浮遊霊が青春してもいいですか?

釈 余白(しやく)

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第六章 浮遊霊たちは気づいてしまう

79.行方

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 朝になり、僕と千代は胡桃のマンションを出てから絹川鉄道に乗って絹原駅へ向かった。もちろん大矢が帰ってきているかを確認しに総合病院へ行くためである。

 見慣れた駅、見慣れた道のりを進み病院まで行ってみたが、やはり大矢はいなかった。一体どうしてしまったのだろう。

 まだ数日なので問題は無いと思うが、母親の実家で所在が確認できたなら帰ってくるだろうし、何もなかったとしてもすぐに帰ってくると思っていたのだ。

「のりにいちゃんいなかったね」

「うん、まだ帰ってきていないようだね。こんな事なら何日くらいで帰ってくるのかきちんと確認しておけばよかったよ」

「しんぱいしちゃうね」

「そうだね、大丈夫だとは思うけど心配になっちゃうね」

 僕と千代はそんな会話をしながら病院を後にした。

 次は川原へ行ってから神社へ行っておくことにした。二日ほど離れただけだが戻れるときには戻っておくに越したことは無い。ついうっかりでこの世から消え去るわけにはいかないのだ。

 総合病院を出て物流倉庫駅方面へ向かう。それは僕の家の方角でもあった。せっかくだから自宅へ寄っていきたい気持ちもあるが、幼いうちに命を落とし、その後家族がどうなったかもわかっていない千代と一緒に行くのは憚られる。僕はそんなそぶりを見せないよう千代と手を繋ぎ歩いた。

 胡桃と出会う前には良く来ていた駅前通りの酒屋の前まで来ると、酒屋のおばちゃんが店の表に並んでいる自動販売機を丁寧に拭き掃除しているのが見える。この時間は買い物客も少なく時間を持て余していそうだ。忙しいのは朝晩の通勤時間とお昼時、それに夕方の配達くらいだろう。

 酒屋の前を通り過ぎて川沿いの道、通称土手通りへ出た僕達は道路を横断し土手の上の遊歩道を歩き始めた。そういえば幽霊になって初めて歩いたのはこの道だったな。

 あの時は大矢と一緒だった。僕の魂が現れるのを川原で待って探してくれたから僕が今ここに存在しているのだし、千代や胡桃と出会うことに繋がったのだと思うと大矢にはいくら感謝しても返しきれない恩があるように感じる。

 それだけに音沙汰がないことが心配になるし心細くもある。早く戻ってきて明るい報告をしてもらいたいものだ。大矢の事を考えつつ歩き続けた僕と千代は例の場所へ着いた。ここは僕の定位置、すなわち命を落とした場所である。

「あ、またマンガが新しくなっているなぁ。誰がここに持ってきているんだろう」

「はじめてえいちいちゃんたちとあったときにもあったね」

「うん、捨ててあるのか置いてあるのかわからないけど、何日か経つと新しいマンガが置いてあるんだよね。いったいどういうことなんだろう」

「えいにいちゃんはまんがのごほんすきなの?」

「好きだよ、でもこの体ではページをめくることができないから読めないね」

「そうねぇ、かってにめくられたらいいのにね。千代はくるみおねえちゃんのちいさいてれびがあってたのしいのに」

「胡桃お姉ちゃんが、千代ちゃんの好きなアニメを持っていて良かったね」

「うん!」

 まさか高校生の胡桃が幼児向けのアニメを自ら見るために持っているわけもなく、おそらくは千代へ見せてあげようと用意しておいたもののはずだ。千代はそんな胡桃の気遣いに気付いているかわからないが、僕がわざわざ説明する必要はない。

 胡桃が千代へ説明する気が無いのに僕がでしゃばるのはやぼと言うものだ。いつか機会があったら胡桃へお礼の言葉を伝えたい。僕ができるのはそれくらいである。

 しかしなんで胡桃は僕達を家に招き入れるほど仲良くしてくれるのだろうか。確かに僕達は幽霊であり物珍しい存在ではあるけれど、普通なら気味悪がったり関わりたくなかったりしそうなものじゃないだろうか。

 でも胡桃は初めての出会いでこそ気絶してしまったけれど、それ以降は落ち着いて僕達を理解しようとしていた。かといって根掘り葉掘り聞くわけでもなく、適度な距離感をもって接してくれている。

 それは彼女の持っている優しさなのか、他に何か意図があるのか今はわからない。なんにせよ今はそれがありがたいし素直にうれしく思う。

 河川敷でしばらくの間考え事をしたり千代と追いかけっこしたりしていたが、そろそろ次の場所へ行くことにした。時計が無いのでどのくらいの間居たかわからないが、一時間くらいは経っただろう。

 そして僕と千代は次の場所、すなわち千代の定位置である稲荷神社へ向かった。川をまたぐ橋を渡り少し歩くと鳥居が見えてくる。それほど大きくはないが一目で神社があると分かる。

 鳥居をくぐる前に二人並んでお辞儀をした。これは毎朝お参りに来るおばあさんの真似だ。神様から僕達が見えているのかは知らないが、おばあさんのやることを見ていたら自分たちもそうすべきな気がしてしまい真似をしている。それは別に嫌な事ではなく、古くから大切にされているものへ敬意を払うと言うことだと思う。

「えいにいちゃん、おあげがまだのこっているね」

 千代が賽銭箱の手前に置かれた油揚げを見つけて言った。

「そうだね、まだ誰も食べに来ていないみたいだ」

 僕が言った誰、と言うのはこの神社に住み着いているハクビシンだ。日中は建物の床下でひっそりとしているのでおそらくは夜行性なのだろう。タヌキのようにもイタチのようにも見えるその動物が、神様である狐へのお供えをかすめとっているというのは面白い。

 お参りを済ませた僕達は神社の境内をうろうろしていたが、そのうち千代が歌いだしそれを聞いているうちに時計が十四時を指した。そろそろいい頃合いだろう。

「千代ちゃん、そろそろ学校へ行こうか」

「はーい」

 千代が元気よく返事をして笑顔で右手を差し出した。僕はその小さな手を握り並んで歩き始める。なんだかいつものように無感触ではなく、お互いの手の感触が感じられるような気がした。

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