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第四章 浮遊霊は見つけてもらいたい
49.振袖
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十八時になり、防災用のスピーカーから交通規制解除の放送が鳴った。路上にあふれていた人たちが歩道や観客席へ流れてくる。まだ早いかもしれないが、三人はステージ裏の市区町村ブースへ移動した。
各ブースに居たゆるキャラたちは先に引き上げているようだが、物品販売はまだやっているようだ。駆け込みでやってくるお客さんをスタッフが大急ぎで対応している様子が目に入った。
芸術祭ブースの前まで来るとこちらはそれほど人は多くない。何か販売しているわけではないので当然かもしれないが、宣伝が成功したのかどうかは少しだけ気になる。
僕達の前には見知った姿が立っており、女子生徒達と話をしていた。それは大矢の父親とシルクロード編集長だった。
「今日の手ごたえはどうでした?」
胡桃とは違う制服を着た生徒達が答えた。
「いい感じでしたー」
「楽しみにしてるって言ってくれる人がいて嬉しかったねー」
「それは良かったわ、若い力って素敵ね」
「そんなー編集長さんもまだまだ若くてきれいでステキですよー」
「まだまだ若い、ね……褒め言葉だと思っておくわ」
「いやいやマジで褒めてますってばー」
「ありがとう、引き続き頑張って、応援してるわ」
「ありがとうございますー」
どちらかというと胡桃は固い雰囲気だったが、今編集長とやり取りしていたネクタイの二人は今時の女子高生と言った所か。学校が違うというのは人間のレベルが違うことを示す、わかりやすい例かもしれない。
もちろん僕達が通っていた江原高校の生徒はもっとひどい。机や壁に平気でらくがきをしたりことあるごとに誰かを小突いてみたり、女子の一部なんて先生をちゃん付けで呼んでいる。化粧やピアスも当たり前で、僕はそんな女子たちが苦手だった。
胡桃は委員会のメンバーと編集長のやり取りを聞きながら相槌を打ったり笑ったりしていたが、時折こちらを見ていたので気が付いているのだろう。ブース左側の屋台はまだまだ盛況で人が並んでいる。右側の商店街はそろそろ片づけているようだ。ゆるキャラブースも半数ほどが店じまいしていた。
女子生徒と編集長はまだ雑談をしているが、その後ろで他の生徒は片づけを始めていた。セーラー服の生徒が胡桃に話しかけている。胡桃はそれを聞いて悩んでいるような素振りをしてから頷いていた。
談笑していた女子生徒の元から、編集長と大矢の父が立ち去ったころにはブースの片づけはほぼ終わっていた。
「ごめん、ごめーん、すっかりやってもらっちゃったねー」
「あの編集長ったらさ、まだ二十九歳なんだって。国立大学出た後に大手新聞社の内定を蹴って地元の新聞社へ入って二年で編集長だって言ってたよ」
「頭が良くて仕事ができてルックスもいいなんて憧れちゃうー今後シルクロードでメイク特集やってくれるように頼んじゃった!」
ネクタイの女子生徒達は大はしゃぎしている。セーラー服の生徒達はそれを聞いて手を叩いて話に参加していた。
しかし胡桃は黙々と片付けを続け、纏まった荷物をテーブルの上に載せていった。
「胡桃ちゃんはメイクとかしないの?作りは良さそうなのに、そのおじさんみたいな眼鏡で台無しだよー」
「ええ、興味ないわ。 眼鏡もこれが気に入ってるの。それよりそれぞれ担当分をきちんと持ち帰ってね」
「はーい」
「チラシが大分捌けたから帰りは軽くなっているわよ」
「助かるー結構重かったんだよね」
「メイク道具満載だからじゃないの?」
「だってかっこいい男の子が来たときに備えてバッチリ決めておかないとじゃない?だから気合い入れてたのに、おじさんおばさんに小さい子供ばっかりでガッカリよ」
「あらあら、本来の目的をお忘れじゃなくって?」
「あははー、本番はしっかりやるから大丈夫よ」
「あははー」
