改めて認識した。
仕返しをしてやりたいのは山々だが、その手段は何もないし、そもそも仕返しをして気が済んだら僕がこの世から消えてしまうのではないだろうか。それとも新たな楽しみ、留まる意義を感じている今なら恨みが晴れてもそのままここにいられるだろうか。
どちらにせよ全ては仮定の話だ。いくら考えても何もできやしない。無駄に頭を使うよりも今できることをやっていくほうが有益だろう。
「ねえ英介君、神社はもう近いのかしら」
「はい、もうすぐ見えてきますよ。ここからだとかなり近くないと鳥居が見えないんです」
「さっきの人のことまだ気にしているの?」
「え? あ、まあ気になっていないといえば嘘になります。でもどちらかというと、今この楽しいひと時を邪魔されたことに腹を立ててるって感じですね」
「今の楽しいひと時? ただ私が付いて回っているだけなのだけれど、それが楽しいのかしら」
「はい、今までは誰かとこうやって出かけることなんてなかったですし、どちらかというと引きこもりに近い生活だったので今は色々なことが新鮮なんです」
「そうね、一緒に出掛けている相手が私でいいのかはわからないけれど、新たな体験というのはいいものだと思うの。そういう前向きな考え方、私好きだわ」
前向き、か。確かに自分の殻に閉じこもっているよりも、新たな体験を求め続ける方が人としての成長は見込めるだろう。僕はなぜこんな簡単なことに今更気づいたのだろう。
生きているときはただただ退屈な日々が永遠に続いていくものだと思い込んでいた。しかし、実際にはいつ何が起こるかわからないし、運が悪ければこうやって命を落とすこともある。
僕は生前何のために生きていたのか、そして何かを残すことができたのだろうか。思い返してみても何も浮かんでこない。そう思うと悲しくなるし、両親に対しても申し訳なくなってくる。
「くるみおねえちゃん、じんじゃみえたよ」
「あら本当、かわいらしい鳥居が見えるわね」
神社の鳥居が見えてきたところで千代が胡桃へ声をかけた。千代や胡桃の存在は僕の沈んだ気持ちを癒してくれ、それはとても有難く感じる。
僕達は鳥居の前で一礼してから境内へ入ってお参りをした。
「英介君たちの話し方ですぐそばなのかと思っていたけれど、なんだかんだで結構歩いたわね。少し休憩させて頂戴」
「もちろんです、無理しないでくださいね」
「えいにいちゃん、じんじゃであそんでいい?」
「うん、いいよ、じゃあおいかけっこしようか」
「うん!」
三人掛け程度のベンチに簡素な屋根のついた休憩所で、胡桃がペットボトルのお茶を飲む。それを見ながら僕は千代と追いかけっこしながら走り回っていた。そういえば毎朝お参りに来ているおばあさんは元気にしているだろうか。今も毎日来ているのだろうか。
もうかなり高齢だと思うが、あのおばあさんは毎日変わらない日々を過ごしているのかもしれない。でもそこに至るまでには様々な体験があっただろうし、僕と同じように退屈な毎日を過ごしてきた可能性だってある。
一人一人にそれぞれの人生があって当たり前ではあるが、十六年の歳月の中で僕が僕らしく生きていた時期はどれくらいあったのかと振り返ってみる。これは後悔ではなく今後この姿で過ごしていくための回顧なのだ。幽霊になった僕が今後僕らしく過ごしていくためにできることを見つけたいのだ。
「ねえねえくるみおねえちゃん、ここにはねおきつねさまがいるのよ」
境内を二人でぐるぐる回るだけのおいかけっこに飽きたのか、千代が胡桃へ駆け寄りなにやら説明を始めた。
「ほら、あそこにいるでしょ」
千代が指差したのは小さな祠の前にある左右対になっている狐の石像だ。
「あら本当、ここはお稲荷様なのね」
おそらく胡桃は入ってきた時からわかっていただろうに、少しだけ大げさに返事を返していた。こういうところに胡桃の内面のやさしさが滲み出ている。
「それでね、おばあさんがまいにちおあげをおそなえにくるの。でもまいにちなくなっちゃうのよ。だれがたべてるとおもう?」
「うーん、だれだろう、おきつねさまかな?」
「はずれー、えっとね、えっと…… たぬきじゃなくて…… えっと、わすれちゃった。えいにいちゃん、なんだっけ?」
「あはは、油揚げを持って行っているのはハクビシンだよ。向こうの建物の床下に住み着いているみたいなんです」
「へえ、ハクビシンって見たことないわ。全国的に増えているってニュースで見たことあるけど、街中にもいるものなのね」
「そうですね、僕もここで初めて見ました。代わりに在来種の狐や狸が減っていくのでしょうね」
「そうね、知らないうちにごく身近なところでも変化が起きているものなのよね。私だっていつも通りに過ごしていただけなのに、英介君や千代ちゃんに出会って初めての体験が続いているし、それによって生活に変化があるんだもの」
「迷惑が掛かっていなければいいんですけど……」
「ええ、それは平気よ、私一人っ子だから兄弟がほしかったの。だから、千代ちゃんみたいなかわいい妹ができて嬉しいわ」
「くるみおねえちゃん、わたしもうれしいよ」
千代が喜びはしゃぎながら胡桃に抱き付いた。
「英介君は同い年だから兄や弟っていうわけじゃないけれど…… カレが出来た様なものかしらね」
胡桃がそういってから肩をすくめながら意地悪そうに笑う。
僕は照れもあり少しうつむきながら自分の頭をかいた。
恨みの感情か。ここ最近は大矢の事が心配なくらいであとは楽しい毎日だったからすっかり忘れていた。でもあの顔を見た途端に過去のことが思い出され、同時に僕がこの世に存在できている理由でもあることを改めて認識した。
