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第二章 浮遊霊は動き出す
16.少女
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英介と大矢は向かい合って座り黙っていた。その表情は穏やかだったが戸惑いも見える。原因は突然現れたこの少女だ。
細かな花の模様が描いてある振袖は元々きれいな色だったのだろうが、今は真っ白で物悲しさを感じる。もちろん頭の先から足の先まで真っ白で、それは英介や大矢と同じである。
そしてなぜか英介の横に当然のようにちょこんと座っていた。
「えっと、君はだれ?どこから来たの?」
「あたしはお千代だよ。おにーちゃん、あたしのことわすれちゃったの?」
いやいやいや、僕に妹はいない。きっと誰かと間違えてるに違いない。
「僕はね、本田英介と言うんだけど妹はいないんだよ。残念だけど人違いだと思うよ」
「でもそのおようふく、おにいちゃんのとにてるんだけどなー」
洋服とはこの学生服の事か。今時少ないかもしれないけど、詰襟の学生服なんてそう珍しいものでもない。ちなみに大矢は上下スウェットだ。
英介は続けて訊ねた。
「お千代ちゃんはどこから来たの?」
「んとね、あっちのじんじゃからきたの」
そう言うと川上方面対岸を指さした。このあたりで神社といっても大小いくつもあるのではっきりとした場所はわからないし、対岸は英介達の住んでいる町とは違う町であるためなじみがない。
しかしこんな小さな女の子の幽霊と会うなんて驚いた。無邪気に話す姿を見ると無碍にもできないしどうしたらいいんだろうか。
「千代はね、ずっとおにいちゃんさがしてるの。でもね、あるいてるひとにきいてもだれもおしえてくれないのよ」
そりゃそうだ。生きてる人間から僕らは見えない、存在していないのと同じだから、と言おうとしたがひとまず飲み込んだ。どんな事情があるかはまだわからないけど五、六歳の子供では理解するのは難しいかもしれない。
「お兄ちゃんはどこかへ出かけてるの?」
「おにいちゃんはね、おくにのためにってせんそうへいったの。すこししたらかえってくるから、そしたらまたあそうぼうってやくそくしたの。だから千代、ずっとまってるんだー」
なんと言うことだ。兄が戦争へ行ったということは、この小さな女の子、千代ちゃんはもう何十年も兄を探し続けているということになる。その兄が戦争から戻ってきたかどうかはわからないが、どちらにせよもう会えることは無いだろう。
僕は切ないやら悲しいやら複雑な気持ちで千代を見ていた。
「もうずっとずっとさがしてるけどみつからないのよね。でもきょうはひとりじゃないからうれしいなーもうずっとずっとずーっとひとりだったから、千代さびしかったもの」
「ずっと一人?他のゆう、えっと、他に話ができる人はいないの?」
「ずっとまえにはいたけどいなくなっちゃったから……」
「そっかぁ、それは寂しかったね。それなら僕らと一緒にいたらいいよ」
僕は自分で言いながら驚いた。以前なら他人と関わることを避けてはいないにせよ、自分から踏み出すことなどなかった。やはりなにか気持ちの変化があるようだ。
「ほんとうに!よかったー」
千代は満面の笑みで英介の足にしがみついた。捉まれている英介もまんざらではないようで、その顔には優しい笑顔があった。かたや大矢は一人つまらなそうにしている。英介と千代の会話を聞いてはいるものの、蚊帳の外なのがつまらないのだろう。
「英ちゃん、これからどうするのぉ?」
「そうだなぁ、とりあえずはしばらくここにいないといけないだろ?数日後に絹原駅の方に出てみるってのはどうだい?赤いリボンの制服は見たことないから見つかるかわからないけど、なにもしないで待っていても仕方ないしさ」
「そうだねぇ、うちの学校はぁセーラー服に白いスカーフだしねぇ。一番近い女子学園はぁ、リボンだけど青かったし制服は茶色っぽいやつだったかなぁ。車で通学してるくらいだから、いいとこのお嬢様学校に行ってるかももしれないな」
「この辺にそんな学校あったっけ?頭がいいところだと高専だけど、あそこもセーラー服だよね」
