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第三章 浮遊霊たちは探索する

32.雨音

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 千代、その後ろに英介が続き、神社の本殿脇を抜けて鳥居の方角を見ると狛犬の背中が見えた。

「こっちは狐じゃなくて狛犬だね」

「うん、でも千代はおきつねさまのほうがすきだなー」

 そういえば狛犬は怖いから嫌いって言っていたな。英介はクスリと笑い千代について歩く。

「えいにいちゃん、こっちこっち」

 千代に促されて見てみると、そこには社会の授業で習ったような大昔の高床式倉庫に似た建物があり、中には神輿が置いてあった。神輿の前には格子戸があり閂がかけてあるが随分長いこと外されていないように見える。

「格子の隙間からは入れなそうだよ?」

「ちがうよ、えいにいちゃん、こっちだよ」

 そういうと千代は四つん這いになって高床の下へ入って行った。確かにこちらの柱は隙間が大きくて僕でも楽に通ることができる。

「ここはたぬきさんたちのおうちなの。おばあさんがもってくるあぶらあげをここでたべてるのよ」

「狐へお供えされたものを狸が食べてるのかい?なんだかおもしろいね」

「そうなのよね、きっとおばあさんもしらないとおもうの」

 柱の間をくぐって床の下へ入ると、座っていれば頭の上に余裕があるし、難点と言えば薄暗い程度で中々快適だ。

 土台が周囲より高くなっているので、よほどの大雨でなければここまで水が来ることもなさそうだ。夜は真っ暗だろうけどそれは橋の下も大差ない。外を見るときは月明かりに加え神社の外灯もある。

 それに狸もいるから寂しくないし……

「うわっ狸!?」

 地面が少し盛り上がっているところがあるな、と思ってよく見てみたら数匹の狸が身を寄せ合って丸まり寝ていることに気が付いた。

「うん、ここはたぬきさんのおうちだからね」

 千代は見慣れた光景なのか全く動じない。しかしよくよく見てみると狸にしては細長くて、まるでイタチのようにも見える。

「これは狸じゃなくてハクビシンだね」

「はくびしん?」

「多分イタチの仲間だと思うけど、僕も詳しくは知らないや。外国から来た生き物らしいよ」

「がいこくかぁ……」

 おっと、千代ちゃんには外国と言うだけでイメージが良くなかったな。気を付けないといけない。英介は、自分にはまだまだこういう配慮が足りていないなと唇を噛んだ。

「外が暗くなってきたね」

 僕は慌てて話題をそらした。

「やっぱりあめがふるのかしらね」

 そう言ったか言わないかくらいのうちにポツリポツリと雨粒が地面をたたき始める。降りはそれほど強くないが、大矢に聞いていた、雨に抵抗できないというのが想像できなくて、それが少しだけ怖かった。

「千代ちゃんは雨に当たったことある?」

「あるよーんとね、ぽつぽつならはしればにげられるけどざーってなったらだめね」

「ダメっていうのはどんな感じにダメなの?」

 僕は恐る恐る聞いてみた。

「ずっとずーっとまえにおきつねさまのところであめがたくさんふってきてね。たってられなくなってつぶされてぺしゃんこになっちゃうの。そのままあめがやむまでうごけなくなっちゃったよ」

「ぺ、ぺしゃんこに!?それでやんだらどうなったの?」

「んと、やんだらまたからだがふくらんでうごけるようになったの。なにもみえなくなってこわかったな」

「確かにそれは怖そうだね……神社だったからまだ良かったのかもしれないね」

「じんじゃだとだいじょうぶ?じんじゃじゃなかったらだめなの?」

「千代ちゃんは知らないかい?僕達は幽霊になった場所からあまり長い時間離れていると消えてしまうってこと」

「えっそうなの?千代しらなかった……」

「本当かどうかは確かめてないんだけど、万が一本当だったら大変だからね。昔一緒に居たおばさんはそれを知っていたから、千代ちゃんに毎朝お参りするようにって言ってくれたのかもしれないね。

「うん……なんだかきゅうにこわくなっちゃった」

「大丈夫さ、僕がついてるからね」

「そうね、おにいちゃんがいれば千代あんしんだよ」

 英介がついていようがいざというときには何の役にも立たない。そんなことはわかっているが、そのいざというときを回避できるよう注意を払おう。次にテレビを見に行ったときには天気予報もきちんと見ておかないといけないな。

 千代は強がりを言っているが心なしか足元が震えている。さっきまでは何とも思わなかった雨の音が、今は恐怖の対象になったのかもしれない。

 英介と千代はいつの間にか体を寄せ合い、何も言わず雨の音を聞いていた。

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