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第五章 浮遊霊たちの転機

57.鼓動

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 千代が何曲か披露した後、優しい笑顔で聴いていた胡桃は小さく拍手をした。

「千代ちゃんはお歌が上手ね。聞くのも好きかしら?」

「ありがとうくるみおねえちゃん、千代はうたうのもきくのもすきよ」

「それならクリスマスの芸術祭に来てほしいな。香南女子学園がコーラスやるわよ」

「くりすます? こーらす?」

「千代ちゃん、クリスマスというのはね、外国のお祭りみたいなものよ。その日に四つの学校で出し物をするの」

「おまつりー、千代おまつりもだいすき!」

「香南女子がコーラス、合唱ね。荒波海洋の吹奏楽部女子で演奏、荒北家政が和楽器演奏をやるの。私達、四つ葉女子高等部は演劇をやるのよ」

「わぁ、たくさんやるんだね。ねええいにいちゃん、千代いきたいなぁ」

「うん、一緒に行こうね」

「本当! ありがとう」

「芸術祭はどこでやるんですか?」

「荒波海洋高校の体育館よ。昨日行ったから場所はわかるわね?」

「はい、わかります」

「うちの演目は不思議の国のアリスで、私はイカレ帽子屋の役なの、知ってる?ちなみにアリス役は演劇部の部長なのだけど、今は所属している劇団の公演で留守にしてるわ」

「高校生なのに劇団員ですか」

「部長は子供の頃から子役やっていた方でね、才能もあるのだけれど何よりすごくかわいいのよ。顔のつくりもいいけど、しぐさや表現力が素晴らしいわ」

「そういうの疎いのでよくわからないんですが、学校との両立は大変でしょうね」

「あら? かわいい女の子には興味ないのかしら?」

「そ、そ、そういう意味じゃなくてですね、演劇とか詳しくなくてですね……」

「うふふ、顔が真っ赤かどうかはわからないけど動揺し過ぎよ。英介君たらウブなのねぇ」

 僕は返す言葉もなく俯いた。上目で胡桃を見るとからかっているような意地悪な笑顔ではなく、優しい表情でこちらを見ており目が合ってしまった。こっそりと顔色を窺ったつもりがあっさりとばれてしまい、僕はますます顔を上げることが難しくなってしまった。

「えいにいちゃんどうしたの?きゅうにげんきなくなっちゃったみたいよ?」

 千代からの容赦なく悪気のかけらもない指摘が痛い。まったく恥ずかしすぎてどうしていいのかわからない僕だった。

「千代ちゃん、英介君は大丈夫よ。私がちょっとだけ意地悪しただけなの」

「そうなの? 千代ぜんぜんきがつかなかった」

「ええ、そういえばね、今日は練習が無いのだけれど、明日からの放課後は金曜日まで毎日練習があるの。良かったら見に来ない?」

 そう言って胡桃は話を逸らしてくれた。

「れんしゅうってげきのれんしゅう?」

「ええそうよ、この体育館でセリフ合わせ位だけどね。来週は講堂で衣装や大道具を置いて通し練習をやる予定なのよ?」

「むつかしいことはわからないけどたのしそうだからみにきたい。いいでしょ? えいにいちゃん?」

「う、うん……」

 僕はまだ顔を上げることができないでいる。なんでこんなに恥ずかしい気持ちになっているのだろう。今すぐにでもここから逃げ出してしまいたい気分だ。

 かといって胡桃のことが気に入らない、嫌いなタイプだ、というわけでもなく、どちらかというと千代の希望が無くともまたここへ来たいと思っている位だ。

 僕の気持ちに整理がつかないうちに胡桃が話を切出した。

「ねぇ、英介君の好きな物ってなにかあるかしら?千代ちゃんはお歌が好きって教えてもらったし、英介君のことも知りたいな」

「ぼ、僕ですか……ええと、マンガとかゲーム位で趣味とかはあまりないです……」

 ちくしょう、これではつまらないやつだと思われてしまうだろう。事実そうかもしれないが、今の僕には追い打ちをかけられているようなものだ。

「マンガもゲームも全然知らないジャンルだわ。私は演劇をするのも見るのも好きで、他は美味しいものを食べるのが好きかな」

「千代はね、おうどんがすきだよ。えいにいちゃんとおうどんやさんへいくのがたのしいの」

「あら、一緒に行ってるの? いいわねぇ、おうどん美味しいもんね」

「うんー」

 実際に食べることができない僕達は食べるふりをしているだけだ。それでも千代は楽しいと言ってくれるし、胡桃はそれを否定することが無い。一見簡単なことのようだけれど、その自然な振る舞いを見ると性格の良さが垣間見える。

「あぁ、二人とお話しているの、とても楽しいのだけれどそろそろ授業の時間になってしまったわ。また来てくれるかしら?」

「うん!」

「はい、また来ます」

「ありがとう、嬉しいわ。今度来た時にでもお勧めのマンガ教えて頂戴ね」

「あ、はい、何がいいか考えておきます」

 そんな会話を最後に僕達三人は自習室を出た。その後校舎へ向かう胡桃と別れ、僕と千代は渡り廊下から校舎へ入らずに脇を通って校庭側へ出た。

 校庭から校舎を見ると各教室は授業が始まる前のようで、生徒たちが自席に座り開始を待っていた。胡桃の席は外からは見えないようだ。

 僕と千代は少しだけ校舎を見つめた後、四つ葉女子を後にして帰路についた。

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