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第五章 浮遊霊たちの転機

54.集落

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 二人並んで国道をまっすぐにひた走る。この道は僕がまだ幼いころに出来た道らしく、元の国道は南側の山沿いに走っている。この辺り一帯の田畑だけだった所へバイパスとして新しい道を作ったということになる。山沿いの旧道はカーブが多いので新道ができたこと自体は歓迎すべきことなのだろうが、当時は反対運動等もあったらしい。

 僕の父さんが働く会社を含む運送業界はもちろん賛成側だったらしいが、反対側は地元住民だけではなく、それを焚き付けるように都会からやってきた自然保護団体だったと聞いている。実際に自然は減り交通量も増えて空気も汚くなったはず。だが、新しい道を作ることによって便利になり豊かになった人たちもいる。どちらの言い分も間違っていたわけではないのだろう。

 数年前国道沿いに出来た道の駅には、蛍の里という名前が付けられていて小学校の遠足で行ったことがあるが、そこにいる蛍はすべてどこかから運んできて放たれている物だ。

 昔は絹川から周囲の田畑へ引いている用水路沿いにたくさんの蛍が飛び交っていたらしいが、それも国道を新しく作ったせいで失われたのだろう。あちらを立てればこちらが立たず。世の中って全てがうまく行くことが無いのが常なのだ。

「えいにいちゃん、またかんがえごと?」

「あ、いや、そんなことないよ。この辺まで来るとなにも楽しそうなお店が無いなって思ってただけだよ」

 直線ばかりで変わり映えの無い風景を見ながら千代と二人で走っているだけなので、普段考えもしないようなことをあれこれ考えてしまっていたようだ。

 そんな退屈な風景だったが、少し先に何か見えてきた。近づいてみると丁字路にいくつもの看板が並べられているだけで、後は自動販売機が置いてあるだけの駐車スペースだった。おそらく観光客向けの休憩所なのだろう。

 しかしその中には僕らの目的地に合致する看板があった。

「これ、阿波尾カントリークラブって書いてあるよ」

「あばお? それってなぁに?」

 千代は聞いていなかったか興味がなかったかで覚えていないのかもしれない。しかし間違いなく胡桃の説明に出てきたゴルフ場だ。

「百目木さんの通っている学校は、この阿波尾カントリークラブの手前だって言ってたよ。だからこの看板の通りに行けば近道だね」

「そっか! えいにいちゃんすごい」

 別にすごくはないのだけれど褒められて悪い気はしない。国道沿いに矢印の出ている看板には海岸に近いところにあるホテルやレストランの名称が書いてあり、阿波尾カントリークラブや他のゴルフ場と思わしき名称の看板が丁字路を右に曲がるよう示されていた。

「よし、じゃあこっちへ行ってみよう」

「はーい」

 国道を曲がってかなり進むとまた丁字路があった。再び右に曲がりひたすら進むと段々と登り坂になっていく。道の脇に掲げられている看板を見ると、ここは旧国道のようだ。

 次はY字路へ行き当った。右は隣の県の地名と距離が書いてあり、左は神ヶ谷岳と書いてある。聞いたことの無い地名だけれど、ここからの道は登り坂がさらにきつくなっているので山の名前かも知れない。

「よし千代ちゃん、こっちだ」

 僕は迷わず左を指さした。ここまでどれくらい走ったかわからないが、うどん屋を出てからまだ二時間も経っていないはずだ。あとどれくらい先なのかわからないが、僕達には疲れというものが無いので天気さえよければ何の問題もない。

「えいにいちゃん、みてみて!おさるさんがいるよ!」

 千代の指さす方向を見てみると、ガードレールの上に猿が二匹座って毛づくろいをしていた。いくら野生動物の警戒心が強いと言っても僕達のことは見えるはずもなく、すぐ近くまで近づいても逃げることはない。

「うふふ、なががいいのね」

「そうだね、こんな近くで猿を見たのは初めてだよ」

「千代もはじめてー」

 しばらく猿の毛づくろいを眺めてから僕達はまた走り出した。登りの道のりをかなりの間走ったところでいくつかの民家が見えてきた。もう一時間くらいは走ったと思うので、いくら山道とは言え距離もそこそこ進んだだろう。

 胡桃が言っていたのはこの集落だろうか。しかし、もし僕がこんな山奥に住んでいたら不便で嫌になってしまいそうである。集落の中ほどまで来ると山側の開けたところに学校のような建物が見えた。どう見てもお嬢様学校には見えない質素な建物だが、隣接している講堂のような建物は、校舎らしき建物に不釣り合いな石造りの立派ば物だった。

「きっとあの建物がそうなんじゃないかな。千代ちゃん、行ってみよう」

「うん」

 建物の近くまで来ると校舎と思わしき質素な建物は相当古そうに見える。それよりも高い、講堂のような建物はまだ新しいようだし、その横には外国映画に出てくるようなレンガ造りのアパートメントのような建物があった。

 三つ並んだ建物の手前はきれいな芝生の外側にトラックのあるグラウンドだ。柵や外壁などは無く、グラウンドの外側に、正門と呼んでいいのかわからないが、石でできた門柱が二つ立ててあった。

 その門柱は同じような造りだが片方が明らかに古く、神ヶ谷岳下分校と掘ってあり、もう片方には四つ葉女子大学付属校とある。その下には中等部、高等部と小さめに並んで掘ってあった。どうやら分校跡地に作られた学校らしい。全国でも珍しくないような良く聞く話だが、子供が減って廃校になったのだろう。

 しかしこんな山奥にこんなお嬢様学校を作るなんて驚きだ。グラウンドの芝生には何羽もの鳥が何かをついばんでいるし、猿どころか猪や熊が出てもおかしくなさそうなところである。香南女子のように誰も入ってこられないような塀に囲まれているのは刑務所みたいで嫌な雰囲気だが、ここまでオープンだとそれはそれで不安になる。

 ふと三つの建物の中央にある講堂の上を見ると時計があり十一時手前を指していた。

「何とかお昼前に間に合ったようだね」

「えいにいちゃんはさすがだね」

「いやいや、千代ちゃんが頑張って走ったからだよ。偉かったよ」

「えへへ、そうかなーねぇえいにいちゃん、あそこにいってもいい?」

 千代はグラウンドを指さした。

「誰もいないからいいんじゃないかな。よし行ってみようか」

 僕はそう言って千代と二人でグラウンド中央の芝生に向かって走り出した。

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