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第三章 浮遊霊たちは探索する
34.会議
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絹川鉄道絹原駅は元々養蚕産業が盛んだった地域にある駅だ。全ての養蚕農家が廃業してから再開発され、絹川市で一番大きく栄えている駅になった。もちろん都会の駅とは比べ物にならない小さな規模だが、それでも全国チェーンのファストフード店や、CDショップ、カラオケ店や居酒屋などが一通り揃っている。
地元企業や大企業の支店もあり、再開発の際に出来てもう古くなってはいるがこの辺りには珍しいオフィスビルもいくつかある。絹川日報新聞社はそのビルの一つに入っていた。その絹川日報新聞社の一部門では書店店頭や様々な店舗で無料配布している「シルクロード」と言うフリーペーパーを作っている。
そして大矢紀夫は今シルクロード編集部にいた。自らの意志でとどまっているわけではないので、足止めされていると言った方が正しいかもしれない。英介と別行動となってから絹川駅周辺で例の女の子を探していた大矢紀夫だったが、ここまで二日間なんの成果もなかった。
日中は駅周辺に学生はほとんどおらず、行き交う人をただ見てるだけなのも飽きてしまった紀夫は父親の働く新聞社へ行ってみることにした。新聞社の入っているビルには他の会社も多く入っているため出入りは容易く、紀夫は目的地まですんなりと行くことができた。
紀夫の父が配属されているのはフリーペーパー企画部門だ。発行されているシルクロードという小冊子は紀夫の住むマンションにも置いてあったし、発行日には父が持って帰ってくるので毎号読んでいる。
シルクロード編集部の扉の前でしばらく待っていた紀夫は、外回りから帰ってきた父の同僚と思われる女性が扉を開けた隙に中へ滑り込んだ。中に入るとそこには他の社員が二人おり、そのうち一人は紀夫の父だった。久しぶりに見る父は少し痩せたかもしれないが特に変わりは無いようで一安心だ。
「編集長、おかえりなさい」
「おまたせしました。会議始めましょうか」
そういうと全員が奥の扉へ向かったので紀夫も後に続いた。
「では次号の掲載内容についてですが……」
会議と言うものに出たことなどない紀夫にとっては退屈極まりない。編集長と呼ばれた女性がなにか言うたびに、父ともう一人の若い男性が「異議なーし」とけだるそうに返事をするのみだ。
ここで紀夫の父が発言した。
「次号とその次の号では、年末の県代表選抜ゆるキャラグランプリ開催に合わせた特集を組もうと思っています。シルクロードの配布エリアにはゆるキャラが十四種ほどいるようで、その内訳は……」
配布エリアは絹川市だけではなかったのか。それにしても流行りとは言え近隣市町村にゆるキャラが十四種類もいるなんて驚いた。紀夫の知っているのは絹原のシル君と絹川支流にある市営釣堀の虹色小僧くらいだ。
どちらもセンスはいまいちで可愛くもないし面白味もない。ゆるキャラグランプリがどんなものかわからないけど、全国区のキャラたちには敵わないだろうな。でも家では堅物真面目一辺倒な雰囲気な父が、会社ではゆるキャラについて真剣に話をしているなんてなんだか面白いや。
「ちなみに明日の日曜日に荒波海岸駅前広場で、グランプリ出場のゆるキャラが集まるお披露目会があるということなので取材へ行く予定です」
「わかりました。あとで休日出勤届を出しておいてください。佐々木君は企画決まってますか?」
「えっと、連載中の高校部活紹介なんですけど、次号の分はもうすぐ上がります。その次の分はこれから取材予定なんですけど、荒波海洋高校の吹奏楽部へアポ済み、江原のサッカー部は返事待ちです」
「オッケイ、取材に行くときは寝癖なおして行ってね」
佐々木と言う人が慌てて頭を押さえた。その横で紀夫の父の顔が曇ったことには誰も気が付かなかった。
江原のサッカー部か。あの井出の所属していた部だけど、もう辞めちゃってるんだったな。辞めてなければ僕がいじめられることもなかったかもしれないし、死んじゃうこともなかったかもしれない。
