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第五章 浮遊霊たちの転機

53.信頼

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 翌朝になって僕と千代は大矢と別れた。絹原駅で始発電車に乗る大矢を見送りながら、その行動力に敬意を表しつつも寂しさを感じていた。

「のりにいちゃんいっちゃったね」

「うん…… なにも問題が起きないといいんだけどね」

「しんぱいだね」

「大矢が決めたことだし、無事を祈るくらいしかできないね。お祈りと言えば、少し遅くなったけどお稲荷さんまで行くかい?」

「そうねぇ、でもくるみおねえちゃんのとこにもいきたいしなー」

「今から神社に行ってからでも十分間に合うと思うよ。正確な距離と時間はわからないけど、車で四十分なら走っていけば二時間くらいで着くんじゃないかな」

「千代、かけっことくいだよ」

「そっか、じゃあ神社まで走って行こうか。まだ薄暗いからおばあさん来ていないかもしれないしね」

「うん!」

 そう言って走り出した千代の横で速度を合わせ僕も走る。かけっこが得意といっても小さな子供の足だ。それほど速くはないが、それでも歩くよりはよっぽど早かった。

 歩けば一時間以上はかかる道のりを大分短縮できたと思うが、それでももう空はすっかり明るくなっている。神社へ着いた頃にはすでに油揚げが置いてあり、おばあさんのお参りが終わったことを示していた。

「おばあさんもうきたあとだったね」

「間に合わなかったけどお参りして行こう」

「うん、千代はのりにいちゃんがぶじにかえってきますようにっておいのりするね」

「そうだね、きっとそれがいいね」

 千代は本当に優しい子だ。なんでこんないい子が幼くして命を落とさなければいけなかったのだろうか。空襲の前には亡くなっていたようだから何か別の要因だろうが、僕にはそれを聞く勇気がなかった。

「よし、じゃあ行こうか。駅まで戻るよりも国道を走って行った方が近いんじゃないかと思うんだ」

「そうなの? ぜんぜんちがうところなのにちかいの?」

「うん、国道はまっすぐ行くと海岸通りまで出るんだよ」

「千代にはよくわからないけどえいにいちゃんのいうとおりにするよ」

「ありがとう、千代ちゃん」

 こうやって全幅の信頼を寄せられると期待にこたえられるか不安になってくるが、とりあえず国道が海岸まで続いていることは間違いないので、このことに関しては自信を持って大丈夫だ。

「まずはうどん屋さんへ行こうかな」

「さんせーい。なんだかおうどんもしばらくぶりね」

 確か一昨日には行ったはずだから久しぶりということは無いはずだけど、昨日は色々なことがあり長い一日だったのでそう感じるのかもしれない。実際に僕自身も久しぶりな気分だった。

 いつものようにおかめうどんときつねうどんを食べたつもりになってからうどん屋を出る。そして国道沿いに走り始めた。

 反対側にある家電量販店を過ぎてしばらくすると、見渡す限り田畑が続くだけの寂しい道だ。交通量はそこそこ多いけれど、歩いている人はほぼいない。

 冬でなければ青々とした稲が植えられていたりするのだろうが、今は刈り取られた後で、積み上げられた藁があるくらいだ。

「あのおおきなのはなぁに?」

 走りながら千代が田畑の方を指さした。そこにはおよそ風景にはなじんでいない建造物が見える。

「ああ、あれはね太陽光発電って言って、太陽が当たると電気ができる機械なんだよ」

「へぇおひさまででんきがつくなんてすごいのね。でもおひさまはあんなにあかるいんだからでんきをつけないでおひさまあびればいいのに」

「なるほどねぇ、まあ電気といっても明るくするだけじゃなくてテレビが映るのも電気なんだ。だからあの機械で作った電気を色々な物に使うことができるんだってさ」

「ふーん、なんだかむつかしいのね」

 千代が言ったように、ただ明るくするだけなら太陽の光を浴びればいいというのは真理かも知れない。部屋にこもってマンガを読んでるばかりだった僕にとっては耳の痛い話だ。

 陽が昇ったら起きて沈んだら眠る。そんな時代もあったはずだが、現代は四六時中どこかしらに明かりが灯っている消費社会だ。物が溢れ一見豊かになったようだけど、必ずしも心が豊かになったとは限らない。

 どっちがいいとか悪いとかそういう話じゃないにしろ、現代人はギスギスしているように感じることが多い。でももしかしたら昔も同じようなものだったかもしれないし、結局そこに答えは無いような気もする。

 大小問わずどこでも諍いは起きるし、学校みたいな小さな世界でも序列社会になってしまう。僕と大矢がこうして幽霊になってしまったのも、結局は人間関係のいざこざが元なのだから。

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