仕返しをしてやりたいのは山々だが、その手段は何もないし、そもそも仕返しをして気が済んだら僕がこの世から消えてしまうのではないだろうか。それとも新たな楽しみ、留まる意義を感じている今なら恨みが晴れてもそのままここにいられるだろうか。
どちらにせよ全ては仮定の話だ。いくら考えても何もできやしない。無駄に頭を使うよりも今できることをやっていくほうが有益だろう。
「ねえ英介君、神社はもう近いのかしら」
「はい、もうすぐ見えてきますよ。ここからだとかなり近くないと鳥居が見えないんです」
「さっきの人のことまだ気にしているの?」
「え? あ、まあ気になっていないといえば嘘になります。でもどちらかというと、今この楽しいひと時を邪魔されたことに腹を立ててるって感じですね」
「今の楽しいひと時? ただ私が付いて回っているだけなのだけれど、それが楽しいのかしら」
「はい、今までは誰かとこうやって出かけることなんてなかったですし、どちらかというと引きこもりに近い生活だったので今は色々なことが新鮮なんです」
「そうね、一緒に出掛けている相手が私でいいのかはわからないけれど、新たな体験というのはいいものだと思うの。そういう前向きな考え方、私好きだわ」
前向き、か。確かに自分の殻に閉じこもっているよりも、新たな体験を求め続ける方が人としての成長は見込めるだろう。僕はなぜこんな簡単なことに今更気づいたのだろう。
生きているときはただただ退屈な日々が永遠に続いていくものだと思い込んでいた。しかし、実際にはいつ何が起こるかわからないし、運が悪ければこうやって命を落とすこともある。
僕は生前何のために生きていたのか、そして何かを残すことができたのだろうか。思い返してみても何も浮かんでこない。そう思うと悲しくなるし、両親に対しても申し訳なくなってくる。
「くるみおねえちゃん、じんじゃみえたよ」
「あら本当、かわいらしい鳥居が見えるわね」
神社の鳥居が見えてきたところで千代が胡桃へ声をかけた。千代や胡桃の存在は僕の沈んだ気持ちを癒してくれ、それはとても有難く感じる。
僕達は鳥居の前で一礼してから境内へ入ってお参りをした。
「英介君たちの話し方ですぐそばなのかと思っていたけれど、なんだかんだで結構歩いたわね。少し休憩させて頂戴」
「もちろんです、無理しないでくださいね」
「えいにいちゃん、じんじゃであそんでいい?」
「うん、いいよ、じゃあおいかけっこしようか」
「うん!」
三人掛け程度のベンチに簡素な屋根のついた休憩所で、胡桃がペットボトルのお茶を飲む。それを見ながら僕は千代と追いかけっこしながら走り回っていた。そういえば毎朝お参りに来ているおばあさんは元気にしているだろうか。今も毎日来ているのだろうか。
もうかなり高齢だと思うが、あのおばあさんは毎日変わらない日々を過ごしているのかもしれない。でもそこに至るまでには様々な体験があっただろうし、僕と同じように退屈な毎日を過ごしてきた可能性だってある。
一人一人にそれぞれの人生があって当たり前ではあるが、十六年の歳月の中で僕が僕らしく生きていた時期はどれくらいあったのかと振り返ってみる。これは後悔ではなく今後この姿で過ごしていくための回顧なのだ。幽霊になった僕が今後僕らしく過ごしていくためにできることを見つけたいのだ。
「ねえねえくるみおねえちゃん、ここにはねおきつねさまがいるのよ」
境内を二人でぐるぐる回るだけのおいかけっこに飽きたのか、千代が胡桃へ駆け寄りなにやら説明を始めた。
「ほら、あそこにいるでしょ」
千代が指差したのは小さな祠の前にある左右対になっている狐の石像だ。
「あら本当、ここはお稲荷様なのね」
おそらく胡桃は入ってきた時からわかっていただろうに、少しだけ大げさに返事を返していた。こういうところに胡桃の内面のやさしさが滲み出ている。
「それでね、おばあさんがまいにちおあげをおそなえにくるの。でもまいにちなくなっちゃうのよ。だれがたべてるとおもう?」
「うーん、だれだろう、おきつねさまかな?」
「はずれー、えっとね、えっと…… たぬきじゃなくて…… えっと、わすれちゃった。えいにいちゃん、なんだっけ?」
「あはは、油揚げを持って行っているのはハクビシンだよ。向こうの建物の床下に住み着いているみたいなんです」
「へえ、ハクビシンって見たことないわ。全国的に増えているってニュースで見たことあるけど、街中にもいるものなのね」
「そうですね、僕もここで初めて見ました。代わりに在来種の狐や狸が減っていくのでしょうね」
「そうね、知らないうちにごく身近なところでも変化が起きているものなのよね。私だっていつも通りに過ごしていただけなのに、英介君や千代ちゃんに出会って初めての体験が続いているし、それによって生活に変化があるんだもの」
「迷惑が掛かっていなければいいんですけど……」
「ええ、それは平気よ、私一人っ子だから兄弟がほしかったの。だから、千代ちゃんみたいなかわいい妹ができて嬉しいわ」
「くるみおねえちゃん、わたしもうれしいよ」
千代が喜びはしゃぎながら胡桃に抱き付いた。
「英介君は同い年だから兄や弟っていうわけじゃないけれど…… カレが出来た様なものかしらね」
胡桃がそういってから肩をすくめながら意地悪そうに笑う。
僕は照れもあり少しうつむきながら自分の頭をかいた。
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