仕返ししたいなんてそれほど思ってなかったけどやっぱり悔しいし、出来ることならしてみたいというのが正直な気持ちだ。
「それじゃレイアウト含めた締め切りは来週の金曜まで、土曜に最終調整しましょう」
どうやら会議は終わったようだ。編集長の女性だけが部屋を出ていき、父と佐々木さんは残って何やら話をしている。
「佐々木君、ちょっといいかしら」
扉の外から編集長の声がして佐々木さんは部屋から出ていった。残ったのは紀夫の父のみである。一人になったからか紀夫の父はうつむき溜息を吐いた。疲れているのか目頭をギュッと抑えている。
紀夫はなにかいたたまれない気持ちで目をそらし、会議室のホワイトボードに貼ってあるシルクロードの表紙を見た。そこにはお得なクーポンとか求人情報満載等の毎号掲載の見出しが並び、その他に特集として高校部活紹介と絹川鉄道沿線B級グルメ、と書いてあった。
B級グルメなんて何かあったっけなぁと考え込んでいた紀夫の背後でバタンと音がした。振り向いてみると父の姿が無い。もしかしてこれは閉じ込められてしまったのではないだろうか。
扉の外では佐々木さんが編集長に小言を言われている声が聞こえる。その向こうで扉の開閉音が聞こえた。父が外へ出ていったのかもしれない。しばらくすると小言も終わり扉の向こうが静かになった。そして会議室のドアから漏れている光が消え再び扉の音がする。
でも会議室の電気はついたままだ。きっと消しにやってくるだろう。と思ったその瞬間、会議室の電気も消えた。スイッチは部屋の外にあったらしい。明日が日曜日と言うことは今日は土曜日。次に誰かが来るのは月曜日になるかもしれない。英介との待ち合わせもあるのになんということだ。
さっきの話だと次の会議はまた来週の土曜日と言っていた。その前に誰か入ってくるだろうか。もし入ってこなかったらどうなってしまうのだろうか。なんとか出る方法を探さないとと思っても扉は一か所にしかない。ドアノブに手をかけてみたが当然のようにびくともしない。
しかし紀夫は落ち着いていた。どうあがいても自力で出ることはできないのだから、運を天に任せるしかない。月曜になれば誰かが入ってくると信じて待っていよう。
なにもすることの無い紀夫は寝転んでその時が来るのを待つことにした。
地元企業や大企業の支店もあり、再開発の際に出来てもう古くなってはいるがこの辺りには珍しいオフィスビルもいくつかある。絹川日報新聞社はそのビルの一つに入っていた。その絹川日報新聞社の一部門では書店店頭や様々な店舗で無料配布している「シルクロード」と言うフリーペーパーを作っている。
そして大矢紀夫は今シルクロード編集部にいた。自らの意志でとどまっているわけではないので、足止めされていると言った方が正しいかもしれない。英介と別行動となってから絹川駅周辺で例の女の子を探していた大矢紀夫だったが、ここまで二日間なんの成果もなかった。
日中は駅周辺に学生はほとんどおらず、行き交う人をただ見てるだけなのも飽きてしまった紀夫は父親の働く新聞社へ行ってみることにした。新聞社の入っているビルには他の会社も多く入っているため出入りは容易く、紀夫は目的地まですんなりと行くことができた。
紀夫の父が配属されているのはフリーペーパー企画部門だ。発行されているシルクロードという小冊子は紀夫の住むマンションにも置いてあったし、発行日には父が持って帰ってくるので毎号読んでいる。
シルクロード編集部の扉の前でしばらく待っていた紀夫は、外回りから帰ってきた父の同僚と思われる女性が扉を開けた隙に中へ滑り込んだ。中に入るとそこには他の社員が二人おり、そのうち一人は紀夫の父だった。久しぶりに見る父は少し痩せたかもしれないが特に変わりは無いようで一安心だ。
「編集長、おかえりなさい」
「おまたせしました。会議始めましょうか」
そういうと全員が奥の扉へ向かったので紀夫も後に続いた。
「では次号の掲載内容についてですが……」