「うんー、ここいらの学校はぁ時代遅れの詰襟とセーラー服が多いねぇ。公立はほぼ全部だしぃ、うちの学校の先の山之上も似たようなもんだなぁ」
「とりあえずなにかいい案が見つかるまでは、人が多いところで運良く見つかるのに期待するしかないか」
「それよりもぉこないだ見かけたとこで張り込む方がいいかもしれないよぉ。通学なら毎日同じ道通るかもしれないでしょぉ」
「そっか、そっちのがいいかもしれないね」
僕と大矢がそんな相談を夢中でしている時、ふと千代に目をやるとつまらなそうにこちらを見ていた。今度は千代が蚊帳の外だ。つまらないのも当たり前だろう。
「僕らはさ、人を探しに行くんだ。千代ちゃんも一緒においでよ」
「いいの? おじゃまにならない?」
「もちろん邪魔なんかじゃないよ」
「それならいっしょにいくーおにいちゃんと、それからもうひとりの……」
「僕はぁ大矢紀夫だよぉ」
「じゃあえいにいちゃんとのりにいちゃんだね。おにいちゃんがふたりになっちゃったー」
千代が無邪気に笑い、つられて僕らも笑った。大矢はなんだか照れくさそうだ。僕もそうだが一人っ子なので、当然兄弟を持った経験が無い。突然妹ができるなんて思ってもみなかったことだから戸惑いつつも、なんとなくうれしいような恥ずかしいような気持ちになるのも頷ける。
「でもそのまえにじんじゃへもどらないといけないの。まいあさおまいりをしないといけないから」
「そうなの?毎日?」
「うん、まいあさおまいりしないとおにいちゃんとあえないっておばさんがおしえてくれたから」
「おばさんというのはずっと前に一緒に居たって人の事かな?」
「そうだよ、おばさんはこどもをさがしててまいにちおまいりしてたの。ずっとずっとおまいりしてたらみつかったんだって。それでいなくなっちゃったの」
「それはいつごろの話なの?」
「うーん、ずっとずっとずーっとまえ。だけど千代、ひとりになってからもまいにちおまいりしてるよ」
「そっか、じゃあ朝になったらみんなで一緒に神社へ行こう」
「わーい、おにいちゃんたちありがとう」
千代の笑顔は無邪気でかわいらしい。妹がいるっていうのも悪くない事なのかもしれない。そんなことを思いつつ、僕と大矢は顔を見合わせ頷き、そして千代の方へ向き直り笑いかけた。
細かな花の模様が描いてある振袖は元々きれいな色だったのだろうが、今は真っ白で物悲しさを感じる。もちろん頭の先から足の先まで真っ白で、それは英介や大矢と同じである。
そしてなぜか英介の横に当然のようにちょこんと座っていた。
「えっと、君はだれ?どこから来たの?」
「あたしはお千代だよ。おにーちゃん、あたしのことわすれちゃったの?」
いやいやいや、僕に妹はいない。きっと誰かと間違えてるに違いない。
「僕はね、本田英介と言うんだけど妹はいないんだよ。残念だけど人違いだと思うよ」
「でもそのおようふく、おにいちゃんのとにてるんだけどなー」
洋服とはこの学生服の事か。今時少ないかもしれないけど、詰襟の学生服なんてそう珍しいものでもない。ちなみに大矢は上下スウェットだ。
英介は続けて訊ねた。
「お千代ちゃんはどこから来たの?」
「んとね、あっちのじんじゃからきたの」
そう言うと川上方面対岸を指さした。このあたりで神社といっても大小いくつもあるのではっきりとした場所はわからないし、対岸は英介達の住んでいる町とは違う町であるためなじみがない。
しかしこんな小さな女の子の幽霊と会うなんて驚いた。無邪気に話す姿を見ると無碍にもできないしどうしたらいいんだろうか。
「千代はね、ずっとおにいちゃんさがしてるの。でもね、あるいてるひとにきいてもだれもおしえてくれないのよ」
そりゃそうだ。生きてる人間から僕らは見えない、存在していないのと同じだから、と言おうとしたがひとまず飲み込んだ。どんな事情があるかはまだわからないけど五、六歳の子供では理解するのは難しいかもしれない。
「お兄ちゃんはどこかへ出かけてるの?」
「おにいちゃんはね、おくにのためにってせんそうへいったの。すこししたらかえってくるから、そしたらまたあそうぼうってやくそくしたの。だから千代、ずっとまってるんだー」
なんと言うことだ。兄が戦争へ行ったということは、この小さな女の子、千代ちゃんはもう何十年も兄を探し続けているということになる。その兄が戦争から戻ってきたかどうかはわからないが、どちらにせよもう会えることは無いだろう。
僕は切ないやら悲しいやら複雑な気持ちで千代を見ていた。
「もうずっとずっとさがしてるけどみつからないのよね。でもきょうはひとりじゃないからうれしいなーもうずっとずっとずーっとひとりだったから、千代さびしかったもの」
「ずっと一人?他のゆう、えっと、他に話ができる人はいないの?」
「ずっとまえにはいたけどいなくなっちゃったから……」
「そっかぁ、それは寂しかったね。それなら僕らと一緒にいたらいいよ」
僕は自分で言いながら驚いた。以前なら他人と関わることを避けてはいないにせよ、自分から踏み出すことなどなかった。やはりなにか気持ちの変化があるようだ。
「ほんとうに!よかったー」
千代は満面の笑みで英介の足にしがみついた。捉まれている英介もまんざらではないようで、その顔には優しい笑顔があった。かたや大矢は一人つまらなそうにしている。英介と千代の会話を聞いてはいるものの、蚊帳の外なのがつまらないのだろう。
「英ちゃん、これからどうするのぉ?」
「そうだなぁ、とりあえずはしばらくここにいないといけないだろ?数日後に絹原駅の方に出てみるってのはどうだい?赤いリボンの制服は見たことないから見つかるかわからないけど、なにもしないで待っていても仕方ないしさ」
「そうだねぇ、うちの学校はぁセーラー服に白いスカーフだしねぇ。一番近い女子学園はぁ、リボンだけど青かったし制服は茶色っぽいやつだったかなぁ。車で通学してるくらいだから、いいとこのお嬢様学校に行ってるかももしれないな」
「この辺にそんな学校あったっけ?頭がいいところだと高専だけど、あそこもセーラー服だよね」
「うんー、ここいらの学校はぁ時代遅れの詰襟とセーラー服が多いねぇ。公立はほぼ全部だしぃ、うちの学校の先の山之上も似たようなもんだなぁ」
「とりあえずなにかいい案が見つかるまでは、人が多いところで運良く見つかるのに期待するしかないか」
「それよりもぉこないだ見かけたとこで張り込む方がいいかもしれないよぉ。通学なら毎日同じ道通るかもしれないでしょぉ」
「そっか、そっちのがいいかもしれないね」
僕と大矢がそんな相談を夢中でしている時、ふと千代に目をやるとつまらなそうにこちらを見ていた。今度は千代が蚊帳の外だ。つまらないのも当たり前だろう。
「僕らはさ、人を探しに行くんだ。千代ちゃんも一緒においでよ」
「いいの? おじゃまにならない?」
「もちろん邪魔なんかじゃないよ」
「それならいっしょにいくーおにいちゃんと、それからもうひとりの……」
「僕はぁ大矢紀夫だよぉ」
「じゃあえいにいちゃんとのりにいちゃんだね。おにいちゃんがふたりになっちゃったー」
千代が無邪気に笑い、つられて僕らも笑った。大矢はなんだか照れくさそうだ。僕もそうだが一人っ子なので、当然兄弟を持った経験が無い。突然妹ができるなんて思ってもみなかったことだから戸惑いつつも、なんとなくうれしいような恥ずかしいような気持ちになるのも頷ける。
「でもそのまえにじんじゃへもどらないといけないの。まいあさおまいりをしないといけないから」
「そうなの?毎日?」
「うん、まいあさおまいりしないとおにいちゃんとあえないっておばさんがおしえてくれたから」
「おばさんというのはずっと前に一緒に居たって人の事かな?」
「そうだよ、おばさんはこどもをさがしててまいにちおまいりしてたの。ずっとずっとおまいりしてたらみつかったんだって。それでいなくなっちゃったの」
「それはいつごろの話なの?」
「うーん、ずっとずっとずーっとまえ。だけど千代、ひとりになってからもまいにちおまいりしてるよ」
「そっか、じゃあ朝になったらみんなで一緒に神社へ行こう」
「わーい、おにいちゃんたちありがとう」
千代の笑顔は無邪気でかわいらしい。妹がいるっていうのも悪くない事なのかもしれない。そんなことを思いつつ、僕と大矢は顔を見合わせ頷き、そして千代の方へ向き直り笑いかけた。
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