57 / 119
第五章 浮遊霊たちの転機
57.鼓動
しおりを挟む
千代が何曲か披露した後、優しい笑顔で聴いていた胡桃は小さく拍手をした。
「千代ちゃんはお歌が上手ね。聞くのも好きかしら?」
「ありがとうくるみおねえちゃん、千代はうたうのもきくのもすきよ」
「それならクリスマスの芸術祭に来てほしいな。香南女子学園がコーラスやるわよ」
「くりすます? こーらす?」
「千代ちゃん、クリスマスというのはね、外国のお祭りみたいなものよ。その日に四つの学校で出し物をするの」
「おまつりー、千代おまつりもだいすき!」
「香南女子がコーラス、合唱ね。荒波海洋の吹奏楽部女子で演奏、荒北家政が和楽器演奏をやるの。私達、四つ葉女子高等部は演劇をやるのよ」
「わぁ、たくさんやるんだね。ねええいにいちゃん、千代いきたいなぁ」
「うん、一緒に行こうね」
「本当! ありがとう」
「芸術祭はどこでやるんですか?」
「荒波海洋高校の体育館よ。昨日行ったから場所はわかるわね?」
「はい、わかります」
「うちの演目は不思議の国のアリスで、私はイカレ帽子屋の役なの、知ってる?ちなみにアリス役は演劇部の部長なのだけど、今は所属している劇団の公演で留守にしてるわ」
「高校生なのに劇団員ですか」
「部長は子供の頃から子役やっていた方でね、才能もあるのだけれど何よりすごくかわいいのよ。顔のつくりもいいけど、しぐさや表現力が素晴らしいわ」
「そういうの疎いのでよくわからないんですが、学校との両立は大変でしょうね」
「あら? かわいい女の子には興味ないのかしら?」
「そ、そ、そういう意味じゃなくてですね、演劇とか詳しくなくてですね……」
「うふふ、顔が真っ赤かどうかはわからないけど動揺し過ぎよ。英介君たらウブなのねぇ」
僕は返す言葉もなく俯いた。上目で胡桃を見るとからかっているような意地悪な笑顔ではなく、優しい表情でこちらを見ており目が合ってしまった。こっそりと顔色を窺ったつもりがあっさりとばれてしまい、僕はますます顔を上げることが難しくなってしまった。
「えいにいちゃんどうしたの?きゅうにげんきなくなっちゃったみたいよ?」
千代からの容赦なく悪気のかけらもない指摘が痛い。まったく恥ずかしすぎてどうしていいのかわからない僕だった。
「千代ちゃん、英介君は大丈夫よ。私がちょっとだけ意地悪しただけなの」
「そうなの? 千代ぜんぜんきがつかなかった」
「ええ、そういえばね、今日は練習が無いのだけれど、明日からの放課後は金曜日まで毎日練習があるの。良かったら見に来ない?」
そう言って胡桃は話を逸らしてくれた。
「れんしゅうってげきのれんしゅう?」
「ええそうよ、この体育館でセリフ合わせ位だけどね。来週は講堂で衣装や大道具を置いて通し練習をやる予定なのよ?」
「むつかしいことはわからないけどたのしそうだからみにきたい。いいでしょ? えいにいちゃん?」
「う、うん……」
僕はまだ顔を上げることができないでいる。なんでこんなに恥ずかしい気持ちになっているのだろう。今すぐにでもここから逃げ出してしまいたい気分だ。
かといって胡桃のことが気に入らない、嫌いなタイプだ、というわけでもなく、どちらかというと千代の希望が無くともまたここへ来たいと思っている位だ。
僕の気持ちに整理がつかないうちに胡桃が話を切出した。
「ねぇ、英介君の好きな物ってなにかあるかしら?千代ちゃんはお歌が好きって教えてもらったし、英介君のことも知りたいな」
「ぼ、僕ですか……ええと、マンガとかゲーム位で趣味とかはあまりないです……」
ちくしょう、これではつまらないやつだと思われてしまうだろう。事実そうかもしれないが、今の僕には追い打ちをかけられているようなものだ。
「マンガもゲームも全然知らないジャンルだわ。私は演劇をするのも見るのも好きで、他は美味しいものを食べるのが好きかな」
「千代はね、おうどんがすきだよ。えいにいちゃんとおうどんやさんへいくのがたのしいの」
「あら、一緒に行ってるの? いいわねぇ、おうどん美味しいもんね」
「うんー」
実際に食べることができない僕達は食べるふりをしているだけだ。それでも千代は楽しいと言ってくれるし、胡桃はそれを否定することが無い。一見簡単なことのようだけれど、その自然な振る舞いを見ると性格の良さが垣間見える。
「あぁ、二人とお話しているの、とても楽しいのだけれどそろそろ授業の時間になってしまったわ。また来てくれるかしら?」
「うん!」
「はい、また来ます」
「ありがとう、嬉しいわ。今度来た時にでもお勧めのマンガ教えて頂戴ね」
「あ、はい、何がいいか考えておきます」
そんな会話を最後に僕達三人は自習室を出た。その後校舎へ向かう胡桃と別れ、僕と千代は渡り廊下から校舎へ入らずに脇を通って校庭側へ出た。
校庭から校舎を見ると各教室は授業が始まる前のようで、生徒たちが自席に座り開始を待っていた。胡桃の席は外からは見えないようだ。
僕と千代は少しだけ校舎を見つめた後、四つ葉女子を後にして帰路についた。
「千代ちゃんはお歌が上手ね。聞くのも好きかしら?」
「ありがとうくるみおねえちゃん、千代はうたうのもきくのもすきよ」
「それならクリスマスの芸術祭に来てほしいな。香南女子学園がコーラスやるわよ」
「くりすます? こーらす?」
「千代ちゃん、クリスマスというのはね、外国のお祭りみたいなものよ。その日に四つの学校で出し物をするの」
「おまつりー、千代おまつりもだいすき!」
「香南女子がコーラス、合唱ね。荒波海洋の吹奏楽部女子で演奏、荒北家政が和楽器演奏をやるの。私達、四つ葉女子高等部は演劇をやるのよ」
「わぁ、たくさんやるんだね。ねええいにいちゃん、千代いきたいなぁ」
