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第二章 浮遊霊は動き出す
13.再訪
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英介と大矢は二十分ほど走って病院に着いた。途中ハプニングはあったが今の二人にはなんの問題もない。ただ一点を覗けば、だが。
まだ二十時前後だろう。再び病院裏手の夜間入り口前を通ったが、深夜と違い出入りが多い様子だ。きっと救急患者だけではなく見舞客がいるからだろう。点滴をガラガラとお供に引きながら寝巻で歩いている人もいた。
それらを横目で見ながら英介達は中庭へ向かった。
「あぁいたいたぁ。重子さあん、せんせぇー」
「やぁ紀夫君に本田君、待っていたよ」
先生は待っていた、と言った。何を? 僕達を待っていたのか? 確かにまた来ると言ってあったけど、用があるのは僕らなのになぜ待っていたんだろう。
「実はね、先ほど僕の家内、桐谷さくらが息を引き取ったんだ。もう九十八だったから大往生で思い残すことの無い人生だったようだよ」
「そ、それはご愁傷様です……」
僕はとっさに何と言ったらいいのか思いつかず、形式ばった挨拶をしてしまった。
「そっかぁ、長生きできてよかったねぇ」
大矢のこういうところはホント素直に羨ましい。感情をまっすぐ出すことができるってのはいいものだな。
「二人ともありがとう。そして僕もそろそろお別れの時間と言うわけだ」
「そうなると私も間もなく、ってことになるかしらね。長かったわ、とても長かった」
先生と重子さんが続けざまに理解を超えた言葉を発した。どういうことなんだろう。幽霊初心者の僕にはさっぱりわからない。英介がポカーンとしているのを察したようで、重子さんはほほ笑みながら話をつづけた。
「ごめんなさい、急に言われてもわからないわよね。先生がこの世界にとどまっていたのは奥様が心配だったからでしょ。そしてその心配が無くなって未練が無くなった先生はここから消えてしまうのよ。まったく、妬いてしまうわ」
「ははは、小野君には申し訳ない人生を送らせてしまったね」
「でもぉ、そのせいで重子さんも消えてしまうのぉ?あ、先生がぁいないくなるからなのかなぁ」
「ええ、そうね。でも長い人生、人生と言えるかわからないけど、長い年月を先生とご一緒出来て良かったわ」
そうか、未練によって幽霊の状態が保たれているなら、それが無くなったときには消えてしまうということなのか。僕や大矢は何に未練を感じてここへとどまっているのだろう。井出達への復讐心か?それとも親より先に死んでしまったことだろうか。
「そういうわけでね、急だけど僕達にはあまり時間が残されていないんだ。だから君達が知りたいと思うことを今のうちに何でも聞いておくれ」
いくらなんでも展開が急すぎる。しかしゆっくりと考えてる時間は無さそうだった。まずはさっきの事を最優先で聞いてみることにしよう。
僕はここへ来る途中の出来事について説明した。
「確かに見たんです。通りがかった車の中にいた女の子の髪の毛は黒かったし、制服のリボンだって赤かったんです!大矢は気のせい、見間違いって言うんですけど……」
「ふむ、興味深いね。実は僕達も良くは知らないんだけど、聞くところによると幽霊を認識できる人がいるらしい。もしかしたらそういう人はこちらからも認識できる、つまり色がついて見えるということがあるかもしれないね」
「ノリちゃん、英介さん、実はね、私が死んでしまったときに起こしてくれた人は、生前、幽霊を見ることができて会話もできていたと言っていたの。その時は眉唾物だなくらいにしか思っていなかったし、私自身は今まで見たことは無かったわ。でももしかしたら本当の事だったのかもしれないわね」
「その人は! その人はどこにいるんですか!」
英介はたまらず叫んだ。その人に話を聞けたらなにかわかるかもしれないと思うと、気が急いて仕方なかった。
「それがね、もういないのよ。私を起こして一年くらいしたらいなくなってしまったの。七十年ほど前には幽霊になってすでに何十年か経っているとおっしゃっていたから、きっと戦前の人でしょうね」
「そうですか……」
「お役に立てずごめんなさいね」
「いえいえ、見間違いじゃない可能性があるってだけでも大収穫です!ありがとうございます」
「英ちゃん、やったねぇ。あとはぁどうにかして探せばいいわけだぁ」
そうさ、僕達に時間だけはたっぷりある。丁度いい暇つぶしにもなるし、本当に生きてる人と話ができたら退屈もしなくなるかもしれない。
英介は死んでから初めて希望を持った気がした。
「君達は若いからこれからの幽霊生活が長くなるだろう。目標や希望のある生活はいいものだよ。たとえ死んでしまっているとしても、ね」
さすがに年の功か、先生は哲学的な事を言う。幽霊になってから何十年もここで過ごしていたんだ。言葉に重みがあるように感じた。
「そういえば奥さんは幽霊にならなかったんですか?」
しまった、これはちょっとデリカシーに欠ける質問だったかもしれない。
「うむ、家内は長生きもしたし思い残すこともなかったようだね。だから息を引き取ったときには霊魂と言うのかな、それが現れることもなく最後を迎えたよ。僕達が見てきた限り、事故や事件などの思いがけない原因がある際に霊魂が現れるように思えるね」
なるほど、だから初めて会ったとき僕が大変な目にあったんだねと言っていたのか。でも、頭脳明晰、人当たりも良く、一見真面目な紳士に見えるのに浮気なんてしちゃうもんなんだなぁ。僕は無意識に重子さんの方を一瞥してしまって我に返った。
まったく下品なこと考えちゃったな、と反省する英介だった。
まだ二十時前後だろう。再び病院裏手の夜間入り口前を通ったが、深夜と違い出入りが多い様子だ。きっと救急患者だけではなく見舞客がいるからだろう。点滴をガラガラとお供に引きながら寝巻で歩いている人もいた。
それらを横目で見ながら英介達は中庭へ向かった。
「あぁいたいたぁ。重子さあん、せんせぇー」
「やぁ紀夫君に本田君、待っていたよ」
先生は待っていた、と言った。何を? 僕達を待っていたのか? 確かにまた来ると言ってあったけど、用があるのは僕らなのになぜ待っていたんだろう。
「実はね、先ほど僕の家内、桐谷さくらが息を引き取ったんだ。もう九十八だったから大往生で思い残すことの無い人生だったようだよ」
「そ、それはご愁傷様です……」
僕はとっさに何と言ったらいいのか思いつかず、形式ばった挨拶をしてしまった。
「そっかぁ、長生きできてよかったねぇ」
大矢のこういうところはホント素直に羨ましい。感情をまっすぐ出すことができるってのはいいものだな。
「二人ともありがとう。そして僕もそろそろお別れの時間と言うわけだ」
「そうなると私も間もなく、ってことになるかしらね。長かったわ、とても長かった」
先生と重子さんが続けざまに理解を超えた言葉を発した。どういうことなんだろう。幽霊初心者の僕にはさっぱりわからない。英介がポカーンとしているのを察したようで、重子さんはほほ笑みながら話をつづけた。
「ごめんなさい、急に言われてもわからないわよね。先生がこの世界にとどまっていたのは奥様が心配だったからでしょ。そしてその心配が無くなって未練が無くなった先生はここから消えてしまうのよ。まったく、妬いてしまうわ」
「ははは、小野君には申し訳ない人生を送らせてしまったね」
「でもぉ、そのせいで重子さんも消えてしまうのぉ?あ、先生がぁいないくなるからなのかなぁ」
「ええ、そうね。でも長い人生、人生と言えるかわからないけど、長い年月を先生とご一緒出来て良かったわ」
そうか、未練によって幽霊の状態が保たれているなら、それが無くなったときには消えてしまうということなのか。僕や大矢は何に未練を感じてここへとどまっているのだろう。井出達への復讐心か?それとも親より先に死んでしまったことだろうか。
「そういうわけでね、急だけど僕達にはあまり時間が残されていないんだ。だから君達が知りたいと思うことを今のうちに何でも聞いておくれ」
いくらなんでも展開が急すぎる。しかしゆっくりと考えてる時間は無さそうだった。まずはさっきの事を最優先で聞いてみることにしよう。
僕はここへ来る途中の出来事について説明した。
「確かに見たんです。通りがかった車の中にいた女の子の髪の毛は黒かったし、制服のリボンだって赤かったんです!大矢は気のせい、見間違いって言うんですけど……」
「ふむ、興味深いね。実は僕達も良くは知らないんだけど、聞くところによると幽霊を認識できる人がいるらしい。もしかしたらそういう人はこちらからも認識できる、つまり色がついて見えるということがあるかもしれないね」
「ノリちゃん、英介さん、実はね、私が死んでしまったときに起こしてくれた人は、生前、幽霊を見ることができて会話もできていたと言っていたの。その時は眉唾物だなくらいにしか思っていなかったし、私自身は今まで見たことは無かったわ。でももしかしたら本当の事だったのかもしれないわね」
「その人は! その人はどこにいるんですか!」
英介はたまらず叫んだ。その人に話を聞けたらなにかわかるかもしれないと思うと、気が急いて仕方なかった。
「それがね、もういないのよ。私を起こして一年くらいしたらいなくなってしまったの。七十年ほど前には幽霊になってすでに何十年か経っているとおっしゃっていたから、きっと戦前の人でしょうね」
「そうですか……」
「お役に立てずごめんなさいね」
「いえいえ、見間違いじゃない可能性があるってだけでも大収穫です!ありがとうございます」
「英ちゃん、やったねぇ。あとはぁどうにかして探せばいいわけだぁ」
そうさ、僕達に時間だけはたっぷりある。丁度いい暇つぶしにもなるし、本当に生きてる人と話ができたら退屈もしなくなるかもしれない。
英介は死んでから初めて希望を持った気がした。
「君達は若いからこれからの幽霊生活が長くなるだろう。目標や希望のある生活はいいものだよ。たとえ死んでしまっているとしても、ね」
さすがに年の功か、先生は哲学的な事を言う。幽霊になってから何十年もここで過ごしていたんだ。言葉に重みがあるように感じた。
「そういえば奥さんは幽霊にならなかったんですか?」
しまった、これはちょっとデリカシーに欠ける質問だったかもしれない。
「うむ、家内は長生きもしたし思い残すこともなかったようだね。だから息を引き取ったときには霊魂と言うのかな、それが現れることもなく最後を迎えたよ。僕達が見てきた限り、事故や事件などの思いがけない原因がある際に霊魂が現れるように思えるね」
なるほど、だから初めて会ったとき僕が大変な目にあったんだねと言っていたのか。でも、頭脳明晰、人当たりも良く、一見真面目な紳士に見えるのに浮気なんてしちゃうもんなんだなぁ。僕は無意識に重子さんの方を一瞥してしまって我に返った。
まったく下品なこと考えちゃったな、と反省する英介だった。
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