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第二章 浮遊霊は動き出す

19.監視

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 英介と大矢、そして千代の三人は酒屋の前まで来た。酒屋はすでに電気が灯り営業している様子だが、隣接しているクリーニング屋はまだ開いていない。店内を覗くと時計が見えた。どうやら今は六時五十分のようだ。

「ここはおじさんがクリーニング、おばさんが酒屋をやってるんだ。でも配達は全部おじさんがやっててね、おじさんがうちへ配達に来たときに、カカアにはいつもこき使われててって冗談ぽくいうのが口癖なんだ」

「へぇ、僕のうちはぁ酒屋さんの配達って来たことないなぁ。宅配頼んでるのなんてぇ生協くらいだねぇ」

「そうなのか、やっぱマンション住まいは違うね」

「それってぇなにか関係あるのかなぁ」

「いや、わかんないけどさ」

 僕達はそんな会話をしながら通り過ぎる車を眺めていた。ここから物流倉庫駅まではそれほど遠くなく、歩いて十分もかからない位だが車通りはそこそこ多い。駅まで家族を送っていく車や、物流倉庫駅の向こう側にある物流倉庫群へ車通勤している人が中心だろう。

 英介の父も物流倉庫へ通っていた。とある衣料品メーカー下請け会社で、卸から運ばれてきた品物を近隣店舗へ届ける配送を担当している。しかしあの様子だと休んでいるか、もしかすると辞めてしまったのかもしれない。

 そんなことを考えつつも視線は通り過ぎる車を追いかけていた。もう何十台かは通り過ぎたと思うが、こないだ見かけた高そうな大きい車は通らない。英介は車に全く興味が無かったのでメーカーや車種が何だったかはわからず、ただ大きい黒塗りの高級車っぽかったくらいの認識だ。

 大矢にもそれは伝えていたが、よくよく考えると黒かったかどうかもわからない。なにせ世界はほとんど真っ白に近く、影の濃淡が黒や灰色に見えるだけだ。高級車のイメージで黒いだろうというのが先入観だとしたら、赤いリボンは本当は赤じゃなかったかもしれない。

 いやいやいや、あの鮮やかな赤は見間違いなんかじゃないはずだ。英介はそのわずかな瞬間の記憶を信じていた。

 千代は飽きてしまったのか、酒屋の屋根や電線を行ったり来たりしている雀の真似をしてちゅんちゅんと飛び跳ねて遊んでいる。

 ふと大矢がつぶやいた。

「重子さんたちどうなったかなぁ」

 そうだ、もう消えてしまうと言っていた先生と、先生を慕って幽霊を続けていた重子さん。この世から本当のお別れになるらしいけど、実際その時を迎えてどんな気持ちだろう。

 先生と奥さん、そして重子さんの関係が気にならないわけじゃないけど、最後の最後で詮索するような真似はしたくなかった。だから三人がどういう関係で、なぜ重子さんが先に亡くなってしまったのかもわからない。

 大矢は何か知っているだろうか。僕はテレビのワイドショーのような下品な質問を口にした。

「重子さんと先生夫妻ってどういう関係だったんだろう」

「んー、僕も知らないんだよねぇ。なんとなくー聞いちゃいけないような雰囲気あったからぁ」

「大人の世界だなぁ」

「そだねぇ、僕らにはまだ早いって感じかなー」

「幽霊になった後消えてしまうってどんな感じだろう。どこへ行っちゃうんだろうね」

「きっといいところだよ」

「なぜわかるんだい?」

「あの世から帰ってきた人はぁ誰もいないからねぇ」

「おお、冴えてるね、大矢」

「あははぁ、テレビで見たお笑いの人の受け売りだよぉ。まさか自分で言うことがあるなんて思ってなかったけどぉ」

 あの世から帰ってきた人はいない、か。確かにそんな話はオカルト番組の眉唾物でしか聞いたことが無い。きっと僕らが生き返ることもないんだろう。

 そんなことはわかっていたつもりだけど、いざ改めて考えると切ない気持ちになる。でも生き返れないとしてもなにか引き止められる気持ちがあれば幽霊ではいられる。それくらいが心のよりどころかもしれない。

 そうこうしているうちに、ここで見張りを始めてから二時間ほど経った。酒屋の時計は九時を少し回ったところだ。中学でも高校でももうこの時間に通学しているやつがいたら遅刻確定だ。たまに通るバスにももう制服を着ている者はもう見かけなかった。

「十時くらいになったらいったん引き揚げてまた夕方勝負かな」

「うんー、車で送迎のお嬢様がぁ遅刻するとは思えないしねぇ。夕方まではどうしよっかぁ」

「そうだな、どこか近めの高校にでも行ってみようか。ここから近いのは女子学園だけどあそこは茶色い制服に青っぽいリボンだったね」

「でもぉ一応行って確認してみたほうがいいかもねぇ。他の学校はぁセーラー服ばっかだしぃ」

 女子学園とは物流倉庫駅から北へ進んだところにある香南女子学園という女子高だ。中等部と高等部、それに短大まであり、英介達の高校よりも規模が大きい。ただ、頭の出来はそう変わりはなかったはずだ。

 それでも近隣の市から通っていたり、寮へ入れてまで入学させる親が多く、どちらかというと人気のある学校だろう。旧華族の関係者が経営しているということがブランドなのかもしれない。

「大矢はただ単に女子学園に行ってみたいだけなんじゃないの?」

 僕は冷やかすように言ってみた。それを聞いて大矢は、通り過ぎる車を確認していたよりも早く首を左右に振った。

「そ、そんなんじゃないよぉ。中学の同級生が何人か行ってるからぁなんとなくあそこがいいかなぁって思っただけだよぉ」

「そうなんだ、僕の中学からは行った女子がいるかはわからないな。ほとんどしゃべったことなかったし……」

「英ちゃんはシャイなんだねぇ」

 むしろなぜ大矢が誰にでも話しかけることができるのか、その秘密を知りたいくらいだ。話すことと言えばマンガとゲームの話題位で僕とそう変わりはしないはずなのに。そうは言っても特に夕方までやることもなく、異論もないので大矢の意見に賛同した。

「じゃあちょっと早いけど行ってみようか。千代ちゃんも平気かい?」

「うん、千代がっこうへいくのたのしみーずっとずっとまえにおにいちゃんについていっておこられちゃってからいったことないの」

「今ならぁ誰にも怒られたりしないからぁ行っても大丈夫だねぇ」

「そうだねーたのしみたのしみー」

 こうして意見の一致した僕達は女子学園に向かって歩き始めた。女子校へ侵入するなんて、何かいけないことをするみたいだけど、どうせ向こうからは見えないんだから開き直るしかない。英介は誰が聞いているわけでもないのに、わざわざ心の中で決意表明していた。

 そしてまた千代を真ん中にし英介と大矢が両側から手を伸ばし手を繋いだ。三人は足取りも軽やかに連なって歩き始めた。

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