浮遊霊が青春してもいいですか?

釈 余白(しやく)

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第一章 浮遊霊始めました

10.幽閉

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 英介と大矢は何もすることなく、いや、出来ることもなくただ座って時間が経過するのを待っていた。そのうち父さんも起きて外へ出るかもしれないし、夜になれば母さんが帰ってくるだろう。その隙に外へ出ればいい。

 ただ今は何もできず待つしかないのが退屈だった。

「とりあえず僕の部屋にでも行こうか」

 ずっと玄関前に座っていても仕方ない。英介は大矢にそう声をかけ二階へ上がった。運の良いことに英介の部屋は扉が開いたままだった。

 中へ入るとあの日、あの時のまま、ではなく、こぎれいに片づけてくれていた。きっと母さんが悲しい想いを耐えながら掃除してくれたのだろう。本棚には主に古本屋で購入したコミックや文庫本が並んでいる。その中には子供のころ買ってもらった百科事典の全集もあった。

「あーこの百科事典さぁ、僕も持ってるよぉ。確かぁ、小学校上がる前位にぃ幼稚園で申し込んで買うやつでしょぉ」

 あれ?そうだったかな。僕が小さい頃ここにはまだ住んでなくて、もう少し駅に近いアパート住まいだったはず。しかも両親が共働きなので保育園に通っていた。それなのに同じ百科事典の販売があったなんてなぁ。

「今でも同じように販売してるはずだよぉ。市会議員のなんとかって人と関係がある会社がぁ、市内のぉ幼稚園とかに売るように売り込みしてるとかぁそんなことみたいだよぉってうちの親が話してたもんー」

 なるほど、そんな事情があるのか。どこの世界も金と権力がすべてな世の中ということだ。僕らも権力に負けて抑圧され、あげく死んでしまったんだもんな。まったく世知辛い世の中だよ。

「でもよくそんなこと知ってるなぁ。親がそういうゴシップとか好きなのかい?」

「ううんーうちの親が働いてる会社のぉ社長の知り合いが選挙に出て負け続けてるんだってぇ。だからぁ色々と情報集めてなんとかしようとしてるーみたいな話をしてたねぇ」

 そういえば大矢の父親は確か、ここいら辺の地方紙を発行している会社で働いてるって言ってたな。地方紙と言えど新聞には違いないから政治の話と無関係ではないのだろう。なんにせよ英介たちには直接関係ない話なのでピンと来ないのも確かだ。

 それから僕らは本棚に並んでいるコミックのストーリーや、登場人物の行動について語り合ったり、そこら中を押したり引いたりして何とか動かないものか試したりしながら時間をつぶした。時折一階へ降りて父さんの様子も確認してたけれど外出する様子は全くなく、席を立ったと思ったらトイレに行くくらいだった。

 そうこうしているうちに夕方になり、部屋のカーテン越しにも空が暗くなってきているのがわかった。幽霊と言えど真っ暗では何も見えないのは昨晩歩いてただけで十分理解できている。そろそろ玄関前で母さんの帰りを待とう。

「いいかい、母さんが帰ってきたらその隙に出るからな。きっとチャンスは一回きりだよ」

「うんーでも英ちゃんはママのこと気にならないのぉ?明日の朝までいてもいいよぉ。僕は病院でまってるからぁ」

なんだこの気遣い様は。まさか大矢がこんな心遣いができる奴だったなんてちっとも感じたことなかった。

「いいんだよ、いつでも帰ってこられるからさ。今は何か仕返しの手立てがないか早く調べたいんだ。大矢はあいつらに一泡吹かせてやりたいって思ってないのか?」

「とーんでもないよぉ、もちろんできることならしたいよぉ。でもできるのかなぁ……」

「そんなの調べてみないとわからないけど、まずはできることから始めていこうよ。たとえできなくても暇つぶしにはなるさ」

「そだねー、他にやることもないしねぇ」

 そんな会話をしながら僕らは脱出の機会を待っていた。そしてその時はやってきた。

 ペタペタとスニーカーの足音が近づいてくる。続いてドアのカギを開ける音がした。

「ガチャ、ガチャガチャ」

 ドアが開かないようだ。

「もう、お父さんたら鍵閉めてなかったのね」

 母さんの独り言が聞こえ鍵を開け直す音がした。今がチャンスだ!僕達はドアの内側にピッタリとくっついた。

「あなたーただいまー」

 いつもの明るさは無いがふさぎ込んで暗くなっているとも言えない、なんとも微妙な声色だ。確かに父さんと母さんが話しているところを見たい、ここに留まりたいという気持ちが無いわけじゃない。それでも僕は行かなくちゃならないんだ。

 ドアが開いた瞬間に英介達はすばやく外へ出た。

「どうやら無事に脱出できたね」

「どきどきしちゃったよぉ」

 そして僕達は病院へ向かって走り出した。

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