会議と言うものに出たことなどない紀夫にとっては退屈極まりない。編集長と呼ばれた女性がなにか言うたびに、父ともう一人の若い男性が「異議なーし」とけだるそうに返事をするのみだ。
ここで紀夫の父が発言した。
「次号とその次の号では、年末の県代表選抜ゆるキャラグランプリ開催に合わせた特集を組もうと思っています。シルクロードの配布エリアにはゆるキャラが十四種ほどいるようで、その内訳は……」
配布エリアは絹川市だけではなかったのか。それにしても流行りとは言え近隣市町村にゆるキャラが十四種類もいるなんて驚いた。紀夫の知っているのは絹原のシル君と絹川支流にある市営釣堀の虹色小僧くらいだ。
どちらもセンスはいまいちで可愛くもないし面白味もない。ゆるキャラグランプリがどんなものかわからないけど、全国区のキャラたちには敵わないだろうな。でも家では堅物真面目一辺倒な雰囲気な父が、会社ではゆるキャラについて真剣に話をしているなんてなんだか面白いや。
「ちなみに明日の日曜日に荒波海岸駅前広場で、グランプリ出場のゆるキャラが集まるお披露目会があるということなので取材へ行く予定です」
「わかりました。あとで休日出勤届を出しておいてください。佐々木君は企画決まってますか?」
「えっと、連載中の高校部活紹介なんですけど、次号の分はもうすぐ上がります。その次の分はこれから取材予定なんですけど、荒波海洋高校の吹奏楽部へアポ済み、江原のサッカー部は返事待ちです」
「オッケイ、取材に行くときは寝癖なおして行ってね」
佐々木と言う人が慌てて頭を押さえた。その横で紀夫の父の顔が曇ったことには誰も気が付かなかった。
江原のサッカー部か。あの井出の所属していた部だけど、もう辞めちゃってるんだったな。辞めてなければ僕がいじめられることもなかったかもしれないし、死んじゃうこともなかったかもしれない。
仕返ししたいなんてそれほど思ってなかったけどやっぱり悔しいし、出来ることならしてみたいというのが正直な気持ちだ。
「それじゃレイアウト含めた締め切りは来週の金曜まで、土曜に最終調整しましょう」
どうやら会議は終わったようだ。編集長の女性だけが部屋を出ていき、父と佐々木さんは残って何やら話をしている。
「佐々木君、ちょっといいかしら」
扉の外から編集長の声がして佐々木さんは部屋から出ていった。残ったのは紀夫の父のみである。一人になったからか紀夫の父はうつむき溜息を吐いた。疲れているのか目頭をギュッと抑えている。
紀夫はなにかいたたまれない気持ちで目をそらし、会議室のホワイトボードに貼ってあるシルクロードの表紙を見た。そこにはお得なクーポンとか求人情報満載等の毎号掲載の見出しが並び、その他に特集として高校部活紹介と絹川鉄道沿線B級グルメ、と書いてあった。
B級グルメなんて何かあったっけなぁと考え込んでいた紀夫の背後でバタンと音がした。振り向いてみると父の姿が無い。もしかしてこれは閉じ込められてしまったのではないだろうか。
扉の外では佐々木さんが編集長に小言を言われている声が聞こえる。その向こうで扉の開閉音が聞こえた。父が外へ出ていったのかもしれない。しばらくすると小言も終わり扉の向こうが静かになった。そして会議室のドアから漏れている光が消え再び扉の音がする。
でも会議室の電気はついたままだ。きっと消しにやってくるだろう。と思ったその瞬間、会議室の電気も消えた。スイッチは部屋の外にあったらしい。明日が日曜日と言うことは今日は土曜日。次に誰かが来るのは月曜日になるかもしれない。英介との待ち合わせもあるのになんということだ。
さっきの話だと次の会議はまた来週の土曜日と言っていた。その前に誰か入ってくるだろうか。もし入ってこなかったらどうなってしまうのだろうか。なんとか出る方法を探さないとと思っても扉は一か所にしかない。ドアノブに手をかけてみたが当然のようにびくともしない。
しかし紀夫は落ち着いていた。どうあがいても自力で出ることはできないのだから、運を天に任せるしかない。月曜になれば誰かが入ってくると信じて待っていよう。
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