上 下
68 / 119
第六章 浮遊霊たちは気づいてしまう

68.夢想

しおりを挟む
 幽霊はお腹もすかなければ眠くなることもなく、そして疲れることもない。しかし逆に言えば、食べることはできず眠ることができないものだと聞いていたし僕もそう思っていた。

 しかし目の前で横になっている千代は間違いなく眠っている。

 愛らしい寝顔で千代が眠っているのを見た僕は、もしかしたら僕達幽霊が眠ることが無いのは、眠くならないため寝るという意識が無いから起きているだけなのではないかと考えた。

 そして壁にもたれていた体を動かし床に寝転んで目を瞑ってみる。カーテン越しに入ってくるわずかな光も遮断され落ち着いた気分にはなるが一向に眠れそうにない。

 瞼を閉じて真っ暗になった僕の視界には何も見えないはずだが、遠くに何かが見えるように感じる。それは徐々にはっきりとして来てやがてわからない何かから特定の人物だということがわかる。

 それはもちろん胡桃の姿だ。暗闇にポツンとたたずむ僕の前に近付いてきた胡桃はなんとなくいつもと違って見える。学生服ではない大人っぽい服を着た胡桃が僕に問いかける。

「英介君? 君はいつまで子供のままなのかしら?私はもう来年から社会人だし、いつまでもあなた達と遊んでいられないのよ。今まで楽しかったわ、それじゃあね」

 そう言い放った胡桃は踵を返し闇の中へ消えていった。僕はその姿を追いかけようとしたが足が一歩も動かず進むことができない。足元を見ると膝から下には何もなかった。そしてその浸食は膝から上へと進み、やがてお腹の辺りまでが消えてなくなっていた。

 僕はいったいどうなるのだろう。焦りもがいてもその場から動くことができない。腕を振り回し逃げ出そうとしてもなんの効果もなく、やがてそのもがいている腕も闇に飲み込まれた。最後に顔だけになった僕は言葉すら発することができず、そのまま闇の中へと消えた。

 もちろんこれは僕の妄想にしか過ぎないが、それにしてもリアリティのある未来像でもある。僕はずっとこのまま十六歳で止まったままだ。しかし周囲の時間は当たり前のように流れていき、胡桃は毎年一つずつ歳を重ねる。

 その当たり前のことは僕に恐怖に似た感情を持たせるに十分だった。床から起き上がった僕はまた壁にもたれ、うつむき加減で膝を抱えていた。僕の考えることは僕一人の世界であり、唯一誰にも邪魔されない自由な空間のはず。けれど、やっぱり現実やその時の気分に影響されてしまうのは仕方がない。

 やっぱり僕は胡桃の事が好きになってしまったのだ。もしかしてそうなのかもと考えたことはあったが、今まで誰かに恋愛感情を持ったことが無かった僕には、自分が恋心を抱いているのかどうかを判断する力が無かった。

 しかし、四六時中胡桃の事ばかり考えてしまい、会っている間は胡桃の事が気になってついつい視線が追ってしまう。これが恋愛感情でないなら何なのか。

 ただしその恋愛感情と言うものが必ずしもいいこととは思えない。今はまだ同い年だけれど、間もなく年もあけ来年になれば胡桃は十七歳になるだろう。でも僕は十六歳のままだし、その次も、またその次の年も同じことが繰り返される。

 そう考えると辛い気持ちにもなってくるが、そもそも知り合えただけでも奇跡なんだとついこの間思ったばかりではないか。負の感情を持つことが当たり前だった生前は忘れ、これからは前向きな気持ちで生きて?行くのだと誓ったはず。これは誰のためでもなく自分のためである。

 ベッドをみると二人が静かに眠っている。一体どんな夢を見るのだろう。願わくば僕の見たような悪夢でないことを願うばかりだ。といっても僕の場合は寝ていたわけではないので夢ではなく、ただ自分の想像の産物に過ぎないのだが。

 自分の感情を整理し、うまく割り切って考えることができないと、この先胡桃との関係を続けていくことができないと考えると不安な気持ちになってしまう。どこでどう折り合いをつければいいのか今は全く思いつかないが、ごく普通に、普通に振る舞っていくことが僕のできる精一杯かもしれない。

 外はカーテン越しで何も見えず明るさは全く感じない。今日の夜は人生で最長の夜だなと思いつつ、英介は膝を抱えてうずくまっていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

処理中です...