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第五章 浮遊霊たちの転機

55.遊具

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 グラウンドの周囲には古そうな遊具がいくつかあった。登り棒や雲梯、それに半分埋めてある大きなタイヤ等は定番だ。しかし女子中高生のためとは思えないので、おそらくは分校時代の物がそのままになっているだと思われる。

 千代と二人で芝生を転がりながら、僕はそれらの遊具を眺めていた。小学校の頃、体育の授業で鉄棒がうまくできなかったため、何人かで居残りをして逆上がりの練習をしたのを思い出す。

 あの頃はクラスのみんなとも仲よく遊べていたし、普通に会話もできていた。いつからこんなに内向的になってしまったのだろうか。特に思い当たることは無いが、中学一年の頃にはすでに人と話すのが苦手になっていたように思う。

 元々バカ騒ぎするような性質ではないので、それほど口数が多いわけではなかったが、いつの間にか他人に対し口を開くこと自体が自分にとって難しく、そして嫌なものになって行った。

 千代と出会ってみてわかったが、千代のような子供となら普通に話すことができている。だからこれからは積極性を持てるかもしれないと思ったが、胡桃とはうまく話すことができなかった。

 同い年だけど住む世界が違うからか? いや、そんな理由じゃないだろう。薄々気が付いていたが、僕の頭の中が子供のまま成長できていないのではないだろうか。

 今更成長しても仕方ないかもしれないが、この先長そうな幽霊人生だ、退屈に過ごすよりも目標をもっていたほうが飽きなくていいだろう。まずは胡桃と普通に話せるようになることを目指してみよう。英介はそんなことを考えながら芝生に寝転がっていた。

「えいにいちゃん、千代あれやりたい」

「ん、どれどれ?」

 千代が指さしたのは、グラウンドにあるトラックのさらに外側に点々と並んでいる埋まったタイヤだった。

「じゃあ行ってみようか」

「うん!」

 千代がタイヤの前まで来たところで急に立ち止まった。

「むこうからみていたよりもおおきいのね……」

「そうだね、遠くのものは小さく見えるもんね」

「うえにのってあそべるとおもったのにこれじゃむりよ。つまんないのー」

「じゃあ下をくぐったらどう?それじゃつまらないかな」

「うーん、やっぱあっちにする」

 そう言って次はシーソーのところへやってきた。

 千代はシーソーの下側からゆっくり歩き出し真ん中を過ぎた。しかしシーソーはピクリとも動かない。どうやら僕達には重さすらないということなのか。

「これつまんないわね。のぼっておりるだけなんだもの」

「あはは、そうだね。アレはどうかな、鉄棒できるかなぁ」

 僕は千代より一足先に鉄棒へ行き、両手を伸ばして鉄棒を掴んだ。握った感触は全くないが、棒の部分が手の中に収まってはいるようだ。

 そのまま体を鉄棒へ預けるように飛びつくと、難なく体を浮かすことができた。しかし、背筋を伸ばしてから足を振って逆上がりをしてみようとしても体は一向に回っていかない。どうやら重さで勢いをつけるということ自体ができないようだ。僕は諦めて鉄棒から飛び降りた。

 千代は、手を伸ばすとちょうど届くか届かないか微妙な高さの鉄棒の下で飛び跳ねている。そして何度か挑戦してうまく掴めて喜んだ。だがしばらく掴まっているだけでそれ以上何もできずに手を離す。

「えいにいちゃん、あんまりたのしくないね。またあっちへいこうよ」

 そう言うと芝生へ向かって駆け出した。もちろん僕も後に続く。

 その時校舎の方から非常ベルのような音が鳴った。時計を見ると十二時になっている。おそらく昼のベルだろうが、よく聞くようなチャイムではなく機械的なベル音なのは昔の名残だろう。

 しばらくすると分校の校舎から生徒たちがまばらに出てきた。二、三人が一組になって芝生へシートを敷いたり校舎前のベンチに腰かけたりしている。

 外へ出てきた生徒は合計で二十人もいないだろう。確か寮住まいの生徒もいると言っていたが、その人達は学食なのかもしれないし、冬の寒空に外で食べるより教室で食べる生徒もいるだろう。

「そうだ、お昼になったから校舎へ行って百目木さんを探そう。一年生の教室にいるはずだからすぐ見つかるんじゃないかな」

「そうだね、千代すっかりわすれていたよ」

 実のところ僕も危うくここまで来た目的を忘れるところだった。遊具で遊ぶことはできなかったけど、千代と一緒に芝生に寝転ぶだけでも楽しかったからだ。校舎の出入り口は開放されており出入りは容易い。さっきまではしまっていたはずなので、昼休みに開けたままにするだけなのかもしれないから少々注意が必要だ。

 校舎は平屋なので胡桃の教室はすぐに見つかるだろう。入ってすぐが下駄箱なのはどの学校もだいたい同じだ。下駄箱の上の方には右矢印に中等部、左矢印に高等部と書いてある。

 僕達が高等部へ向かおうと左へ曲がったところで胡桃と出くわした。

「あら、こんにちは、来てくれたのね。千代ちゃんも一緒に歩いてきたの? こんな山奥まで凄いわね」

「うん、えいにいちゃんとはしってきてとちゅうにおさるさんもいたの」

「そうなのよ、この辺りは猿が多くて農作物の被害も多いのよねぇ。立ち話もなんだから一緒にいらっしゃいな」

「はい、お昼邪魔してしまうようですいません」

「私が来てっていたのだから気にしないで。それにそんなにかしこまらないで、もっと気楽にしてね」

「はい……」

 僕と千代は胡桃の後についていき、校舎裏手にあったもう一つの建物へ入った。

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