浮遊霊が青春してもいいですか?

釈 余白(しやく)

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第六章 浮遊霊たちは気づいてしまう

74.待機

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 ここは阿波尾あばお妻戸つまど村という山の中の集落だ。山と言ってもそれほど高くも深くもなく、登山客が来るようなこともないありきたりな里山である。その集落を一望するような位置に四つ葉女子大学付属校は鎮座している。

 校舎の前面には校庭があり、その先には妻戸村の中心から少し離れて存在している集落が見える。校舎裏手には体育館があり、その少し先は鬱蒼とした森が広がりながらきつい勾配が山頂まで続いているがのぼるための道はない。

 元々は分校だったらしいが、こんな辺鄙なところに女子校を作るなんてどういう意図があるのだろうか。門も柵もなく、周囲から人は出入り自由で防犯なんて考えられていない様に思えるし、そもそも野生動物が紛れ込んでくることもあるだろう。

 狸や鹿くらいなら問題もないだろうが、絹川渓谷の先にある山々には熊も出る。阿波尾郡の事はほとんど知らないけれど、それほど遠くもなく似たような環境なのだからこちらにも熊が出ることがあるかもしれない。

 しかしそんなことはお構いなしなのか、それともなにか対策がなされているのかわからないが、ここには大勢の女子生徒が通い勉学にいそしんでいるのは確かだ。学校名からすると大学の付属なのだが、四つ葉女子大なんて聞いたことが無い。

 そもそも大学進学に縁のなかった僕が知っているところなんて誰でも知ってるような有名校だけだ。この四つ葉がどういう学校法人なのかはわからないが、こんなところへ高校と中学を作るくらいだからきっと創始者は変わった人なのだろう。

 そう言えば演劇部の部長は劇団に所属していて、昨日まではどこかへ公演に出ていると胡桃が言っていた。その間授業を休んでいるのだろうから融通の利く校風なのかもしれない。都会には芸能人が多く通う高校や中学があると聞いたこともあるし、四つ葉女子もそういう学校の可能性もある。

 胡桃を待っている間、僕は色々な事を考えていた。もちろん千代と遊ぶことも忘れてはいないが、とにかく胡桃の事が頭から離れなくてどうしようもない。一旦はあまり熱を上げない様にと決意したはずだったが、いざ顔を見てしまうとどうにも自分の気持ちを偽りきれない。あの優しい笑顔とテキパキとした物言いが僕にとってとてつもなく魅力的に映るのだ。

「えいにいちゃん? げんきないの?」

 千代が心配して声をかけてくれた。別に元気がないとか具合が悪いと言うわけではないが、集中力に欠けているのは確かかもしれず、それは目の前の千代へ伝わってしまったのだろう。

「ううん、そんなことないよ」

「そうなの? じゃあまたかんがえごとなのかなー」

「うん、大矢がいつ戻ってくるかなってね。一応毎日見に行った方がいいと思うんだけど、千代ちゃんはどうする?」

「千代はくるみおねえちゃんといっしょにいたい。でもえいにいちゃんもいないとやだなぁ」

 こうやって千代が慕ってくれることはとても嬉しい。できれば行動は共にしたいのだがどうすればいいだろうか。最低限、数日毎には神社や河川敷に戻ることも忘れてはいけない。

「百目木さんが何というかわからないけど、千代ちゃんが今日も泊まりに行くなら僕は夜のうちに病院へ行って朝になったらこの学校へ来るようにするよ」

「うーん、よるえいにいちゃんがいないのはさみしいな……でもおとまりはしたいし、千代こまってしまうよ」

「じゃあ一緒に帰る? そうしたら神社寄ったりもできて安心なんだけどな。百目木さんに会うには夕方の練習の時間に合わせて来たらいいしね」

「うーん、うーん」

 千代はとてつもない大決断を迫られている様子を表すように頭を抱えて悩んでいる。よほど胡桃の事が気に入っているのだろう。

「別にさ、毎日同じじゃなくてもいいんだよ。今日は泊まって明日は戻る、とかね」

「そうなの? じゃあきょうはくるみおねえちゃんのところにいきたい。あしたはまたあしたかんがえる!」

「うん、それで大丈夫だよ。大矢が早く無事に帰ってくれば問題ないんだけどね」

「のりにいちゃんなにしてるんだろうね」

「連絡取れないから様子がわからないもんなぁ。お母さんと会えているといいんだけどね」

「おかあさんかぁ……」

 おっと、あまりいい話題じゃなかったか。英介はそう感じるとともに石碑の事を思いだした。千代の名字を知りたいという気持ちはあるが、それは少なからず興味本位な気持ちが含まれることになりそうなので、また胸の中へ仕舞い込んだ。

 校舎の時計を見ると後十分ほどで三時だ。授業はまだまだ終わらないし、余計な事を忘れられるよう千代と思いっきり遊ぼう。

 うつむいている千代へ僕は声をかける。

「千代ちゃん、でんぐり返しで競争しよう。ここから芝生の端っこまでだよ」

 千代がびっくりした様子で顔を上げ、一瞬の間をおいて笑顔でうなずく。

「うん! まけないからー」

 そう言って二人で前転をしながら芝生の端を目指して転がり続けた。

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