まったく聞いているだけで頭が痛くなってくる。それでも芸術祭を合同でやろうなんて人達だから意識は高いのだろう。そうだとしてもあの軽いノリにはついていけない。
「それじゃお先にー」
「おつかれー」
相変わらず軽いノリで挨拶をしネクタイの女子生徒達は帰って行った。残ったのはセーラー服の二人と胡桃だけだ。
「一番大きな荷物だけど本当にお任せしちゃっていいのかしら?」
「ええ、帰りは車だから心配しないで」
「ありがとう、じゃあ後で待ってるわね」
そう言うとセーラー服の生徒二人も帰って行った。見送った胡桃が大きく深呼吸をした後、こちらを向いて口を開いた。
「運営さんへ挨拶してくるから少し待っていてね」
僕達は無言で頷き、それを見た胡桃は向きを変え運営ブースへ歩いて行った。
「くるみおねえちゃんいっちゃった?」
「すぐ戻ってくるってさ」
人気の無くなった空っぽのブース前に佇んでいる僕らのところへ胡桃が戻ってきた。時間にすればほんの数分だったが、本当に戻ってくるのかどうか不安を感じていたなんて当人にはとても言えない。女の子一人で三人の幽霊と話をするなんて正気じゃないと思えたからだ。
しかし胡桃は戻って来てくれた。興味本位かもしれないし、もしかすると僕達を怪しいとか不気味だとか感じるよりも好奇心が勝ったのかもしれない。
「三人ともお待たせ、この後も用事があるのだけれど一緒に来られるかしら?
「はい、大丈夫です」
「千代もいくー」
「じゃあ行きましょ。千代ちゃん、こっちおいで」
そう言って胡桃は右手を差し出し、千代は嬉しそうに手を繋いだ。
「くるみおねえちゃんのおててあったかいね」
「そうかしら? 千代ちゃんの手は小さくてかわいいわね」
「えへへ」
もしかすると胡桃があまり警戒していない様に感じるのは千代の存在が大きいかもしれない。いくら同い年とは言え、僕と大矢だけだったら逃げ出していた可能性もあるだろう。そんな思いを胸に手を繋いで歩き出した胡桃と千代に僕達も続いた。
前を歩く胡桃は今のところ、僕達にとってこの世界で唯一色がついている存在だ。その姿が街灯に照らされて色鮮やかに浮き上がる。気のせいか千代の振袖までが鮮やかに見えた気がした。
各ブースに居たゆるキャラたちは先に引き上げているようだが、物品販売はまだやっているようだ。駆け込みでやってくるお客さんをスタッフが大急ぎで対応している様子が目に入った。
芸術祭ブースの前まで来るとこちらはそれほど人は多くない。何か販売しているわけではないので当然かもしれないが、宣伝が成功したのかどうかは少しだけ気になる。
僕達の前には見知った姿が立っており、女子生徒達と話をしていた。それは大矢の父親とシルクロード編集長だった。
「今日の手ごたえはどうでした?」
胡桃とは違う制服を着た生徒達が答えた。
「いい感じでしたー」
「楽しみにしてるって言ってくれる人がいて嬉しかったねー」
「それは良かったわ、若い力って素敵ね」
「そんなー編集長さんもまだまだ若くてきれいでステキですよー」
「まだまだ若い、ね……褒め言葉だと思っておくわ」
「いやいやマジで褒めてますってばー」
「ありがとう、引き続き頑張って、応援してるわ」
「ありがとうございますー」
どちらかというと胡桃は固い雰囲気だったが、今編集長とやり取りしていたネクタイの二人は今時の女子高生と言った所か。学校が違うというのは人間のレベルが違うことを示す、わかりやすい例かもしれない。
もちろん僕達が通っていた江原高校の生徒はもっとひどい。机や壁に平気でらくがきをしたりことあるごとに誰かを小突いてみたり、女子の一部なんて先生をちゃん付けで呼んでいる。化粧やピアスも当たり前で、僕はそんな女子たちが苦手だった。
胡桃は委員会のメンバーと編集長のやり取りを聞きながら相槌を打ったり笑ったりしていたが、時折こちらを見ていたので気が付いているのだろう。ブース左側の屋台はまだまだ盛況で人が並んでいる。右側の商店街はそろそろ片づけているようだ。ゆるキャラブースも半数ほどが店じまいしていた。