「うん、一緒に行こうね」
「本当! ありがとう」
「芸術祭はどこでやるんですか?」
「荒波海洋高校の体育館よ。昨日行ったから場所はわかるわね?」
「はい、わかります」
「うちの演目は不思議の国のアリスで、私はイカレ帽子屋の役なの、知ってる?ちなみにアリス役は演劇部の部長なのだけど、今は所属している劇団の公演で留守にしてるわ」
「高校生なのに劇団員ですか」
「部長は子供の頃から子役やっていた方でね、才能もあるのだけれど何よりすごくかわいいのよ。顔のつくりもいいけど、しぐさや表現力が素晴らしいわ」
「そういうの疎いのでよくわからないんですが、学校との両立は大変でしょうね」
「あら? かわいい女の子には興味ないのかしら?」
「そ、そ、そういう意味じゃなくてですね、演劇とか詳しくなくてですね……」
「うふふ、顔が真っ赤かどうかはわからないけど動揺し過ぎよ。英介君たらウブなのねぇ」
僕は返す言葉もなく俯いた。上目で胡桃を見るとからかっているような意地悪な笑顔ではなく、優しい表情でこちらを見ており目が合ってしまった。こっそりと顔色を窺ったつもりがあっさりとばれてしまい、僕はますます顔を上げることが難しくなってしまった。
「えいにいちゃんどうしたの?きゅうにげんきなくなっちゃったみたいよ?」
千代からの容赦なく悪気のかけらもない指摘が痛い。まったく恥ずかしすぎてどうしていいのかわからない僕だった。
「千代ちゃん、英介君は大丈夫よ。私がちょっとだけ意地悪しただけなの」
「そうなの? 千代ぜんぜんきがつかなかった」
「ええ、そういえばね、今日は練習が無いのだけれど、明日からの放課後は金曜日まで毎日練習があるの。良かったら見に来ない?」
そう言って胡桃は話を逸らしてくれた。
「れんしゅうってげきのれんしゅう?」
「ええそうよ、この体育館でセリフ合わせ位だけどね。来週は講堂で衣装や大道具を置いて通し練習をやる予定なのよ?」
「むつかしいことはわからないけどたのしそうだからみにきたい。いいでしょ? えいにいちゃん?」
「う、うん……」
僕はまだ顔を上げることができないでいる。なんでこんなに恥ずかしい気持ちになっているのだろう。今すぐにでもここから逃げ出してしまいたい気分だ。
かといって胡桃のことが気に入らない、嫌いなタイプだ、というわけでもなく、どちらかというと千代の希望が無くともまたここへ来たいと思っている位だ。
僕の気持ちに整理がつかないうちに胡桃が話を切出した。
「ねぇ、英介君の好きな物ってなにかあるかしら?千代ちゃんはお歌が好きって教えてもらったし、英介君のことも知りたいな」
「ぼ、僕ですか……ええと、マンガとかゲーム位で趣味とかはあまりないです……」
ちくしょう、これではつまらないやつだと思われてしまうだろう。事実そうかもしれないが、今の僕には追い打ちをかけられているようなものだ。
「マンガもゲームも全然知らないジャンルだわ。私は演劇をするのも見るのも好きで、他は美味しいものを食べるのが好きかな」
「千代はね、おうどんがすきだよ。えいにいちゃんとおうどんやさんへいくのがたのしいの」
「あら、一緒に行ってるの? いいわねぇ、おうどん美味しいもんね」
「うんー」
実際に食べることができない僕達は食べるふりをしているだけだ。それでも千代は楽しいと言ってくれるし、胡桃はそれを否定することが無い。一見簡単なことのようだけれど、その自然な振る舞いを見ると性格の良さが垣間見える。
「あぁ、二人とお話しているの、とても楽しいのだけれどそろそろ授業の時間になってしまったわ。また来てくれるかしら?」
「うん!」
「はい、また来ます」
「ありがとう、嬉しいわ。今度来た時にでもお勧めのマンガ教えて頂戴ね」
「あ、はい、何がいいか考えておきます」
そんな会話を最後に僕達三人は自習室を出た。その後校舎へ向かう胡桃と別れ、僕と千代は渡り廊下から校舎へ入らずに脇を通って校庭側へ出た。
校庭から校舎を見ると各教室は授業が始まる前のようで、生徒たちが自席に座り開始を待っていた。胡桃の席は外からは見えないようだ。
僕と千代は少しだけ校舎を見つめた後、四つ葉女子を後にして帰路についた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~
海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。
そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。
そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
後悔と快感の中で
なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私
快感に溺れてしまってる私
なつきの体験談かも知れないです
もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう
もっと後悔して
もっと溺れてしまうかも
※感想を聞かせてもらえたらうれしいです
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
女ハッカーのコードネームは @takashi
一宮 沙耶
大衆娯楽
男の子に、子宮と女性の生殖器を移植するとどうなるのか?
その後、かっこよく生きる女性ハッカーの物語です。
守護霊がよく喋るので、聞いてみてください。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる