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第二章 浮遊霊は動き出す

21.合唱

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 香南女子学園には初めて来たけど人気になるのも頷ける。豪華絢爛、異国情緒のある校舎の作りが遠目からでも良く見える。そして、まるで宮殿のように大きな鉄の門が僕らの行く手を阻んでいた。

 門の向こう側には警備室があり、警備会社の制服を着た男性が暇そうに座っていた。なにかあっては大変だから常に侵入者を警戒しているだろうけど、ずっと見張っているのは退屈なうえに気疲れしそうだ。でも警備員が忙しいより暇な方が良いに決まってはいる。

 だいたいこの辺りで凶悪事件が起きたことなんて子供の頃から思い返しても一度もない。大きい騒ぎになったことがあるとすれば、戦後何十周年だかの記念式典の反対運動へ向かう市民団体主催の平和行進と、どこからともなく集まった街宣車がにらみ合いをして道を塞いでしまい、最終的に県警の機動隊がやってきたときくらいかもしれない。しかもそれだって英介が小学生の頃だ。

 諍いはどんな小さな場所でも起こるもの。それは今の英介には良く理解できる。それだけに、根拠のない言いがかりめいた選民思想を由としているであろうこの女子学園を好きにはなれない。

「英ちゃん、これじゃぁ入れないねぇ」

「そうだね、こんな厳重だとは思ってもみなかったよ。なんだか気に入らないな」

「そう? うちの学校みたいにぃ夜中でも門開けたままなのもどうかと思うけどぉ」

「千代、こんなおおきいおうちみたのはじめてーきっとすんでるひともおおきなひとなのね」

「千代ちゃん、ここは学校なんだよ」

「こんなにおおきいのに!おにいちゃんのがっこうはもっとちいさくてしかくかったのにな」

「ここはぁ特別大きくてぇ豪華すぎるんだよぉ」

 確かに豪華過ぎてこの田舎町にはそぐわない建物かもしれない。なんで、ここよりも栄えている絹原の方じゃなく、倉庫群から近いこんなところへ建てたのか不思議だ。

 なんにせよ入れなければやることもない。ここからどこかへ向かうとしたらどこがいいだろう。絹原駅へ出てみるか、それとも他の学校へ行ってみようか。

「えいにいちゃん、なにかきこえるよ。おうたうたってるみたい」

「ホントだぁ、かすかにだけど聞こえるねぇ」

 千代と大矢がそういうので僕も耳を澄ましてみた。確かに聞こえる。合掌の練習でもしているのだろうか。

「ねぇもっとちかくにいってみようよ」

「うん、どこで歌っているんだろうね」

 僕達は正門から離れ学園の外周沿いに歩き始めた。正門の横からすぐに植え込みが並んでいてきれいに刈り込まれている。その奥には鉄板だろうか、完全防備で外部侵入はおろか中を覗いてみることもできないようになっている。外壁の上には防犯カメラまで等間隔で設置してあって徹底している。

 敷地内には校舎だけではなく寮もあるはずだから安全第一なのだろう。こういうところも人気の秘密なのかもしれない。

 外周に沿って歩き続け、左に二回曲がったところで歌声がだいぶ大きく聞こえてくるようになった。どうやら裏門があるようだ。

「あそこに裏門が見えるよ。歌も良く聞こえるようになったね」

「きれいねぇ、千代おうただいすきよ」

「そっかぁ、僕は歌は苦手だよ。特に学校でみんなの前で歌う歌のテストは大嫌いだったな」

「うまいとかぁへたとかで点数つけることないのにねぇ」

「てんすうつけられちゃうの?がっこうってたいへんなのね」

「そうだよぉ、先生も怖いしぃ、ほ、他にも色々と大変だよぉ……」

 大矢はきっと他にも生徒だって怖いって続けるつもりだったな。でも千代がそんなことを知る必要はない。僕と大矢が体験した嫌なことを教えた事で千代まで嫌な思いをするだけだ。わざわざそんなこと言うことないと思ったんだろう。

 合唱の歌声は裏門まで来るとかなりはっきり聞こえるようになった。確かにとてもきれいな歌声だ。大人数で歌っているのだろう。クラシックか何かかもしれないけど、芸術にもめっぽう疎い英介には何の曲なのかはわからない。それでも心地よさは感じる。

 しばらく聴いていたがやがて合唱は終わった。千代はうっとりと目を閉じて余韻に浸っているようだ。大矢はすでに飽きてしまっている様子であたりを見回している。

「英ちゃん、あそこぉ裏門の先さぁ。塀が変な形になってるねぇ」

 塀から少し離れて言われたほうを見ると、まっすぐに植えられている植え込みが無くなり、鉄板の塀が不自然なくらい窪んで設置されていた。

「何かあるのかな? 見に行ってみよう」

 三人が塀のへこみまで行くと、そこには二メートルほどの高さの石碑があった。

「これは戦没者慰霊碑だ」

「せんぼつ?」

「えっとね、戦争で亡くなった人たちが安らかに眠って下さいって気持ちを込めて建てられているんだよ」

 僕はそう説明してから石碑手を合わせた。なぜそんなことをしたのか自分でもわからないが、神社でお参りしたことや、今聴いた歌声に心が安らいでいたからかもしれない。

「裏側にぃ名前がびっしり書いてあるねぇ」

 大矢がそう言ったか言わないかのうちに千代に変化が起こった。

「いや……いやよ……千代はここきらい」

 そう言うと元来た道を走り出し、僕らは慌てて後を追った。裏門の先を曲がったところで追いついた僕は思わず聞いてしまった。

「どうしたの急に走り出してさ。なにかあったの?」

「わかんない……けど、けど、きゅうにこわくなっちゃったの」

「いや、いいんだよ。それならもうここには来ない様にしよう」

「ごめんなさい」

「大丈夫だよ、別にここに用事があるわけじゃないしね。気にすることないよ、苦手なものなんて誰にでもあるんだからさ」

 その時学校のチャイムが鳴った。まるで結婚式場のような鐘の音だ。こういうところまで凝っているなんて、徹底しているんだなぁ。

「ちょっと早いけど酒屋のところまで戻ろうか」

「そうだねぇ、この時間から他のところへ行くと遅くなっちゃうかもしれないしねぇ」

 千代はまだ元気なくトボトボ歩いている。よっぽど怖かったか、切り上げさせたのを気にしているのか、もしかすると両方かもしれない。

 僕らは来た道を戻り物流倉庫駅へ向かって歩き始めたが、千代は手を繋ごうともせず後ろからついてくる。早くここから離れ元気を出してほしいものだ。千代はいつの間にか僕達にとって大切な存在になってきていると感じる。

 女子学園から少し離れたところで一台の車とすれ違った。こないだ見かけたような高級車だ。しかし英介には同じ車かどうかはよくわからない。

 念の為すれ違う際に車内に目を凝らして見ていたが、乗っていた人は別人だった。今乗っていたのは大人の女性のようだ。車に興味の無い英介が知らないだけで、あんな感じの車は珍しくないのかもしれない。

 そして三人は行きよりもゆっくりとした歩みで駅への道を歩いて行った。

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