女子生徒と編集長はまだ雑談をしているが、その後ろで他の生徒は片づけを始めていた。セーラー服の生徒が胡桃に話しかけている。胡桃はそれを聞いて悩んでいるような素振りをしてから頷いていた。
談笑していた女子生徒の元から、編集長と大矢の父が立ち去ったころにはブースの片づけはほぼ終わっていた。
「ごめん、ごめーん、すっかりやってもらっちゃったねー」
「あの編集長ったらさ、まだ二十九歳なんだって。国立大学出た後に大手新聞社の内定を蹴って地元の新聞社へ入って二年で編集長だって言ってたよ」
「頭が良くて仕事ができてルックスもいいなんて憧れちゃうー今後シルクロードでメイク特集やってくれるように頼んじゃった!」
ネクタイの女子生徒達は大はしゃぎしている。セーラー服の生徒達はそれを聞いて手を叩いて話に参加していた。
しかし胡桃は黙々と片付けを続け、纏まった荷物をテーブルの上に載せていった。
「胡桃ちゃんはメイクとかしないの?作りは良さそうなのに、そのおじさんみたいな眼鏡で台無しだよー」
「ええ、興味ないわ。 眼鏡もこれが気に入ってるの。それよりそれぞれ担当分をきちんと持ち帰ってね」
「はーい」
「チラシが大分捌けたから帰りは軽くなっているわよ」
「助かるー結構重かったんだよね」
「メイク道具満載だからじゃないの?」
「だってかっこいい男の子が来たときに備えてバッチリ決めておかないとじゃない?だから気合い入れてたのに、おじさんおばさんに小さい子供ばっかりでガッカリよ」
「あらあら、本来の目的をお忘れじゃなくって?」
「あははー、本番はしっかりやるから大丈夫よ」
「あははー」
まったく聞いているだけで頭が痛くなってくる。それでも芸術祭を合同でやろうなんて人達だから意識は高いのだろう。そうだとしてもあの軽いノリにはついていけない。
「それじゃお先にー」
「おつかれー」
相変わらず軽いノリで挨拶をしネクタイの女子生徒達は帰って行った。残ったのはセーラー服の二人と胡桃だけだ。
「一番大きな荷物だけど本当にお任せしちゃっていいのかしら?」
「ええ、帰りは車だから心配しないで」
「ありがとう、じゃあ後で待ってるわね」
そう言うとセーラー服の生徒二人も帰って行った。見送った胡桃が大きく深呼吸をした後、こちらを向いて口を開いた。
「運営さんへ挨拶してくるから少し待っていてね」
僕達は無言で頷き、それを見た胡桃は向きを変え運営ブースへ歩いて行った。
「くるみおねえちゃんいっちゃった?」
「すぐ戻ってくるってさ」
人気の無くなった空っぽのブース前に佇んでいる僕らのところへ胡桃が戻ってきた。時間にすればほんの数分だったが、本当に戻ってくるのかどうか不安を感じていたなんて当人にはとても言えない。女の子一人で三人の幽霊と話をするなんて正気じゃないと思えたからだ。
しかし胡桃は戻って来てくれた。興味本位かもしれないし、もしかすると僕達を怪しいとか不気味だとか感じるよりも好奇心が勝ったのかもしれない。
「三人ともお待たせ、この後も用事があるのだけれど一緒に来られるかしら?
「はい、大丈夫です」
「千代もいくー」
「じゃあ行きましょ。千代ちゃん、こっちおいで」
そう言って胡桃は右手を差し出し、千代は嬉しそうに手を繋いだ。
「くるみおねえちゃんのおててあったかいね」
「そうかしら? 千代ちゃんの手は小さくてかわいいわね」
「えへへ」
もしかすると胡桃があまり警戒していない様に感じるのは千代の存在が大きいかもしれない。いくら同い年とは言え、僕と大矢だけだったら逃げ出していた可能性もあるだろう。そんな思いを胸に手を繋いで歩き出した胡桃と千代に僕達も続いた。
前を歩く胡桃は今のところ、僕達にとってこの世界で唯一色がついている存在だ。その姿が街灯に照らされて色鮮やかに浮き上がる。気のせいか千代の振袖までが鮮やかに見えた気がした。
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